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第11話 公国へ
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「ふぅ。とんだ一日になっちまったが、無事に公国に戻ってこられたぜ。ビバルデにはしばらく行かねえほうがいいな」
猛獣の檻などを載せた曲芸団の馬車群を引き連れて進む先頭の馬車で、団長の男はホッと胸を撫で下ろした。
共和国の商業都市であるビバルデで起きたひと悶着のせいで、曲芸団は当初の予定を大幅に短縮して逃げるように引き上げてきたのだ。
裏家業として奴隷の売買を行っていることが共和国側に露見すれば、厳しく罰せられる。
そんな彼らは今、共和国から国境を越えて公国へと足を踏み入れたところだった。
この大陸は西から王国、公国、共和国と続き、さらに東側にはいくつもの小国が乱立している。
陸地の国境線については各国の間で定められているものの、その広大な大地のすべてに壁を張り巡らせることは困難だ。
実際に国境線を守る砦を築いているのは、主要な街道のみだけであり、それ以外の山野は出入りを阻むものはない。
もちろん各国とも巡回警備は行っており、不法入国者は厳しく取り締まるが、その網をくぐり抜けることは決して不可能ではないのだ。
そんな共和国と公国の国境を跨ぐ主要道路の一つに公国軍が砦を構えており、国境を越えて行き来する者たちの積み荷を検査し、税を徴収している。
しかしこの曲芸団はその砦の門兵らと懇意にしており、金品を掴ませて便宜を図ってもらっていた。
だから曲芸団の一行は積み荷の検査なく、ここを通って公国と共和国を行き来できるのだ。
「共和国の連中は金払いがいいからしばらく行けないのは惜しいが、上玉2人を売れば相当な金になる。特に黒髪の坊主は王国に連れていけば高値で売れるだろう。あそこは王家が黒髪の人材を求めているからな。あとは1、2年、公国で奴隷商売をチマチマやってりゃ何とか当面はしのげるだろうさ」
団長はそう言うと、捕らえた姉弟の売り先の候補を頭の中であれこれと考える。
「そういや団長。ビバルデの街にはあのダニアの女王ブリジットが視察に来ていたらしいですよ」
馬車に同乗している受付の男はそう言って顔を曇らせる。
「なに? 本当か?」
「へえ。あの街にもダニアの女たちが常駐するようになるんですかね。連中はお盛んだって話だから、男娼を用意すりゃ一儲《ひともう》け出来そうだってのに、しばらくビバルデの街に行けねえのはツイてねえや」
そうぼやく受付の男の話は団長の耳に入っていなかった。
ダニアの女王ブリジット。
その言葉が団長の頭の中で繰り返されており、彼は思考の海に沈んでいたからだった。
そうこうするうちに馬車の前方には夕闇の中に浮かび上がる国境近くの街・アリアドの明かりが見え始めていた。
☆☆☆☆☆☆
「おい。着いたぞ。てめえらはここで降りろ」
馬車が停車し、後方から幌が開けられて2人の男がそう声をかけてくる。
屈強な用心棒たちに促され、鎖で繋がれた女たちはヨロヨロとした足取りで馬車から降りていった。
そんな中、手枷足枷と繋がった鎖で荷台に括り付けられたプリシラは1人馬車の中に残り、鋭い目を男たちに向ける。
「弟は無事でしょうね。もし手出しをしていたりしたら、あなたたちの目をこの指でくり抜いてやるから」
そう凄むプリシラに、顔を赤く腫らした男たちは思わず怯む。
2人ともビバルデの街でプリシラに派手に殴り倒された者たちだ。
「チッ。あいつは商品だからな。無事だよ。今はな」
「だが売却されれば貴族の慰みものだ。毎晩毎晩、変態貴族様に骨までしゃぶられることになるぜ。ざまあ見やがれ」
そう悪態をつく2人にプリシラは怒りを露わにする。
「そんなことになる前にエミルを助け出して、アタシがあなたたちの全身の骨を粉々に砕いてやるから。見てなさい!」
そう吠えるプリシラに男たちは怯えとも嘲りともつかぬ卑屈な笑みを浮かべ、後方にいる仲間に声をかけた。
「おい。弟の方を連れてこい」
するとほどなくして両手両足を縄で縛られ、口元を厚手の布で覆われたエミルが姿を現した。
エミルは泣き腫らしたようで目を真っ赤にしており、プリシラの顔を見ると姉様と声を上げようとする。
だが口元が覆われているため、くぐもった声が出るばかりだ。
「静かにしろ。ガキが」
そう言うと男はエミルの細い首を後ろから手で掴んだ。
途端にエミルは恐怖で体を硬直させ、顔を引きつらせてそれ以上、声を出せなくなってしまった。
「エミルを放しなさい!」
プリシラは必死に身じろぎするが、鉄拵えの枷はさすがに引きちぎることは叶わない。
プリシラが苛立ちに声を上げると、男たちの後方から団長がやってきた。
「無駄な抵抗はやめな。お嬢さんよ。おまえたちはうちの他のクズ女どもと違って結構な高位の貴族様に買い取ってもらえるはずだ。そこでうまく主人に取り入ればいい思いが出来るかもしれねえぞ。おまえはあと数年もすれば相当いい女になる。きっと喜ばれるぜ」
そう言うと団長は部下に命じてプリシラを荷台に縛りつけている鎖を解かせる。
もちろんプリシラの手枷足枷はそのままで、団長は油断なく小刀をエミルの首元に突きつけていた。
「言うまでもねえが暴れるなよ? 弟が血を流すことになる。殺しはしない。だが多少傷つけるくらいなら商品価値がわずかに下がるくらいだ。そのくらいなら俺はやるぜ」
「くっ……この下衆野郎」
プリシラは悔しそうに唇を噛みしめ、男らに連れられて馬車を降りた。
「まあ売れるまでの間、水も飯も寝床も与えてやるよ。衰弱されても困るからな。味や寝心地は保証しねえが、そのくらいは我慢してもらおうか」
そう言うと団長はニヤリと笑い、プリシラとエミルを引き連れ、前方に見える夜の街に向かって街道を歩き出すのだった。
猛獣の檻などを載せた曲芸団の馬車群を引き連れて進む先頭の馬車で、団長の男はホッと胸を撫で下ろした。
共和国の商業都市であるビバルデで起きたひと悶着のせいで、曲芸団は当初の予定を大幅に短縮して逃げるように引き上げてきたのだ。
裏家業として奴隷の売買を行っていることが共和国側に露見すれば、厳しく罰せられる。
そんな彼らは今、共和国から国境を越えて公国へと足を踏み入れたところだった。
この大陸は西から王国、公国、共和国と続き、さらに東側にはいくつもの小国が乱立している。
陸地の国境線については各国の間で定められているものの、その広大な大地のすべてに壁を張り巡らせることは困難だ。
実際に国境線を守る砦を築いているのは、主要な街道のみだけであり、それ以外の山野は出入りを阻むものはない。
もちろん各国とも巡回警備は行っており、不法入国者は厳しく取り締まるが、その網をくぐり抜けることは決して不可能ではないのだ。
そんな共和国と公国の国境を跨ぐ主要道路の一つに公国軍が砦を構えており、国境を越えて行き来する者たちの積み荷を検査し、税を徴収している。
しかしこの曲芸団はその砦の門兵らと懇意にしており、金品を掴ませて便宜を図ってもらっていた。
だから曲芸団の一行は積み荷の検査なく、ここを通って公国と共和国を行き来できるのだ。
「共和国の連中は金払いがいいからしばらく行けないのは惜しいが、上玉2人を売れば相当な金になる。特に黒髪の坊主は王国に連れていけば高値で売れるだろう。あそこは王家が黒髪の人材を求めているからな。あとは1、2年、公国で奴隷商売をチマチマやってりゃ何とか当面はしのげるだろうさ」
団長はそう言うと、捕らえた姉弟の売り先の候補を頭の中であれこれと考える。
「そういや団長。ビバルデの街にはあのダニアの女王ブリジットが視察に来ていたらしいですよ」
馬車に同乗している受付の男はそう言って顔を曇らせる。
「なに? 本当か?」
「へえ。あの街にもダニアの女たちが常駐するようになるんですかね。連中はお盛んだって話だから、男娼を用意すりゃ一儲《ひともう》け出来そうだってのに、しばらくビバルデの街に行けねえのはツイてねえや」
そうぼやく受付の男の話は団長の耳に入っていなかった。
ダニアの女王ブリジット。
その言葉が団長の頭の中で繰り返されており、彼は思考の海に沈んでいたからだった。
そうこうするうちに馬車の前方には夕闇の中に浮かび上がる国境近くの街・アリアドの明かりが見え始めていた。
☆☆☆☆☆☆
「おい。着いたぞ。てめえらはここで降りろ」
馬車が停車し、後方から幌が開けられて2人の男がそう声をかけてくる。
屈強な用心棒たちに促され、鎖で繋がれた女たちはヨロヨロとした足取りで馬車から降りていった。
そんな中、手枷足枷と繋がった鎖で荷台に括り付けられたプリシラは1人馬車の中に残り、鋭い目を男たちに向ける。
「弟は無事でしょうね。もし手出しをしていたりしたら、あなたたちの目をこの指でくり抜いてやるから」
そう凄むプリシラに、顔を赤く腫らした男たちは思わず怯む。
2人ともビバルデの街でプリシラに派手に殴り倒された者たちだ。
「チッ。あいつは商品だからな。無事だよ。今はな」
「だが売却されれば貴族の慰みものだ。毎晩毎晩、変態貴族様に骨までしゃぶられることになるぜ。ざまあ見やがれ」
そう悪態をつく2人にプリシラは怒りを露わにする。
「そんなことになる前にエミルを助け出して、アタシがあなたたちの全身の骨を粉々に砕いてやるから。見てなさい!」
そう吠えるプリシラに男たちは怯えとも嘲りともつかぬ卑屈な笑みを浮かべ、後方にいる仲間に声をかけた。
「おい。弟の方を連れてこい」
するとほどなくして両手両足を縄で縛られ、口元を厚手の布で覆われたエミルが姿を現した。
エミルは泣き腫らしたようで目を真っ赤にしており、プリシラの顔を見ると姉様と声を上げようとする。
だが口元が覆われているため、くぐもった声が出るばかりだ。
「静かにしろ。ガキが」
そう言うと男はエミルの細い首を後ろから手で掴んだ。
途端にエミルは恐怖で体を硬直させ、顔を引きつらせてそれ以上、声を出せなくなってしまった。
「エミルを放しなさい!」
プリシラは必死に身じろぎするが、鉄拵えの枷はさすがに引きちぎることは叶わない。
プリシラが苛立ちに声を上げると、男たちの後方から団長がやってきた。
「無駄な抵抗はやめな。お嬢さんよ。おまえたちはうちの他のクズ女どもと違って結構な高位の貴族様に買い取ってもらえるはずだ。そこでうまく主人に取り入ればいい思いが出来るかもしれねえぞ。おまえはあと数年もすれば相当いい女になる。きっと喜ばれるぜ」
そう言うと団長は部下に命じてプリシラを荷台に縛りつけている鎖を解かせる。
もちろんプリシラの手枷足枷はそのままで、団長は油断なく小刀をエミルの首元に突きつけていた。
「言うまでもねえが暴れるなよ? 弟が血を流すことになる。殺しはしない。だが多少傷つけるくらいなら商品価値がわずかに下がるくらいだ。そのくらいなら俺はやるぜ」
「くっ……この下衆野郎」
プリシラは悔しそうに唇を噛みしめ、男らに連れられて馬車を降りた。
「まあ売れるまでの間、水も飯も寝床も与えてやるよ。衰弱されても困るからな。味や寝心地は保証しねえが、そのくらいは我慢してもらおうか」
そう言うと団長はニヤリと笑い、プリシラとエミルを引き連れ、前方に見える夜の街に向かって街道を歩き出すのだった。
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