甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第29話 純白の部屋

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 やわらかな光に包まれたそこは10じょうほどの部屋だった。
 かべゆか、そして天井てんじょうも全て白であり、それ自体が光を放っているようで、光源となる照明はどこにも見えない。
 中心には白く清潔感せいけつかんのあるベッドが置かれていて、そこに横たわっているのはまぎれもなく甘太郎あまたろうだった。
 しかしその体は不自然なほど真っ白にまっていて、生気というものが感じられない。

「ア、アマタローくん……アマタローくん! アマタローくん!」

 恋華れんかはベッドに恐る恐る近寄ると、彼の名を幾度いくどび続けたが、甘太郎あまたろうは死んでいるかのように呼吸こきゅうひとつしていない。

「そ、そんな……どうすればいいの」

 恋華れんかはか細い声でくちびるふるわせながらそう言うと、来訪者は彼女を落ち着かせるように冷静な声音こわねで言った。

「大丈夫。まだ彼の肉体はみとどまっています」

 そう言うとかかえていたフランチェスカの体をゆかに横たえ、来訪者は恋華れんかうでを指差した。

「あなたのうでにそのロープがき付いていなければ私もだいぶこまってしまうところでした」

 来訪者の言葉に恋華れんかは自分のうでを見つめてまゆひそめる。

「あの……これが何か?」
「それは先ほど甘太郎あまたろう殿どのの元へもどろうとしていたでしょう? ロープであるにも関わらず。まるで自分の意思いしを持っているかのように」

 来訪者の話に恋華れんかうなづいた。
 移動手段のない恋華れんかでも、このロープのおかげで浮遊空間の中を甘太郎あまたろうの元へけつけることが出来たのだ。
 ただし今は先ほどのように恋華れんかうでを引っ張るような力は感じられない。
 もはや特別な力を失ってしまったかのようなそれを見て不安げな表情を浮かべる恋華れんかだったが、来訪者はそんな彼女の懸念けねん見透みすかすかのように言った。

「今は主たる甘太郎あまたろう殿どのがこの状態ですから、ロープも元気を失っているのでしょう。それをほどいてあなたの手で彼に返してあげて下さい」
 
 来訪者の言葉に恋華れんかは言われるままロープをほどく。
 恋華れんかうでから離れたそれは、やはり甘太郎あまたろうの元へもどろうとはしない。
 ただのロープとして恋華れんかの手の中で横たわっている。
 恋華れんかは確認するかのように来訪者をじっと見つめた。
 来訪者はおごそかにうなづく。
 恋華れんかは覚悟を決め、ロープを手に甘太郎あまたろうかたわらへと歩み寄った。

「アマタローくん。元にもどって」

 甘太郎あまたろうの真っ白な体を見下ろし、恋華れんかは思いを込めてそう言うと、彼のむねにロープをそっと置いた。
 彼の不自然なほどに真っ白な体と漆黒しっこくのロープとのコントラストが悲劇的ひげきてきで、恋華れんかつらそうな顔を見せる。
 かみの毛や眉毛まゆげまで白くまった甘太郎あまたろうを見るのはつらかったが、それでも恋華れんかむねの痛みをこらえて甘太郎あまたろうの様子を見守った。
 そのまま数十秒がち、恋華れんかの不安が刻一刻こくいっこくつのる中で変化は訪れた。

「あっ……」

 恋華れんかは思わずそう声をらし、そこから先は息を飲んで状況を見守る。
 漆黒しっこくのロープは甘太郎あまたろうむねの中へとスッとしずみ込んでいき、それにともなって白かった甘太郎あまたろうの体が元の色を取りもどし始めた。

「アマタローくんの体が……!」

 恋華れんか興奮こうふん気味に声を上げる。
 白い人形のように無機質だった甘太郎あまたろうの体は少しずつ色を取りもどしながら、人間らしい血の気をびていく。
 その様子を恋華れんかとなりで見つめながら来訪者は満足げにうなづく。

「物質化の力を使いぎて不足していた魔気まきをロープから取り込んだことで、彼の中の暗黒炉あんこくろが停止状態から活動状態へと変化したのです」
 
 その話を聞いた恋華れんかはたまらずにたずねた。

「アマタローくんは元にもどれるんですね?」

 だが来訪者らいほうしゃはこれを肯定こうてい否定ひていもせずに神妙しんみょう面持おももちで言う。

「後は彼の回復力にかかっています。時間が経過けいかするほどに彼の体力は低下していきますが、今なら恐らくギリギリ回復可能だと思います」

 恋華れんかはそれを聞くとこらえきれずに両目から大粒おおつぶなみだをこぼした。
 そんな彼女を気遣きづかうように来訪者は声をかける。

「少し時間はかかりますが、後は暗黒炉あんこくろが自らを修復して、甘太郎あまたろう殿どのの肉体も治してくれることに期待するしかありません。あなたは先に元の世界にもどして差し上げます」
「えっ?」

 来訪者の言葉に恋華れんかおどろいて声を上げた。

「わ、私はここに残ります! アマタローくんを残して行けません!」

 そう言う恋華れんかをなだめるように来訪者は事情を説明する。

「先ほど申し上げた通り、甘太郎あまたろう殿どの魔気まきを物質化する力を使いぎて、暗黒炉あんこくろの中に魔気まきが不足している状態です。魔気まきを生み出す暗黒炉あんこくろの中には魔気まきを暴走させないための抑止力よくしりょくとして一定量の神気じんきが備わっています。魔気まきが不足するとその神気じんき膨張ぼうちょうして暗黒炉あんこくろは強く圧迫あっぱくされてしまいます。その影響で甘太郎あまたろう殿どのは今、このような状態にあります」

 来訪者の説明を聞きながら甘太郎あまたろうを見下ろす恋華れんかの目には悲しみの影が差していた。

甘太郎あまたろう殿どのはじっくりと体の中の神気じんき排出はいしゅつして、魔気まき増幅ぞうふくさせていく必要があります。それにはおそらく数時間から十数時間が必要でしょう」

 来訪者にそう言われても恋華れんかは一歩も引き下がらなかった。

「だったら待ちます。何時間でも。何十時間でも」

 恋華れんかは自分でも意固地いこじになっていると分かっていた。
 それでも今、甘太郎あまたろうそばから離れるつもりはなかった。
 ここで離れてしまえばまた会えなくなってしまうかも知れないと思うと、不安で仕方がないからだ。
 だが来訪者は首を横に振る。

恋華れんかさまはご自分のことを考えた方がよろしい。この空間に長居ながいすることは貴女あなたにとってあまり良くない影響があります」
 
 来訪者の言うことは恋華れんかにも理解できた。
 この浮遊空間の中はやはり魔気まき濃度のうどが高い。
 もちろん恋華れんかにもえられる程度の濃度のうどであり、すぐに体に変調をきたしてしまうわけではない。
 ただポルタス・レオニスに降り立って以降、常に魔気まき濃度のうどの高い中で活動し続けてきたことで恋華れんかの体にも一定量の魔気まき蓄積ちくせきされいて、そのせいで体全体が重苦しくだるいことは彼女自身も自覚していた。
 このままこの場所にとどまり続ければ症状しょうじょうは悪化の一途いっとをたどるであろうことは明白であり、来訪者もそのことを見抜いていたのだ。

「ご理解下さい。貴女あなたがこの場にとどまることを甘太郎あまたろう殿どのも望まないでしょう」
 
 来訪者はそう言った。
 おだやかでやわらかな物言いだったが、恋華れんかだまらせるに足る理性的な言葉だった。
 確かに甘太郎あまたろうだったら恋華れんかを危険な状況に置いておくことを望みはしないだろう。
 恋華れんかは横たわる甘太郎あまたろうを見つめた。

「アマタローくん。私はキミを絶対に無事に日本に送りとどけるって決めてるの。だから……」

 そう言った恋華れんかはふと言葉を止め、甘太郎あまたろうの体をまじまじと見つめた。
 血の気がもどりつつある甘太郎あまたろうの口から白いけむりが立ちのぼり始めた。
 それを見た恋華れんかは白いけむりの正体が神気じんきであることにすぐに気が付いた。
 そして来訪者の方を見やる。
 来訪者は甘太郎あまたろうの体から数歩下がって顔をしかめていたが、恋華れんかおどろきの視線を受けると状況を説明した。

「おそらく……甘太郎あまたろう殿どのは無意識下で今の恋華れんかさまの話を聞いておられたのでしょう。少しでも早く神気じんき排出はいしゅつして体を元にもどそうとしているのでしょうな」

 来訪者の話を聞いた恋華れんかはいてもたってもいられなくなり、横たわる甘太郎あまたろうの手を取った。

「アマタローくん! 絶対に一緒に帰るんだよ!」

 そう言うと恋華れんかは振り返って来訪者を見る。
 来訪者は神気じんきが苦手なようで、さらに少し離れた場所から事態を見守っている。

「これならすぐに元にもどれますか?」
 
 真剣な眼差まなざしを向けて来訪者にそう問う恋華れんかだったが、来訪者が何かを答える前に甘太郎あまたろうの口からあふれ出る神気じんきけむりいきおいを失ってしまった。

「ああっ?」

 恋華れんかおどろきの声を上げて来訪者に目でうったえかける。
 それを受けて来訪者は少しこまった顔を見せながら言った。

甘太郎あまたろう殿どのも体力的にきびしいのですよ。ご自分で神気じんき排出はいしゅつするならもっと時間をかけなければなりません」
「でも、こうしている間にもアマタローくんの体力は失われているんですよね?」

 あせ恋華れんかを見つめ、来訪者は神妙しんみょうな顔でうなづいた。

神気じんきをもっと早く排出はいしゅつできればいいんですか?」
 
 そうたずねる恋華れんかをじっと見据みすえ、来訪者は口を開く。

恋華れんかさま。まさか……」

 来訪者は恋華れんかが何をしようとしているのかすぐに見抜き、そんな彼の予想通りの言葉を恋華れんかは口にした。

「私が神気じんきい出します!」
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