序列学園

あくがりたる

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響月の章

第18話 妹の面影

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 同じ病室だった。カンナが目を覚ました時には響音ことねは隣のベッドにいて窓の外を見ていた。
 カンナは起き上がろうとしたが身体の痛みで思わず声を漏らした。

「いっ……」

 それに気付いた響音がこちらを見た。
 目が合った。
 カンナも響音もお互い一瞬気まずい空気を感じた。
 響音が先に口を開いた。

「大丈夫……?」

「は、はい、少し身体が痛いだけです」

 カンナはゆっくりと上体を起こした。
 響音が気遣いの言葉を掛けてくれたので戸惑った。

「そうだ、仕合……私、負けちゃったんですよね」

 ふと倒れる前の事を思い出した。勝った記憶はなかった。つまり負けたのだ。

「仕合ではお前の負け」

「仕合では?」

「実質あたしは負けていた」

「私、多綺たきさんを1発だけ殴ってやろうと思ったのに…1発も殴れませんでした」

 響音はクスッと笑った。

「あたしは殴られたわよ。#月希……るい……#にね」

「え? 月希さん?」

 カンナはどういう意味か理解出来ず首を傾げた。

「あたしはずっとお前に月希の面影を見ていたみたいね。でも見た目は全然違うし、態度も無愛想だし、月希の方が全然可愛かったんだけどね」

 カンナは静かに響音の言葉を聞いていた。

「闘って分かったの。お前のどこが月希と似てるのか。それは、心。真っ直ぐな心だったわ」

「心……ですか」

「お前が序列11位として学園に入学してきた時、正直面白くなかったわ。それは皆同じだったと思うの。あたしの場合、月希の序列を新入りが奪ったって気持ちが強かったけど、でも、それからお前のことが気になって様子を見ているうちに、あたしの心の中で月希がお前と被り始めた。それが……怖くて……お前は月希じゃない……月希の真似をするな……って」

 響音は泣いていた。涙がポロポロと零れた。

「カンナ……お前……いえ、あなたは何も悪くない……それは分かってた……でもあたしはあなたが悪いと、そう思わないと自分がどうにかなってしまいそうで……。でも仕合の最後であたしはあなたに被っていた月希に殴られたわ。『もうやめて。私はもういないのよ』って……」

 カンナは響音の震える声を聞きながら目頭が熱くなるのを感じた。

「多綺さん……」


「ごめんなさい。カンナ。あたしの逆恨みのせいで……あなたにとても辛い思いをさせてしまって……。謝っても許してもらえないのは分かってるわ。あたしはあなたを殺そうとまでしたのだから」

「多綺さん、確かに、私は辛かった。毎日が地獄のような日々でした。でも、私は多綺さんと仲良く出来ればその辛い日々も終わる。そう思ってあなたに仕合を申し込んだんです。1発だけ殴ってやろうと思ったんですけどね。それも月希さんが代わりにやってくれたなら、もういいです」

「カンナ……あたしを憎んでないの……?」

 カンナは笑顔で答えた。

「済んだことです、この話はこれで終わりです!」

 響音は涙を拭きながら言った。

「カンナ、あなたはやっぱり笑顔が可愛いわね」

 響音も笑顔だった。狂気の消えた響音の笑顔こそカンナは可愛いと思った。

「ありがとうございます、多綺さん」

「響音でいいよ」

 カンナは頷いた。
 そこへつかさとリリア、そしてあかりが病室へ入ってきた。

「何だ2人とも、いい感じじゃん!」

 燈が笑顔で言った。

「本当に良かった。2人とも無事で……私、本当に心配したんだからね!」

 リリアが目を潤ませながら言った。

「あ……リリア……その、色々……悪かったな」

 響音は今までリリアにしてきた事も謝罪した。

「本当に!! 心配したんだから!! でも、仲直り出来て良かった」

 つかさも頷いていた。

「まったく、多綺が昔みたいに戻っちまったんじゃ、もうぶっ殺すとか言えないなぁ」

 燈が口を尖らせながら言った。

「あたしはいつでも相手になるわよ?」

「いや、あの『神速しんそく』見て挑もうとする馬鹿は序列9位の舞冬まふゆくらいだよ。あたしは当分遠慮しとくわ」

「そうね、舞冬は本当にしつこかったわね」

 皆笑っていた。
 カンナは響音を含めたこのメンバーで笑い会える日が来て本当に良かったと思った。

 その後響音は全生徒、師範、割天風かつてんぷうにカンナへの仕打ちを自ら告白。謝罪をすると共に罰を受ける旨を伝えた。
 しかし、カンナの説得により、響音は退学は免れ、村との伝令役の任務を外されるだけで済んだ。後任には学園序列9位の柊舞冬ひいらぎまふゆが付くことになった。



 翌日、学園の校舎の会議室で学園序列4位で剣術特待クラストップの影清かげきよを筆頭に会議が行われていた。
 そこには、序列5位、畦地あぜちまりか、序列6位、外園伽灼ほかぞのかやを含む響音以外の剣特の全員が参加していた。

多綺響音たきことねの件についてだが……見たか? あのていたらく。入学したての体特たいとくの糞ガキに負けかけてたぞ? 俺は以前から思っていたが、序列仕合の開催を個人の自由にさせとくのは全くもって競争にならぬ。向上心のない者に未来はない。この学園では序列こそ全て! 力こそが全てだ! よって、これより、剣特は自分より序列の高い生徒に必ず仕合を挑み勝つことを目標とする! 今の序列を見直すいい機会になるだろう」

 一際ひときわ威圧感のある男。剣特最強である影清が言った。
 剣術特待クラスは人気が高く、入学希望者が殺到していた。故に下位序列の剣特生徒も相当な腕を持っている。いわばエリートクラスだ。
 そのトップの影清には誰も逆らえる者はいない。
 普段は異論は出ず、影清の決定が全てだった。
 その会議の場で手を上げた者がいた。
 序列10位、あかねリリアである。

「恐れながら意見を述べさせて頂きます。序列仕合は個人の自由意志により行われるものと割天風総帥も仰っていました。それを強制するのは如何なものかと」

 すると、影清の隣に座っていたまりかが笑顔で答えた。

「リリアちゃん、影清さんはね、私達エリートクラスの為に言ってるのよ? 他のクラスと一緒じゃだめでしょ? 響音さんみたくなるなら剣特にはいらないのよ」

 続けて影清が言った

「多綺は剣特から追放する事が決定した。それは俺とまりかで決めたことだ。総帥もそれは容認しておられる。この剣特の人事権は俺にあるからな」

 リリアは驚き身を乗り出して聞いた

「そんな!! それじゃぁ響音さんはどこに行くんですか!?」

 影清はそんな事聞くなと言わんばかりに腕を組み、大きく溜息を吐いた。

「剣特を離れた奴の事なんか俺が知るか。まぁ多綺は剣以外も出来るからな。他でも上手くやっていけるさ。まあもっとも、あいつは今さら『黄龍心機こうりゅうしんき』を取り戻すとか言い出したらしいから、学園からは実質いなくなるんじゃねーかな? ちなみに、多綺の代わりに剣特に入るやつは俺が選ぶ事にしている」

 リリアは愕然として椅子に腰を下ろした。

「実際、響音さんがいなくなったら嬉しいでしょ? 散々偉そうにしてきたんだからね、あの人」

 まりかは楽しそうに笑みを浮かべていた。
 何がそんなに面白いのか。まりかの方が狂っている。リリアは以前のまりかからの変貌ぶりに恐怖を覚えていた。

「ま、という訳だ。あぁ、仕合に負けた場合は多綺と同じく剣特から追放するからな。分かってるよな? うちは常に強い者のみが在籍している。その体勢を整えないといけない。話は以上だ。解散」

 他の生徒が退出する中、リリアは立ち上がれず俯いていた。

「リリアさん」

 声を掛けてきたのは火箸燈ひばしあかり祝詩歩ほうりしほだった。

「行こう。影清さんの言うことだ。変えられないよ。多綺の件もショックだけどな。後で様子見に行こう」

 燈が観念したように言った。詩歩は燈の言葉に頷いていた。

「行きましょうか」

 リリアも立ち上がり。部屋を出て行った。
 3人になると燈が口を開いた。

「リリアさん。序列が全てならあたし達の誰かが影清さんを倒せばいいんだよ! そうだろ?」

「はっ!? 燈!? 馬鹿なの!? 剣特トップの人を私達の誰かがって……影清さんに勝てる可能性のある人なんて剣特内じゃまりかさんと伽灼さんくらいだよ!」

 詩歩は燈の突然の発言に驚きを隠しきれなかった。

「あたしにいい考えがある!」
 
 
 燈は指を立ててリリアと詩歩の顔を見た。
 燈のいい考えを聞いた2人は顔を見合わせた。

「いけるかもしれない!!」



 ここに新たに、剣術特待クラス内部抗争の火蓋が切って落とされたのだ。




~響月の章~   《完》
 
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