蛮族女王の娘《プリンセス》 第2部【共和国編】

枕崎 純之助

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第130話 夜明けの谷

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 夜が明けた。
 鳥のさえずりでプリシラは目を覚ます。
 まだ暗いうちから見張りに立っていたエリカやハリエットの他に、すでにアーシュラやエステルも目を覚ましていた。
 ネルはまだイビキをかいて寝ており、オリアーナだけは姿が見えない。

「あれ? オリアーナは?」

 思わずキョロキョロしながらそう言うプリシラに答えるのはエリカだ。

「バラモンの用を足させに行ったわ。ルドルフもかごに入れっぱなしだったから、羽を伸ばさせてあげたいって」

 そう言うエリカのとなりではハリエットがネルの毛布をぎ取っている。

「ネル。起きなさいよ。あんたよく寝るわね」
「うるせえなぁ……弓兵には睡眠不足は敵なんだよ」

 ブツブツと文句を言いながらモゾモゾと起き出すネルを尻目しりめにプリシラは立ち上がる。
 そして水袋から手桶ておけに水を注ぎ、それで顔を洗った。
 そうこうしているうちに肩にたかのルドルフを止めたオリアーナが、バラモンと共に戻ってきた。

 アーシュラとエステルはすでに朝食の準備をしてくれている。
 プリシラもその手伝いに加わった。
 女王の娘だが昨日アーシュラが言ったようにこの捜索そうさく隊ではただの一隊員だ。
 他の者たちは自分に対してまだ遠慮があるようだから、自分から率先して隊の仕事をこなさねば仲間の信頼は得られない。

 プリシラはそう考え、エステルがなべからすくった野菜と鶏肉のスープの木皿を仲間たちに配った。
 女王の娘に給仕され、皆どこか恐縮する気持ちを隠し切れていなかったが、それでも全員に温かな木皿が行き渡ると、皆がホッとした表情で食べ始める。
 行軍中にこうして温かな食事をることは、心身の活力を得るために大事なことだった。

 ふと視線を転じると、白んだ空の下で谷間にかかるあの天然の岩橋が見えた。
 その橋を見るとプリシラの胸には様々な感情が押し寄せてくる。
 プリシラは食事をりながら、ここで起きた激しい戦闘のことを皆に話して聞かせた。
 特にチェルシーの強さについては皆が固唾かたずを飲んで話を聞いていた。
 ひと通り話し終えるとハリエットが最初に声を発する。

「なるほどねぇ。チェルシーはクローディアの妹だけあって、けた違いの強さなのね。でもその状況から生き延びたんだから、それだけでもすごいじゃない。プリシラ」

 ハリエットはそう言うと空になった木皿にお代わりのスープをよそう。
 先んじて食事を終えたアーシュラはエステルがれてくれた茶を飲みながら言った。

「恐ろしいのはチェルシーだけじゃありません。敵は銃火器という我々には未知の武器を持っています。この中で実際に銃を持った敵と戦ったのはプリシラだけです」

 そう言うとアーシュラは皆の顔を見回す。

「未知の武器を持つ相手と戦う時は、知識と経験が生死を分けます。もしこの作戦中に敵と遭遇そうぐうした場合に備え、プリシラから対処法を聞きましょう」

 アーシュラの言葉にうなづき、プリシラは手短に銃について説明する。
 しかし実際に見たことのない他の者たちには想像が難しいようだ。

「よく分かんねえけど、要するに速度がめちゃくちゃ速い矢ってことか?」

 そんなことを聞くネルにプリシラは首を横に振る。

「全然違うわ。矢は弓を引く動作があるでしょ。銃はこうして指を動かすだけで発射できるの。しかも矢と違って小さな鉛弾なまりだまは、目で見ることはとても無理。撃たれてから避けるのは絶対に不可能よ」

 この中では間違いなく最もすばやく動けるプリシラがそう言うのだから、相当に速いのだろうと皆が思った。
 プリシラはジャスティーナから教わった銃撃の回避における最善策を皆に説明し、身振り手振りで補足した。
 一通りの説明を終えたプリシラはアーシュラに目を向ける。
 その視線を受けてアーシュラが総括した。

「この先の公国領内は今や王国軍が闊歩かっぽする無法地帯です。いつ銃を持った敵と遭遇そうぐうするか分からないので、今のプリシラの話を忘れず各自きもに銘じて下さい」

 そう言うとアーシュラは早朝会議を打ち切り、出発をうながした。
 ここから先は調査だ。
 この地形を知っている者として、プリシラが皆を先導して歩き出すのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「オニユリ様。おはようございます」
 
 とびらの外から聞こえるその声にオニユリは目を覚ました。
 そしてとなりにエミルが眠っていることを確認すると、ゆうべ自分がいつの間にか寝入ってしまったことを知り、思わず舌打ちをした。

(せっかく坊やをゆっくり手なずけようと思ったのに……)

 オニユリは起き上がり、乱れた夜着を直すと、上に一枚羽織ってからとびらを開ける。
 するとそこには2名の若い白髪の男らが立っていた。
 ヒバリとキツツキだ。
 2人はオニユリの前にひざまずくとこうべれた。

「お休みのところ失礼いたします。例の件、算段がついてこざいます」
「そう。良かった。あの淑女レディーは話が分かるわね」
「今夜にも移送を開始できるよう準備いたします」
「目立たないようにしなさい」
「心得ております」

 そう言うとヒバリとキツツキは一礼し、その場を後にした。
 残されたオニユリはニヤリと笑い、背後を振り返る。
 彼女の視線の先ではまだエミルがベッドの上で眠り続けていた。

「もうすぐお引っ越しよ。私のかわいい坊や。誰にも邪魔されないところに行きましょうね」    

 ☆☆☆☆☆☆

 エミルはかすかな夢を見ていた。
 真っ白な霧の中、遠くで誰かが自分を呼んでいる。
 それは二度と会いたくないような、それでいて気になるような誰かだ。

(誰なの……?)
(……や……もう……すぐ……るわ)

 その声は遠くかすれて、ひどく不明瞭に響く。
 白い霧の彼方に、ほのかに黒い霧が立ち込めているように思えた。
 エミルは必死にその声を追いかけようとする。
 だが、追いかけるほどに黒い霧は遠ざかり、やがて……消えていった。

「ま……待って!」

 エミルはガバッと上半身を起こしていた。
 途端とたんに朝のまばゆい光が視界をめ尽くす。
 ふと目が覚めると……そこには白髪のオニユリが立って、嬉しそうにこちらを見下ろしていた。

「おはよう。坊や。朝ごはんにしましょうね」

 目が覚めてもなお、悪夢は終わらなかった。
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