序列学園

あくがりたる

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地獄怪僧の章

第64話 小隊長カンナ

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 御影みかげの部屋には生徒が3人集まっていた。
 あかねリリア、祝詩歩ほうりしほ蔦浜祥悟つたはましょうごの3人だ。
 割天風かつてんぷうの執務室に行く前にカンナは蔦浜に任務の事を伝えていた。そしてあかりはリリアと詩歩に伝えた時にその事を御影にも伝えてくれと頼んでいたのだ。
 3人はカンナ達が入ってきたのを見て集まって来た。この部屋に来る前に各々の島外へ行く為の支度は済ませてきていた。

「みんな、気を付けてね。この任務、罠かもしれないから」

 リリアが真っ先に忠告した。

「私も罠かもって思ったんですけど、もしかしたら斑鳩いかるがさんが手を回してくれたのかもしれません。”いい考えがある”って言ってましたから」

 そう言ったカンナだったが確信があるわけではなかった。だがそう信じたかった。

「斑鳩さんの手回しか……さすがだぜ。ってか、また1人増えてるんだが」

 蔦浜はカンナ、つかさ、燈と共に部屋に入ってきた茉里を見ながら言った。茉里まつりを見る蔦浜の顔は心なしか引きつっているように見えた。

「あら?  またあなたですの?」

 茉里も蔦浜を不快そうな目で見て言った。
 蔦浜と茉里はカンナが初の村当番に出発する朝に喧嘩して以来仲が悪い。カンナはそれ以来この2人が話しているのを見ていない。蔦浜にとってはトラウマなのだろう。一方の茉里も男というものがこの世で一番嫌いと言っていた。この2人がまた喧嘩を始めないかカンナは気が気ではなかった。

「蔦浜君。茉里は今回の光希みつきちゃん奪還任務の仲間だから。よろしく!」

 カンナの危惧していたことをつかさが笑顔でフォローするように言った。

「そうなんですか、あーつまり序列10位から13位までが選ばれたんだな!  任務メンバーが連番とか珍しいっすね!」

「お前も序列上がるように頑張れよ蔦浜」

 蔦浜の呑気な言葉に燈が茶々を入れた。
 つかさとリリアはその様子を苦笑しながら見ていたが茉里と詩歩はまったくの無表情で蔦浜には興味がないようだった。

「祝さんもこの集まりの一員でしたのね。あの任務以来お会いしなかったからどうしてるかと思っていましたのよ」

 茉里は蔦浜との会話を強制的に打ち切り、同じく無表情だった詩歩に言った。詩歩もカンナの初の村当番の任務で共に闘った戦友だ。あの時の3人がまたこうして集まれたのも何かの縁なのだろうかとカンナは思った。

「はい、私も後醍院ごだいいんさんとまたお会い出来て嬉しいです」

 詩歩は茉里に微笑みかけた。この自然な光景も以前は考えられないほどぎくしゃくしていたのだ。

「さ、お喋りを楽しむために集まったわけじゃないでしょ?  今回の任務の小隊の隊長であるカンナちゃんに喋ってもらおうかな」

 御影は軽く手を叩き、思い思いに喋っていた一同をカンナに注目させた。

「え!?  わ、私が隊長!?」

 カンナは自分には似合わない言葉に動揺し目を見開いた。

「そうよ?  カンナちゃんが一番序列が上でしょ?  ここはそういう学園よ?  隊のみんなは何か異論はある?」

 御影はさも当たり前かのように言い、つかさ、茉里、燈に意見を求めた。

「異論なんてあるわけないです」

「わたくしは澄川すみかわさんにどこまでも付き従いますわ」

「あたしはサポート役の方が向いてんだよ。カンナなら文句はない」

 3人は皆カンナを隊長にする事に同意した。それは決して面倒だからカンナに押し付けたわけではない。3人ともカンナを心から信頼しているのだ。この3人からはそれがひしひしと伝わってきた。

「で、でも私隊長とかそういうのやった事ないから……それに私は序列が上かもしれないけど、経験はみんなの方が上でしょ?  私正直……自信ない」

 任務は今回が3回目だ。初任務は熊退治だった。つかさと2人きりの任務でその時はつかさに頼り切りだった。2回目の任務が茉里と詩歩の3人での村当番だ。あの時もベテランの茉里と詩歩に頼り切りだった。そして今回3度目の任務にして初の島外での任務。おそらくこのメンバーの誰も島外での任務は初めてだろう。それを一番経験が浅いカンナが隊長として皆を引っ張らなければならないと思うと不安しかなかった。

「カンナなら大丈夫だよ!  私と後醍院さんを友達にしてくれたのはカンナでしょ?  あの任務の時、カンナがいてくれなかったら私は後醍院さんと友達になれなかった。隊長ってそういう力も必要だと思うの。今回は私は一緒には行けないけど、もし私がメンバーに入ってたらカンナが隊長がいい」

 詩歩が珍しく他人を認める意見を言った。その場の全員が目を丸くして詩歩を見た。
 詩歩はその視線に気付き、恥ずかしくなったのかカンカン帽を深く被り顔を隠してしまった。

「祝さんの言う通りですわ。わたくしも澄川さんには隊長を務めるだけの力はあると思いますの。それを前回の任務で感じましたわ」

 詩歩の言葉を補足するように茉里は言った。

「カンナ。いい機会だし、やってみよ!  最初はみんな不安だよ。でも、それを乗り越えた時、あなたはまた成長する」

 つかさが優しく言った。
 カンナは3人の言葉に決意を固めた。

「ありがとう、祝さん、後醍院さん、つかさ。私、やってみる。頑張るよ!」

「よく言った!  カンナ!  副隊長は私がやるよ。精一杯フォローするからね!」

「いや、副隊長はあたしがやる」

「何を言ってますのお2人とも?  副隊長はわたくしがやりますわ。澄川さんを支えるのは私が適任ですわ」

 副隊長の座を巡り、つかさ、燈、茉里はお互いに睨み合った。

「え、えっと、副隊長は序列的につかさにお願いします!」

 カンナの即断に睨み合っていた3人は一斉にカンナを見た。

「さすがカンナ!  決断が早い!  副隊長の任、任せなさい!」

 つかさは満足気に頷いた。

「序列順なら文句は言えないな。つかさが不甲斐なければ即交代な!」

「澄川さんがお決めになられたことなら従いますわ。副隊長ではないけれど、必ずお役に立ちますわ」

 燈も茉里も潔くつかさに副隊長を譲った。

「ありがとう、みんな!」

 カンナは笑顔で3人にお礼を言った。

「カンナちゃん、俺も一緒に行きたかったけど、ここから応援してるぜ!  頑張れよ!」

 蔦浜は顔の前で拳を握りカンナに笑顔で微笑んだ。

「ありがとう。蔦浜君」

「さ、正式に隊長、副隊長も決まったことだし、カンナちゃんからお言葉を頂こうか」

 御影はカンナに発言の場を改めて設けた。
 カンナに一同の視線が集まった。
 深呼吸。

「私達4人はこれから島外へ光希捜索及び奪還の任務に行ってきます。任命されたからには必ず光希を取り返してきます。そして私達4人も元気な姿で帰ってきます。だから心配しないで待っていてください」

 カンナの言葉を聴き終わると拍手が沸き起こった。
 拍手をされた事など今までなかったカンナは少し驚き、同時に嬉しくなった。

「カンナ。斑鳩さんのことは私達に任せて。御影先生と協力して出来る限りのことはするから!」

 リリアが言うと詩歩と御影は頷いた。
 正直一番心残りなのは斑鳩の事である。出発前に一言挨拶したかったが行方が分からない今どうする事も出来ない。

「ありがとうございます。島外に出たら斑鳩さんの情報は完全に分からなくなってしまうけど、私は必ず無事に戻って来てくれると信じてます。約束したから……」

「約束?」

 蔦浜が首をかしげた。

「あの、先程から斑鳩さんの名が出てきますけれど、どうかしたのですか?」

 蔦浜の疑問を遮るように茉里が尋ねた。

「斑鳩さんもこのメンバーの一員で今は1人で危険な調査任務をしているんです。それで今音信不通で……後醍院さんには詳しく話してもいいですよね?」

 カンナは一同に同意を求めた。
 皆頷いている。
 カンナは学園と青幻せいげんが繋がっていること、斑鳩がそれを調べていること、舞冬まふゆが殺されたかもしれないことを新参の茉里に話した。
 茉里は顎に手を当てて何か考えているようだったがそれからしばらくしてまた口を開いた。

「それはまた穏やかではないですわね。正直わたくしはその学園の陰謀とやらには興味がありませんの。でも、私の学園生活、私の大切な方々との繋がりを壊されるのは許せませんわ。ひいらぎさんのことも許せない。それに今回奪還するたかむらさんという方は会ったこともない方です。私には関係のない方。それでも私は任務は絶対に遂行する。そして篁さんは澄川さんのお友達なのでしょ?  友達の友達は友達ですからね。後醍院茉里の全力を持って今回の任務は取り組みます」

 茉里はその場の全員に言うかのように堂々と言い切った。

「ありがとうございます!  後醍院さん!」

 カンナは茉里に礼を言うと一息置いてまた口を開いた。

「それでは私達はこれから日没までには狼臥村ろうがそんに到着しなくてはなりませんので失礼致します。皆さん。後のことは宜しくお願いします」

 カンナが深々と頭を下げた。

「後のことは任せて。行ってらっしゃい。気を付けて」

 御影が微笑んだ。
 リリア、詩歩、蔦浜も挨拶を終えるとカンナは部屋を出ようと歩き出した。

「あ、燈」

 詩歩の声がしたのでカンナは部屋の扉の前で足を止めた。
 呼ばれた燈も足を止めると詩歩が近づいていった。
 詩歩はいつも大切に持っている長刀ちょうとう紫水しすいとは別に背中に背負った袋に入った刀らしきものを下ろした。

「これ、前の任務で手に入れた剣。役に立つかもしれないから持って行って。燈」

 詩歩は下ろした袋から1本の剣を取り出して燈に渡した。
 燈はその剣を鞘から抜き出した。
 刀身が赤みがかっている。

「かっけー……」

 燈は微笑みながらその剣をしげしげと眺めた。

「”戒紅灼かいこうしゃく”。色付きと呼ばれる名剣。その剣はどんな物でも両断する力を持つと聞くわ」

 リリアは詩歩が燈に渡した剣の説明を始めた。リリアは刀コレクターと呼ばれるほど刀剣に詳しいと聞いたことがある。リリアの部屋には普段帯刀している2本の刀とは別に数本の刀が置いてあるらしい。

「詩歩!  いいのかよ?」

 燈は嬉しそうだがとても価値のある物を無償で貰ってもいいのかと戸惑った様子で詩歩に言った。

「うん。私のこの紫水も色付きだしそんな凄い物2本もいらない。それに燈の方がこの剣似合いそうだし」

 詩歩の言葉に燈は狂喜し詩歩を抱き締めた。
 確かに燈の赤いコートと戒紅灼の刀身は良く似合っていた。

「良かったね、燈。それじゃあ改めて、行ってきます!」

 カンナ達は再び挨拶を済ませると各々が部屋の前に繋いで置いた馬に乗った。
 カンナは愛馬の響華きょうかに乗ると掛け声を上げ、堂々と隊のメンバーを引き連れ先頭で駆けて行った。
 カンナはもう振り向かなかった。
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