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学園戦争の章《結》
第128話~割天風と学園~
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空を仰いだ割天風はゆっくりと語り始めた。
~~~~
澄川カンナが学園に入学する十数年前。
久壽居朱雀が学園におり、榊樹月希がまだ入学する前の話だ。
多綺響音や畦地まりかはまだ10代前半だった。
生徒総勢40名。とても平和な学園だった。
ある日、割天風が執務室で青幻や我羅道邪の勢力の拡大という情報に1人頭を抱えていた。
すると、扉の前に気配を感じた。
「鵜籠か。入れ」
割天風が言うと、鵜籠は部屋へ入って来た。
「総帥、大陸側では青幻や我羅道邪の勢力が拡大してその数、どちらも1万に匹敵するとか」
「知っておる」
鵜籠は割天風の態度に軽く笑い声を上げた。
「そこで、総帥にお話があるという者を連れて参りました」
「誰がそ奴に会うと言った?」
鵜籠の勝手な行動に割天風は苛立ち睨み付けた。
「いえいえ、総帥はきっとお会いになります」
割天風が首を傾げると、鵜籠の背後からはかつての師である老人、解寧が入って来た。
割天風は驚き立ち上がった。
「これはこれは解寧老師。お久しぶりです。あなたの噂を近頃聞かないものだからどうしたろうかと案じていたところです」
「はは、其方、随分と老けたな」
確かに、かつて解寧と会った時はまだ割天風は若かった。しかし、目の前の男は当時とそれ程変わっていない。解寧に会ったのは40年も前のはずだ。いったいこの男は幾つなのだろう。
「して、今日はどのようなご要件で?」
「ああ、いい話を持って来た」
解寧がにやりと笑ったので割天風は少し不気味に感じたがとりあえず、椅子に座るよう促した。
椅子に座った解寧に鵜籠が茶を出した。割天風の机にも茶が置かれた。
解寧は割天風との再開に機嫌が良さそうで、学園を開いた経緯などについて訊いてきた。しばらく世間話に花を咲かせていると突然解寧は話題を変えた。
「おう、そうだそうだ。この学園に慈縛殿体術の使い手の女はいないか?」
「ああ、それなら2人おります」
「周防水音と篁光希か?」
「ええ。やはりお知り合いでしたか。お会いになりますか? 解寧老師」
「いや、必要ない。ただ、ここから逃げないように見張っておれ。いずれ必要になる時が来る」
解寧は2人の存在を確認するとにやりと笑った。割天風がどういう意味か聞いたが解寧は答えなかった。
なかなか本題を話さない解寧を不審そうな目で見た。すると、解寧は一度茶を口に運び、また机に湯呑みを置くと静かに話し始めた。
「青幻の兵力、我羅道邪の兵力共に1万に達する勢いだ。龍武帝国帝都軍の宝生も80万という大軍を擁するが、優秀な指揮官がおらず、さらには兵達も脆弱で太刀打ち出来ず苦戦しておるとか」
帝都軍が苦戦しているという話は聞いていた。今のところ、この学園のある島は青幻や我羅道邪に攻められるような広大な土地や金といった要素はなく、恐らく眼中にないはずだ。しかし、いずれ帝都軍が青幻、我羅道邪のいずれかに敗れれば、勢力の拡大と共にこの島も狙われるかもしれない。特に、青幻は武術国家建国を目論む盗賊集団だ。故に武術を学ぶ生徒がいるこの学園は青幻の目に留まる可能性は大いにあった。
「解寧老師。それで何か策を持って来てくださったと言う事ですかな?」
「割天風よ。お前は世界を変える為にこの学園を作ったのじゃろ? では、悠長に手段を選んでいる暇はない。急がねば手遅れになる」
「御教授ください。老師」
解寧が勿体ぶっていたので割天風は立ち上がり頭を下げて尋ねた。
解寧はまた茶を啜るとゆっくりと口を開いた。
「一番確実な方法は、青幻の武術国家建国に力を貸すことだ」
解寧の予想外の言葉に割天風は眉間に皺を寄せた。
「儂は青幻に会ったことがあるが、奴の集める武人達は皆強者ばかりだった。見る目がある。それに、青幻自身もかなりの大物だった。奴らはいずれ国家を建国するだろう。そうなれば、帝都軍と言えども簡単には青幻を除けなくなる。我羅道邪の集団とは一線を画し手出し出来なくなる。あの三竦みで最も世界に残れる可能性が高いのは青幻だと思っている」
「しかし、青幻は盗賊のような連中ではありませんか」
「馬鹿め。それは分かっておる。だが国とは力だ。盗賊の作った国だろうが、国は国だ。お前はその国を奪い、力を手に入れるのだ。そうすれば、我羅道邪はすぐにはお前の国を潰せなくなるだろう。それにより世界には帝都軍と武術国家の”2強”が誕生する。それ以外の他国などの勢力は武器を持たない以上考えるに値しない」
割天風は顎鬚を触った。まさか一介の僧侶である解寧が国などと言い出すとは思ってもいなかった。確かに、”銃火器等完全撤廃条約”がある以上、有力な勢力といえば青幻、我羅道邪、龍武帝国帝都軍の三勢力のみだ。その1つ、青幻の軍隊を手中に収めればその他の二勢力に対抗出来るだろう。帝都軍は数のみで実力が伴っていない、いわば烏合の衆なのである。
「具体的には、どうしたら良いでしょうか?」
「青幻に手を貸すフリをするのだ。青幻と協力すると見せ掛けて、機を見て青幻の首を取れば良い。儂の見る限りでは、お前の方が青幻より強い」
割天風は黙って解寧の話を聴いていた。
「そうだな、まずはこの学園の生徒を手土産に友好を深めてはどうだ? 青幻がこちらに気を許したらその後はしばらく青幻の要望には答えるようにする。儂が共に奴の元へ行っても良い。ああ、そうだ。帝都軍とも裏で手を組んでいた方が良いぞ。色々と役に立つだろう」
割天風は目を見開いた。
「全ては、お前が勝つ為だ」
「勝つ為……ですか」
あまり気が進まなかった。国を持つなど、割天風には武術はあるが、政治など出来ない。相手を言葉巧みに騙すなどこれまでやった事はない。割天風は生粋の武人なのだ。
解寧は茶を啜っていた。その様子を腕を組んで眺めた。この男を信用していいのか。しかし、このまま悪戯に学園の運営のみに時を掛けていればいずれ自分が朽ち果てる。この身体が動く内に手を打つ必要がある。
割天風は決意した。
「然らば、全て解寧老師のお言葉に従います」
解寧は割天風が頭を下げたのを見ると満足そうに微笑み何度か頷いた。
それから割天風は解寧に従いすぐに行動した。
まず、青幻と手を組む為に生徒の1人である弓特序列10位の公孫莉を青幻の配下に加えた。公孫莉の活躍は目覚しく、青幻を大いに助け、我羅道邪や帝都軍を圧倒し、すぐに幹部に昇格した。公孫莉は帝都軍との戦で何百人もの兵士を射殺し、”速射姫”と呼ばれるようになった。
また、帝都軍の将軍宝生には、体特序列3位の久壽居朱雀を武術指南役として派遣した。この事で帝都軍の力が強まり、青幻と帝都軍の勢力は力が拮抗し、我羅道邪は一歩後退する事になった。
それまでいつも割天風の近くにいた解寧は、いつの間にか姿を消し、その行方も分からなくなった。
世界からこの学園が認められるようになったのは解寧の活躍が大きかった。だが、解寧の存在は、割天風と鵜籠の2人だけしか知る者はおらず、数年後にひっそりと死んだという情報だけがどこからともなく伝わってきたのだった。
解寧が死んでから数年後。
大陸側の情勢は依然変わらず、帝都軍と青幻が猛威を振るっていた。噂によると、我羅道邪が青幻に歩み寄っているとの情報もあった。しかし、青幻はあくまで我羅道邪とは敵対する姿勢を示し、帝都軍のみを眼前の脅威と認識していた。
それからさらに月日は流れた。
割天風は多綺響音と大陸側を視察していた時に偶然幼い女の子を見付けた。手には小さな身体に似合わない色付きの名刀”黄龍心機”が握られていた。その娘が榊樹家の娘という事はすぐに分かった。割天風は快くその娘、榊樹月希を保護し学園に入学させた。響音には世話役を任せて数ヵ月様子を見させた。すると月希はあっという間に序列11位まで上り詰めた。
月希は皆から好かれた。その性格がそうさせるのだろう。割天風も月希の様子を微笑ましく見ていた。
そんな時だ。青幻の手下の孟秦が学園にやって来たのは。
執務室に通された孟秦は、青幻からの言伝を伝に来たと言った。
「総帥。この学園は平和過ぎます。これでは呑気に平和呆けした生徒しか育たず、いざという時に役に立ちません。青幻様はそれを危惧しておられます」
孟秦の言う通り、”序列仕合”という生徒同士が戦闘する制度はあるが、その制度さえ相手を殺す事を禁じている。生徒達には”死”という恐怖から遠ざかりつつある。いや、既にそんなものを意識していないかもしれない。
「何か案を持って来たのか?」
割天風は茶を啜りながら孟秦に問い掛けた。
「学園に”死”と”憎悪”を取り入れるのです」
孟秦はにやりと笑って言った。
割天風は湯呑みを机に置き、腕を組んで孟秦を見た。
「続けろ」
「まず、序列仕合の勝利条件に相手が”死ぬまで”という文言を付け加えましょう。最初は躊躇う者も多いと思いますので、誰か生徒の1人でも見せしめに殺しましょう。そうですね、皆から愛されている生徒が良いでしょう。それと、”制裁仕合”というものも新たに設け、規則を破ったりしたものへは制裁と称し、”恐怖”を与えましょう。これは決して殺さずに恐怖のみを与える仕合です」
割天風は沈黙した。そして、間を開けて口を開いた。
「しかし、見せしめに殺す? 恐怖を与える? そんなもの、まさしく人道に反するではないか。儂が手塩にかけて育ててきた生徒達じゃぞ。身寄りのない子供達を」
「この世界に人道などというものはとうにありません。世界を変えるにはたかが1人の犠牲など安いものです。むしろ、1人などでは足りないくらいです」
孟秦は語気を強めた。
割天風は首を横に振った。
「総帥が出来ないのなら、我々がやります。幸い、学園の内部には我々が一大勢力を築いているという情報は入っていないのでしょう?」
確かに、生徒達には大陸側の情報は入れないようにしている。知っているのは鵜籠と7人の師範勢、そして、割天風のみだ。特に青幻の情報は繋がっている事が露見するのを防ぐ為、存在すらも教えてはいない。勿論、公孫莉が青幻の元へ行った事も生徒達は知らない。
「総帥。迷っている時間はありません。あなたは生徒達に”名も無き盗賊団が大陸側で暴れ回っている事”を伝えてください。一月後に、青幻様がこの島にその名も無き盗賊団として少数を引き連れて上陸します。その時に学園で最も愛されている生徒を防衛役として派遣してください。愛されている生徒が死んだ方がより強い憎悪を生み出しますので」
割天風は唸り声を上げた。手塩にかけて育ててきた生徒達を、それも最も愛されている生徒を世界を変えるという己の野望の生贄にするなどとても考えられなかった。
「これが最も最善の策です。情に流されてはいけません。どうか賢明なご判断を」
割天風は苦渋の決断を下した。
学園で最も愛されている者。榊樹月希を青幻討伐の村当番として派遣したのだ。月希と共に就けたのは、特に当たり障りのない弓特の桜崎マリアだったが、多綺響音はその人事に異論を唱えた。序列5位以上の”特権”を使われ、マリアと響音を交代せざるを得なくなったのだ。仕方なく月希と共に響音を就けた。
しかし、それが思えば失敗だった。月希は計画通り死んだが、響音は右腕を失い、黄龍心機も名馬の月華も青幻は奪っていった。そして、学園には割天風の予想を遥かに超えた憎悪が溢れた。憎しみは憎しみを呼び、割天風が築いた楽園は崩壊へと向かう事になった。
ここまで来たらもう生徒達の憎しみの連鎖を割天風は止める事が出来ない。諦めたのだ。青幻のような盗賊風情の男の言う事を聞くのは癪だが、憎しみに支配された生徒達はこれまでより格段に強くなっていた。むしろこの勢いで青幻に一泡吹かせられるかもしれない。
澄川カンナを学園に連れて来たのはそんな時だった。篝気功掌という珍しい体術使いだった。そしてカンナの目の奥には学園の生徒達と同じ哀しみと憎悪、生徒達と違う強さがあった。澄川カンナは青幻を倒す為に使おうと思った。
もうこれ以上生徒の中から死人を出したくはない。どちらかが死ぬまで闘う序列仕合は一定の緊張感を持たせる為に必要だった。故に序列仕合で死ぬ事は仕方がないと思う事にした。
カンナを序列11位にしたのは篝気功掌を憎悪の力で新たな力を付けさせ、青幻打倒の駒にしようと思ったからだ。
だが、カンナはその程度では挫けなかった。それどころか、憎しみを抱かずとも序列8位の多綺響音と互角に闘い、序列4位の影清を追い込む力を見せたのだ。
そして、カンナは学園に渦巻く憎悪を次々と消していった。響音と和解し、問題児だった後醍院茉里を更生させ、カンナを憎んでいた祝詩歩とも和解した。今までどの生徒もそんな事をした者はいない。
武術も勿論だが、カンナは人を変えるという事に関して一際輝いていた。武術としてだけではなく、人間性にも割天風は興味を持った。
だから周防水音と篁光希がカンナを本気で殺そうとした事に関しては見過ごせなかった。畦地まりかに2人の粛清を命じたのはカンナへの思いやりだったのだ。
青幻が学園に孟秦を潜ませ、慈縛殿体術を会得した水音と光希のいずれかを連れ去ろうとしていた事には全く気付かなかった。その時から青幻は完全に割天風を裏切った。そしてその時の孟秦の言葉で解寧が最初から割天風を裏切っていた事に気付いた。解寧は青幻と繋がっており、解寧を周防水音、又は篁光希のどちらかの身体を依代にしてこの世に復活させ、復活した解寧が死者を蘇らせ、青幻の兵士にするという契約を交わしていたようだ。
斑鳩爽が孟秦達を学園内で見付けた時は、青幻との繋がりが発覚しないように斑鳩に見張りを就けて必死に監視させていたのだが、こんな形で裏切られるとは思いもよらなかった。
割天風はこれまで感じたことのない激しい怒りが込み上げた。だがそれも、カンナを光希の身体を依代にした解寧の元へ派遣した事で解寧の完全復活と青幻の死者の兵団創設の目論見を頓挫させる事が出来、驚きのあまり怒りも忘れていた。
澄川カンナは割天風を驚かせてばかりだった。
しかし、そのカンナも今や反逆者として目の前にいる。
かつて敵だらけだったはずの学園で、生徒の殆どを味方に就けて、澄川カンナは割天風の目の前に立ちはだかった。
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割天風は目の前のカンナに刀を向けた。
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澄川カンナが学園に入学する十数年前。
久壽居朱雀が学園におり、榊樹月希がまだ入学する前の話だ。
多綺響音や畦地まりかはまだ10代前半だった。
生徒総勢40名。とても平和な学園だった。
ある日、割天風が執務室で青幻や我羅道邪の勢力の拡大という情報に1人頭を抱えていた。
すると、扉の前に気配を感じた。
「鵜籠か。入れ」
割天風が言うと、鵜籠は部屋へ入って来た。
「総帥、大陸側では青幻や我羅道邪の勢力が拡大してその数、どちらも1万に匹敵するとか」
「知っておる」
鵜籠は割天風の態度に軽く笑い声を上げた。
「そこで、総帥にお話があるという者を連れて参りました」
「誰がそ奴に会うと言った?」
鵜籠の勝手な行動に割天風は苛立ち睨み付けた。
「いえいえ、総帥はきっとお会いになります」
割天風が首を傾げると、鵜籠の背後からはかつての師である老人、解寧が入って来た。
割天風は驚き立ち上がった。
「これはこれは解寧老師。お久しぶりです。あなたの噂を近頃聞かないものだからどうしたろうかと案じていたところです」
「はは、其方、随分と老けたな」
確かに、かつて解寧と会った時はまだ割天風は若かった。しかし、目の前の男は当時とそれ程変わっていない。解寧に会ったのは40年も前のはずだ。いったいこの男は幾つなのだろう。
「して、今日はどのようなご要件で?」
「ああ、いい話を持って来た」
解寧がにやりと笑ったので割天風は少し不気味に感じたがとりあえず、椅子に座るよう促した。
椅子に座った解寧に鵜籠が茶を出した。割天風の机にも茶が置かれた。
解寧は割天風との再開に機嫌が良さそうで、学園を開いた経緯などについて訊いてきた。しばらく世間話に花を咲かせていると突然解寧は話題を変えた。
「おう、そうだそうだ。この学園に慈縛殿体術の使い手の女はいないか?」
「ああ、それなら2人おります」
「周防水音と篁光希か?」
「ええ。やはりお知り合いでしたか。お会いになりますか? 解寧老師」
「いや、必要ない。ただ、ここから逃げないように見張っておれ。いずれ必要になる時が来る」
解寧は2人の存在を確認するとにやりと笑った。割天風がどういう意味か聞いたが解寧は答えなかった。
なかなか本題を話さない解寧を不審そうな目で見た。すると、解寧は一度茶を口に運び、また机に湯呑みを置くと静かに話し始めた。
「青幻の兵力、我羅道邪の兵力共に1万に達する勢いだ。龍武帝国帝都軍の宝生も80万という大軍を擁するが、優秀な指揮官がおらず、さらには兵達も脆弱で太刀打ち出来ず苦戦しておるとか」
帝都軍が苦戦しているという話は聞いていた。今のところ、この学園のある島は青幻や我羅道邪に攻められるような広大な土地や金といった要素はなく、恐らく眼中にないはずだ。しかし、いずれ帝都軍が青幻、我羅道邪のいずれかに敗れれば、勢力の拡大と共にこの島も狙われるかもしれない。特に、青幻は武術国家建国を目論む盗賊集団だ。故に武術を学ぶ生徒がいるこの学園は青幻の目に留まる可能性は大いにあった。
「解寧老師。それで何か策を持って来てくださったと言う事ですかな?」
「割天風よ。お前は世界を変える為にこの学園を作ったのじゃろ? では、悠長に手段を選んでいる暇はない。急がねば手遅れになる」
「御教授ください。老師」
解寧が勿体ぶっていたので割天風は立ち上がり頭を下げて尋ねた。
解寧はまた茶を啜るとゆっくりと口を開いた。
「一番確実な方法は、青幻の武術国家建国に力を貸すことだ」
解寧の予想外の言葉に割天風は眉間に皺を寄せた。
「儂は青幻に会ったことがあるが、奴の集める武人達は皆強者ばかりだった。見る目がある。それに、青幻自身もかなりの大物だった。奴らはいずれ国家を建国するだろう。そうなれば、帝都軍と言えども簡単には青幻を除けなくなる。我羅道邪の集団とは一線を画し手出し出来なくなる。あの三竦みで最も世界に残れる可能性が高いのは青幻だと思っている」
「しかし、青幻は盗賊のような連中ではありませんか」
「馬鹿め。それは分かっておる。だが国とは力だ。盗賊の作った国だろうが、国は国だ。お前はその国を奪い、力を手に入れるのだ。そうすれば、我羅道邪はすぐにはお前の国を潰せなくなるだろう。それにより世界には帝都軍と武術国家の”2強”が誕生する。それ以外の他国などの勢力は武器を持たない以上考えるに値しない」
割天風は顎鬚を触った。まさか一介の僧侶である解寧が国などと言い出すとは思ってもいなかった。確かに、”銃火器等完全撤廃条約”がある以上、有力な勢力といえば青幻、我羅道邪、龍武帝国帝都軍の三勢力のみだ。その1つ、青幻の軍隊を手中に収めればその他の二勢力に対抗出来るだろう。帝都軍は数のみで実力が伴っていない、いわば烏合の衆なのである。
「具体的には、どうしたら良いでしょうか?」
「青幻に手を貸すフリをするのだ。青幻と協力すると見せ掛けて、機を見て青幻の首を取れば良い。儂の見る限りでは、お前の方が青幻より強い」
割天風は黙って解寧の話を聴いていた。
「そうだな、まずはこの学園の生徒を手土産に友好を深めてはどうだ? 青幻がこちらに気を許したらその後はしばらく青幻の要望には答えるようにする。儂が共に奴の元へ行っても良い。ああ、そうだ。帝都軍とも裏で手を組んでいた方が良いぞ。色々と役に立つだろう」
割天風は目を見開いた。
「全ては、お前が勝つ為だ」
「勝つ為……ですか」
あまり気が進まなかった。国を持つなど、割天風には武術はあるが、政治など出来ない。相手を言葉巧みに騙すなどこれまでやった事はない。割天風は生粋の武人なのだ。
解寧は茶を啜っていた。その様子を腕を組んで眺めた。この男を信用していいのか。しかし、このまま悪戯に学園の運営のみに時を掛けていればいずれ自分が朽ち果てる。この身体が動く内に手を打つ必要がある。
割天風は決意した。
「然らば、全て解寧老師のお言葉に従います」
解寧は割天風が頭を下げたのを見ると満足そうに微笑み何度か頷いた。
それから割天風は解寧に従いすぐに行動した。
まず、青幻と手を組む為に生徒の1人である弓特序列10位の公孫莉を青幻の配下に加えた。公孫莉の活躍は目覚しく、青幻を大いに助け、我羅道邪や帝都軍を圧倒し、すぐに幹部に昇格した。公孫莉は帝都軍との戦で何百人もの兵士を射殺し、”速射姫”と呼ばれるようになった。
また、帝都軍の将軍宝生には、体特序列3位の久壽居朱雀を武術指南役として派遣した。この事で帝都軍の力が強まり、青幻と帝都軍の勢力は力が拮抗し、我羅道邪は一歩後退する事になった。
それまでいつも割天風の近くにいた解寧は、いつの間にか姿を消し、その行方も分からなくなった。
世界からこの学園が認められるようになったのは解寧の活躍が大きかった。だが、解寧の存在は、割天風と鵜籠の2人だけしか知る者はおらず、数年後にひっそりと死んだという情報だけがどこからともなく伝わってきたのだった。
解寧が死んでから数年後。
大陸側の情勢は依然変わらず、帝都軍と青幻が猛威を振るっていた。噂によると、我羅道邪が青幻に歩み寄っているとの情報もあった。しかし、青幻はあくまで我羅道邪とは敵対する姿勢を示し、帝都軍のみを眼前の脅威と認識していた。
それからさらに月日は流れた。
割天風は多綺響音と大陸側を視察していた時に偶然幼い女の子を見付けた。手には小さな身体に似合わない色付きの名刀”黄龍心機”が握られていた。その娘が榊樹家の娘という事はすぐに分かった。割天風は快くその娘、榊樹月希を保護し学園に入学させた。響音には世話役を任せて数ヵ月様子を見させた。すると月希はあっという間に序列11位まで上り詰めた。
月希は皆から好かれた。その性格がそうさせるのだろう。割天風も月希の様子を微笑ましく見ていた。
そんな時だ。青幻の手下の孟秦が学園にやって来たのは。
執務室に通された孟秦は、青幻からの言伝を伝に来たと言った。
「総帥。この学園は平和過ぎます。これでは呑気に平和呆けした生徒しか育たず、いざという時に役に立ちません。青幻様はそれを危惧しておられます」
孟秦の言う通り、”序列仕合”という生徒同士が戦闘する制度はあるが、その制度さえ相手を殺す事を禁じている。生徒達には”死”という恐怖から遠ざかりつつある。いや、既にそんなものを意識していないかもしれない。
「何か案を持って来たのか?」
割天風は茶を啜りながら孟秦に問い掛けた。
「学園に”死”と”憎悪”を取り入れるのです」
孟秦はにやりと笑って言った。
割天風は湯呑みを机に置き、腕を組んで孟秦を見た。
「続けろ」
「まず、序列仕合の勝利条件に相手が”死ぬまで”という文言を付け加えましょう。最初は躊躇う者も多いと思いますので、誰か生徒の1人でも見せしめに殺しましょう。そうですね、皆から愛されている生徒が良いでしょう。それと、”制裁仕合”というものも新たに設け、規則を破ったりしたものへは制裁と称し、”恐怖”を与えましょう。これは決して殺さずに恐怖のみを与える仕合です」
割天風は沈黙した。そして、間を開けて口を開いた。
「しかし、見せしめに殺す? 恐怖を与える? そんなもの、まさしく人道に反するではないか。儂が手塩にかけて育ててきた生徒達じゃぞ。身寄りのない子供達を」
「この世界に人道などというものはとうにありません。世界を変えるにはたかが1人の犠牲など安いものです。むしろ、1人などでは足りないくらいです」
孟秦は語気を強めた。
割天風は首を横に振った。
「総帥が出来ないのなら、我々がやります。幸い、学園の内部には我々が一大勢力を築いているという情報は入っていないのでしょう?」
確かに、生徒達には大陸側の情報は入れないようにしている。知っているのは鵜籠と7人の師範勢、そして、割天風のみだ。特に青幻の情報は繋がっている事が露見するのを防ぐ為、存在すらも教えてはいない。勿論、公孫莉が青幻の元へ行った事も生徒達は知らない。
「総帥。迷っている時間はありません。あなたは生徒達に”名も無き盗賊団が大陸側で暴れ回っている事”を伝えてください。一月後に、青幻様がこの島にその名も無き盗賊団として少数を引き連れて上陸します。その時に学園で最も愛されている生徒を防衛役として派遣してください。愛されている生徒が死んだ方がより強い憎悪を生み出しますので」
割天風は唸り声を上げた。手塩にかけて育ててきた生徒達を、それも最も愛されている生徒を世界を変えるという己の野望の生贄にするなどとても考えられなかった。
「これが最も最善の策です。情に流されてはいけません。どうか賢明なご判断を」
割天風は苦渋の決断を下した。
学園で最も愛されている者。榊樹月希を青幻討伐の村当番として派遣したのだ。月希と共に就けたのは、特に当たり障りのない弓特の桜崎マリアだったが、多綺響音はその人事に異論を唱えた。序列5位以上の”特権”を使われ、マリアと響音を交代せざるを得なくなったのだ。仕方なく月希と共に響音を就けた。
しかし、それが思えば失敗だった。月希は計画通り死んだが、響音は右腕を失い、黄龍心機も名馬の月華も青幻は奪っていった。そして、学園には割天風の予想を遥かに超えた憎悪が溢れた。憎しみは憎しみを呼び、割天風が築いた楽園は崩壊へと向かう事になった。
ここまで来たらもう生徒達の憎しみの連鎖を割天風は止める事が出来ない。諦めたのだ。青幻のような盗賊風情の男の言う事を聞くのは癪だが、憎しみに支配された生徒達はこれまでより格段に強くなっていた。むしろこの勢いで青幻に一泡吹かせられるかもしれない。
澄川カンナを学園に連れて来たのはそんな時だった。篝気功掌という珍しい体術使いだった。そしてカンナの目の奥には学園の生徒達と同じ哀しみと憎悪、生徒達と違う強さがあった。澄川カンナは青幻を倒す為に使おうと思った。
もうこれ以上生徒の中から死人を出したくはない。どちらかが死ぬまで闘う序列仕合は一定の緊張感を持たせる為に必要だった。故に序列仕合で死ぬ事は仕方がないと思う事にした。
カンナを序列11位にしたのは篝気功掌を憎悪の力で新たな力を付けさせ、青幻打倒の駒にしようと思ったからだ。
だが、カンナはその程度では挫けなかった。それどころか、憎しみを抱かずとも序列8位の多綺響音と互角に闘い、序列4位の影清を追い込む力を見せたのだ。
そして、カンナは学園に渦巻く憎悪を次々と消していった。響音と和解し、問題児だった後醍院茉里を更生させ、カンナを憎んでいた祝詩歩とも和解した。今までどの生徒もそんな事をした者はいない。
武術も勿論だが、カンナは人を変えるという事に関して一際輝いていた。武術としてだけではなく、人間性にも割天風は興味を持った。
だから周防水音と篁光希がカンナを本気で殺そうとした事に関しては見過ごせなかった。畦地まりかに2人の粛清を命じたのはカンナへの思いやりだったのだ。
青幻が学園に孟秦を潜ませ、慈縛殿体術を会得した水音と光希のいずれかを連れ去ろうとしていた事には全く気付かなかった。その時から青幻は完全に割天風を裏切った。そしてその時の孟秦の言葉で解寧が最初から割天風を裏切っていた事に気付いた。解寧は青幻と繋がっており、解寧を周防水音、又は篁光希のどちらかの身体を依代にしてこの世に復活させ、復活した解寧が死者を蘇らせ、青幻の兵士にするという契約を交わしていたようだ。
斑鳩爽が孟秦達を学園内で見付けた時は、青幻との繋がりが発覚しないように斑鳩に見張りを就けて必死に監視させていたのだが、こんな形で裏切られるとは思いもよらなかった。
割天風はこれまで感じたことのない激しい怒りが込み上げた。だがそれも、カンナを光希の身体を依代にした解寧の元へ派遣した事で解寧の完全復活と青幻の死者の兵団創設の目論見を頓挫させる事が出来、驚きのあまり怒りも忘れていた。
澄川カンナは割天風を驚かせてばかりだった。
しかし、そのカンナも今や反逆者として目の前にいる。
かつて敵だらけだったはずの学園で、生徒の殆どを味方に就けて、澄川カンナは割天風の目の前に立ちはだかった。
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割天風は目の前のカンナに刀を向けた。
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