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序幕 悲しみから恨みへ
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「どうして会いに来てくれないの? 姉さま」
チェルシーは雨の雫に濡れた窓の外を見て、その目に涙をいっぱいにためてそう呟いた。
母が死に、後を追うようにして父も病でこの世を去った。
次の国王に即位した年の離れた兄や他の兄弟たちは皆、チェルシーに冷たく当たる。
なぜならばチェルシーだけは母親が違うからだ。
後妻として輿入れをした蛮族の元女王である先代クローディア。
その彼女が高齢で王の子を身ごもった。
そうして生まれたのがチェルシーだ。
そんな境遇から、チェルシーは王族の者たちから疎まれていた。
だが彼女には母親を同じくする父親違いの姉がいる。
しかし年の離れたその姉は王国を出て行き、最後に会ったのはまだチェルシーがうんと幼い頃だった。
それ以来、会いに来てくれることはなかったし、手紙が届いたのも最初の頃だけですぐに途切れてしまった。
優しい姉の記憶はおぼろげだったが、美しい銀色の髪だけは鮮明に覚えている。
チェルシーと同じ、銀色に輝くような髪だ。
チェルシーは涙を拭いながら、窓の外に広がる城下町の景色を見下ろす。
雨に濡れる街並みを見つめながら、彼女は切なる思いを込めて祈るように呟いた。
「会いにきて……クローディア姉さま」
☆☆☆☆☆☆
目が覚めるとチェルシーは窓の外から差し込む眩しさに苛立たしげに目を細めた。
腹が立っているのは寝起きに容赦なく降り注ぐ陽光にではない。
「またあの夢……何なの。ワタシはいつまでこんな夢を……」
姉を恋しく求めるような気持ちはとうの昔に捨て去った。
母を見捨て、国を見捨て、自分を置いて出て行った姉は今や、共和国に誕生した若き大統領の妻の座にのうのうと収まっている。
共和国でさぞかし恵まれた暮らしをしていることだろう。
それを思うたびチェルシーは苛立ちを覚え、姉を憎む気持ちに胸が焼かれるようだった。
それでもなお今も姉を恋しがっていた頃の夢を見る度に、チェルシーは甘い自分を嫌悪するのだ。
「お目覚めですか。姫様」
そう言ってベッドの脇に立ったのは黒髪の女性だった。
年はチェルシーよりも上だ。
「ショーナ。もう姫様はやめて。ワタシはもうあの頃の姫じゃない。母様や父様がかわいがってくれたワタシはもういないわ」
チェルシーの言葉にショーナと呼ばれた側付きの女性は泰然と頭を下げる。
「これは失礼いたしました。将軍閣下。国王陛下より出立命令が下るそうですよ。御支度を終わられましたら、謁見の間へご足労願います」
「兄上はワタシをお膝元に置いておきたくないのでしょうね。まあ、ワタシもこんな息の詰まる場所にいたくないので、お互い様だけど」
「チェルシー様。いくら妹君とはいえ、陛下への不敬なご発言はお慎み下さい。誰が聞いているか分かりませんので」
ショーナはそう言うとチェルシーの着替えを置いて部屋から出て行った。
チェルシーは冷たい目でその背中を見送る。
彼女には幼い頃から面倒を見てもらってきた。
ショーナは元々、先代クローディアに仕えていた黒髪の者たちの間で一番年上であり、年下の者たちの世話役のような存在だったが、それでもチェルシーは彼女に親しみを感じていない。
面倒こそ見てくれたが、親身になって話を聞いてくれたことは一度としてないからだ。
母である先代クローディアが亡くなってからは特にその傾向が顕著だった。
チェルシーは冷たい表情で再び窓の外を見る。
晴れ渡った気持ちの良い青空が広がっているが、彼女の気分は晴れることはなかった。
ここはチェルシーにとって、愛する者たちに置き去りにされてしまった牢獄のような場所だ。
「クローディア姉さま。あなたが母上やワタシや王国をも捨ててまで作ったものは、すべてこの手で壊してあげるから。今のうちにこの世の春を味わっておくといいわ」
国王の異母妹にして、若干16歳で王国軍の将軍となった銀髪のチェルシーは、その目に暗い怨恨の炎を宿し、今は遠く離れた姉への復讐を誓うのだった。
チェルシーは雨の雫に濡れた窓の外を見て、その目に涙をいっぱいにためてそう呟いた。
母が死に、後を追うようにして父も病でこの世を去った。
次の国王に即位した年の離れた兄や他の兄弟たちは皆、チェルシーに冷たく当たる。
なぜならばチェルシーだけは母親が違うからだ。
後妻として輿入れをした蛮族の元女王である先代クローディア。
その彼女が高齢で王の子を身ごもった。
そうして生まれたのがチェルシーだ。
そんな境遇から、チェルシーは王族の者たちから疎まれていた。
だが彼女には母親を同じくする父親違いの姉がいる。
しかし年の離れたその姉は王国を出て行き、最後に会ったのはまだチェルシーがうんと幼い頃だった。
それ以来、会いに来てくれることはなかったし、手紙が届いたのも最初の頃だけですぐに途切れてしまった。
優しい姉の記憶はおぼろげだったが、美しい銀色の髪だけは鮮明に覚えている。
チェルシーと同じ、銀色に輝くような髪だ。
チェルシーは涙を拭いながら、窓の外に広がる城下町の景色を見下ろす。
雨に濡れる街並みを見つめながら、彼女は切なる思いを込めて祈るように呟いた。
「会いにきて……クローディア姉さま」
☆☆☆☆☆☆
目が覚めるとチェルシーは窓の外から差し込む眩しさに苛立たしげに目を細めた。
腹が立っているのは寝起きに容赦なく降り注ぐ陽光にではない。
「またあの夢……何なの。ワタシはいつまでこんな夢を……」
姉を恋しく求めるような気持ちはとうの昔に捨て去った。
母を見捨て、国を見捨て、自分を置いて出て行った姉は今や、共和国に誕生した若き大統領の妻の座にのうのうと収まっている。
共和国でさぞかし恵まれた暮らしをしていることだろう。
それを思うたびチェルシーは苛立ちを覚え、姉を憎む気持ちに胸が焼かれるようだった。
それでもなお今も姉を恋しがっていた頃の夢を見る度に、チェルシーは甘い自分を嫌悪するのだ。
「お目覚めですか。姫様」
そう言ってベッドの脇に立ったのは黒髪の女性だった。
年はチェルシーよりも上だ。
「ショーナ。もう姫様はやめて。ワタシはもうあの頃の姫じゃない。母様や父様がかわいがってくれたワタシはもういないわ」
チェルシーの言葉にショーナと呼ばれた側付きの女性は泰然と頭を下げる。
「これは失礼いたしました。将軍閣下。国王陛下より出立命令が下るそうですよ。御支度を終わられましたら、謁見の間へご足労願います」
「兄上はワタシをお膝元に置いておきたくないのでしょうね。まあ、ワタシもこんな息の詰まる場所にいたくないので、お互い様だけど」
「チェルシー様。いくら妹君とはいえ、陛下への不敬なご発言はお慎み下さい。誰が聞いているか分かりませんので」
ショーナはそう言うとチェルシーの着替えを置いて部屋から出て行った。
チェルシーは冷たい目でその背中を見送る。
彼女には幼い頃から面倒を見てもらってきた。
ショーナは元々、先代クローディアに仕えていた黒髪の者たちの間で一番年上であり、年下の者たちの世話役のような存在だったが、それでもチェルシーは彼女に親しみを感じていない。
面倒こそ見てくれたが、親身になって話を聞いてくれたことは一度としてないからだ。
母である先代クローディアが亡くなってからは特にその傾向が顕著だった。
チェルシーは冷たい表情で再び窓の外を見る。
晴れ渡った気持ちの良い青空が広がっているが、彼女の気分は晴れることはなかった。
ここはチェルシーにとって、愛する者たちに置き去りにされてしまった牢獄のような場所だ。
「クローディア姉さま。あなたが母上やワタシや王国をも捨ててまで作ったものは、すべてこの手で壊してあげるから。今のうちにこの世の春を味わっておくといいわ」
国王の異母妹にして、若干16歳で王国軍の将軍となった銀髪のチェルシーは、その目に暗い怨恨の炎を宿し、今は遠く離れた姉への復讐を誓うのだった。
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