序列学園

あくがりたる

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地獄怪僧の章

第77話 愛しい人の声

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 誰かの声が聴こえる。懐かしい声。懐かしい響き。
 みお。みおとは……
 ……ああ、そうか、私の名前だ。何故自分の名前を忘れていたのか。それにしても誰が私を呼んでいるのか。もう少しで思い出せそうだ。この声……


光希みつき!!!!!!!!!!」

 目の前は見覚えのない真っ白な世界。
 足元には色鮮やかな花畑。
 ここは天国か。
 いや、天国へ行けるような事を生前してきていない。
 生前?
 そうだ。思い出した。全て思い出した。周防水音すおうみおは死んだのだ。畦地あぜちまりかに殺されたのだ。ではやはりここは死後の世界。

『水音……水音……』

 何処からか聴こえてくる光希の声。
 ここが死後の世界なら光希の声が聴こえるのはおかしい。光希は死んでいないはずだ。
 水音は何がなんだか分からないままその場で立ち上がった。
 そして一つの話を思い出した。

慈縛殿じばくてん……そうか、ここは慈縛殿なのね。解寧かいねいが言っていたことはお伽話ではなかったということね。だとしたら私は本当に死んだということか」

 水音が慈縛殿で解寧と修行をしていた頃に聴かされた『慈縛殿体術の使い手は死後真の慈縛殿へ転生する』という話を思い出した。
 嘘だと思っていたが今の状況からそれを信じるしかない。
 かつて慈縛殿体術の修行に入る前に”誓いの証”として気持ち悪いくらい甘い酒を飲まされたことがあった。あれがもしかしたら真の慈縛殿へ行く為の鍵だったのかもしれない。

「お花以外何にもない。綺麗な場所」

 水音は地平線の彼方まで広がる花畑を呆然と眺めていた。
 その時、また頭の中に光希の声がした。
 水音は歩き出した。声が小さくなったり大きくなったりする。水音は光希の声が大きく聴こえる方へ走った。

「嘘でしょ?  光希?  もしかしてここにあなたがいるの?  嫌よ?  そんなの??  澄川すみかわさんに守ってって言ったのに」

 水音は最悪の事態を恐れながらも必死に光希の声の大きくなる方へ走り続けた。
 すると、1本の黒い大きな木が見えた。
 水音がその木に近づいてみると木の幹に取り込まれかけて眠っているのか目を閉じたままの光希がいた。

「光希!!?  ねぇ!?  嘘でしょ!?  光希!!  あなたも死んだの!?」

 水音の問い掛けに光希はゆっくりと目を開いた。

「水音……来て……くれたんですね。ずっと呼んでたんです。あなたの事。夢の中で」

 光希は力なく答えた。

「どういうこと!?  なんで光希がここにいるの!?  ここは真の慈縛殿なんでしょ??」

 水音の目からは涙がとめどなく流れていた。
 光希は解寧の復活の経緯いきさつを話した。

「そんな……あの男が……復活?  光希の身体を使って」

 水音の声は震えていた。光希は静かに頷いた。

「いいんです、水音。もういいの。あなたがここにいて、私もこうしてあなたに会えた。私はそれだけで充分。水音。この木ね、温かいんですよ。気持ちいいんですよ。一緒に」

 水音は言いかけた光希の両肩を掴んだ。

「何言ってるの!!  光希はここにいちゃいけない!!  光希は死ぬべきじゃない!!  あんな妖怪ジジイに身体を使われて……光希が良くても、私が許さないよ!!!」

 水音の言葉に光希のうっすらと開いていた目が大きく開いた。

「目を覚ましなさいよ!!  私がここから出してあげる!!  絶対死なせないから!!」

 光希の身体に絡まっている木の幹を引かちぎろうと力任せに引っ張った。しかしまったくびくともしない。

「やめて!  私は水音と一緒にいたいの!  せっかく会えたのに……水音は私と一緒にいたくないんですか?」

 光希は涙を流した。

「そんな分けないでしょ!?  分かりきったことを聞くな!  光希!  でも私はこんな所で光希に会うのは嫌!  こんな所で一緒にいたくない!ここはあのジジイが創り出したあの世の偽物でしょ!?  言っとくけどね、私はここから抜け出してちゃんとしたあの世に行かせてもらうよ!!  それが例え地獄でも、ここにいるよりはマシ!!」

「水音……」

「だから光希もここから出してあげる。元の世界に戻ったら1つだけお願いがあるの。聞いてくれる?」

 光希は鼻を啜りながら水音の言葉に頷いた。

「元の世界に戻ったらね……」

「やはり、お前か周防水音」

 水音は突然の声に驚き振り返った。
 そこにはあの忌まわしい老人、解寧がいた。

「あら、解寧老師。お久しぶりですね?  お元気でしたか?」

 水音は拳を握り締めながら解寧に言った。

「儂はこれまで何度も転生の術を繰り返してきたが邪魔されたのは今回が初めてだ。しかも身内に邪魔されるとはな」

 解寧は苛立っているようで体中から闘気が溢れている。
 水音も構えた。

「水音、解寧はさっきここから出ていった時に私ではまったく歯が立たなかったんです。いくら水音でもこの場所にいる限り勝ち目はないです、逃げてください」

 光希は木の幹に埋もれたまま必死に訴えた。

「黙ってなさい光希。私に逃げる場所なんてないわよ。それに私は今、猛烈に怒ってるの。解寧なんて殴り殺してやるわ」

「ふん、まったくもって出来の悪い弟子達だ」

 水音と解寧は同時に走り出した。
 足元の色鮮やかな花は踏み潰され、また宙にひらひらと花びらが舞った。
 光希はその光景を見守ることしか出来なかった。




 解寧の氣が急激に落ちた。
 それを感じたのはどうやら青幻せいげんとカンナだけのようだ。

「何かありましたか?  解寧老師」

 青幻が解寧の耳元で囁いた。

「大丈夫だ。すぐにが片がつく」

 カンナは解寧の元へ走り出した。
 すぐに孟秦もうしん董韓世とうかんせいがカンナを捕まえようとする。しかしカンナはまた2人の攻撃をひらりと躱し、青幻の隣にいる解寧へ走った。

「光希を返せ!!!」

「よせ!  カンナ!」

 側で様子を窺っていた響音ことねが思わず叫んだ。

「ちっ!  カンナ隊長がとち狂ったか!?」

「澄川さん、援護しますわ!」

火箸ひばしさん、茉里まつり!  行くわよ!!」

 つかさの号令であかりと茉里も馬で突っ込んできた。
 その時、つかさ達の後ろの門から男達が槍を持って突入してきた。門からだけではない。両側の慈縛殿を囲う塀のをよじ登って大勢の男達が侵入してきた。全員上半身裸の男達だ。

「くそっ!  またかよ!」

 つかさ、茉里、燈の3人は本殿へ向かうのを一旦やめ、何百、何千という男達に対するために身構えた。
 カンナは男達よりも解寧の隙を付いて光希を助け出すことを優先した。助け出すと言ってもどうしたらいいのかは分からない。とにかく解寧自身を捕まえてしまおうと考えて飛び掛った。
 目の前に青幻が立ちはだかった。

「邪魔をするなぁぁあ!!」

 カンナが叫ぶと青幻は横に弾き飛ばされた。
 カンナは何が起きたか分からなかったが、しめたと思いそのまま解寧に飛びついた。
 解寧は先ほどの勢いが嘘のようになく、簡単にカンナに押し倒された。




 弾き飛ばされた青幻はゆっくりと立ち上がった。

「青幻よ。あたしと決着をつけようじゃない?  1対1でさ」

「やれやれ、少し油断しましたかね。あなた如きに隙を付かれるとは。生憎、あなたと遊んでいる暇はないんですよね」

「女の子の誘いを断るの?  男なら……」

 響音は一瞬で青幻の背後に回り込む。すぐに青幻は黄龍心機こうりゅうしんきを振ったがすでに響音はそこにはおらず正面にいた。そして────

「女の子の我儘には付き合いなさい!」

 響音は強烈な蹴りを青幻の腹に放った。
 入った。黄龍心機と青幻の反応速度を響音の神速しんそくが上回った瞬間だった。
 響音の女の子が放ったとは思えない程の強烈な蹴りを食らった青幻は本殿から吹き飛ばされ外で受身を取った。

「これは……予想外です」

 しかし青幻は蹴られたところの埃を払う仕草をしただけでまた立ち上がった。
 響音が頑丈な青幻を見て唖然としていると背後から孟秦が刀を振り下ろしてきた。
 響音は孟秦の背後に回りそして空中に飛び上がり、振り向いた孟秦の顔面に2度蹴りを入れた。

「小賢しい」

 孟秦は口から垂れた血を袖で拭った。



 光希の身体の解寧は苦しそうな表情をしていた。明らかに様子がおかしい。
 馬乗りになって押さえ付けているカンナが一瞬逡巡すると解寧はすぐにカンナを蹴り飛ばし立ち上がった。
 カンナも受身を取りすぐに立ち上がったがその背後からは強烈な殺気。
 董韓世が振りかぶっていた。
 
 よけられない。

 これでカンナが死ぬと思ったのか、解寧はにやりと笑っていた。
 
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