蛮族女王の娘《プリンセス》 第2部【共和国編】

枕崎 純之助

文字の大きさ
93 / 100

第193話 船上の戦い

しおりを挟む
「何なんだ? あの連中は」

 右舷うげん船首近くに立ち、様子を見ていた海賊団長フィランダーは怪訝けげんな顔でそうつぶやきをらした。
 たった数人の赤毛の女たちが、いきなり強引な手段で船に乗り込んできたのだ。
 そして彼の部下たちを次々と斬り殺している。
 今、フィランダーのいる方に向かってくるのは2人の赤毛の女たちだ。
 1人はおのを、もう1人は弓矢をたずさえている。

「ダニアの女たちか。勝手に人の船に踏み込んできて、随分ずいぶん行儀ぎょうぎの悪い連中だぜ。おい! 俺の得物を持ってこい! 一番豊満なかわい子ちゃんをなぁ」

 フィランダーの命令を聞いた側付きの部下たちはすぐさま船首部分の船室へと駆けていった。
 その間にも赤毛の女たちはフィランダーのいる方へ向かってくる。
 フィランダーは腰に帯びている長剣を抜き放った。

「仕方ねえ。まずはこっちで相手をしてやるか。ダニアの女を斬るのは初めてだな。楽しいことになりそうだぜ」

 そう言うフィランダーの目にギラリというけものじみた光が宿るのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「邪魔邪魔ぁ!」

 ハリエットは猛然とおのを振り回し、目の前に立ちはだかる海賊たちを次々と斬り倒していく。
 その剛腕から繰り出される一撃は、両手おのの重厚さも相まって、敵から見たら理不尽な暴力だった。
 おのを浴びた相手は肉を斬られるのみならず骨も砕かれ、ほぼ戦闘不能になる。
 頭に浴びた者などは無残に頭部が変形してしまい、即死だった。

 彼女の師であるソニアは不死身とうたわれた生きた伝説的な戦士であり、そのソニアからみっちりときたえられたハリエットはまだ18歳という若さでありながら芯の太い強さを持つ。
 ダニアの都で定期的に開かれる武術大会などでは上位の常連だ。
 そんなハリエットのすぐ後ろを走るネルは弓に矢をつがえたまま、周囲の様子を見回していた。
 ハリエットがそんなネルを怒鳴りつける。

「ちょっとネル! アタシばっかり戦ってるんだけど? 働きなさいよ!」
「うるせえなぁ。おまえのおのと違って、こっちは矢の数に限りがあるんだよ。さっきまで大盤振る舞いしていたせいで残り少なくなっているんでな。残りはここぞという場面で使えるよう温存させてもらうぜ」

 そう言うとネルは前方を見据みすえた。
 その目に映るのは海賊の中でも一際ひときわ大柄で身なりの良い男の姿だ。

「見ろ。あのデカイ男。おそらくあいつが海賊どもの頭領だ。さっそく貴重な矢を使う時が来たな」

 ネルは嬉々とした表情で足を速めると、ハリエットを追い抜いて前方へ疾走する。

「ちょ、ちょっと! 弓兵が前衛に出てどうするのよ!」

 ハリエットの言葉を無視してネルは海賊たちの攻撃をすばやくかわしながら、その間をって先へ先へと進んでいく。
 そして跳躍ちょうやくし、酒樽さかだるから木箱へと飛び移り、さらに高く飛ぶと弓につがえたままの矢を空中から鋭く放った。
 
「くたばりやがれ!」

 その矢は一直線に大柄な海賊に向かっていく。
 だが、その大柄な男は長剣を素早く振るうと、ネルの放った矢を叩き折った。

「フン。ねらいが甘いぜ。女」

 その言葉にネルは苛立いらだった。
 それは自分でもそう思っているからだ。
 アーシュラとの一件で自信を失ってからもう一度、腕をみがき直すつもりで訓練を続けてきた。

 今なら数十メートル先の相手の胴はもちろん、頭や腕、足などねらった部位に当てる自信はある。
 だが……以前のネルはそこからさらに的をしぼり、頭部の中でも目や耳といったより細かい部位をねらうことが出来た。
 今はそこまでの自信がない。 
 ねらいが甘くなるのも当然だった。

(くっ! あんなことがなければ……)

 ネルはアーシュラをうらみたくなる気持ちが腹の底でくすぶっているのを感じて、そんな自分にまた苛立いらだった。
 他人に何かを言われたくらいで、あれしきのことで自分の弓の自信は揺らいでしまう、そんな程度のものだったのか。
 これは自分の弱さだ。
 それを他人のせいにするほどネルは腐っていなかった。
 そして矢の1本を防がれたくらいで心折れるほどヤワなつもりもない。

「ケッ! カッコつけんじゃねえ!」

 ネルは立て続けに矢を放つが、海賊の男は1本を剣で再び弾き、もう1本は体をずらして避ける。
 海賊の頭領とおぼしき男が、腕の立つ相手だということは一目で分かった。
 それを見たハリエットはおのを振るって周囲の海賊を打ち倒しながら頭領の男の前に歩み出る。
 そしておのを男に向けて声高に叫んた。

「アタシはダニアのハリエット! 臆病者でないのなら1対1で勝負しなさい!」

 それを聞いた頭領の男の顔に興味深げな笑みが浮かぶ。

「面白い。俺はフィランダー。この海賊どもの頭を張っている。部下たちの前で臆病者おくびょうものになるわけにはいかねえなぁ。その挑発に乗ってやるぜ」

 そう言うとフィランダーは長剣を手に鋭い突きを放つ。
 ハリエットはこれをおのでいなすと、十数メートル離れた場所にいるネルに向けて声を上げた。

「ネルも手出しは無用よ!」

 ネルは肩をすくめると、周囲の海賊たちが加勢無用の禁を破ってハリエットを攻撃しないか、注意深く様子をうかがうのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 エリカとオリアーナはそれぞれ槍とむちを振るって海賊たちを蹴散けちらしながら船尾方向へ進んでいる。
 ともに射程の長い武器であるため、海賊たちは2人に近付けずに仕方なく矢を射掛けたり、短剣を投げつけるといった単調な攻撃に終始していた。
 だが、そんな程度ではエリカもオリアーナも止まらない。
 さらに上空を旋回しているたかのルドルフが主人のオリアーナを助けるため、鋭く急降下しては海賊らを攻撃していた。

 その鋭利なつめくちばしで顔や頭をえぐられて、数名の海賊たちが悲鳴を上げて倒れ込む。
 ルドルフは軍事訓練を受けて戦闘特化したたかだ。
 そのため人間が地上から行うであろう反撃への回避方法も覚え込ませてある。
 海賊たちは忌々いまいましいたかを撃ち落とそうと矢を放つが、ルドルフは羽根を広げて大きく旋回せんかいしたかと思うと、体をすぼめて錐揉きりもみ状に回転しながら急降下したりして的をしぼらせない。

 そうして飛び回るルドルフによって頭上に気を取られている海賊らは、オリアーナのむちを頭に受けて、その衝撃で昏倒こんとうした。
 オリアーナのむちは硬質で重く、彼女の剛腕から繰り出される一撃を浴びた敵はまるで鈍器どんきなぐられたかのように意識をり取られてしまう。
 海賊らは頭上からのルドルフの襲撃におびえつつ、前から来るオリアーナのむちにも備えなくてはならず苦戦をいられていた。
 まさにオリアーナとルドルフの主従一体となった連携れんけい攻撃だ。

 そしてエリカは長槍を勇ましく振るい、海賊を的確に1人ずつ刺し貫いてほうむっていく。
 その射程は長く、間合いに何人たりとも踏み込ませないエリカの緻密ちみつな攻撃は、彼女の実直な性格を体現していた。
 師であるベラは軽口を叩きながらエリカをみっちりときたえ上げた。
 弁舌べんぜつたくみさだけはどうしても体得できないが、槍の腕は師匠ししょうゆずりの技術を着実に吸収している。

 2人の女戦士の勢いを海賊らは止めることが出来ない。
 エリカとオリアーナは次々と海賊らをぎ倒し、船尾にある船室へと雪崩なだれ込んでいくのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「鉄の手枷てかせ足枷あしかせはあるかしら?」

 そうしたチェルシーの問いに海賊は首を横に振る。

「鉄はねえなぁ。海風でびちまうからよ。寄りなわで良ければあるぜ」

 そう言うと海賊はなわを取りに向かう。
 海賊船の船室ではチェルシーの部隊の面々がようやく腰を落ち着けて体を休めていた。
 そんな中、チェルシーは気絶しているエミルをしばり上げるためにかせを所望したのだ。

(またエミルがあの時のように大きな力を見せたら危険だわ……)

 そう危惧きぐするチェルシーは船室の外で何やら海賊たちが騒いでいる声を聞いた。
 彼女がまゆを潜めていると、船室の中に1人の海賊が飛び込んでくる。

「おい! 大変だ! 金髪の女と赤毛の女たちが乗り込んできて大暴れしてやがる!」

 そのしらせにチェルシーやシジマ達は表情を曇らせて顔を見合わせるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...