だって僕はNPCだから 3rd GAME

枕崎 純之助

文字の大きさ
64 / 89
第四章 竜神ノア

第14話 見習い天使・ティナ

しおりを挟む
「良かった。地上の位置関係まで狂っていなくて」

 前方に村の影が見え始め、僕はホッと胸をで下ろしながらそう言った。
 少し前までは森だった倒木だらけの荒野を抜けた僕らは、西の方角はるか彼方に天樹の姿を横目に見ながら、北に見える小さな村を目指して進む。
 そこは僕らがこの世界に転移してきた時に、最初に足を踏み出した場所だった。
 転移装置は馬車を貸し出している馬屋の中に置いてある。

 僕とミランダ、そしてヴィクトリア、ノア、ブレイディ、アビー、エマさんの7人は皆、村の姿が見えてくると自然と足取りが早まった。
 元の世界に戻るための転移装置を早く確保しておかなければならない。
 皆、そうした同じ思いを抱いているんだ。
 ゾーラン率いる悪魔の集団とはまだ合流できていないけれど、彼らは統率の取れた集団だから、多少の犠牲は出しても無事に坑道を脱出しているだろうとミランダは言っていた。

「あの村から始まったんだね」

 僕は誰に言うともなくそう言った。
 ほんの2日前のことなのになつかしく感じる。
 この2日間は激動の時間だったから。
 だけど村に近付くにつれ、そんななつかしさは吹き飛んでしまった。

「様子が変ね。村人の姿が見えないわ。誰ひとりとしてね」

 僕よりもずっと視力のいいミランダがいち早くその異変に気が付いた。
 2日前にこの世界での冒険をスタートさせた時、村は小さいけれどそれでも数十人の村人たちが活発に動き回っていた。
 誰の姿も見えないというのは明らかにおかしい。

「とにかく急ごう!」

 そう言った僕の体がふいにフワリと浮かんだ。
 ミランダが僕を背後から抱えて空中浮遊を始めたんだ。

「先行するわよ! あんたたちは後からついて来なさい!」

 ヴィクトリア達にそう言ってミランダが高速で飛び始めると、数百メートルあった村までの距離が一気に縮まり、あっという間に村の上空にたどり着いた。
 上空から見ると村の異変が一目で分かる。

「本当だ。誰もいない」

 村の中には人影ひとつなく、さながらゴーストタウンのような様相をていしていた。
 村の外れには馬屋があり、その敷地内にいくつもの馬車が駐車していたけれど、どれも荷車ばかりで馬は一頭もいない。
 動くものが何もなく不気味な静けさに包まれた村を前にして僕は息を飲む。

「いや……気配があるわ。油断禁物よ。アル」

 ミランダはそう言うと僕を抱えたまま馬屋の建物の裏手に静かに降り立った。
 その途端だった。
 馬屋の窓を突き破って何者かが外に飛び出して来たんだ。
 そのまま地面に倒れ込んだその人影を見て僕はハッと緊張に身を固くした。
 そこに倒れていたのは堕天使だてんしだった。

 ミランダは即座に身構えたけれど、堕天使だてんしはすでに何者かに手痛いダメージを与えられていたようで、そのライフはゼロになっていた。
 そしてすぐにゲームオーバーとなり、黒い粒子を撒き散らしながら消え去っていく。
 割れた窓越しに建物の中から声が聞こえてきた。

「転移装置はどこだ!」
「知りません! 知っていても教えません!」

 堕天使だてんしのものと思しき男の声に反抗するその声は女の子のものだった。
 続いて中から争うような物音が聞こえてきた。
 僕とミランダは顔を見合わせる。

「どうやら転移装置はまだ生きてるみたいね。アルはここで待機しなさい!」

 そう言うやいなやミランダは粉々にガラスの割れた窓枠から建物の中に飛び込んで行った。
 僕はその窓枠の端から中をのぞき込む。
 すると1人の女の子が大勢の堕天使だてんしによってたかって押さえ込まれていた。
 それはまだ幼さの残る天使の少女だった。

 こ、これはマズイぞ。
 少女は見るからにボロボロで、すでにグッタリと力を失っている。
 堕天使たちは今まさにその少女にトドメを刺そうとしているところだった。

「そんな弱そうな小娘をいたぶってないで、私にかかってきなさい!」

 そうミランダが大きな声を響かせて飛び込んで来たもんだから、堕天使だてんしたちはきょを突かれて一瞬、動きを止めた。
 そこに襲いかかるミランダはまるで獰猛どうもうとらのようだった。
 黒鎖杖バーゲスト容赦ようしゃなく振るい、ミランダは堕天使だてんしを1人2人となぎ倒す。
 加減知らずの一撃を頭部に浴びた堕天使だてんしらは、昏倒こんとうして短く痙攣けいれんすると動かなくなった。
 
 これを見た他の堕天使だてんしらが少女を放り出してミランダに襲いかかるけれど、時すでに遅かった。
 ミランダの動きが速すぎて堕天使だてんしらのモーションが全て1コマ2コマ遅れて見えるほどだ。
 さらにミランダは頭部や首などの急所に的確かつ強烈な打撃を与え、堕天使だてんしをほとんど一撃でほうむり去っていく。
 
 すべてが終わるのに20秒とかからなかった。
 10人ほどいた堕天使だてんしらは全員、もの言わぬむくろと化していた。
 ミランダは魔法のひとつも使うことなくその場を制圧して物足りなさそうに声を上げる。

「ヌルい! ヌルゲー過ぎる!」

 堕天使だてんしたちはゲームオーバーとなって消えていくけれど、天使の少女は力なく横たわったまま起き上がらない。
 僕はとびらを開けて馬屋の中に入り、すぐさま少女の元へと駆け寄った。

「もう大丈夫だよ! しっかりして!」

 僕は少女にそう呼び掛けてからハッとした。
 少女のライフはすでにゼロになっていた。
 その目からはすでに光が失われている。
 こうなるともう回復の見込みはない。
 くっ……。

「もう手遅れよ。アル」

 ミランダはそう言うけれど、そこで少女のくちびるが小刻みに震えた。
 ま、まだ意識があるぞ。
 彼女はかすれて小さな声を漏らした。

「ど、どなたか、そこに、いらっしゃる……のですね」

 少女の声はようやく聞き取れるほどの小ささだ。
 どうやらもう目が見えなくなっているんだ。

「も、もう堕天使だてんしはいなくなったから大丈夫だよ。安心して」

 僕は少しでも彼女が安心できるよう静かにそう語りかけた。
 少女の口元にわずかな笑みが浮かぶ。

「よ、よかった……地下に……馬……」

 そこまで言って少女は事切れた。
 その体が光の粒子に包まれて消えていく。
 僕は成すすべなくそんな彼女を見送った。
 どういうわけか分からないけれど、彼女は単独行動をしながら、この馬屋の中にある転移装置を堕天使だてんしたちから守ろうとしていたようだ。

 そんなことするのには何か特別な理由があるはずなんだ。
 光の粒子が完全に消え去った後、僕とミランダは顔を見合わせた。

「地下に馬とか言ってたわね。この建物に地下なんてあったかしら?」

 2日前にこの馬屋を利用した時、2階の廊下にいくつもあったとびらのうち一つが転移装置の出口となっていた。
 僕はミランダと試しに2階の全てのとびらを開けてみたけれど、開けた先にあるはずの出口のとびらはなく、恐る恐る僕が部屋の中に足を踏み入れてみても何も起こらなかった。

「これはやっぱりあの天使の小娘が言っていた地下を探してみるしかないわね」

 2日前も僕らはそれほどここに長居したわけではないので、建物内部の構造を熟知してはいない。
 だけどそれからすぐにヴィクトリアたちが追いついてきてくれたので、全員で建物内を探してみたんだ。
 すると以前は馬屋の主人が陣取っていた1階のカウンター奥に地下に降りる階段を見つけたんだ。
 そこに降りて突き当たりにあるとびらを開いた途端だった。

『ブルルルルッ! ひぃぃっ! わ、私はひからびた老馬ですから、食用には適していませんよ!』

 その地下室には一頭のしゃべる馬が隠れていたんだ。
 馬とはいってもその顔は非常に人間味のある表情をしている。
 僕がその馬を忘れるはずがなかった。
 2日前、この馬屋から僕らは馬車に乗って天樹を目指した。
 その馬車を引っ張ってくれたのが、この馬だったんだ。

「う、馬! 馬じゃないか!」
『おおっ! 冴えない兵士殿ではないですか!』

 冴えないは余計だ。
 君も似たようなものだぞ。
 馬。

『悪魔の流れ矢でゲームオーバーとなったあの後すぐにコンティニューすることが出来まして、この馬屋でいつもの業務に従事しておりました。ですが……』

 その後、サーバーダウンが起きてそれから堕天使だてんしたちが村になだれ込んで来たらしい。
 いち早く気付いた幸運な村人は逃げ出したけれど、逃げ遅れた不運な村人の多くが堕天使らの犠牲になった。
 馬屋の主人は一目散に逃げ出し、つながれたまま残された馬は震えながらこの馬屋の中に隠れていたんだけど、そこにさっきの天使の少女が駆けつけたのだという。
 少女は転移装置のシリアル・キーを2階のとびらから抜き取ると、それをある手紙の中に隠して馬に渡し、突入してきた堕天使だてんしから隠すために咄嗟とっさに馬を地下室に向かわせたらしい。


「転移装置のシリアル・キー?」
『はい。それとびらから抜き取ると転移装置の機能は失われます』
「だ、だから僕らがこの世界に来た時に使った転移装置はただのとびらになっていたのか。天使の人たちにはそんなことが出来るの?」
『いいえ。そうは思えませんが……。どうしてそんなことが出来るのか分かりませんが、どうやらあのお嬢さんは何か特殊な力があるようですな。堕天使だてんしから転移装置を咄嗟とっさに隠すためにそのようなことをされたのでしょう。ところで彼女はその後どうされました?』

 そうたずねる馬に僕は思わず言葉に詰まり、黙って首を横に振った。
 馬は残念そうに目を伏せる。

『そうでしたか。たった1人で私を守ろうとしてくれたのに。無念です』

 そう言ってうなだれる馬だけど、彼はすぐに顔を上げて僕に言った。

『おそらくこのお手紙は兵士殿への伝言でしょうか』

 そう言う僕のアイテム・ストックに馬は一通の手紙を譲渡してくれた。
 転移装置のシリアル・キーがこの中に隠されているという。
【異世界の貴方へ】と題されたその手紙には少女が見習い天使であり、ティナという名前であることが記されていたんだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした

暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。 役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。 だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。 倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。 やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。 一方、病の裏で糸を引いていたのは………。 “無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

処理中です...