序列学園

あくがりたる

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剣特騒乱の章

第23話 リリアの筋書き

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 影清かげきよ逢山東儀あやまとうぎの序列仕合が終わり、またいつものように授業が始まった。
 授業の冒頭では担当の師範が先の序列仕合の件について説明し、東儀が剣特を追放されることと意識不明の重体に陥っていることを聞かされた。
 授業は『武術史』という様々な武術の歴史を講義するもので、座学の授業もこの学園には存在した。詩歩しほはその授業に出席し、いつものように一番後ろの席の一番左端に座り頬杖をついていた。隣にはあかりが座っていた。それもいつも通りである。ただ、リリアは先の序列仕合の後始末の事務作業の手伝いで割天風かつてんぷうに付きっきりになり、授業を欠席していた。
 普段真面目に講義を聴く詩歩だったが、今日はずっと仲違いさせる計略のことを考えていてほとんど師範の話を聴き流していた。
 授業が終わって各々解散している時、帰ろうとする畦地あぜちまりかを後ろから呼び止めた。
 燈はその様子をちらりと見たがすぐにその場を離れていった。

「まりかさん、あの、ちょっとお話があるんですけど……」

「あら詩歩ちゃん。珍しいわね、あなたが私に話しかけてくるなんて。何の用かしら? ここでは話せない話?」

「はい……」

「そう、なら場所を変えましょうか」

 詩歩はまりかに連れられて校舎の隣にある屋内武道場の後ろに来た。

「ここなら誰も来ないわ。さ、話って?」

 まりかはいつもの笑顔で聞いた。

「実は、私聴いちゃったんです。影清さん、今回の強制仕合でまりかさんと伽灼かやさんを争わせてまりかさんを剣特から追放するつもりらしいんです」

 詩歩はリリアに教わった台本通りの台詞を言った。その緊張感はとても自然なもので迫真の演技である。

「え? 何で影清さんが私を? 伽灼ならともかく、私を追い出そうとする訳ないじゃない? それに私達序列10位以上は強制仕合が免除されるのよ? 何で私が伽灼と仕合するのよ」

 まりかが反論してくることは予想通りで反論の内容もリリアが考えた通りだった。

 詩歩は続けてリリアの台本通りに喋った。

「言いにくいんですけど……影清さんはまりかさんのことを扱いずらいと思ってるみたいなんです。そ、それに……」

 詩歩は申し訳なさそうに次の言葉を渋った。唇に指を添え、目線は下の方を見た。これも台本通りの仕草である。

「もったいぶってないで言って」

 まりかの笑顔が徐々に解けてきた。顔は笑っているが目が笑っていない。詩歩は恐怖を感じてきた。

「まりかさんの実力は響音ことねさんに遠く及ばない。姑息な手を使って序列5位になったやつはいらない。実力で序列6位の座についた伽灼さんの方が強いと思っている……私は昨日影清さんが伽灼さんとその話をしてるところを見ちゃったんです。そして伽灼さんは影清さんに唆されてじきにまりかさんに序列仕合を挑んでくるかもしれません」

「私の序列5位は実力じゃない? 響音さんに遠く及ばないですって?」

 かなり心が揺れてきたようだった。
 詩歩は最後の止めをさしに掛かった。

「私、まりかさんのこと尊敬してるから影清さんに剣特から追放させられたくないんです。あの口ぶりからすると、仕合を申し込んできた伽灼さんを倒したところで影清さんに直接追放される可能性だってあるんです……だから……もうこの際……」

 詩歩は言葉を溜めた。
 まりかの顔からは既に笑顔は消えていた。そして詩歩の次の言葉を待っていた。

「影清さんを倒してしまうしかないと思うんです!!」

 言った。
 言う事は言った。これでまりかが信用すればまりかは影清に仕合を挑むはずだった。
 勝てるかどうかは分からない。良くて影清に怪我を負わせる程度かもしれない。しかし、それでも充分である。負傷した影清ならリリアにも勝機が出てくる。勝つことが出来れば下位序列になるまりかや伽灼をリリアが抑えることになる。もしまりかが勝った場合は今度は伽灼に同じことを言って伽灼にまりかを倒してもらう。実際、伽灼ならまりかに勝てる可能性は高い。

 リリアの読みでは伽灼は放っておいても特に害はないということだった。詩歩も燈もそれは同意見だった。先日の剣特会議でも伽灼は終始腕を組んで興味なそうな様子で窓の外を眺めていた。それは自分が強制仕合に関わらなくてよいからなのか単純に興味がないのかは分からないが、強制仕合の方針を壊しても何か行動に移す事は考えづらかった。

 万が一伽灼が影清を倒すために自分が利用されたことで詩歩達3人を攻撃してきたとして、最悪詩歩が一番気にしていた「剣特追放」という事態にはならないはずだ。もしかしたら怪我くらいするかもしれない。しかし、それでも剣特から離れたくないという詩歩の強い想いは守られる。それがリリアが詩歩の気持ちを汲んだ筋書きだった。

「影清さんを……倒すですって? 私が?」

 まりかの顔からはいつの間にか笑顔が消えていた。
 詩歩は息を飲んだ。冷や汗が止まらない。
 まりかをここで騙せなければ筋書き通りに進まない。詩歩は口から心臓を吐き出してしまいそうなくらいの緊張感と恐怖に襲われた。

「その話に証拠はあるの? 詩歩ちゃん」

「証拠はないです。私を……信じてもらうしか……」

 震えそうな声を必死に抑えて咄嗟に答えた。この返答も筋書き通りだった。
 吐きそうだ。早くこの場から離れたい。逃げ出してしまいたい。リリアに任せれば良かった。でもリリアを完全に信用出来ない。筋書きの台詞は全て自分で確認したが、それは納得出来る内容だった。実際詩歩はこれ以外の言葉でまりかを騙せる気がしなかった。リリアを信用したわけではないが、この筋書きはいけると思った。怖い。この筋書きが自分を嵌めるためのもので、最初からリリアはまりかと繋がっていたとしたら? 考えないようにしていたことがここに来て一気に頭の中に溢れてきた。駄目だ。吐きそうだ。立っていられない。呼吸が荒くなってきた。眩暈がしてきた。

「詩歩ちゃん。私はあなたを信用するわ。教えてくれてありがとう。怖かったでしょ? 影清さんの目を盗んで、私に教えに来てくれるなんて。大丈夫よ。そんなに思い詰めなくても。私のことを影で言いたい放題の影清さんは私が潰す。だから心配しないで」

 そういうとまりかは、今にも倒れそうな詩歩をぎゅっと抱き締め背中を摩ってくれた。
 予想外過ぎるまりかの行動に詩歩は今まで感じていた緊張と恐怖は一瞬で消えた。
 やった。リリアの筋書き通りになった。
 詩歩はほっとして敵であるはずのまりかの温もりに浸ってしまった。

「ありがとうございます。私を信用してくれて」

「詩歩ちゃん」

「はい」

「私じゃなかったら騙せたのにね」

 詩歩は凍りついた。どういう意味だ。何故この話の流れでそうなった。詩歩は消えていた恐怖心だけが一気に戻ってくるのを感じた。

「え? ま、まりかさん、騙すって……私」

 もはや声にならない声を絞り出すだけで精一杯だった。ここからどうしたらいいかなんて分かるはずもない。

「凄く怯えていて可愛いわよ詩歩ちゃん。私を影清さんと闘わせる為にわざわざ来たんでしょ? 強制仕合を破綻させる為に」

「違う……違います! 私はまりかさんが影清さんに狙われてるから……それを伝えに」

 涙がボロボロと溢れていた。何の涙かは分からなかった。

「その涙は本当のようね。でももう無駄よ。お芝居も疲れたでしょ? ここからどうしたらいいか分からないでしょ?」

「まりかさん、お願い……信じてください」

 ――信じてください――

 人を信じられない自分が口にしてこれ程無力に感じる言葉はなかった。

「私の目を見なさい。詩歩ちゃん」

 恐怖でずっと目を合わせられなかったが、言われて恐る恐るまりかの目を見た。

「……え!?」

 詩歩は見たこともないまりかの目に言葉を失った。
 まりかの両目は普段の目と違っていた。瞳は蒼くなりさらに何か模様のようなものが浮かび上がっていた。

「『神眼』は相手の全ての動きを見切るだけじゃないのよ?心の中を読むことも出来るの。だから詩歩ちゃんが話し始めた時からあなたの目論見は分かっちゃったのよね。だから言ったでしょ? 私じゃなかったら騙せたのにね……って」

 詩歩は青ざめていた。終わりだ。最初から、まりかにこの計略を仕掛けた時点で詩歩達の負けは決まっていたのだ。
 詩歩は脚に力が入らず地面に崩れるように腰を落とした。

「首謀者は誰かしら? あなたがやろうとしたことじゃない事は分かってる。もし、あなたの口から教えてくれたら、あなただけは助けてあげるわ。剣特にいさせてあげる」

 詩歩は涙を流しながらまりかを見上げた。

「剣特に……?」

「ええ、そこまでしてあなたが剣特にいたいという想いは伝わったから」

「……でも、信じられない」

「あなたは私を騙したけど、私はあなたを騙したりしないわ。それに、私を信じるしかもう剣特に残る術はないわよ? 影清さんに言い付けちゃうわよ?」

 詩歩は目を瞑った。深呼吸した。自分は何の為に危険を冒してまでまりかを嵌めようとしに来たのか。

「剣特に残りたい」その想いだった。自分は刀と共に生きていきたい。それが出来るのは剣特しかない。

「さあ教えて、あなたを利用しようとした人の名を」

 利用しようとした? リリアは自分を利用しようとしたのか? そう言われるとそうとしか思えなくなってきた。いつの間にか信用しないと言っていたリリアのことを信用してしまっていたのかもしれない。
 もういいか。剣特に残れるならもういいか。
 詩歩は静かに口を開いた。

「リリアさんと燈です」

 まりかはにこりと微笑み何も言わずに寮へ戻って行った。
 詩歩は座り込んだまままりかの後ろ姿を見つめていた。
 詩歩の心には開放感しかなかった。
 
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