43 / 101
第42話 銃士
しおりを挟む
(あの時、私はどうしてジュードを逃したのだろう)
およそ10年前の追憶から我に返り、ショーナはかつての己の行動を思い返しながら、どうにも落ち着かない気分を味わっていた。
あの後すぐにジュードの不在が発覚し、そのせいでショーナは後日、背中に十度の鞭打ちという罰を受けたのだ。
そしてその夜のうちに捜索隊が出されたが、結局ジュードは見つけられなかった。
彼ならば見つからないだろうとショーナは確信していた。
ジュードは13歳にしてすでに黒髮術者の力を意識的に抑制し、他の黒髮術者から気取られない術を身に着けている。
そしてその性格は用心深く抜け目がない。
きっと逃げ切るだろうと思った。
(だけどジュードはあの時どうしてあんな見つかりやすい場所にいたんだろう。そんな迂闊な子じゃないのに)
ジュードの性格を考えるとそれは似つかわしくない行動だった。
だがショーナは知っている。
ジュードにはまた別の一面もあることを。
彼は厳しい訓練の中にあっても他の仲間を気遣う優しさを持っていた。
その優しさは時に教官である自分にも向けられていた。
(あの子、もしかして一緒に逃げるために、私を迎えに……? いや、まさかね)
かつての記憶に思いを馳せていたショーナにシジマはしびれを切らした。
「おい。いつまで突っ立っているんだ。さっさと行くぞ」
そう言うシジマに付いて行こうとしたショーナの頭の中に再び、先ほど感じた黒髪術者の気配が伝わって来た。
今度は先ほどよりも、より鮮明だ。
ショーナはシジマを呼び止めた。
「シジマ。もう1人いる」
「何?」
「もう1人、得体の知れない黒髪術者がいる。ついてきて」
「お、おい!」
戸惑うシジマに構わず、ショーナは早足で歩き出す。
崩れ落ちた北の大門に背を向け、市壁の外側を東に向かって。
その顔には焦りと戸惑いの色が滲んでいた。
☆☆☆☆☆☆
破裂音が響き渡り、ジュードが身を隠している長椅子のすぐ隣のそれが弾け飛んだ。
砕けた長椅子の破片が頭上から降って来て、思わずジュードは身をすくめる。
そんな彼のことを嘲笑うようにゆっくりと聖堂の中に足を踏み入れてくるのは、左右両手に拳銃を構えたオニユリだ。
「ほらほらぁ。黒髪術者の力を隠しても無駄よ。いつまで隠れていられるかしらねぇ。うふふふふ」
鼠が猫をいたぶるがごとく、オニユリは次々と発砲してそこかしこの長椅子を破壊していく。
その凶悪な破壊音が響くたびにジュードは生きた心地がせずに、心臓が跳ね上がるのを覚えた。
さらには放たれた鉛弾は時に長椅子の金具に当たって複雑に跳ね飛び、それがジュードのすぐ鼻先を掠めていく。
さすがにジュードも短い息を漏らし、身じろぎをした。
オニユリはそれを敏感に察知する。
「あらあら。感じるわよぉ。あなたの気配を。私は黒髪術者じゃないけれど、あなたの居場所が分かっちゃったみたい」
そう言うとオニユリはコツコツと靴音を石床に響かせながらジュードに近付いて行く。
その足音が一つまた一つと響くたびにジュードは恐怖と焦りに苛まれた。
オニユリがほんの数メートルのところまで近付いて来ている。
(このままじゃまずい)
長椅子の裏に身を隠しながらジュードは、足元に落ちている砕けた長椅子の破片を手に取った。
そんな彼の耳にオニユリの奇妙にやさしげな声が響く。
それはまるで堕落への道を誘惑する悪魔のようだった。
「ねえ。もう降参して出ていらっしゃいよぉ。私、やさしいから今なら許してあげるわ。あなたが大人しく捕虜になるなら、王国でいい暮らしが出来るよう取り計らってあげてもよくてよ?」
その言葉にジュードは顔をしかめて唇を噛んだ。
(冗談じゃない。俺はそこがどうしようもなく嫌で抜け出して来たんだよ。今さら戻ってたまるか)
ジュードは手にした長椅子の破片を右手側に放るのと同時に左手側に飛び込んで転がった。
発砲音が二度、立て続けに響き渡る。
鉛弾の一つはジュ―ドが投げた破片を砕き、二つ目はジュードの左肩を掠めた。
「ぐうっ!」
激痛に声を漏らし、ジュードは思わず石床に崩れ落ちた。
そんな彼の姿に、オニユリは満足げに目を細める。
「逃げられると思った? 残念。私、こう見えてもココノエ最強の銃士なの。右手でも左手でも同じように銃を扱うことが出来るのよ」
そう言うとオニユリはツカツカとジュードに歩み寄り、その顔を見下ろす。
そして左右両手に持った2丁の銃口をジュードの左右の足に向けた。
ジュードはいよいよ覚悟を決める。
そして相棒であるジャスティーナの顔を思い浮かべた。
こんな時、彼女ならばこう言うだろう。
「……悪いけどあんたの思い通りにはならない。お気に召さないなら殺してくれて結構だ」
「あら。男前だこと。でも殺さないわ。ここであなたを殺しても私にはただの骨折り損だし。でも歩けないように両足は撃つわね。痛いわよ~。ごめんね」
そう言って薄笑みを浮かべるとオニユリは引き金に指をかける。
だがその時、彼女は背後からの殺気を感じて咄嗟に体を横に捻った。
その頭のすぐ横をキラリと光る刃が鋭く通り抜けていく。
オニユリの白い髪が十数本、切り裂かれて宙を舞った。
「くっ!」
オニユリは怒りの形相で聖堂の入口を睨みつける。
「悪いね。そいつは私の相棒なんだ。むざむざ殺させるわけにはいかないんだよ」
入口に立ってそう言ったのは、屈強な体格を誇る背の高い赤毛の女だった。
およそ10年前の追憶から我に返り、ショーナはかつての己の行動を思い返しながら、どうにも落ち着かない気分を味わっていた。
あの後すぐにジュードの不在が発覚し、そのせいでショーナは後日、背中に十度の鞭打ちという罰を受けたのだ。
そしてその夜のうちに捜索隊が出されたが、結局ジュードは見つけられなかった。
彼ならば見つからないだろうとショーナは確信していた。
ジュードは13歳にしてすでに黒髮術者の力を意識的に抑制し、他の黒髮術者から気取られない術を身に着けている。
そしてその性格は用心深く抜け目がない。
きっと逃げ切るだろうと思った。
(だけどジュードはあの時どうしてあんな見つかりやすい場所にいたんだろう。そんな迂闊な子じゃないのに)
ジュードの性格を考えるとそれは似つかわしくない行動だった。
だがショーナは知っている。
ジュードにはまた別の一面もあることを。
彼は厳しい訓練の中にあっても他の仲間を気遣う優しさを持っていた。
その優しさは時に教官である自分にも向けられていた。
(あの子、もしかして一緒に逃げるために、私を迎えに……? いや、まさかね)
かつての記憶に思いを馳せていたショーナにシジマはしびれを切らした。
「おい。いつまで突っ立っているんだ。さっさと行くぞ」
そう言うシジマに付いて行こうとしたショーナの頭の中に再び、先ほど感じた黒髪術者の気配が伝わって来た。
今度は先ほどよりも、より鮮明だ。
ショーナはシジマを呼び止めた。
「シジマ。もう1人いる」
「何?」
「もう1人、得体の知れない黒髪術者がいる。ついてきて」
「お、おい!」
戸惑うシジマに構わず、ショーナは早足で歩き出す。
崩れ落ちた北の大門に背を向け、市壁の外側を東に向かって。
その顔には焦りと戸惑いの色が滲んでいた。
☆☆☆☆☆☆
破裂音が響き渡り、ジュードが身を隠している長椅子のすぐ隣のそれが弾け飛んだ。
砕けた長椅子の破片が頭上から降って来て、思わずジュードは身をすくめる。
そんな彼のことを嘲笑うようにゆっくりと聖堂の中に足を踏み入れてくるのは、左右両手に拳銃を構えたオニユリだ。
「ほらほらぁ。黒髪術者の力を隠しても無駄よ。いつまで隠れていられるかしらねぇ。うふふふふ」
鼠が猫をいたぶるがごとく、オニユリは次々と発砲してそこかしこの長椅子を破壊していく。
その凶悪な破壊音が響くたびにジュードは生きた心地がせずに、心臓が跳ね上がるのを覚えた。
さらには放たれた鉛弾は時に長椅子の金具に当たって複雑に跳ね飛び、それがジュードのすぐ鼻先を掠めていく。
さすがにジュードも短い息を漏らし、身じろぎをした。
オニユリはそれを敏感に察知する。
「あらあら。感じるわよぉ。あなたの気配を。私は黒髪術者じゃないけれど、あなたの居場所が分かっちゃったみたい」
そう言うとオニユリはコツコツと靴音を石床に響かせながらジュードに近付いて行く。
その足音が一つまた一つと響くたびにジュードは恐怖と焦りに苛まれた。
オニユリがほんの数メートルのところまで近付いて来ている。
(このままじゃまずい)
長椅子の裏に身を隠しながらジュードは、足元に落ちている砕けた長椅子の破片を手に取った。
そんな彼の耳にオニユリの奇妙にやさしげな声が響く。
それはまるで堕落への道を誘惑する悪魔のようだった。
「ねえ。もう降参して出ていらっしゃいよぉ。私、やさしいから今なら許してあげるわ。あなたが大人しく捕虜になるなら、王国でいい暮らしが出来るよう取り計らってあげてもよくてよ?」
その言葉にジュードは顔をしかめて唇を噛んだ。
(冗談じゃない。俺はそこがどうしようもなく嫌で抜け出して来たんだよ。今さら戻ってたまるか)
ジュードは手にした長椅子の破片を右手側に放るのと同時に左手側に飛び込んで転がった。
発砲音が二度、立て続けに響き渡る。
鉛弾の一つはジュ―ドが投げた破片を砕き、二つ目はジュードの左肩を掠めた。
「ぐうっ!」
激痛に声を漏らし、ジュードは思わず石床に崩れ落ちた。
そんな彼の姿に、オニユリは満足げに目を細める。
「逃げられると思った? 残念。私、こう見えてもココノエ最強の銃士なの。右手でも左手でも同じように銃を扱うことが出来るのよ」
そう言うとオニユリはツカツカとジュードに歩み寄り、その顔を見下ろす。
そして左右両手に持った2丁の銃口をジュードの左右の足に向けた。
ジュードはいよいよ覚悟を決める。
そして相棒であるジャスティーナの顔を思い浮かべた。
こんな時、彼女ならばこう言うだろう。
「……悪いけどあんたの思い通りにはならない。お気に召さないなら殺してくれて結構だ」
「あら。男前だこと。でも殺さないわ。ここであなたを殺しても私にはただの骨折り損だし。でも歩けないように両足は撃つわね。痛いわよ~。ごめんね」
そう言って薄笑みを浮かべるとオニユリは引き金に指をかける。
だがその時、彼女は背後からの殺気を感じて咄嗟に体を横に捻った。
その頭のすぐ横をキラリと光る刃が鋭く通り抜けていく。
オニユリの白い髪が十数本、切り裂かれて宙を舞った。
「くっ!」
オニユリは怒りの形相で聖堂の入口を睨みつける。
「悪いね。そいつは私の相棒なんだ。むざむざ殺させるわけにはいかないんだよ」
入口に立ってそう言ったのは、屈強な体格を誇る背の高い赤毛の女だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる