蛮族女王の娘《プリンセス》 第1部【公国編】

枕崎 純之助

文字の大きさ
27 / 101

第26話 逃走の夜

「馬……数頭の馬が近付いて来るわ」

 そう言いながら林の木陰から顔を出し前方に目をらすプリシラだが、彼女の常人離れした視力でも日が暮れ落ちて暗くなった前方を見定めることは出来ない。
 しかも街道は道沿いの林にそって湾曲しており、走って来る者の姿はかなり近くにならなければ見えてこない。
 だが……音は確実に近付いてくる。
 ジャスティーナは背中から短弓を取り出し、そこに矢をつがえた。
 やがて……湾曲した道の先で、林の陰から視界に現れたのは5頭の馬とそれにまたがる男たちだった。

 男らは灯かりを確保するために前方に向けて火矢を放つ。
 それはたっぷりと油の吸い込んだ布が巻きつけてあり、地面に突き立ってもなお燃え続けて周囲を照らした。
 そして男たちの中に少々、目の良い者がいたようで、木陰こかげから顔を出したプリシラの顔が察知されてしまう。

「いたぞ! 50メートルほど先の左手の林だ!」

 すると5人のうち4人はプリシラたちに向かって来るが、1人は街の方角へと引き返していく。
 それを見たジャスティーナは舌打ちをした。

「チッ! 仲間を呼びに戻ったな。アンタたち。林の奥に走りな」
 
 その言葉を聞くとプリシラはエミルの手を引いて駆け出す。
 エミルも姉についていくために必死に走った。
 林の中は木が乱立しているものの、その隙間すきまは十分にあり、馬で通るにはせまいが人ならば木を避けながら走ることはそう難しくない。
 そしてそれは敵も同じことで、馬を降りた4人の男たちが追って来る足音と怒声が後方から響いてきた。

「待ちやがれ!」
「逃がすな!」

 プリシラはエミルの手を取って走り続けるが、エミルがそれほど速く走れないため苛立いらだってジャスティーナに声をかける。

「4人くらいなら返り討ちにしたほうが早い!」
「ダメだ。手間取れば後から連中の仲間が押し寄せてくる」

 並走するジャスティーナは冷然とそう言うが、プリシラは首を横に振ると声を上げた。

「4人だったら1分もかからずに倒せる!」
「デカい声を出すんじゃないよ。連中に方角がバレるだろう」

 そう言ってプリシラにキツイ視線を向けるとジャスティーナはさらに言葉を重ねる。

「あの4人がこっちを殺すつもりで向かってくるなら返り討ちもしやすいだろうさ。だが連中だって馬鹿じゃない。仲間が到着するまでのらりくらりと時間かせぎをするだろうよ。それこそ奴らの思うツボだ。こっちは戦えないお坊ちゃんを1人抱えているんだからね」

 ジャスティーナの言葉に、プリシラはエミルに視線を向けた。
 エミルは困ったように目をらし、必死に息をあえがせながら走り続けた。
 プリシラは内心の苛立いらだちを吐き出す様に声を上げる。

「じゃあこのままどこまで走り続けるのよ!」
「林の中を北に向かえ、その先に川がある。地元の漁師たちの小船を拝借すれば、川下まで一気に逃げられるはずだ!」

 ジャスティーナは周囲を警戒しながらそう声を上げたが、彼女は不意にプリシラの手をつかんで立ち止まった。
 突然のことにプリシラとエミルもおどろいてその場で立ち止まる。
 そんなプリシラの手を放すと、ジャスティーナは短弓に再び矢をつがえて前方を見据みすえた。
 その口から舌打ちがれる。

「チッ。ここは奴らの地元だからな。地の利は連中にあるようだね」

 彼女がそう言うと同時に頭上から明るい光が林の中に差し込んできた。
 空をおおう雲が風に流され、その切れ間から差し込む月明かりが前方の林の中に多くの人影を浮かび上がらせている。
 ジャスティーナは吐き捨てるように言った。

「どうやらここに誘い込まれたようだ」

 そう言うジャスティーナの視線の先、林の奥から複数の男たちがこちらに近付いて来るのが見える。
 その手に刃物を持った大勢の男たちだった。
 何人かはこの街に来てから見覚えがあった。
 ゴロツキまがいの傭兵ようへいどもだ。 

 そして彼らの先頭にいる傭兵ようへいどもの頭目とおぼしき一際背の高い男のとなりには、見覚えのある男の顔があった。
 曲芸団サーカスの団長だ。

「やはりダニアの女は薄汚い盗人ぬすっとだなぁ。そこのお嬢さんとお坊ちゃんは俺の所有物だぞ。返してもらおうか」

 団長は多くの傭兵ようへいたちを従えて気が大きくなっているようで、尊大な口調でそう言った。
 ジャスティーナはそんな団長をにらみつける。

「お出ましかい。豚野郎。さっきはまんまと偽物のかぎつかませてくれたね。お礼にその歯を全部へし折ってやりたいと思っていたところだよ」

 そう言うとジャスティーナは短弓を地面に放り出し、腰帯から2本の短剣を抜き、油断なく周囲を見回した。
 そして低く抑えた声を背後のプリシラにかける。

「林の中だ。長柄の武器は邪魔になる。予備としてこいつをもう一本持っておきな」

 そう言って2本の短剣のうち1本をプリシラに手渡した。
 そして自分は背負っている小型の円盾を片手に持つ。
 プリシラは元々預かっていた短剣は腰帯に差したまま、新たに受け取った短剣を抜く。

「アタシとジャスティーナで協力しよう」
「そうしたら誰があんたの弟を守るんだ? エミルを守ることに専念しな」
「ならせめて短弓を貸して。後方から援護なら出来るから」
「不要だよ。とにかくあんたは弟を守り切るんだ」

 有無を言わせずそう言うとジャスティーナはひと声えて、打って出た。

「死にたい奴からかかってきな!」

 団長のとなり傭兵ようへい団の頭目らしき男が声を荒げる。

「まずは邪魔じゃまなダニアの女から殺せ! 手加減するな! すぐに死体に変えてやれ!」

 傭兵ようへい団の男たちは木々の間を抜けて次々とジャスティーナに襲いかかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性転のへきれき

廣瀬純七
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。