蛮族女王の娘《プリンセス》 第2部【共和国編】

枕崎 純之助

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第183話 成長の途上

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「はあっ!」
「くっ!」

 チェルシーが鋭く振るう剣をプリシラはおのれの剣で受け止め、必死に応戦を見せた。
 チェルシーの流れるような太刀筋たちすじを前にプリシラはまたしても防戦をいられる。
 だが、前回の谷での戦いよりもプリシラは確実にチェルシーの攻撃を防げていた。
 一度見た太刀筋たちすじということもあるが、ここ数日の訓練でエリカとハリエットの2人に相手をしてもらっていたことが大きい。

(やっぱりあの2人はすごいんだ)

 プリシラは訓練によってエリカやハリエットの多彩な攻撃や太刀筋たちすじを知った。
 それは彼女にとって大きな成長をうながかぎとなったのだ。
 自分がいかに優れた身体能力にばかり頼った戦い方をしていたのかプリシラは思い知らされた。

 相手の体の動きから攻撃の軌道を予測する。
 初撃の型から二撃目の攻撃を読み取る。
 相手の目線からその動きを推測する。

 そうした先読みが自身の戦闘を助けてくれる。
 今まさにプリシラはそれを感じていた。
 チェルシーの攻撃はエリカやハリエットの攻撃とは比べようもないほど速くて強い。
 だが、先読みを覚えたプリシラは以前よりもほんのわずかにその攻撃に反応できるようになっていた。

(集中しろ。集中だ)

 絶望的な状況でもプリシラは決してあきらめていない。
 自分が倒れるということはエミルの身柄を奪われ、アーシュラの命を奪われるということなのだ。
 プリシラはがけっぷちで懸命に踏みとどまり、剣を振るうのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 チェルシーはプリシラを攻撃しながら以前には感じなかったことを感じていた。

(以前よりも……反応がいい)

 二度目の対戦ということで慣れもあるのかもしれない。
 しかし前回の谷での戦いからそれほど日数は経過していない。
 そのことがチェルシーに懸念けねんを抱かせた。

(成長が……早い)

 かつてクローディアようする分家が王国に所属していたことから、王国にはダニアについての知識が数多く残されている。
 チェルシーは残された数々の文献や口伝からダニアのことを学んでいた。
 その中でもブリジットやクローディアの血脈が持つ、ある特徴をチェルシーは思い返す。

(姉と妹の法則)

 ダニアの女王であるブリジットやクローディアが娘を複数産んだ場合、その力の強さは最初の子である長子に強く受け継がれる。
 要するに妹の力は姉に比べるとおとるのだ。
 チェルシーや当代のクローディアの母である先代クローディアにもベアトリスという名の妹がいた。
 ベアトリスも常人離れをした強さを持っていたが、それでも先代クローディアには及ばなかったという。

 そしてベアトリスの娘であるバーサ、ブライズ、ベリンダの3姉妹。
 チェルシーにとっての従姉妹いとこである傍系の3人も常人離れした力を持っていたが、直系のクローディアには及ばない。
 長女のバーサはブリジットに一騎打ちを挑み、敗れて戦死している。
 傍系は直系に力が及ばないというのも女王の血脈の特徴でもあった。
 この姉と妹の法則が自分にも当てはまるのかということが脳裏のうりをよぎり、チェルシーは思わずくちびるんだ。

(ワタシは妹の立場……姉様にはしょせんかなわないとでも?)

 チェルシーは怒りを覚えながらプリシラに目を向ける。
 たった数日で明らかな成長を見せる少女にチェルシーは懸念けねんを覚えた。

(……この娘は将来確実に脅威きょういになる。今のうちにんでおかないと)

 あわよくばエミルだけでなくプリシラも捕らえようと目論もくろんでいたチェルシーは考えを改める。
 そして腹の底に生まれる殺意の鬼を自覚した。
 プリシラを殺す。
 今ここで容赦ようしゃなく斬り捨てる。

 そうしなければ彼女は自分の前に現れる度に手強てごわさを増していくだろう。
 きっと後5年もすれば相当な強敵になってしまう。

「プリシラ。ここで終わりにするわ」

 そう言うとチェルシーは相手を捕らえるための攻撃から殺すための攻撃へと切り替え、苛烈な剣を振るうのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「うっ! ぐっ!」

 チェルシーの攻撃が急に苛烈さを増し、プリシラは一気に追い詰められていく。
 先ほどまでは必死に反応して防御していたプリシラだが、単純にチェルシーの攻撃速度が上がり、さらには一撃の力強さが格段に上がっているのだ。
 反撃はおろか、防御も許さぬようなチェルシーの勢いにプリシラは歯を食いしばって必死に耐える。

(だ、駄目だめだ……押し切られる……これじゃ谷の時の二の舞いに……)
 
 プリシラは意地の反撃を見せようと声を上げて全力で押し返す。

「うああああっ!」

 だがそれはチェルシーの思うつぼだった。
 相手に強く押され、押し返そうと全力で踏ん張っているところで急に相手に引かれたら、前につんのめる。
 その要領で必死にチェルシーの剣を押し返そうと全力を出していたプリシラは、いきなりチェルシーに引かれてガクッと体勢を前のめりにくずした。

(これで終わりよ!)

 チェルシーは確信を持ってプリシラの首を剣で斬り裂く一撃を放った。
 だが……チェルシーの剣はプリシラの首ではなく、プリシラの剣に激突した。

「なっ……」

 完全に体勢をくずしたかと思われたプリシラは、ギリギリのところで踏みとどまり、自身の剣で咄嗟とっさに首を守ったのだ。
 それはチェルシーの予想を超えた動きだった。
 しかし……咄嗟とっさに防御したプリシラの剣は、チェルシーの渾身こんしんの一撃を防ぎ切れずに弾き飛ばされてしまう。

 くるくると空中を舞った剣は、プリシラの十数メートル後方の地面に突き立った。
 チェルシーは予想外の動きを見せたプリシラに思わず刮目かつもくするが、それでもすべきことは変わらない。
 剣を落としたプリシラは咄嗟とっさに腰帯から短剣を抜こうとするが、チェルシーはその首に剣を突き付けてそれを許さない。

「プリシラ。これで終わりよ」

 チェルシーはそのまま剣の切っ先をプリシラののどに突き刺そうとした。
 だが……。

「待って!」

 そこに声を上げて飛び込んできたのはエミルだった。
 エミルはプリシラの目の前に立ち、チェルシーの剣の切っ先から姉を守ろうとする。

「姉様を……殺さないで!」
「エミル。どきなさい」

 プリシラは苦しげな顔でそう言うが、エミルは突き付けられた剣の切っ先に青ざめながらも、そこをどこうとはしない。
 そんなエミルを見下ろしてチェルシーは鼻白んだような顔を見せた。

「美しい姉弟愛ね。プリシラ。でも……」

 そう言うとチェルシーはエミルの腕をサッとつかんで真横に投げ飛ばす。

「ああっ!」

 だがそんなエミルの体が地面に投げ出される前に、彼を受け止めた者がいる。
 プリシラは目をいて声を上げた。

「た、隊長!」

 そう。
 それはいつの間にか目を覚ましていたアーシュラだった。
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