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世界はゲーム世界に入ることを可能とした。
いや、これはゲーム会社のうたい文句で、正確に言えば「電子世界に精神の投影に成功した」というものだ。
この発表から数秒後、ネットのトレンドで浮上した「Psycheter」という名前はゲーマーはもちろん老若男女問わず広く知られることとなる。
「Psycheter」の最大の特徴として、精神世界に入り自身でアバターを動かすためコントローラーが不要であることだ。
そのかわり、運営が発売しているヘッドセットの購入が必須となる。
当初は脳に負担がかかるといった非難が殺到していたが現在はその一派も少数となり、ゲームを純粋に楽しむ人口が爆発的に増え続けている。
鈴木 一子もゲーム発売から3か月後に購入し、ログインした一般ユーザーだ。
現在ログイン日数102日目。
ログインボーナスをもらい、人目を避けて森の木陰に腰かけていた。
淡い黄緑色の頭は短く切りそろえ、黒い角が2本生えている。
顔面には赤い隈取をし、服装や武器は初期装備のままだった。
これは一子のアバターであり、「Psycheter」の中でのアカウント名は「アインス」という名前であった。
「おい、あいつ…」
「やば、今日ここにログインしてきたの…」
嫌悪感を丸出しに通りすがりのパーティは去っていく。
一子、否、アインスはため息をついた。
アインスが不特定多数からこのような扱いを受けているには理由がある。
それにはまず「Psycheter」のシステムについて説明が必要だ。
「Psycheter」がユーザーをゲーム世界に入ることができる、というシステムでさえも話題であったが、もう一つ付け加えて特徴がある。
それはユーザーひとりずつに固有スキルが与えられることである。
固有スキルはヘッドセットの機体ナンバーで決められており、初めからやり直そうともヘッドセットが変わらない限り固有スキルは変更されることはない。
アインスのスキルは、たまたま、偶然、不特定多数に嫌われやすいスキルであった。
(もうこのゲームやめようかな…ヘッドセットも買い換えようかな……)
そろそろログアウトしようとそのままメニュー画面を開く。
指先が触れて、ゲームらしい文言がでてくる。
セーブせずログアウトするとそれまでのデータは保存されません。
どうでもいいと言いたげに、はい、を選択しようとした瞬間真横から弓矢を穿たれた。
「あっ!?」
メニュー画面だったはずなのに、そこにあるのは「戦闘開始」の文字。
矢を抜き、ぞろぞろと現れたユーザーを見る。
「運がよかったな俺ら、こいつを戦闘不能にしたら団の中でランクアップ間違いなしだ」
「金羊毛の…!」
アインスは走り出す。
だが背中からの蹴りでまたおもちゃのように飛ばされていった。
「エルフ種族から逃げられると思ってんのか?」
「くそ雑魚スキルのおかげでサーチ&デストロイしやすいぜ」
「お前個人に恨みはないがランク上げるためによろしくな!」
ユーザーは容赦なく剣を振り下ろす。
アインスになす術はない。
ただただ串刺しになり、減り続ける体力を眺めるだけだ。
そのうち画面は暗くなり、一子はヘッドセットを外した。
また5分後にログインし、正式にログアウトしなければならない。
なれた手つきで5分のタイマーをセットし、何とも言えない表情でヘッドセットを眺め続けた。
学校での鈴木一子はPsycheterと違って平凡だった。
差別されず、ただそこにいることを許される世界。
周りからPsycheterはしていないのかといわれるものの、あの固有スキルのことは知られたくないため嘘をつく。
けれどPsycheterをしていないと嘘をつく人間などこの世界で一子くらいで、周りの人間からもPsycheterをしていないのはこの学校で一子くらいだと認識されている。
差別はされていないが浮いており、特殊な存在だった。
「おはよー!吹一くん!」
「おう」
「ねー吹一くん今日こそPsycheterのユーザーコード教えてよー」
女子を連れて教室にはいってきたのは吹一 大賀
学校一の有名人であり、ヒーロー的存在。
一子が絶対に近づくことはできないであろう人物であった。
一子は女子の黄色い声に吹一大賀の方をみたがすぐ顔をそむけた。
成績優秀、顔も良く、運動も得意。高校2年生で出来上がった筋肉質な体は女子を虜にしている。
もちろん吹一大賀にそれほど興味を抱かない女子もいるものの、彼に声をかけられてうれしいと思わない女子はもっと少数だろう。
眼鏡を軽く押し上げ、吹一大賀はせっかく座った椅子から立ち上がる。
「え?どこいく…わっ、」
「ちょっと!吹一くん!」
吹一は一子の前に立つ。
一子は恐る恐る顔をあげて、歪に笑みを浮かべた。
「お、おはよう、吹一くん…」
「おはよ
鈴木、まだPsycheter買ってないのかよ」
「え?うん…そうだけど…どうして…?」
「お前んち、俺と違って共働きだし、買ってくれるだろ」
「や、私、成績悪いから…それにお父さんお母さん厳しいから、脳にダメージを与えるゲームはダメって」
「俺、帰って3時間くらいしてっけど学年1位だぞ」
「……やっぱり吹一くんはすごいね、授業中に覚えちゃうんだね」
吹一はしかめっ面になる。
もういい、と言いたげにまた席に戻った。
「吹一くん、鈴木に優しくない?妬けるんだけど」
「どうでもいいだろ」
「良くない~!もっと私にも優しくして~!」
「うるせぇ」
吹一を狙う女子からも特に相手にされないくらい、一子はどうでもいい存在であった。
けれど一子はただ、この世界で息ができるだけマシだと。
静かに教科書を開きながら思う。
(帰ったらヘッドセット捨てよう…)
◆
とはいっても、一子も自分の小遣いで買ったヘッドセットに未練がある。
とりあえずログインして、103日目を記録する。
そして迷わずログアウトのボタンを押す。
無機質な文言はいつも同じはずなのに今回だけは重たかった。
ただ純粋に楽しみたかった、友達との輪に入りたかっただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
自分の運のなさにひたすら嘆いて、フィールドを最後に眺める。
現実とたがわないテクスチャはいつも快晴。
草花が風にあおられて飛んでいく。
「こんなスキル、無ければ……」
ステータス画面を見ながら落胆。
そして、どうしていつまでたってもヘッドセットを捨てられないのだろうかと自問自答。
顔を覆って俯いた。
こんなこと、今更嘆いていたってプレイヤーキルされるだけだ。
さっさとログアウトするに限る。
だが最後に周囲を確認する。
昨晩はログアウト寸前で襲われたのだから。
周囲に気配はなく、マップ上に気配もない。
一安心してメニュー画面を開こうとしたとき、東の空から黒い物体が飛んで行った。
いや、それは確実にこちらの方向にきている。
こんなことをするのは金羊毛騎士団しかいない。
アインスは必死に走った。
だがその黒い物体は速度を落とすことなくこちらへ飛んでくる。
(まさか、固有スキルで…ッ!)
一瞬でその黒い物体…複数の槍はアインスの体を打ち抜いた。
「うあっ!!」
細い体は槍の柄が貫通しており、アインスは地面に足がつかない。
両手で体を持ち上げることも、槍を壊すこともかなわない。
後ろからはユーザーの喜ぶ声。
まるでウサギ狩りに成功したようだ。
(逃げなきゃ!逃げないと!)
涙目になりながら、少ない体力でもがく。
地面に深々と刺さっている穂先は動かずにアインスはユーザーに追い付かれてしまう。
「いや~悪いね~これも団のためだからさ~」
「なんだっけ?団長が言ってるイタイやつ」
「俺らのすること全部正しいみたいな?」
「アバウトすぎ」
ゲラゲラ笑いながら魔法でアインスにとどめを刺そうとする。
(どうして!私が!)
こっちに見向きもせず、談笑しながら魔法を放つ。
アインスも画面が暗くなると覚悟したが、まだ生きている。
体力は2になっている。ギリギリ持ちこたえたようだ。
「は?くっそ雑魚が
さっさと死ねよ!」
生半可に生き残ってしまったせいで剣を振り下ろされる。
アインスはとっさに火炎魔法を発動した。
振り下ろされる剣と魔法の威力が相殺し、槍は地面から抜けた。
(逃げれる!!)
起き上がり走った。
「逃げんな!!」
「追いかけるより射殺したほうが確実よ!」
女ユーザーは弓を構えた。
少なくとも森の中に逃げなければ。
Psycheterの最後の日くらい自分の意思でログアウトしたい。
矢をついばむ指先は放たれた。
威力は大したことはないはずなのに一子にとっては命を刈り取る矢のように思えた。
激しい拒絶と恐怖を抱えて矢を見る。
(ああ……もういいや…)
それくらい考える猶予はあった。
しかし次の展開について、予想も、その挙動すら見えなかった。
アインスは一瞬、人の姿が見えたかのように思えたが目の前にはいなかった。
そこに何かがいたと示すものはつぶされた矢だけだ。
「え…?」
踏みつけられたような矢の残骸に目を奪われていると、今度はユーザーのいた方向から強烈な火炎が燃え広がった。
少しでも近づけば燃やされ、ダメージが入る。
顔を腕で覆って爆風に耐えた。
かすかに目を開けば草原は茶色く焦がされ、アインスの体に刺さっていた槍はチリとなって消えた。
槍保有者が戦闘不能状態になった証拠だ。
いったい誰が、こんなもの好きなことを。
恐る恐る焼け野原の中心に向かって歩くと、アバターの衣装を叩いて汚れを落とす男がいた。
「あ、あの……」
紫の目と燃えるような赤い髪。
狩人を思わせるタイトな装備をしており、唯一の武器は腰につけた短剣だった。
草原を風が駆けて行く。長い髪がなびいて綺麗に広がる。
「大丈夫か
なんかPKされそうになってたから割り込んだけど」
「あっ、はいっ、ありがとうございます」
強面から出る言葉は若者のそれ。
この一瞬だけでさまざまな属性が彼から溢れている。
きっと固有スキルだけでなく、個性が日常的に光っている人物なのだろう。
「HP残り2しかねぇけど、回復薬持ってねえの?」
「えと…」
「ほら、一個やるよ」
ぽい、と粗末に投げられた回復薬(小)は、まるで初めて見たかのような感動を覚えた。
綺麗な海の色をした回復薬はとても透き通っている。
「久々にオンラインに乗り込んだらPKだもんな~やっぱPsycheterは治安悪いってマジだったのかよ」
「いえ、私がたまたまいたからそう思っただけで…多分そんなことないですよ…たぶん」
「は?なんだそりゃ」
目つきの悪い男は頭を掻きながら、おもむろに私の公開プロフィールを見た。
「アインス…っていうのか
もしかして初心者?初期装備ばっかじゃん」
「いえ、一応、3か月とちょっとはしてて…」
「まじか~ログインしかしてなかったとか?」
「そういうわけじゃないんですけど…」
確かに身なりからして、野良でPsycheterを続けてたプレイヤーのようだ。
このままステータス画面を見られてはまた嫌悪されてしまう。
アインスは回復薬(小)を彼に返した。
「私、これで引退しようと思ってて
これ、お返しします」
「え!?マジ!?PKのせいか!?」
「ま、まぁ、そんな感じです…
それじゃあ…助けてくれてありがとうございます」
メニュー画面を開いてログアウトを触る。
手はかすかにふるえたが、押さなければならない。
この私はこの世界に要らないのだ。
「なぁ、あのさ…」
彼が話しかけたのも無視して消えようとした。
その瞬間にバサリと遠くで旗が掲げられた。
「金羊毛騎士団!!」
「あ?なんだあのダサいの」
「早く私から離れて!知らないふりをして!」
「はっ!?ちょっと待てよ!」
すでに戦闘開始の画面が出ている。
しかも旗を持ってくるのだから騎士団員が何十人もいるのだろう。
金色の輪が描かれた旗はアインスの心臓を圧迫させる。
予想通り完全武装の騎士団員たちが赤髪の男の前を通り過ぎていく。
「あー……なるほど」
そんなことをつぶやいた。
騎士団員の中で課金アイテムである馬を走らせる者もいた。
完全にこれは狩りであった。
騎馬隊でアインスを追い込み、わざとルートを遮り作戦通りの方向へ逃げさせる。
そこで待ち伏せしていたのは魔法での攻撃隊。
背後からは団員、目の前には魔法陣。
こんなゲーム、もう二度とするもんか、と考えて足が止まる。
「いただき!」
騎馬隊か魔法攻撃隊か、どちらかの攻撃がアインスに届く前に瞬時に割って入ったのはやっぱり赤髪の男だった。
飛び降りてきたその足元から一帯が業火に焼かれていく。
不思議とアインスだけは燃やされず、ただ男は笑っている。
「よし、俺とフレンドになろう!」
「え…!?」
今それ言う!?なんて心の中でツッコミをいれる。
「っつーことで、戦闘地帯にいたんじゃフレンド許可できねーから、跳ぶぞ!」
「ひっあああああ!?」
一瞬の出来事だった。
俵のように抱き上げられたかと思えば遥か澄み渡った青の中を飛んでいる。
ここは空だ。
「俺のスキルは【跳躍-火炎-】だから、お前のスキルの影響は少ないぜ」
「ちょう…やく…」
「町についたらフレンド許可してくれよな」
こうして半ばわけのわからないまま、赤髪の男、アドラーとフレンドになることとなった。
いや、これはゲーム会社のうたい文句で、正確に言えば「電子世界に精神の投影に成功した」というものだ。
この発表から数秒後、ネットのトレンドで浮上した「Psycheter」という名前はゲーマーはもちろん老若男女問わず広く知られることとなる。
「Psycheter」の最大の特徴として、精神世界に入り自身でアバターを動かすためコントローラーが不要であることだ。
そのかわり、運営が発売しているヘッドセットの購入が必須となる。
当初は脳に負担がかかるといった非難が殺到していたが現在はその一派も少数となり、ゲームを純粋に楽しむ人口が爆発的に増え続けている。
鈴木 一子もゲーム発売から3か月後に購入し、ログインした一般ユーザーだ。
現在ログイン日数102日目。
ログインボーナスをもらい、人目を避けて森の木陰に腰かけていた。
淡い黄緑色の頭は短く切りそろえ、黒い角が2本生えている。
顔面には赤い隈取をし、服装や武器は初期装備のままだった。
これは一子のアバターであり、「Psycheter」の中でのアカウント名は「アインス」という名前であった。
「おい、あいつ…」
「やば、今日ここにログインしてきたの…」
嫌悪感を丸出しに通りすがりのパーティは去っていく。
一子、否、アインスはため息をついた。
アインスが不特定多数からこのような扱いを受けているには理由がある。
それにはまず「Psycheter」のシステムについて説明が必要だ。
「Psycheter」がユーザーをゲーム世界に入ることができる、というシステムでさえも話題であったが、もう一つ付け加えて特徴がある。
それはユーザーひとりずつに固有スキルが与えられることである。
固有スキルはヘッドセットの機体ナンバーで決められており、初めからやり直そうともヘッドセットが変わらない限り固有スキルは変更されることはない。
アインスのスキルは、たまたま、偶然、不特定多数に嫌われやすいスキルであった。
(もうこのゲームやめようかな…ヘッドセットも買い換えようかな……)
そろそろログアウトしようとそのままメニュー画面を開く。
指先が触れて、ゲームらしい文言がでてくる。
セーブせずログアウトするとそれまでのデータは保存されません。
どうでもいいと言いたげに、はい、を選択しようとした瞬間真横から弓矢を穿たれた。
「あっ!?」
メニュー画面だったはずなのに、そこにあるのは「戦闘開始」の文字。
矢を抜き、ぞろぞろと現れたユーザーを見る。
「運がよかったな俺ら、こいつを戦闘不能にしたら団の中でランクアップ間違いなしだ」
「金羊毛の…!」
アインスは走り出す。
だが背中からの蹴りでまたおもちゃのように飛ばされていった。
「エルフ種族から逃げられると思ってんのか?」
「くそ雑魚スキルのおかげでサーチ&デストロイしやすいぜ」
「お前個人に恨みはないがランク上げるためによろしくな!」
ユーザーは容赦なく剣を振り下ろす。
アインスになす術はない。
ただただ串刺しになり、減り続ける体力を眺めるだけだ。
そのうち画面は暗くなり、一子はヘッドセットを外した。
また5分後にログインし、正式にログアウトしなければならない。
なれた手つきで5分のタイマーをセットし、何とも言えない表情でヘッドセットを眺め続けた。
学校での鈴木一子はPsycheterと違って平凡だった。
差別されず、ただそこにいることを許される世界。
周りからPsycheterはしていないのかといわれるものの、あの固有スキルのことは知られたくないため嘘をつく。
けれどPsycheterをしていないと嘘をつく人間などこの世界で一子くらいで、周りの人間からもPsycheterをしていないのはこの学校で一子くらいだと認識されている。
差別はされていないが浮いており、特殊な存在だった。
「おはよー!吹一くん!」
「おう」
「ねー吹一くん今日こそPsycheterのユーザーコード教えてよー」
女子を連れて教室にはいってきたのは吹一 大賀
学校一の有名人であり、ヒーロー的存在。
一子が絶対に近づくことはできないであろう人物であった。
一子は女子の黄色い声に吹一大賀の方をみたがすぐ顔をそむけた。
成績優秀、顔も良く、運動も得意。高校2年生で出来上がった筋肉質な体は女子を虜にしている。
もちろん吹一大賀にそれほど興味を抱かない女子もいるものの、彼に声をかけられてうれしいと思わない女子はもっと少数だろう。
眼鏡を軽く押し上げ、吹一大賀はせっかく座った椅子から立ち上がる。
「え?どこいく…わっ、」
「ちょっと!吹一くん!」
吹一は一子の前に立つ。
一子は恐る恐る顔をあげて、歪に笑みを浮かべた。
「お、おはよう、吹一くん…」
「おはよ
鈴木、まだPsycheter買ってないのかよ」
「え?うん…そうだけど…どうして…?」
「お前んち、俺と違って共働きだし、買ってくれるだろ」
「や、私、成績悪いから…それにお父さんお母さん厳しいから、脳にダメージを与えるゲームはダメって」
「俺、帰って3時間くらいしてっけど学年1位だぞ」
「……やっぱり吹一くんはすごいね、授業中に覚えちゃうんだね」
吹一はしかめっ面になる。
もういい、と言いたげにまた席に戻った。
「吹一くん、鈴木に優しくない?妬けるんだけど」
「どうでもいいだろ」
「良くない~!もっと私にも優しくして~!」
「うるせぇ」
吹一を狙う女子からも特に相手にされないくらい、一子はどうでもいい存在であった。
けれど一子はただ、この世界で息ができるだけマシだと。
静かに教科書を開きながら思う。
(帰ったらヘッドセット捨てよう…)
◆
とはいっても、一子も自分の小遣いで買ったヘッドセットに未練がある。
とりあえずログインして、103日目を記録する。
そして迷わずログアウトのボタンを押す。
無機質な文言はいつも同じはずなのに今回だけは重たかった。
ただ純粋に楽しみたかった、友達との輪に入りたかっただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
自分の運のなさにひたすら嘆いて、フィールドを最後に眺める。
現実とたがわないテクスチャはいつも快晴。
草花が風にあおられて飛んでいく。
「こんなスキル、無ければ……」
ステータス画面を見ながら落胆。
そして、どうしていつまでたってもヘッドセットを捨てられないのだろうかと自問自答。
顔を覆って俯いた。
こんなこと、今更嘆いていたってプレイヤーキルされるだけだ。
さっさとログアウトするに限る。
だが最後に周囲を確認する。
昨晩はログアウト寸前で襲われたのだから。
周囲に気配はなく、マップ上に気配もない。
一安心してメニュー画面を開こうとしたとき、東の空から黒い物体が飛んで行った。
いや、それは確実にこちらの方向にきている。
こんなことをするのは金羊毛騎士団しかいない。
アインスは必死に走った。
だがその黒い物体は速度を落とすことなくこちらへ飛んでくる。
(まさか、固有スキルで…ッ!)
一瞬でその黒い物体…複数の槍はアインスの体を打ち抜いた。
「うあっ!!」
細い体は槍の柄が貫通しており、アインスは地面に足がつかない。
両手で体を持ち上げることも、槍を壊すこともかなわない。
後ろからはユーザーの喜ぶ声。
まるでウサギ狩りに成功したようだ。
(逃げなきゃ!逃げないと!)
涙目になりながら、少ない体力でもがく。
地面に深々と刺さっている穂先は動かずにアインスはユーザーに追い付かれてしまう。
「いや~悪いね~これも団のためだからさ~」
「なんだっけ?団長が言ってるイタイやつ」
「俺らのすること全部正しいみたいな?」
「アバウトすぎ」
ゲラゲラ笑いながら魔法でアインスにとどめを刺そうとする。
(どうして!私が!)
こっちに見向きもせず、談笑しながら魔法を放つ。
アインスも画面が暗くなると覚悟したが、まだ生きている。
体力は2になっている。ギリギリ持ちこたえたようだ。
「は?くっそ雑魚が
さっさと死ねよ!」
生半可に生き残ってしまったせいで剣を振り下ろされる。
アインスはとっさに火炎魔法を発動した。
振り下ろされる剣と魔法の威力が相殺し、槍は地面から抜けた。
(逃げれる!!)
起き上がり走った。
「逃げんな!!」
「追いかけるより射殺したほうが確実よ!」
女ユーザーは弓を構えた。
少なくとも森の中に逃げなければ。
Psycheterの最後の日くらい自分の意思でログアウトしたい。
矢をついばむ指先は放たれた。
威力は大したことはないはずなのに一子にとっては命を刈り取る矢のように思えた。
激しい拒絶と恐怖を抱えて矢を見る。
(ああ……もういいや…)
それくらい考える猶予はあった。
しかし次の展開について、予想も、その挙動すら見えなかった。
アインスは一瞬、人の姿が見えたかのように思えたが目の前にはいなかった。
そこに何かがいたと示すものはつぶされた矢だけだ。
「え…?」
踏みつけられたような矢の残骸に目を奪われていると、今度はユーザーのいた方向から強烈な火炎が燃え広がった。
少しでも近づけば燃やされ、ダメージが入る。
顔を腕で覆って爆風に耐えた。
かすかに目を開けば草原は茶色く焦がされ、アインスの体に刺さっていた槍はチリとなって消えた。
槍保有者が戦闘不能状態になった証拠だ。
いったい誰が、こんなもの好きなことを。
恐る恐る焼け野原の中心に向かって歩くと、アバターの衣装を叩いて汚れを落とす男がいた。
「あ、あの……」
紫の目と燃えるような赤い髪。
狩人を思わせるタイトな装備をしており、唯一の武器は腰につけた短剣だった。
草原を風が駆けて行く。長い髪がなびいて綺麗に広がる。
「大丈夫か
なんかPKされそうになってたから割り込んだけど」
「あっ、はいっ、ありがとうございます」
強面から出る言葉は若者のそれ。
この一瞬だけでさまざまな属性が彼から溢れている。
きっと固有スキルだけでなく、個性が日常的に光っている人物なのだろう。
「HP残り2しかねぇけど、回復薬持ってねえの?」
「えと…」
「ほら、一個やるよ」
ぽい、と粗末に投げられた回復薬(小)は、まるで初めて見たかのような感動を覚えた。
綺麗な海の色をした回復薬はとても透き通っている。
「久々にオンラインに乗り込んだらPKだもんな~やっぱPsycheterは治安悪いってマジだったのかよ」
「いえ、私がたまたまいたからそう思っただけで…多分そんなことないですよ…たぶん」
「は?なんだそりゃ」
目つきの悪い男は頭を掻きながら、おもむろに私の公開プロフィールを見た。
「アインス…っていうのか
もしかして初心者?初期装備ばっかじゃん」
「いえ、一応、3か月とちょっとはしてて…」
「まじか~ログインしかしてなかったとか?」
「そういうわけじゃないんですけど…」
確かに身なりからして、野良でPsycheterを続けてたプレイヤーのようだ。
このままステータス画面を見られてはまた嫌悪されてしまう。
アインスは回復薬(小)を彼に返した。
「私、これで引退しようと思ってて
これ、お返しします」
「え!?マジ!?PKのせいか!?」
「ま、まぁ、そんな感じです…
それじゃあ…助けてくれてありがとうございます」
メニュー画面を開いてログアウトを触る。
手はかすかにふるえたが、押さなければならない。
この私はこの世界に要らないのだ。
「なぁ、あのさ…」
彼が話しかけたのも無視して消えようとした。
その瞬間にバサリと遠くで旗が掲げられた。
「金羊毛騎士団!!」
「あ?なんだあのダサいの」
「早く私から離れて!知らないふりをして!」
「はっ!?ちょっと待てよ!」
すでに戦闘開始の画面が出ている。
しかも旗を持ってくるのだから騎士団員が何十人もいるのだろう。
金色の輪が描かれた旗はアインスの心臓を圧迫させる。
予想通り完全武装の騎士団員たちが赤髪の男の前を通り過ぎていく。
「あー……なるほど」
そんなことをつぶやいた。
騎士団員の中で課金アイテムである馬を走らせる者もいた。
完全にこれは狩りであった。
騎馬隊でアインスを追い込み、わざとルートを遮り作戦通りの方向へ逃げさせる。
そこで待ち伏せしていたのは魔法での攻撃隊。
背後からは団員、目の前には魔法陣。
こんなゲーム、もう二度とするもんか、と考えて足が止まる。
「いただき!」
騎馬隊か魔法攻撃隊か、どちらかの攻撃がアインスに届く前に瞬時に割って入ったのはやっぱり赤髪の男だった。
飛び降りてきたその足元から一帯が業火に焼かれていく。
不思議とアインスだけは燃やされず、ただ男は笑っている。
「よし、俺とフレンドになろう!」
「え…!?」
今それ言う!?なんて心の中でツッコミをいれる。
「っつーことで、戦闘地帯にいたんじゃフレンド許可できねーから、跳ぶぞ!」
「ひっあああああ!?」
一瞬の出来事だった。
俵のように抱き上げられたかと思えば遥か澄み渡った青の中を飛んでいる。
ここは空だ。
「俺のスキルは【跳躍-火炎-】だから、お前のスキルの影響は少ないぜ」
「ちょう…やく…」
「町についたらフレンド許可してくれよな」
こうして半ばわけのわからないまま、赤髪の男、アドラーとフレンドになることとなった。
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