蛮族女王の娘《プリンセス》 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第48話 束の間の休息

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 アリアドの市壁から歩いて30分ほどのところに一本の小川が流れていた。
 小川とは言っても川幅は2メートルほどはあり、水深や水量は水車を回すのに十分なものだ。
 周囲はちょっとした小さな森のようになっていて水車小屋を草原から見えぬよう隠してくれている。

 小屋は近隣きんりんの村に住む農民が交代で使っているらしく、調理用のかまや簡易的な藁敷わらじきの寝床がある。
 そして外にはかわやや金属の筒で作られた浴槽よくそうも用意されていた。
 ジュードとジャスティーナは以前にもこの小屋を幾度いくどか利用したことがあるらしく、手慣れた様子でかまに火を入れ、湯をかしていく。
 ジャスティーナは外の浴槽よくそうに小川の清流からみ取った水を張り、まきいて風呂の用意を始める。
 そして彼女は臆面もなく服を脱いでその場で全裸になると、ザブザブと小川に入って体を洗い始めた。

「ちょ、ちょっと。ジャスティーナ……」

 思わず面食らって顔を赤らめるプリシラとエミルだが、ジャスティーナはまったく意に介した様子もなく、垢すりで体をこすり始めた。

「何だ? 別に誰も見ちゃいない。恥ずかしがってないでおまえたちも体を洗いな」
  
 おどろく2人だが、ジャスティーナの筋肉に引きしまった体を見ると、夏の時期にダニアの都でも女たちが素っ裸になって水浴びをしていた光景を思い出す。
 するとジャスティーナの姿に何だか親しみを覚え、プリシラとエミルも服を脱いで小川に入った。
 水は冷たかったが、汗ばんだ体を洗うと、とても気持ちが良い。

 それから風呂がくと、皆は交代で湯につかり、小川で冷えた体を温めた。
 温かい湯につかるとこれまでの疲れが一気に抜けて行くように思えてプリシラとエミルはつかの間の休息に心から安堵あんどを覚える。
 それから姉弟はジュードが用意してくれた新たな旅装にそでを通した。
 ジュードが買ってくれた旅装はプリシラとエミルが元々着ていた服に比べれば生地きじも安く、飾り気のない質素なものだったが、旅をするためにあつらえた服だけあって、丈夫に織られていて耐久性は十分そうだ。

「季節が春で良かったな。真夏や真冬だったら大変だった」

 全員が入浴を済ませ、ジュードが夕食の準備をしながら皆にそう言った。
 風呂でサッパリしたせいか、プリシラもエミルも眠そうな顔でそれを聞いている。
 だがジュードが作る料理が良いにおいをただよわせ始めると、猛烈に空腹感が襲ってきて、2人は今か今かと食事の準備が終わるのを待った。

 ジャスティーナはその間、小屋の外で周囲を見張っている。
 こうしている間にも王国軍によるアリアドの街の侵攻は進んでいるのだ。
 プリシラはふと物憂ものうげな顔を見せた。

「あの奴隷どれいの人たちはどうしているかしらね……」

 プリシラの言葉にジュードも顔を曇らせる。

「アリアドが占領されてしまうと、街や住民の財産は一時的に王国軍の管理下に入る。嫌な言い方だが、奴隷どれいは名目上は資産だから、王国軍に押収されるだろうな。その後どうなるかは軍の思惑によるだろうけど……」
「そう……」

 その話にプリシラは先ほどジュードを襲っていた白髪の女の顔を苦々しく思い返す。
 ああいう者たちが街を支配し、奴隷どれいたちは売り飛ばされたり、強制労働をさせられたりするのだろう。
 それが戦争なのだ。
 綺麗きれい事など通用しない。 

 戦争の厳しさや非情さは母からよく聞かされていたが、平和な時代を過ごして来た自分には実感できることではなかった。
 だがこうして実際に侵略される街を目の当たりにすると、今まさに戦争が起きていて、それによって苦しむ人々がいるのだと嫌でも痛感させされる。
 そしてその非情さの前では自分など無力なのだとプリシラは感じていた。
 浮かない表情のプリシラをチラリと見ると、ジュードは湯に通した鶏肉とりにくを皿の上に乗せて塩胡椒こしょうを振りながら、努めて明るい口調で言う。

「食べよう。俺に出来ることは君たちをビバルデに送り届けることだけだ。それにはまず君たちに元気でいてもらわなければならない。そのためにはしっかり食事をらないと。プリシラ。君はいつかダニアの女王になるのだろう?」
「え、ええ」
「君が大きな力を手に入れた時、きっともっと多くの人を助けられるようになる。だから今は生き延びるんだ。いつか君に救われる人たちのために。それから……となりで腹をすかせている弟のためにもな。さあ、支度したくを手伝ってくれ」 

 そう言うとジュードは鶏肉とりにくを煮込んだ煮汁の中に粉末の調味料を投じ、乾燥させた薬味を入れた後、小さくちぎった干し肉を放り込むと、再度火にかけながらかき混ぜる。
 そして大袋おおぶくろの中から乾燥させたパンを取り出すと、それを小刀でちょうどいい大きさに切り分けて皿代わりにしている大きな葉の上にせた。
 プリシラとエミルはそれを受け取るとテーブルの上に並べていく。

「食べれば元気になるぞ」

 ジュードはそう言いながら温めたスープを手持ちの陶器とうきに注いでいった。
 プリシラとエミルの分もアリアドの街で買い付けたものだ。
 温かな湯気と食欲をそそるにおいが立ち昇り、エミルがたまらずにのどを鳴らす音が聞こえる。
 そんな弟の様子にプリシラは少し気分が明るくなるのを感じてクスリと笑った。

 ジュードはテーブルにスープの器を並べ、最後に鶏肉とりにくの大皿を置くと、外で見張りをしているジャスティーナに声をかけた。
 呼ばれた彼女は水車小屋に入ってくると、短槍を戸口に立てかけてから食卓に着く。

「特にあやしい気配は感じないな。アリアドを攻めた王国の兵団はそれほど数は多くないんだろう。街の周辺に兵を配備する余裕はないようだ」
「そうか。なら今夜は少しは静かに眠れそうだな。さあ食べてくれ」

 そう言うジュードにプリシラとエミルは、行儀ぎょうぎよくいただきますと言ってから食事に手を付け始めるのだった。
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