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第8章 内外戦線
尉遅毅軍、夜襲の動き
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朧軍・洪州・烏黒
烏黒城の一室で、大都督の周殷は、斥候の持ち帰った情報を聞き顔色を曇らせた。
「金登目が斬血を使ったのは朧王の密命だった……か」
椅子に座ったまま、周殷は低い声で短い顎髭を撫でた。
斥候はまだ片膝を突き拱手して頭を下げている。
大都督である周殷にも告げずに、斬血を使わせるような事をするとは、朧王は相当焦っていると見える。
だが、それも無理はない。一月もせずに落とせると思っていた脆弱な大国である閻帝国が、あろう事か半年近くも抵抗を続けているのだ。
当初の軍費や兵糧も予想外に消費し、朧国の経済にも影響が出始めている。
斬血を使う事を周殷が好まない事は朧王は良く知っている。実際過去の戦でも周殷と金登目は見解の相違により度々衝突していた。
それでも、今回金登目を前線に呼ばざるを得なかったのは、閻帝国の軍師達の兵法が破れないからだ。
自分が指揮を執る立場ならば、金登目を呼んでも斬血を使わせないよう軍令を出せば良いと思っていたが、甘かったようだ。
朧王は焦っている。
早期終戦には手段を選んではいられないという事だ。
「朧王が命じたことならば、金登目に罰を与える事は出来ないな。忌々しい」
汚い手を使わず、勝ちたかった。
そんな己の美学が否定されたような気がして、周殷は溜息をつくと静かに目を閉じた。
「もういい、1人にしてくれ」
斥候を下がらせると、周殷は部屋に1人になった。
瞼の裏にはかつて共に戦場を駆け回った徐畢と全燿の姿が蘇っていた。
***
~閻軍・威峰山~
真夜中の威峰山の山頂の帷幕には、姜美、楊良、そして田燦がいた。
緊急の軍議である。
「先程、麓の朧軍に怪しい動きがあったと、兵から報告がありました」
丁寧な口調で田燦が報告する。
「怪しい動きとは?」
姜美が訊いた。
「朧軍は夜陰に紛れて少数をこの威峰山に送り込んだとの事です。潜入した敵の正確な人数は不明。現在の位置も捕捉出来ておりません」
「動いたか」
楊良が短く呟いた。
「楊先生、兵法では高所にいる方が有利。尉遅毅も流石に痺れを切らし判断を誤りましたね」
「そうではないぞ、姜将軍。兵法に書いてある事はあくまでも原則。いついかなる時であっても完全というわけではない」
「そんな……」
「良いですか、高所が有利というのは、敵が麓から突っ込んできた時に、高所から駆け下りる勢いに乗じて低所の敵を押し潰せるからです。しかし、今回のようにその敵が、どこにいるか分からない状況では、この兵法など役には立ちません」
「どうしたら良いのですか?」
不安で頭がいっぱいなのか、考えようともしない姜美に、楊良は首を横に振った。
「姜将軍、其方は将軍でしょう。どうしたら良いか、ご自分で考えなくてはなりません。敵の狙いは何だと思いますかな?」
「それは……我々の首を取り、この威峰山を制圧する事」
「然らば、狙われるのはここですな」
「はい」
「敵が何処にいるか分からなければ、敵が何処を攻めて来るか予測し、そこの守りを固める。これは兵法を知らなくても、指揮官ならば心得ておかねばなりますまい」
「そうか、ならば本陣の守りを固めて奇襲を……いや、待てよ……」
「気付きましたな、姜将軍」
顎先を触りながら言葉を止めた姜美を見て楊良はニヤリと笑った。
「私達が本陣の守りを固めて、麓や山道の守りを薄くしたら、敵はそこを狙って攻撃して来るかも」
「そうです。それが裏の裏を読むと言う事。これが兵法ですぞ。ならば、どうしましょうかのぉ、姜将軍」
「私達は裏の裏の……その裏を読みます」
「そうです。具体的には?」
「我々が本陣を守ると見せかけて一度麓付近の兵を後退させます。そして敵はこちらの守りが手薄になったところを山頂に向けて進軍して来る。そこを中腹に潜ませていた伏兵で返り討ちにする」
「良いでしょう。しかし、本陣への奇襲の警戒も怠ってはなりません。姜将軍と儂で本陣を守り、麓付近の鄧平には『本陣を守れ』と叫ばせながら後退させる。ただし、実際には中腹に潜ませ、騙されて攻め上がって来る朧軍を奇襲にて倒す」
「分かりました」
「田燦殿は本陣と鄧平殿の部隊の間に遊撃部隊として布陣、戦況に応じて本陣か鄧平殿を援護してください」
「御意! 然らば、すぐに鄧平に伝えます!」
田燦は走って帷幕から出て行った。
「私も行きます。先生、ご助言感謝いたします」
「礼には及びません。それよりも、死んではなりませんぞ。其方はここの指揮官なのですから」
「もちろん!」
姜美はニコリと微笑むと、結んだ長い黒髪と白いマントを靡かせながら帷幕を後にした。
そんな勇ましい姜美の後ろ姿を見送った楊良は、近くの卓に出されていたまだ湯気の立つ湯呑みを手に取りゴクリと茶を飲んだ。
「さてさて、光世は上手くやっているかのぉ」
光世の働きは、この威峰山にとっても、宵のいる椻夏にとっても重大な結果をもたらす。
楊良は涼しい顔で、また一口熱い茶で喉を鳴らした。
烏黒城の一室で、大都督の周殷は、斥候の持ち帰った情報を聞き顔色を曇らせた。
「金登目が斬血を使ったのは朧王の密命だった……か」
椅子に座ったまま、周殷は低い声で短い顎髭を撫でた。
斥候はまだ片膝を突き拱手して頭を下げている。
大都督である周殷にも告げずに、斬血を使わせるような事をするとは、朧王は相当焦っていると見える。
だが、それも無理はない。一月もせずに落とせると思っていた脆弱な大国である閻帝国が、あろう事か半年近くも抵抗を続けているのだ。
当初の軍費や兵糧も予想外に消費し、朧国の経済にも影響が出始めている。
斬血を使う事を周殷が好まない事は朧王は良く知っている。実際過去の戦でも周殷と金登目は見解の相違により度々衝突していた。
それでも、今回金登目を前線に呼ばざるを得なかったのは、閻帝国の軍師達の兵法が破れないからだ。
自分が指揮を執る立場ならば、金登目を呼んでも斬血を使わせないよう軍令を出せば良いと思っていたが、甘かったようだ。
朧王は焦っている。
早期終戦には手段を選んではいられないという事だ。
「朧王が命じたことならば、金登目に罰を与える事は出来ないな。忌々しい」
汚い手を使わず、勝ちたかった。
そんな己の美学が否定されたような気がして、周殷は溜息をつくと静かに目を閉じた。
「もういい、1人にしてくれ」
斥候を下がらせると、周殷は部屋に1人になった。
瞼の裏にはかつて共に戦場を駆け回った徐畢と全燿の姿が蘇っていた。
***
~閻軍・威峰山~
真夜中の威峰山の山頂の帷幕には、姜美、楊良、そして田燦がいた。
緊急の軍議である。
「先程、麓の朧軍に怪しい動きがあったと、兵から報告がありました」
丁寧な口調で田燦が報告する。
「怪しい動きとは?」
姜美が訊いた。
「朧軍は夜陰に紛れて少数をこの威峰山に送り込んだとの事です。潜入した敵の正確な人数は不明。現在の位置も捕捉出来ておりません」
「動いたか」
楊良が短く呟いた。
「楊先生、兵法では高所にいる方が有利。尉遅毅も流石に痺れを切らし判断を誤りましたね」
「そうではないぞ、姜将軍。兵法に書いてある事はあくまでも原則。いついかなる時であっても完全というわけではない」
「そんな……」
「良いですか、高所が有利というのは、敵が麓から突っ込んできた時に、高所から駆け下りる勢いに乗じて低所の敵を押し潰せるからです。しかし、今回のようにその敵が、どこにいるか分からない状況では、この兵法など役には立ちません」
「どうしたら良いのですか?」
不安で頭がいっぱいなのか、考えようともしない姜美に、楊良は首を横に振った。
「姜将軍、其方は将軍でしょう。どうしたら良いか、ご自分で考えなくてはなりません。敵の狙いは何だと思いますかな?」
「それは……我々の首を取り、この威峰山を制圧する事」
「然らば、狙われるのはここですな」
「はい」
「敵が何処にいるか分からなければ、敵が何処を攻めて来るか予測し、そこの守りを固める。これは兵法を知らなくても、指揮官ならば心得ておかねばなりますまい」
「そうか、ならば本陣の守りを固めて奇襲を……いや、待てよ……」
「気付きましたな、姜将軍」
顎先を触りながら言葉を止めた姜美を見て楊良はニヤリと笑った。
「私達が本陣の守りを固めて、麓や山道の守りを薄くしたら、敵はそこを狙って攻撃して来るかも」
「そうです。それが裏の裏を読むと言う事。これが兵法ですぞ。ならば、どうしましょうかのぉ、姜将軍」
「私達は裏の裏の……その裏を読みます」
「そうです。具体的には?」
「我々が本陣を守ると見せかけて一度麓付近の兵を後退させます。そして敵はこちらの守りが手薄になったところを山頂に向けて進軍して来る。そこを中腹に潜ませていた伏兵で返り討ちにする」
「良いでしょう。しかし、本陣への奇襲の警戒も怠ってはなりません。姜将軍と儂で本陣を守り、麓付近の鄧平には『本陣を守れ』と叫ばせながら後退させる。ただし、実際には中腹に潜ませ、騙されて攻め上がって来る朧軍を奇襲にて倒す」
「分かりました」
「田燦殿は本陣と鄧平殿の部隊の間に遊撃部隊として布陣、戦況に応じて本陣か鄧平殿を援護してください」
「御意! 然らば、すぐに鄧平に伝えます!」
田燦は走って帷幕から出て行った。
「私も行きます。先生、ご助言感謝いたします」
「礼には及びません。それよりも、死んではなりませんぞ。其方はここの指揮官なのですから」
「もちろん!」
姜美はニコリと微笑むと、結んだ長い黒髪と白いマントを靡かせながら帷幕を後にした。
そんな勇ましい姜美の後ろ姿を見送った楊良は、近くの卓に出されていたまだ湯気の立つ湯呑みを手に取りゴクリと茶を飲んだ。
「さてさて、光世は上手くやっているかのぉ」
光世の働きは、この威峰山にとっても、宵のいる椻夏にとっても重大な結果をもたらす。
楊良は涼しい顔で、また一口熱い茶で喉を鳴らした。
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