蛮族女王の娘《プリンセス》 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第42話 銃士

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(あの時、私はどうしてジュードを逃したのだろう)

 およそ10年前の追憶から我に返り、ショーナはかつてのおのれの行動を思い返しながら、どうにも落ち着かない気分を味わっていた。
 あの後すぐにジュードの不在が発覚し、そのせいでショーナは後日、背中に十度のむち打ちというばつを受けたのだ。
 そしてその夜のうちに捜索隊そうさくたいが出されたが、結局ジュードは見つけられなかった。
 彼ならば見つからないだろうとショーナは確信していた。

 ジュードは13歳にしてすでに黒髮術者ダークネスの力を意識的に抑制し、他の黒髮術者ダークネスから気取られないすべを身に着けている。
 そしてその性格は用心深く抜け目がない。
 きっと逃げ切るだろうと思った。

(だけどジュードはあの時どうしてあんな見つかりやすい場所にいたんだろう。そんな迂闊うかつな子じゃないのに)

 ジュードの性格を考えるとそれは似つかわしくない行動だった。
 だがショーナは知っている。
 ジュードにはまた別の一面もあることを。
 彼は厳しい訓練の中にあっても他の仲間を気遣きづかう優しさを持っていた。
 その優しさは時に教官である自分にも向けられていた。

(あの子、もしかして一緒に逃げるために、私を迎えに……? いや、まさかね)

 かつての記憶に思いをせていたショーナにシジマはしびれを切らした。

「おい。いつまで突っ立っているんだ。さっさと行くぞ」

 そう言うシジマに付いて行こうとしたショーナの頭の中に再び、先ほど感じた黒髪術者ダークネスの気配が伝わって来た。
 今度は先ほどよりも、より鮮明だ。
 ショーナはシジマを呼び止めた。

「シジマ。もう1人いる」
「何?」
「もう1人、得体の知れない黒髪術者ダークネスがいる。ついてきて」
「お、おい!」

 戸惑うシジマに構わず、ショーナは早足で歩き出す。
 くずれ落ちた北の大門に背を向け、市壁の外側を東に向かって。
 その顔にはあせりと戸惑いの色がにじんでいた。

 ☆☆☆☆☆☆

 破裂音が響き渡り、ジュードが身を隠している長椅子ながいすのすぐとなりのそれが弾け飛んだ。
 くだけた長椅子ながいすの破片が頭上から降って来て、思わずジュードは身をすくめる。
 そんな彼のことを嘲笑あざわらうようにゆっくりと聖堂の中に足を踏み入れてくるのは、左右両手に拳銃を構えたオニユリだ。

「ほらほらぁ。黒髪術者ダークネスの力を隠しても無駄むだよ。いつまで隠れていられるかしらねぇ。うふふふふ」

 ねずみが猫をいたぶるがごとく、オニユリは次々と発砲してそこかしこの長椅子ながいすを破壊していく。
 その凶悪な破壊音が響くたびにジュードは生きた心地がせずに、心臓が跳ね上がるのを覚えた。
 さらには放たれた鉛弾なまりだまは時に長椅子ながいすの金具に当たって複雑に跳ね飛び、それがジュードのすぐ鼻先をかすめていく。
 さすがにジュードも短い息をらし、身じろぎをした。
 オニユリはそれを敏感に察知する。

「あらあら。感じるわよぉ。あなたの気配を。私は黒髪術者ダークネスじゃないけれど、あなたの居場所が分かっちゃったみたい」

 そう言うとオニユリはコツコツとくつ音を石床に響かせながらジュードに近付いて行く。
 その足音が一つまた一つと響くたびにジュードは恐怖とあせりにさいなまれた。
 オニユリがほんの数メートルのところまで近付いて来ている。

(このままじゃまずい)

 長椅子ながいすの裏に身を隠しながらジュードは、足元に落ちているくだけた長椅子ながいすの破片を手に取った。
 そんな彼の耳にオニユリの奇妙にやさしげな声が響く。
 それはまるで堕落だらくへの道を誘惑する悪魔のようだった。

「ねえ。もう降参して出ていらっしゃいよぉ。私、やさしいから今なら許してあげるわ。あなたが大人しく捕虜になるなら、王国でいい暮らしが出来るよう取りはからってあげてもよくてよ?」

 その言葉にジュードは顔をしかめてくちびるんだ。

冗談じょうだんじゃない。俺はそこがどうしようもなく嫌で抜け出して来たんだよ。今さら戻ってたまるか)
 
 ジュードは手にした長椅子ながいすの破片を右手側に放るのと同時に左手側に飛び込んで転がった。
 発砲音が二度、立て続けに響き渡る。
 鉛弾なまりだまの一つはジュ―ドが投げた破片をくだき、二つ目はジュードの左肩をかすめた。

「ぐうっ!」

 激痛に声をらし、ジュードは思わず石床にくずれ落ちた。
 そんな彼の姿に、オニユリは満足げに目を細める。

「逃げられると思った? 残念。私、こう見えてもココノエ最強の銃士なの。右手でも左手でも同じように銃を扱うことが出来るのよ」

 そう言うとオニユリはツカツカとジュードに歩み寄り、その顔を見下ろす。
 そして左右両手に持った2丁の銃口をジュードの左右の足に向けた。
 ジュードはいよいよ覚悟を決める。
 そして相棒であるジャスティーナの顔を思い浮かべた。
 こんな時、彼女ならばこう言うだろう。

「……悪いけどあんたの思い通りにはならない。お気に召さないなら殺してくれて結構だ」
「あら。男前だこと。でも殺さないわ。ここであなたを殺しても私にはただの骨折り損だし。でも歩けないように両足は撃つわね。痛いわよ~。ごめんね」

 そう言って薄笑みを浮かべるとオニユリは引き金に指をかける。
 だがその時、彼女は背後からの殺気を感じて咄嗟とっさに体を横に捻った。
 その頭のすぐ横をキラリと光る刃が鋭く通り抜けていく。
 オニユリの白い髪が十数本、切り裂かれて宙を舞った。

「くっ!」
 
 オニユリは怒りの形相ぎょうそうで聖堂の入口をにらみつける。

「悪いね。そいつは私の相棒なんだ。むざむざ殺させるわけにはいかないんだよ」  

 入口に立ってそう言ったのは、屈強くっきょうな体格を誇る背の高い赤毛の女だった。
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