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第四章 難攻不落! 絶対無敵の魔神

第11話 ポイント・ファイブ

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 ポイント・ファイブ。
 モンガラン運河の手前では、アニヒレートに対する集中砲火が始まっていた。
 そのほとんどが上空に展開した第一と第二の合同飛行部隊による炸裂弾の投射だ。
 運河に向けて快走していたアニヒレートはその手前で足止めを食らっていた。

 といってもあの巨大なくまを足止めしたのは集中砲火じゃなくて、足元に展開された多くのわなだった。
 けものを捕獲するときに使われるトラバサミの巨大版がガッチリとアニヒレートの後ろ脚に食い込んでいる。
 もちろんその程度でアニヒレートが大きなダメージを負うはずもない。
 アニヒレートの体はまたもや焼けた鉄のように煌々こうこうと赤くなり、そのせいでトラバサミが溶けて用を成さなくなる。

 だけどそのトラバサミはそこかしこに仕掛けてあるため、アニヒレートは数歩進んでは再びトラバサミに脚をはさまれるという動作を繰り返しいられていた。
 その間に何百という炸裂弾がアニヒレートの体中に当たって爆発する。
 それは微々たるダメージを与え、アニヒレートの残存ライフはようやく70000を切ったところだった。
 本来ならこの時点で50000程度までは減らしておく想定だったから、作戦は思うように進んでいないと言わざるを得ないだろう。
 
【アニヒレートのモンガラン運河への到達まであと500メートル! 河川の冷却を急げ!】

 ブレイディーの言葉通り、モンガラン運河には数多くの氷のかたまりが浮かべられている。
 今回の作戦を決行するためには高温化したアニヒレートの体温を下げることが必須ひっすなんだ。
 アニヒレートがモンガラン運河に入った際、その体温を冷却するために、出来る限り水温を下げておく必要がある。
 そのため氷のかたまりは上流1㎞ほどのところから投入されていた。

「グォォォォォッ!」

 体を真っ赤に染めたアニヒレートが脚をはさんでいるトラバサミを高熱でじ曲げて破壊しながら強引に前進する。
 空から降る炸裂弾の雨あられに怒り狂ったアニヒレートは、頭上を飛び交う飛行部隊に向けて青い光弾を二度三度と放った。

「回避ぃぃぃ!」

 その動きを予期していた彼らは素早く旋回せんかいしてこれを避ける。
 あらかじめ十分に距離を取り、高度を上げていたため、今度は衝撃波で落とされる人はいなかった。
 だけど安心したのもつかの間、アニヒレートは口をこれ以上ないほど大きく開けて、とうとう口から巨大な赤い火球を放ったんだ。
 それは上空で爆発して無数の炎のかたまりとなり、四方八方に弾け飛ぶ。

「ああっ!」

 空中を舞う飛行部隊が次々と炎のかたまりを浴びて犠牲になってしまう。
 そして地上に降り注ぐ炎のかたまりが、設置されていたトラバサミをあらかた破壊してしまった。
 青い光弾は空間歪曲わいきょくシステムで対処できるけれど、この全方位への散弾銃のような火球は吐き出されたら防ぎようがない。
 飛行部隊は半数近くがゲームオーバーとなってしまった。

【合同飛行部隊は対岸側へ退避せよ】

 ブレイディーからの指示に従い、残った飛行部隊は川向うへと戻っていった。
 壊れて使い物にならなくなったトラバサミが転がる大地をアニヒレートは悠然ゆうぜんと進んでいく。
 もうモンガラン運河は目前だ。
 この川を渡らなければシェラングーンに到達することは出来ない。
 アニヒレートは後ろ脚で立ち上がって二足歩行となると、恐れることなく川の中に足を踏み入れていった。

 途端とたんに水温の下がった川面かわもからは真っ白な蒸気が上がる。
 アニヒレートの高い体温が川の水で冷やされていた。
 アニヒレートが川に入るのを警戒させないよう、川面かわもには小舟や人の姿はない。
 対岸には空間歪曲わいきょくシステムを完備した多くの兵士が展開している。

 彼らはアニヒレートの爆発火球を恐れて、一定の間隔かんかくを空けて隊列を組んでいた。
 ああすれば頭上から落下してくる炎のかたまりは避けやすくなるし、被害は最小限に留めることが出来る。
 現時点では最善の策だろう。

「ゴフッ……ゴフッ」

 アニヒレートは後ろ脚をゆっくりと動かして川を進んでいく。
 川幅だけで500メートルはあるこの場所もアニヒレートにかかれば小さな川に過ぎない。
 だけどアニヒレートが川の中ほどに差し掛かったところで作戦本部がかけたわなが発動した。

「グォォォォォッ!」

 突如として川の中にアニヒレートの体がしずみ始めたんだ。
 水深はせいぜい15メートル。
 脱皮によってサイズダウンしたとはいえそれでも体長100メートルを超えるアニヒレートならせいぜいひざ程度までの深さしかないはずの川に、その巨体が腰の辺りまでかっている。
 アニヒレートは必死にもがいて起き上がろうとするけれど、それは叶わない。

「よしっ!」

 僕は思わず拳を握り締めた。
 このモンガラン運河の真ん中辺りの水底は精霊魔法によって底無し沼に変えられていた。
 アニヒレートがそこに踏み込んだ途端とたん、その後ろ脚が水底を踏み抜いてしずみ始めたんだ。
 とてつもなく自重のあるアニヒレートは、どんどんしずんでいく底無し沼からは逃れられない。
 懸命にもがくけれど、その体はしずんでいくばかりだ。

【アニヒレートの進撃停止を確認! 全軍攻撃開始!】

 ブレイディーの号令により、川向こうの兵士たちが攻撃を開始した。
 しずみゆくアニヒレートの体に向けて発射されるのは、巨大な氷のかたまりで作られた長さ10メートルほどの槍だ。
 氷系の魔法が得意な魔道士たちが10人一組で一本の槍を作り上げる合同魔法で、それがいくつもの組から次々と撃ち出される。

 それらはもがくアニヒレートの肩やあごに次々と命中してくだけ散った。
 7万を切ったばかりのライフがまた少しずつ減っていく。

「ゴアアアアッ!」

 アニヒレートにとって氷の槍はさしたる脅威きょういではないかもしれない。
 だけど底無し沼には少しおどろいているみたいで、そこからい上がろうと暴れている。
 上空から僕と一緒に戦況を見つめるノアが首をかしげた。

「あのまま水底にしずめば窒息ちっそくするのではないか? アニヒレートとて呼吸が出来なければ生きられまい」

 確かにその意見は作戦立案の時点でも出た。
 だけど絶対の保証はない。
 アニヒレートはこれまでも僕らの予想をくつがえしてきた。
  
「最終的にそう出来ればいいんだけど、アニヒレートも簡単にはしずんでくれないと思う。少しでもダメージを与えておかないと」

 そう。
 底なし沼とはいえ、アニヒレートは脚をバタつかせて泳いで脱出しようとしていて、すぐにはしずんでいかない。
 暴れるアニヒレートのせいで川には大きな波が立っている。
 アニヒレートも必死なんだ。
 
 そんなアニヒレートに絶え間なく氷の刃が襲いかかる。
 10人一組の魔道士たちは数十組にも及び、彼らは氷の槍を作り上げては放つ、の繰り返しを休む間もなく続けている。
 僕らにはもう後が無い。
 このポイント・ファイブを突破されれば、後はシェラングーンの街が破壊されてしまうのは避けられないんだ。

 ここでアニヒレートを仕留めなければならない。
 誰もがそうした思いで作戦に取り組んでいる。
 そして10分に及ぶ連続魔法攻撃が一段落して止まった頃、アニヒレートの体には真っ白い氷が貼りついていた。
 
「ガアッ……」

 苦しげに声を上げるアニヒレートだけど、その体からは早くも白い蒸気が発生している。
 一時的に凍りついた体は徐々に熱を取り戻そうとしていた。

【凍結魔道士は休息を】

 ブレイディーからの通達が出る。
 凍結魔法を使い続けたため、運河の水温はかなり低下している。
 これ以上やると川が凍ってしまい、そうなるとアニヒレートが凍った水面を足がかりにして脱出してしまうかもしれない。
 そして川が凍ってしまうと、この後の作戦にも支障が出てしまうんだ。 
 なぜなら……。

「ゴアッ!」

 短いうなり声を上げてアニヒレートがガクッと態勢をくずした。
 そのすぐ下、水面下に長い影がうごめいている。
 その何かが水の中でアニヒレートの後ろ脚にからみついているんだ。
 そこで水面を突き破って現れたのは、銀と緑のまだらの体を持つ水棲すいせいの魔物だった。
 水中からアニヒレートの脚を攻撃したのは、海のへびと言われる大型の魔物、シーサーペントだ。
 
「来たっ!」

 あらかじめ聞かされていた作戦内容では、ここでもへびの魔物の出番があるんだ。
 シーサーペントは僕も見るのは初めてだった。
 その胴は丸太以上に太く、銀色のうろこが水にれて光っている。
 そして……僕がおどろいたのはシーサーペントの頭部を飾る緑色のタテガミに、ウエットスーツを身に着けた1人の人物がしがみついていたことだ。
 その人物は顔に装着していたゴーグルと酸素ボンベのマウスピースを外すと威勢いせいのいい声を上げたんだ。

「このクソくまがぁぁぁぁぁ! さっきの借りを返しに来たぜぇぇぇぇぇ!」

 そう言ってシーサーペントをけしかけてアニヒレートに攻撃を仕掛けるのは、さっきポイント・フォーで雑木林に落下して以降、消息の途絶とだえていた魔獣使いキーラだったんだ。
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