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第二章 クレイジー・パーティー・イン・ホスピタル
第3話 母を失った日の来訪者
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都立・新宮高等学校では午前中の授業が淡々と行われていた。
(はぁ~。あんなことがあった後の授業なんか身が入らねえよなぁ)
古典教科の教師が黒板に書き記した漢文を解説している様子を退屈そうに眺めながら、甘太郎はいつもの窓側の座席に腰掛けて今朝の出来事を思い返していた。
梓川恋華というクライアントの持つ不思議な能力が、絶えず商機を窺う甘太郎のアンテナをこよなく刺激していた。
公園で恋華を襲っていた男たちは一見して悪魔憑きのように思えたが、恋華は甘太郎の知る祓魔師とはまったく異なっていた。
(あの人の能力はいったい何なんだろうか)
頭の中に浮かぶ疑問をこねくり回しながら何気なく窓の外に視線を移し、萌える新緑の木々を見つめた。
毎年この季節になると甘太郎は亡き母を強く思い出す。
(もうすぐ命日か)
3年前のちょうど今頃。
15歳になって数日が過ぎたばかりの新緑の季節に甘太郎は母親を亡くした。
彼の母である甘枝は病気がちで、入退院を繰り返した末の40歳という若さでの他界だった。
実の父を知らない甘太郎にとって母親を亡くしたときの喪失感や悲しみは深く、彼は失意の底にいた。
幼馴染である八重子ですら、葬儀の席では彼に声をかけるのをためらうほどだった。
だがその日、甘太郎は不思議な出会いを果たすこととなった。
葬儀の後、ひとり会場に残された甘太郎に声をかけたのは見知らぬ初老の男性だった。
「母君のご逝去。心よりお悔やみ申し上げます。酒々井甘太郎どの」
白髪を丁寧に撫で付けたその初老の男性は唐突にそう告げると、深々と頭を下げた。
黒い礼服に身を包み、黒いネクタイを締めたその男を一瞥すると、甘太郎は言葉少なに男に問いかけた。
「あんた誰だ?」
甘太郎はその顔に不審と戸惑いを色濃く浮かべて男の顔をマジマジと見つめた。
初老の男は一切の感情をその顔から消し去って、静かに甘太郎を見つめ返すと口を開いた。
「来訪者、とでも申しましょうか」
そう言うと男は己の用件を簡潔に、だが厳粛に告げた。
「母君がどのようにして生き、どのようにして亡くなられたのかをあなたは知るべきです。母君のお持ちだった力のことも」
そう言うとその男は甘太郎が抵抗する間もないほど素早く、その右手を甘太郎の額に当てた。
その瞬間、甘太郎の頭の中に奔流となって流れ込んでくるのは、ある思念だった。
それは母である甘枝の人生であり、母が生前、胸に秘めていた思いだった。
母が持っていた特別な力と、その力のせいで辿ることとなった数奇な運命。
『力を受け継ぐ時が来たのです。母から子へ』
どこからか聞こえてくるその声にふと我に返る。
すると目の前にいたはずの初老の男は影も形もなく消え去っていた。
まるで初めからそんな男は存在しなかったかのように。
それでもたったひとつだけ先ほどまでとは決定的に違うことがあった。
彼の脳裏には今まで自分が知り得なかった知識とこれから生きるべき道が明確に刻み込まれており、自分の身のうちに宿りし力を明確に自覚していた。
甘太郎が貿易士としての能力に目覚めた瞬間だった。
それから甘太郎は脳裏に植えつけられた母親の記憶をもとに力の使い方を学んでいき、八重子の父親でもある談合坂幸之助の助力もあって、その後、半年のうちに貿易士としての商売をスタートさせた。
あの日のことを思い返し、甘太郎は授業中の窓辺から見える平穏な日常の風景を見ながら静かに息を吐いた。
自分が背負った運命と、今の自分に差し迫る危機。
それらを自覚してなお、甘太郎は自らの歩む道を確かに見据えていた。
(ようやく商売も面白くなってきたってのに、あと数年でこの世とオサラバなんて悲しすぎるだろ。絶対に生き延びてやる)
あらためて甘太郎は強い決意を胸のうちに刻み込むのだった。
(はぁ~。あんなことがあった後の授業なんか身が入らねえよなぁ)
古典教科の教師が黒板に書き記した漢文を解説している様子を退屈そうに眺めながら、甘太郎はいつもの窓側の座席に腰掛けて今朝の出来事を思い返していた。
梓川恋華というクライアントの持つ不思議な能力が、絶えず商機を窺う甘太郎のアンテナをこよなく刺激していた。
公園で恋華を襲っていた男たちは一見して悪魔憑きのように思えたが、恋華は甘太郎の知る祓魔師とはまったく異なっていた。
(あの人の能力はいったい何なんだろうか)
頭の中に浮かぶ疑問をこねくり回しながら何気なく窓の外に視線を移し、萌える新緑の木々を見つめた。
毎年この季節になると甘太郎は亡き母を強く思い出す。
(もうすぐ命日か)
3年前のちょうど今頃。
15歳になって数日が過ぎたばかりの新緑の季節に甘太郎は母親を亡くした。
彼の母である甘枝は病気がちで、入退院を繰り返した末の40歳という若さでの他界だった。
実の父を知らない甘太郎にとって母親を亡くしたときの喪失感や悲しみは深く、彼は失意の底にいた。
幼馴染である八重子ですら、葬儀の席では彼に声をかけるのをためらうほどだった。
だがその日、甘太郎は不思議な出会いを果たすこととなった。
葬儀の後、ひとり会場に残された甘太郎に声をかけたのは見知らぬ初老の男性だった。
「母君のご逝去。心よりお悔やみ申し上げます。酒々井甘太郎どの」
白髪を丁寧に撫で付けたその初老の男性は唐突にそう告げると、深々と頭を下げた。
黒い礼服に身を包み、黒いネクタイを締めたその男を一瞥すると、甘太郎は言葉少なに男に問いかけた。
「あんた誰だ?」
甘太郎はその顔に不審と戸惑いを色濃く浮かべて男の顔をマジマジと見つめた。
初老の男は一切の感情をその顔から消し去って、静かに甘太郎を見つめ返すと口を開いた。
「来訪者、とでも申しましょうか」
そう言うと男は己の用件を簡潔に、だが厳粛に告げた。
「母君がどのようにして生き、どのようにして亡くなられたのかをあなたは知るべきです。母君のお持ちだった力のことも」
そう言うとその男は甘太郎が抵抗する間もないほど素早く、その右手を甘太郎の額に当てた。
その瞬間、甘太郎の頭の中に奔流となって流れ込んでくるのは、ある思念だった。
それは母である甘枝の人生であり、母が生前、胸に秘めていた思いだった。
母が持っていた特別な力と、その力のせいで辿ることとなった数奇な運命。
『力を受け継ぐ時が来たのです。母から子へ』
どこからか聞こえてくるその声にふと我に返る。
すると目の前にいたはずの初老の男は影も形もなく消え去っていた。
まるで初めからそんな男は存在しなかったかのように。
それでもたったひとつだけ先ほどまでとは決定的に違うことがあった。
彼の脳裏には今まで自分が知り得なかった知識とこれから生きるべき道が明確に刻み込まれており、自分の身のうちに宿りし力を明確に自覚していた。
甘太郎が貿易士としての能力に目覚めた瞬間だった。
それから甘太郎は脳裏に植えつけられた母親の記憶をもとに力の使い方を学んでいき、八重子の父親でもある談合坂幸之助の助力もあって、その後、半年のうちに貿易士としての商売をスタートさせた。
あの日のことを思い返し、甘太郎は授業中の窓辺から見える平穏な日常の風景を見ながら静かに息を吐いた。
自分が背負った運命と、今の自分に差し迫る危機。
それらを自覚してなお、甘太郎は自らの歩む道を確かに見据えていた。
(ようやく商売も面白くなってきたってのに、あと数年でこの世とオサラバなんて悲しすぎるだろ。絶対に生き延びてやる)
あらためて甘太郎は強い決意を胸のうちに刻み込むのだった。
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