コールド伯爵令息の身勝手な愛は、一国を滅ぼす

明衣令央

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第二章:ベル・ガンドール

35・傷跡

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「やだ、やだあっ! 何、これっ……」

 歪な傷跡、醜い傷跡。私はそれを見て混乱した。
 こんな醜い傷がついていたら、もうお嫁になんていけない。
 誰にも愛してもらえない。
 そんな恐怖を感じたと同時に、魔物たちが飛びかかってくる映像が、頭の中でちかちかと瞬いた。
 なんなの、これ。私の失った記憶なの? 頭が割れるように痛い。

「大丈夫よ、落ち着いて!」

 大丈夫? 何が?
 この怪我の事? 醜い傷跡が残って、全く動かないのに?

「どうした!」

「ごめんなさい! わからない! 体を拭いてあげたかっただけなんだけど!」

「やだ! もう嫌なの!」

「落ち着けって!」

 誰かが体を強く抱き締めてきた。それが、誰なのかはわからない。
 ただ、熱い体に抱きしめられて、少しずつ自分が落ち着くのを感じていた。

「傷跡を見て、びっくりしちまったか?」

 穏やかな声で問われ、私は頷いた。
 この声は、確か、フェンリルさんだ。
 目覚めた時に、そばに居てくれた人だ。

「ここに居る奴らは、多かれ少なかれ、みんなどこかにひでぇ傷を付けてる。俺だって、腹、胸、腕、足、いたるところについてるぜ……っつっても、若いお嬢さんには、辛いよな……」

「傷、私にもついているわ。ほら……」

 エリスさんはそう言うと、長袖のシャツをめくりあげた。
 左腕の肘の下あたりに、私の体についた噛み跡と同じような傷跡があった。

「あと、こっちは噛みつかれたんじゃないけど、爪で引き裂かれた跡……」

「あ……」

 シャツの胸元を広げて見せてくれたのは、左胸に斜めに走る、三本の傷跡だった。
 彼女が言う通り、魔物の爪で引き裂かれたと思われるそれは、エリスさんの白い胸に不似合いなものだ。

「他にもね、足にも、背中にもあるのよ。女の子なのに、結構ひどい傷でしょ。でもね、これは私が頑張った証だって思う事にしているの。魔物に襲われて怪我をしても、頑張って生きてる……生きる事を諦めずに頑張った、証なの。生きている事が、大事なのよ」

 私はエリスさんの話を聞いて、自分の体に残った傷跡を見て取り乱してしまった事が、恥ずかしくなってしまった。

「エリスさん……ごめんなさい……」

 謝ると、エリスさんは優しく微笑みながら首を横に振り、いいのよ、と言ってくれる。
 なんて優しい人なのだろう。

「エリスの言った通り、あんたはこんな傷を負っても、頑張って生きようとしていたんだ……。頑張って生きてて、偉いな」

 フェンリルさんが私を抱きしめて、背中を優しく撫でながら言った。
 フェンリルさんとエリスさんの優しさが身に染みて、私は泣いてしまった。

「今、あんたが泣いているのも、生きている証だ。今は思うように体が動かないかもしれないが、諦めるな。あんなにひどい傷を負っていても、あんたは死ななかったし目を覚ましたんだ。少しずつでも、良くなるさ」

「そうよ、頑張りましょう」

「は、はい、ありがとうございます……」

 フェンリルさんとエリスさんに励まされて、私は頷いた。
 この傷だらけの体をすぐに受け入れる事は出来ないかもしれないけれど、焦らずに治してーーいずれはこの体を愛していけたらと……そんな事を思いながら。

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