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学園戦争の章《転》
第121話~斬撃を灼く焔~
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一度に3本の矢を射た。
鏡子でさえ見たことのない刃の付いた禅杖を割天風は振り回し3本の矢を払い落とした。
御影がその隙に割天風から離れた。
「一応の最高戦力であるお主が挑むか。面白い。ところで、南雲と大甕はどうした? まさかもう片付けたわけではあるまい?」
「南雲師範と大甕師範はリリアに任せました」
鏡子が言うと、割天風は不思議そうに戦場を眺めた。それもそのはずだ。リリアは医療担当者9人と1人で交戦していたはずなのだから。
9人いたがその全てを倒すのに時間はかからなかった。
刃の付いていない刀”無刃音叉”で全員あっという間に馬から叩き落とした。落馬した時に死んでいなければ全員気絶させただけだ。ほかの人に言わせれば甘いのかもしれない。戦場で情けは無用。しかし、リリアは世話になった人間に刃を向けるなど二度としたくなかった。世話になった剣特師範の袖岡と太刀川の顔が脳裏に過ぎるのだ。
医療担当者達を倒して辺りを見回すと全ての場所でこちら側の生徒達が苦戦していた。リリアは馬術師範の2人を同時に相手している鏡子の元へ駆けることにした。
リリアが鏡子の元へ加勢に来ると鏡子は「ここを任せていい? 御影先生が危ない」と言うのでリリアは首を縦に振った。
鏡子はその瞬間に矢を3本同時に校舎の方に放った。そのままこの戦線から離脱し、いつの間にか現れた割天風の元へ駆けた。
リリアの目の前には南雲と大甕が馬を操りながらこちらの様子を窺っていた。
「茜リリアか。袖岡師範と太刀川師範が戻らないのだが、何か知らないか?」
南雲が言った。
「お2人なら亡くなられました」
「そうか。あの2人がな。誰が殺った?」
南雲はあまり驚いた様子は見せず、続けて質問してきた。
「私と火箸燈、祝詩歩の3人です」
「ほう、驚いたな。序列9位茜リリア、序列13位火箸燈、序列28位祝詩歩。茜リリアはともかく、下位序列の生徒達が良くやったな」
序列10位以上の序列ならともかく、下位序列である燈や詩歩の序列まで南雲が正確に覚えている事にリリアは驚いた。剣特師範の袖岡、太刀川なら自分のクラスの生徒の序列を覚えていても不思議はないが、馬術師範というクラスを持たない師範がいちいち全員の序列を覚えているはずはないと思っていた。それが何を意味するか。情があるならまだ説得の余地がある。リリアは一つの賭けに出る事にした。
「あら、南雲師範。下位序列の詩歩の事まで覚えていてくださったなんて驚きました」
南雲はリリアの言葉に目を細めた。大甕はその様子を黙って見ていた。
「それはそうだろ。俺は師範なんだからな。大甕とて生徒達の序列くらい覚えておろう。お前達は手塩にかけて育ててきた生徒なんだからな」
「喋り過ぎだ、南雲師範。情が移るぞ」
「情?」
大甕の言葉に南雲は顎に指を添え何か考える仕草をした。
「茜リリア。お前は騎馬戦が苦手だと言っていたな」
突然南雲が話を変えた。
「ええ」
「それはお前の思い込みだ。現に先程医療担当者共を馬を駆りながらあっという間に蹴散らしてしまったであろう。俺から言わせれば、お前は基本となる剣術が一際優れている故、騎馬での戦闘を不得手と思い込んでいる。それだけだ。自身を持て、茜リリア! お前は強い!」
南雲からの激励の言葉にリリアは戸惑った。何故今そんな事を言い出したのか。
「馬術師範である南雲師範にそう言って頂けるとは光栄です」
南雲は何度か軽く頷いた。
大甕は静かにリリアと南雲の会話を聞いていた。
突然、南雲は大薙刀を身体の周りで振り回した。
「よし! では、その剣術と馬術でこの馬術師範、南雲魁司を倒してみよ! 馬術は俺と大甕の技だ! 今まで教えてきた事で俺を倒してみよ!」
「ああ、なるほどな」
南雲の狙いが分かり、大甕も頷いた。
「俺はお前の敵である前に師範なのだ! お前が死ぬ前に一つ稽古を付けてやろう」
リリアは困惑した。結局闘う事になってしまった。あわよくば話し合いだけで戦闘は避けたかった。
リリアは右手に握り締めた”無刃音叉”を構えた。だがやはり背中の”睡臥蒼剣”は抜かなかった。
「見ろよ、伽灼。お前の仲間達が苦戦してるぞ? 助けなくていいのか?」
影清は大鎌を戦場で戦う者達の方へ向けて言った。
「おいおい、冗談でしょ? 私に仲間なんていない。あいつらがどうなろうと私には関係ないわよ」
伽灼は影清の言葉を鼻で笑って返した。
「そうか、なら、俺がこうしても文句ないわな」
影清が大鎌を生徒達の方へ向けた。そして大きく振りかぶり、大鎌に何かを込め始めた。
伽灼はとっさに影清の大鎌を刀で打った。
影清はにやりと笑った。
「ほう、どうして庇うんだ? 伽灼」
「お前の相手は私だからだ」
「嫉妬か? なんだお前、可愛いなぁ」
影清がヘラヘラと笑いながら軽々と大鎌を振り回してきた。伽灼は前に屈んで躱し、影清の身体に刀を振った。しかし、その刀はもう一つの大鎌に防がれ弾き返された。
伽灼は一度距離を取った。
「可愛いなんて、生まれて初めて言われたわよ」
伽灼は涼しい顔で言った。まだ、奥の手はある。影清はそれを知らない。
「まさかお前が仲間達を庇うようになるとはな。お前も所詮はぬるま湯に浸かったクズだ」
「私に仲間などいないと何度言ったら」
伽灼が喋り始めるとまた影清は生徒達が戦う戦場へ大鎌を振りかぶった。伽灼はまた刀を伸ばそうとしたが間に合わない。
「黒天蜉蝣!」
影清の大鎌に斬撃の力が宿るのを感じた。
「神技・赤焔浄!」
伽灼の左掌に小さな炎がぽっと灯った。その炎は一瞬で巨大に膨れ上がり影清の神技が発動するよりも前に伽灼の炎は影清に襲い掛かろうとした。
「何だと!?」
影清は間一髪で帯のように広がった炎を避け、大きく距離を取った。伽灼の放った炎はまるで空間を灼いたかのように炎が通過した場所がゆらゆらと歪んでいた。
「伽灼。こんなすげー神技を持っていたとはな。出し惜しみかよ可愛くねーな」
影清の顔には焦りがあった。やはり神技については何の情報もなかったようだ。
「能ある鷹は爪を隠す」
伽灼はケラケラと笑いながら影清に言った。
「あ?」
その嘲笑に影清の表情は一変して殺意に満ち溢れたものになった。
「神技を晒しているこの俺が、能無しみてーな言い草だな、伽灼! おもしれえ! その炎ごとてめぇを叩き斬ってやる!」
「私の炎を斬るの? それは無理よ。お前の大鎌が燃え尽きるんだから」
「俺の大鎌に触れられると思ってんのか?」
影清は2本の大鎌を両脇に構えた。
「見せてやる。これが俺が生み出した”神技・神斬”の奥義! ”黒死天蜉蝣斬”!」
影清は大鎌を両腕で棒切れのように軽々と振り回した。するとすぐにその刃から何本もの弧を描く斬撃の塊が伽灼の方へ襲い掛かった。
不味い。攻撃範囲が広過ぎる。影清の放った無数の斬撃はみるみる内に地面を斬り裂き抉っていった。伽灼の背後には生徒達がまだ戦っている。何故だか伽灼は、彼らに被害が及ぶのを防がなければならないと思った。思った時には身体が勝手に動いていた。
「灼け! 赤焔浄!」
一度も試した事はない。しかし、やるしかない。神灼で神斬を灼けるか?
目の前に迫った無数の斬撃1つ1つに伽灼は炎を分散させて打ち込んだ。すると、その場で凄まじい爆発が起き、伽灼も影清も馬ごと吹き飛んだ。
伽灼は瞬時に馬を捨て立ち上がり黒煙が立ち込める視界に目を凝らした。
相殺したのか。
黒煙のせいで周りの状況は分からない。しかし、伽灼に斬られた傷はない。
伽灼が身体を確認しているといきなり目の前の黒煙が割れた。黒い大鎌が伽灼の頬と胸を斬った。
「うっ!?」
伽灼はとっさに後方に跳び、地面を転がり黒煙から飛び出してきた影清の横に回り込んだ。
よく見ると、影清の2本の大鎌には神斬の力が宿っておりそれはバチバチと稲妻のようなものを発していた。その力は完全に可視化されていた。
「甘いなぁ、伽灼。あんな雑魚共を庇うようになって格段に腕が落ちたな。今迄通り孤独を貫いていれば響音やまりかを超えられただろうに。俺はお前も抱いてやろうと思ってたんだぜ? まりかは従順な犬だったから簡単になついた。はは、お前も響音と同じ道を辿るのか? 強くなりたくないのか!? あぁ!? 俺の下に付けば強くなれる。今ならまだ許してやる。可愛がってやるぞ? こっちに戻って来い。伽灼」
影清は下衆な顔をしてニヤついて言った。
”強さ”。自分はこの学園に来てたった1人で”強さ”を追求してきた。自分を”孤独”に追い込む事で”真の強さ”を手に入れられる。何故だかそう思っていた。きっと、上位序列の人間達が皆孤独に見えたからだ。
でも、それは違った。久壽居も鏡子も孤独ではなかった。仲間がいた。慕われていた。それを孤独と言えるのか? そうだ、孤独でなくとも”強さ”は手に入る。逆に孤独が故に負けた人間もいた。響音やまりかがそうだ。しかし、伽灼は今更それを認めたくなかったのだ。
気が付けば伽灼の周りに仲間などいなかった。自分がそうなるような立ち回ってきたから当然の結果である。
そんな時、澄川カンナが現れた。カンナも最初は完全に孤独だった。しかし、カンナは自ら孤独を捨て仲間を作り、その度に強くなっていった。伽灼のやってきたことと真逆なのである。そして、澄川カンナは伽灼に言った。
「私はあなたとも仲良くなりたいと思っています」
かつて榊樹月希という女も、そんな事言ってたっけ……
伽灼はにやりと笑い返した。
「下の名前で呼ぶんじゃねぇよ、この雑魚が!」
伽灼の黒い刀を真っ赤な炎が覆い隠した。そして雄叫びを上げながら影清に斬り掛かった。
「無駄だ! 今の俺の大鎌に触れたものは」
金属音が鳴り響いた。伽灼の燃え盛る刀と影清の稲妻を纏う両手の大鎌がぶつかった。お互いの武器は斬れもしなければ燃えもしない。
「お前の神斬と私の神灼。どうやら力が拮抗しているようね? 神の力に優劣はないって事かしら? こうなったら、己の剣術で決着を着けるしかなさそうね?」
伽灼の額からは汗が流れていた。それは影清も同じだ。2人はお互い睨み合い、鍔迫り合いを続けた。
影清が力で押した。堪らず伽灼は横に逃れた。影清の両手の大鎌は伽灼のいた地面を斬り裂き大きく抉った。すかさず伽灼は炎を纏う刀を影清に振った。何十合もの打ち合いが始まり、辺りには延々と金属音が響いた。
そしてまた刀と大鎌は押し合った。
「なあ、伽灼。俺の”黒死天蜉蝣斬”が遠距離攻撃だと勝手に思い込んでいないか? このゼロ距離で放ったら流石のお前の神技でも受け切れず真っ二つじゃねーか?」
伽灼が目を見開いて今まさに鍔迫り合いをしている影清の大鎌を見た。稲妻のような力が大きさを増し、伽灼の炎を纏った刀が押され始めた。
「くっ……!」
伽灼の顔や手は大鎌の稲妻が少し触れる度にピシピシと少しずつ避け血が流れ出した。
「お前を抱けないのは残念だが、代わりに跡形もなく斬り刻んでやるよ!!」
影清が叫んだ。
「灼き払えぇぇぇぇぇぇ!!」
伽灼も叫んだ。
お互いの武器は少しずれ、そしてお互いの身体を通り抜けた。
伽灼と影清の位置は入れ替わるように交差していた。2人とも武器を構えたままピタリと止まった。
最初に影清がふらついた。
「くっ!! 馬鹿な!? 俺の神斬が……」
影清は腹を真一文字に裂かれ、そこから小さな火種がパチパチと弾けたかと思うと一気に燃え上がり、影清を真っ赤な炎に包み悲鳴も上げさせないうちに大鎌ごと跡形もなく焼き尽くしてしまった。
伽灼の刀を覆っていた炎はすっと消えた。そして、刀に付いた影清の血を振り払い鞘に戻した。血など蒸発して付着してはいないのだが、つい癖でそうしていた。しかし、鞘に戻そうとしたその刀には既に刃は無かった。それに気付いた時、伽灼の口からはサラサラと血が溢れ、さらに身体中から大量の血が噴き出した。
そのまま伽灼は膝を突き、うつ伏せに倒れた。
視界が狭くなってきた。身体はもう動かない。目の前には自分のものであろう大量の血溜まり。
「まだ……死にたく……ないなぁ」
どうして私はあいつらを庇ったのか。
仲間?
いや、あいつらも、私もそうは思ってない。
最後にカンナの顔を見たかった。
あいつの存在は私にとって……
誰も見ていない、誰も気付かない広い戦場の片隅で、銀髪・赤眼の外園伽灼は静かに”死”という永遠の孤独に堕ちていった。
鏡子でさえ見たことのない刃の付いた禅杖を割天風は振り回し3本の矢を払い落とした。
御影がその隙に割天風から離れた。
「一応の最高戦力であるお主が挑むか。面白い。ところで、南雲と大甕はどうした? まさかもう片付けたわけではあるまい?」
「南雲師範と大甕師範はリリアに任せました」
鏡子が言うと、割天風は不思議そうに戦場を眺めた。それもそのはずだ。リリアは医療担当者9人と1人で交戦していたはずなのだから。
9人いたがその全てを倒すのに時間はかからなかった。
刃の付いていない刀”無刃音叉”で全員あっという間に馬から叩き落とした。落馬した時に死んでいなければ全員気絶させただけだ。ほかの人に言わせれば甘いのかもしれない。戦場で情けは無用。しかし、リリアは世話になった人間に刃を向けるなど二度としたくなかった。世話になった剣特師範の袖岡と太刀川の顔が脳裏に過ぎるのだ。
医療担当者達を倒して辺りを見回すと全ての場所でこちら側の生徒達が苦戦していた。リリアは馬術師範の2人を同時に相手している鏡子の元へ駆けることにした。
リリアが鏡子の元へ加勢に来ると鏡子は「ここを任せていい? 御影先生が危ない」と言うのでリリアは首を縦に振った。
鏡子はその瞬間に矢を3本同時に校舎の方に放った。そのままこの戦線から離脱し、いつの間にか現れた割天風の元へ駆けた。
リリアの目の前には南雲と大甕が馬を操りながらこちらの様子を窺っていた。
「茜リリアか。袖岡師範と太刀川師範が戻らないのだが、何か知らないか?」
南雲が言った。
「お2人なら亡くなられました」
「そうか。あの2人がな。誰が殺った?」
南雲はあまり驚いた様子は見せず、続けて質問してきた。
「私と火箸燈、祝詩歩の3人です」
「ほう、驚いたな。序列9位茜リリア、序列13位火箸燈、序列28位祝詩歩。茜リリアはともかく、下位序列の生徒達が良くやったな」
序列10位以上の序列ならともかく、下位序列である燈や詩歩の序列まで南雲が正確に覚えている事にリリアは驚いた。剣特師範の袖岡、太刀川なら自分のクラスの生徒の序列を覚えていても不思議はないが、馬術師範というクラスを持たない師範がいちいち全員の序列を覚えているはずはないと思っていた。それが何を意味するか。情があるならまだ説得の余地がある。リリアは一つの賭けに出る事にした。
「あら、南雲師範。下位序列の詩歩の事まで覚えていてくださったなんて驚きました」
南雲はリリアの言葉に目を細めた。大甕はその様子を黙って見ていた。
「それはそうだろ。俺は師範なんだからな。大甕とて生徒達の序列くらい覚えておろう。お前達は手塩にかけて育ててきた生徒なんだからな」
「喋り過ぎだ、南雲師範。情が移るぞ」
「情?」
大甕の言葉に南雲は顎に指を添え何か考える仕草をした。
「茜リリア。お前は騎馬戦が苦手だと言っていたな」
突然南雲が話を変えた。
「ええ」
「それはお前の思い込みだ。現に先程医療担当者共を馬を駆りながらあっという間に蹴散らしてしまったであろう。俺から言わせれば、お前は基本となる剣術が一際優れている故、騎馬での戦闘を不得手と思い込んでいる。それだけだ。自身を持て、茜リリア! お前は強い!」
南雲からの激励の言葉にリリアは戸惑った。何故今そんな事を言い出したのか。
「馬術師範である南雲師範にそう言って頂けるとは光栄です」
南雲は何度か軽く頷いた。
大甕は静かにリリアと南雲の会話を聞いていた。
突然、南雲は大薙刀を身体の周りで振り回した。
「よし! では、その剣術と馬術でこの馬術師範、南雲魁司を倒してみよ! 馬術は俺と大甕の技だ! 今まで教えてきた事で俺を倒してみよ!」
「ああ、なるほどな」
南雲の狙いが分かり、大甕も頷いた。
「俺はお前の敵である前に師範なのだ! お前が死ぬ前に一つ稽古を付けてやろう」
リリアは困惑した。結局闘う事になってしまった。あわよくば話し合いだけで戦闘は避けたかった。
リリアは右手に握り締めた”無刃音叉”を構えた。だがやはり背中の”睡臥蒼剣”は抜かなかった。
「見ろよ、伽灼。お前の仲間達が苦戦してるぞ? 助けなくていいのか?」
影清は大鎌を戦場で戦う者達の方へ向けて言った。
「おいおい、冗談でしょ? 私に仲間なんていない。あいつらがどうなろうと私には関係ないわよ」
伽灼は影清の言葉を鼻で笑って返した。
「そうか、なら、俺がこうしても文句ないわな」
影清が大鎌を生徒達の方へ向けた。そして大きく振りかぶり、大鎌に何かを込め始めた。
伽灼はとっさに影清の大鎌を刀で打った。
影清はにやりと笑った。
「ほう、どうして庇うんだ? 伽灼」
「お前の相手は私だからだ」
「嫉妬か? なんだお前、可愛いなぁ」
影清がヘラヘラと笑いながら軽々と大鎌を振り回してきた。伽灼は前に屈んで躱し、影清の身体に刀を振った。しかし、その刀はもう一つの大鎌に防がれ弾き返された。
伽灼は一度距離を取った。
「可愛いなんて、生まれて初めて言われたわよ」
伽灼は涼しい顔で言った。まだ、奥の手はある。影清はそれを知らない。
「まさかお前が仲間達を庇うようになるとはな。お前も所詮はぬるま湯に浸かったクズだ」
「私に仲間などいないと何度言ったら」
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「黒天蜉蝣!」
影清の大鎌に斬撃の力が宿るのを感じた。
「神技・赤焔浄!」
伽灼の左掌に小さな炎がぽっと灯った。その炎は一瞬で巨大に膨れ上がり影清の神技が発動するよりも前に伽灼の炎は影清に襲い掛かろうとした。
「何だと!?」
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影清の顔には焦りがあった。やはり神技については何の情報もなかったようだ。
「能ある鷹は爪を隠す」
伽灼はケラケラと笑いながら影清に言った。
「あ?」
その嘲笑に影清の表情は一変して殺意に満ち溢れたものになった。
「神技を晒しているこの俺が、能無しみてーな言い草だな、伽灼! おもしれえ! その炎ごとてめぇを叩き斬ってやる!」
「私の炎を斬るの? それは無理よ。お前の大鎌が燃え尽きるんだから」
「俺の大鎌に触れられると思ってんのか?」
影清は2本の大鎌を両脇に構えた。
「見せてやる。これが俺が生み出した”神技・神斬”の奥義! ”黒死天蜉蝣斬”!」
影清は大鎌を両腕で棒切れのように軽々と振り回した。するとすぐにその刃から何本もの弧を描く斬撃の塊が伽灼の方へ襲い掛かった。
不味い。攻撃範囲が広過ぎる。影清の放った無数の斬撃はみるみる内に地面を斬り裂き抉っていった。伽灼の背後には生徒達がまだ戦っている。何故だか伽灼は、彼らに被害が及ぶのを防がなければならないと思った。思った時には身体が勝手に動いていた。
「灼け! 赤焔浄!」
一度も試した事はない。しかし、やるしかない。神灼で神斬を灼けるか?
目の前に迫った無数の斬撃1つ1つに伽灼は炎を分散させて打ち込んだ。すると、その場で凄まじい爆発が起き、伽灼も影清も馬ごと吹き飛んだ。
伽灼は瞬時に馬を捨て立ち上がり黒煙が立ち込める視界に目を凝らした。
相殺したのか。
黒煙のせいで周りの状況は分からない。しかし、伽灼に斬られた傷はない。
伽灼が身体を確認しているといきなり目の前の黒煙が割れた。黒い大鎌が伽灼の頬と胸を斬った。
「うっ!?」
伽灼はとっさに後方に跳び、地面を転がり黒煙から飛び出してきた影清の横に回り込んだ。
よく見ると、影清の2本の大鎌には神斬の力が宿っておりそれはバチバチと稲妻のようなものを発していた。その力は完全に可視化されていた。
「甘いなぁ、伽灼。あんな雑魚共を庇うようになって格段に腕が落ちたな。今迄通り孤独を貫いていれば響音やまりかを超えられただろうに。俺はお前も抱いてやろうと思ってたんだぜ? まりかは従順な犬だったから簡単になついた。はは、お前も響音と同じ道を辿るのか? 強くなりたくないのか!? あぁ!? 俺の下に付けば強くなれる。今ならまだ許してやる。可愛がってやるぞ? こっちに戻って来い。伽灼」
影清は下衆な顔をしてニヤついて言った。
”強さ”。自分はこの学園に来てたった1人で”強さ”を追求してきた。自分を”孤独”に追い込む事で”真の強さ”を手に入れられる。何故だかそう思っていた。きっと、上位序列の人間達が皆孤独に見えたからだ。
でも、それは違った。久壽居も鏡子も孤独ではなかった。仲間がいた。慕われていた。それを孤独と言えるのか? そうだ、孤独でなくとも”強さ”は手に入る。逆に孤独が故に負けた人間もいた。響音やまりかがそうだ。しかし、伽灼は今更それを認めたくなかったのだ。
気が付けば伽灼の周りに仲間などいなかった。自分がそうなるような立ち回ってきたから当然の結果である。
そんな時、澄川カンナが現れた。カンナも最初は完全に孤独だった。しかし、カンナは自ら孤独を捨て仲間を作り、その度に強くなっていった。伽灼のやってきたことと真逆なのである。そして、澄川カンナは伽灼に言った。
「私はあなたとも仲良くなりたいと思っています」
かつて榊樹月希という女も、そんな事言ってたっけ……
伽灼はにやりと笑い返した。
「下の名前で呼ぶんじゃねぇよ、この雑魚が!」
伽灼の黒い刀を真っ赤な炎が覆い隠した。そして雄叫びを上げながら影清に斬り掛かった。
「無駄だ! 今の俺の大鎌に触れたものは」
金属音が鳴り響いた。伽灼の燃え盛る刀と影清の稲妻を纏う両手の大鎌がぶつかった。お互いの武器は斬れもしなければ燃えもしない。
「お前の神斬と私の神灼。どうやら力が拮抗しているようね? 神の力に優劣はないって事かしら? こうなったら、己の剣術で決着を着けるしかなさそうね?」
伽灼の額からは汗が流れていた。それは影清も同じだ。2人はお互い睨み合い、鍔迫り合いを続けた。
影清が力で押した。堪らず伽灼は横に逃れた。影清の両手の大鎌は伽灼のいた地面を斬り裂き大きく抉った。すかさず伽灼は炎を纏う刀を影清に振った。何十合もの打ち合いが始まり、辺りには延々と金属音が響いた。
そしてまた刀と大鎌は押し合った。
「なあ、伽灼。俺の”黒死天蜉蝣斬”が遠距離攻撃だと勝手に思い込んでいないか? このゼロ距離で放ったら流石のお前の神技でも受け切れず真っ二つじゃねーか?」
伽灼が目を見開いて今まさに鍔迫り合いをしている影清の大鎌を見た。稲妻のような力が大きさを増し、伽灼の炎を纏った刀が押され始めた。
「くっ……!」
伽灼の顔や手は大鎌の稲妻が少し触れる度にピシピシと少しずつ避け血が流れ出した。
「お前を抱けないのは残念だが、代わりに跡形もなく斬り刻んでやるよ!!」
影清が叫んだ。
「灼き払えぇぇぇぇぇぇ!!」
伽灼も叫んだ。
お互いの武器は少しずれ、そしてお互いの身体を通り抜けた。
伽灼と影清の位置は入れ替わるように交差していた。2人とも武器を構えたままピタリと止まった。
最初に影清がふらついた。
「くっ!! 馬鹿な!? 俺の神斬が……」
影清は腹を真一文字に裂かれ、そこから小さな火種がパチパチと弾けたかと思うと一気に燃え上がり、影清を真っ赤な炎に包み悲鳴も上げさせないうちに大鎌ごと跡形もなく焼き尽くしてしまった。
伽灼の刀を覆っていた炎はすっと消えた。そして、刀に付いた影清の血を振り払い鞘に戻した。血など蒸発して付着してはいないのだが、つい癖でそうしていた。しかし、鞘に戻そうとしたその刀には既に刃は無かった。それに気付いた時、伽灼の口からはサラサラと血が溢れ、さらに身体中から大量の血が噴き出した。
そのまま伽灼は膝を突き、うつ伏せに倒れた。
視界が狭くなってきた。身体はもう動かない。目の前には自分のものであろう大量の血溜まり。
「まだ……死にたく……ないなぁ」
どうして私はあいつらを庇ったのか。
仲間?
いや、あいつらも、私もそうは思ってない。
最後にカンナの顔を見たかった。
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断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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