序列学園

あくがりたる

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剣特騒乱の章

第27話 詩歩の過去

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 柊舞冬ひいらぎまふゆが血を吹き出して倒れた。
 その時の光景は鮮明に脳裏に焼き付いてしまった。
 澄川すみかわカンナも闘った。圧倒的な存在である序列4位の男に対してだ。
 詩歩しほは関係ない人達が闘い、傷付いた事に複雑な気持ちになっていた。
 そしてこの後、あかねリリアと火箸燈ひばしあかりが闘う。
 2人は寮の同室の学園で最も仲の良い生徒だ。
 自分だけが逃げた。
 そう考えざるを得なくなった。
 実際そうなのだ。
 気が付いたらまりかの部屋にいた。
 いつの間にか自分の意思でそうしていたようだ。自分はリリアと燈を信じられなかったくせに何故まりかにはついて行ってしまったのか。
 答えは簡単だった。
 まりかが怖かったのだ。
 リリアと燈に「裏切り者」と言われるのが怖かったのだ。長い付き合いだし、2人がそんなこと言うはずない事は分かっていた。でも、もし言われたらと思うと、堪らなく怖くなり、2人に会うことなど出来なくなった。
 まりかに計略がばれた時、心は恐怖に支配された。リリアと燈を悪者にして自分だけでも助かりたかった。確かにあの時はそう思ってしまった。
 まりかがリリアに騙されていると口にした時、何故まりかを信じてリリアを信じなかったのか。
 自分は馬鹿だ。
 そう思ってももう手遅れだった。
 もはや自分が出来ることなど何も無い。
 祝詩歩ほうりしほは馬鹿なのだ。
 隣で微笑み掛けてくるまりか。
 
「どうしたの? 難しい顔して」
 
「いえ……」
 
「後悔してるのね? 私と来たこと。自分だけ助かるためにリリアと燈を見捨ててしまったと思ってるんでしょ? でも、それは違うわよ。あの2人はあなたを利用していたのよ?」
 
「後悔なんて……してません。私は」
 
「私に嘘は通じないって言ってるでしょ?」

 詩歩はまりかの目を見た。瞳が蒼く紋様が浮かび上がっている。
 寒気がしてすぐに目をそらした。
 
「結果的に、あなたは助かってるんだからいいじゃない? あの2人の計略は絶対に成功しなかったわ? 例え先に伽灼かやを騙せたとしても、私を騙せない以上成功することは無かったんだもん。私があなただけを救ってあげたのよ? 詩歩ちゃん。そしてあなたは私を選んだ。その選択は間違いではないわ」

 自分だけ救われた。それでいいと思った。あの時だけは。
 しかし、今のこの惨状を目の当たりにすると背徳感のほうが強くなりつつある。
 ダメだ。あまり考えてはいけない。心を読まれる。
 隣にいるこの女は、やはり信用出来なかった。

****

 祝詩歩は裕福な家庭に生まれた。
銃火器等完全撤廃条約じゅうかきとうかんぜんてっぱいじょうやく」により良くなると思われていた治安は悪化。
 撲滅することの出来なかった銃の密売が横行したり、その売買の現場を襲撃して銃を力づくで奪う連中も現れた。
 そのせいで産業も停滞し経済にも悪影響が出てきていた。
 詩歩の父親は会社の経営者だったが、業績も次第に悪化。周りの幾つもの企業は倒産。父は寝る間も惜しんで会社の為に働いていた。そんな父を母は懸命に支えた。
 父は政府を恨んでいた。第三次大戦が招いた過ちを2度と起こさない為に締結された条約のせいで、また争いが起こっている。銃のない世界でも結局争いは起こる。詩歩も幼いながら政府と条約締結に尽力した澄川孝顕すみかわこうけんには良くない感情を抱いていた。
 父は元々剣術の達人でもあった。家には使いづらそうな長い刀が置いてあった。
 父は仕事が終わり家に帰宅するといつもその長い刀を振っていた。時には自宅近くの竹林で竹を相手に刀を振ったりしていた。
 何の為に刀を振っているのか。
 幼い詩歩には分からなかったが刀を振る父はとてもかっこよく見えた。
 詩歩が刀に興味を持っていることに気付いた父は剣術を教えてくれた。詩歩は父のお下がりのボロボロの木刀を貰い、毎日練習した。父が仕事で帰れない時は1人で木刀を振った。父が帰ってくると稽古を頼もうとしたが母に「疲れてるんだからやめなさい」と止められた。しかし父は構わず稽古を付けてくれた。
 父との剣術の稽古は楽しい時間だった。
 この父と母との幸せな時間が一生続けばいいと思っていた。
 しかし、幸せな時間はすぐに終わりを迎えた。詩歩が18歳になった年だった。父の会社が倒産したのだ。多額の負債を背負い、家や土地などを売却して返済に充てた。詩歩も貧相な家に引っ越すことになった。そして次第に父は酒浸りの生活になり、刀も振らなくなった。
 ある日の深夜、詩歩がトイレに行こうと思い目覚めると、リビングから父と母の声が聴こえてきた。神妙な空気だったので詩歩は思わず聞き耳を立てていた。
 
「あなた、もうお金がないわよ? これからどうするのよ?」

「それなんだがな……大金を手に入れる方法を見つけた」
 
「大金を? どんな方法? まさか悪いことじゃないわよね?」
 
「悪いことだな。人身売買だよ」
 
「何言ってるのあなた!? いくらお金が無いからってそんなこと……!? 冗談でしょ!?」
 
 母が父の発言に猛反対した。
 
「本気だ。悪いが、詩歩を売るぞ」
 
 母は言葉を失っていた。
 詩歩は寒気がして、身体中から冷や汗が出るのを感じた。さすがに自分の耳を疑った。
 
「あなた!? 冗談でも許されないわよ!? そんなこと!!」
 
「詩歩がいたらどっちみち俺達の食い物も確保出来ず朽ち果てる。だったら詩歩を売って金にして俺達が生きるために使おうじゃないか。もともと詩歩は俺達の子じゃない。俺達が辛い思いをしてまで面倒を見る義理はもうない。別に殺すわけじゃねーんだ」
 
 今父は何と言ったのか? 俺達の子じゃない。そう聴こえた。どういう意味なのだろうか。詩歩の身体は震えていた。
 
「詩歩くらいの歳の女の子は高く売れるんだ。売るなら今だ」
 
 父は冷酷にそう言った。
 
「あなた、酔ってるの? そんなこと言うのはもうやめて! 詩歩は私達の子でしょ?」
 
「違うだろうが! 詩歩は前の親から貰った子だろうが! もう充分面倒は見た! 俺はもう決めたんだ! あいつを売って金を手に入れる! そうすればお前も苦しまずに」
 
「もうやめてよ!!!」

 詩歩は思わず叫んでいた。
 
「詩歩……!」
 
 父と母は驚いて詩歩を見た。
 
「嘘つき!! 私はパパとママの本当の子じゃなかったのね!? 私を今まで騙して育ててきたのね!?」
 
「落ち着いて、詩歩。ちゃんとお話させて」
 
 母が歩み寄ろうとしてきた。
 
「こんな家! 私の方から出ていくよ!! その方が幸せなんでしょ!?」
 
 詩歩は家から出ようと玄関へ向かった。
 腕を掴まれた。
 父の腕だった。
 
「離してよ!」
 
 必死に振りほどこうとするが大人の男の力だ、振り払えるはずがない。
 父は詩歩を部屋の奥に引きずって行った。
 母がそれをやめさせようとする。しかし母もか弱い女。父には逆らえなかった。
 
「大人しくしろ! 詩歩! お前は俺達の子じゃない! かねがあった時はお前1人の面倒を見ることなんて余裕だった。だが今はそう言ってられない。お前が勝手に出ていくのは許さん! 俺は本当の親ではないが、育てきたのは俺達だ。お前をどうしようが育ての親であるこの俺の勝手だろう!」
 
 狂っている。父の、いやもはやこの男は父親ではない。この男の言い分は滅茶苦茶だ。今までのこの男はすべて偽りだったのだ。
 
「助けてーーー!! お母さん!!」

 詩歩は必死に母に助けを求めた。母は助けようとするがこの男に近づくとすぐに蹴り飛ばされた。
 
「そいつもお前の母親じゃない! お前は今から売られるんだ! 大人しくしろ! 痛い目に遭いたいのか!?」
 
 男は狂人へと変貌していた。
 会社の倒産。借金の返済苦が人をこうも変えてしまうのか。詩歩は社会の、いや、人の闇を痛感した。
 信じていた父親が狂人になりはてる様。恐怖以外の何ものでもない。
 母は蹴飛ばされたきりそこでうずくまって何か呟きながら震えていた。
 助けてくれないのか。
 そうだ、この人も母ではないのだ。
 詩歩は男に押し倒された。男は片手で後ろの棚から何かを取り出そうとしていた。
 そして手に取ったもの。
 注射器だ。
 詩歩はすぐに察した。眠らせてその間に売ってしまう気なのだ。
 このままだと本当にまずい。
 
「大人しくしろって言ってんだろうが! 怪我させたら値段が落ちんだよ! おい! 詩歩を抑えつけろ!」

 男はうずくまっている女に命令した。
 女は首を横に振った。
 
「お前……詩歩が終わったらただじゃおかねぇぞ」

 男の恫喝に女はふらふらと立ち上がりこちらに近付いてきた。
 
 裏切り者。
 
 裏切り者。
 
 心の中で呟き続けた。
 女は詩歩の両腕を抑えつけようとした。両腕を押さえつけられたら終わりだ。詩歩は周りを見回した。
 刀。長刀だ。床に落ちていた。自分が暴れた時に落ちたのか。
 
「まだか! 早く抑えろ!」
 
 馬乗りに乗っている男が叫ぶ。
 その瞬間、詩歩は左手を伸ばし刀を引き抜いた。男の長刀。初めて触ったが何故か一息に鞘から抜けた。詩歩はそのまま力任せに振り抜いた。
 男の身体がずり落ちてきた。そして詩歩の身体の上に落ちた。
 どぼっ……っと鈍い音がした。胸から上がない男の身体は血を吹き出し崩れた。
 詩歩は悲鳴さえも上げられない。人を斬った。殺した。詩歩の顔の横には目を見開いた男の顔があった。
 もう1つ、詩歩の頭上で何かが倒れる音がした。
 詩歩は男の上半身をどかしてゆっくり起き上がった。
 振り向くと女も身体が真っ2つに両断されていた。辺りは血溜まりになっていた。詩歩も返り血で真っ赤だ。
 詩歩は首を横に振った。違う。殺すつもりはなかった。でも助かるためにはこれしかなかった。
 ようやく詩歩は涙を流し声を上げて泣き始めた。
 手には長刀。この刀が守ってくれた。この刀だけは信じられる。人間なんて信用してはいけない。親でさえ裏切るのだ。他人など絶対に信用してはならない。
 詩歩は刀を抱き締めながらそう思った。


****


「詩歩ちゃん。詩歩ちゃん? どうしたのよ? 黙り込んじゃって」
 
 まりかが心配そうに聞いてきた。
 この女こそ信用してはいけないではないか。本当に私は馬鹿なのか。
 
「いえ、なんでもないですよ」
 
「そう、それより、次はいよいよ今回のお仕置きの目玉、リリアと燈の登場よ」
 
「そうですね」

 どうしたらいいのか。詩歩は金網の中に入って行くリリアと燈の姿を見つめていた。 
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