58 / 101
第57話 白き監視者たち
しおりを挟む
「ヒバリ。対象はどう?」
白い髪の男が陣取る森の中の木の枝に、もう1人の白い髪の男が音もなく上ってきた。
2人とも同じように若く、陰鬱な表情をしている。
2人は共に同じ主を持つ同僚だ。
「キツツキ……姉上様に言われて来たんだね」
「ああ。あの黒い髪の子供をシジマ様に奪われる前にコッソリと攫う。それが姉上様のお望みだよ。シジマ様とショーナ様に気付かれていない?」
キツツキの問いにヒバリは表情一つ動かさずに頷いた。
黒髪術者は人の持つ強い感情の動きに反応する。
その対策というわけではないが、元々ヒバリやキツツキはココノエで斥候として徹底的に感情の動きを排するように訓練されていた。
「黒髪術者に僕らは見つけられない。僕らは植物や動物と一緒だからね」
「そうだね」
彼らが感情の動きを見せるのは、絶対的な主として敬愛するオニユリの傍にいる時だけだ。
そのオニユリのために任務をこなす。
それがどれほどの困難や危険を伴おうとも。
監視対象は2つ。
エミルたちと、それを監視しているシジマたちだ。
その双方を監視しつつ、どちらにも気付かれぬようエミルだけを奪取する。
それがオニユリの望みならば、それを叶えるのみだ。
「捕獲対象が動き出したよ」
そう言うヒバリは目を凝らし、逆にキツツキは目を閉じて耳をすませる。
「4人の声が聞こえてくる」
2人は音もなく木から降りると、各々秀でた視力や聴力を活かして目標であるエミルの追跡を開始した。
☆☆☆☆☆☆
「ウェズリー閣下。アリアドへの駐留軍は予定通り今日には到着するとのことです。報せはまだですが、チェルシー様は問題なくアリアドを占領するでしょう」
副官であるヤゲンの報告にウェズリーは不機嫌な顔を隠そうともしなかった。
王国軍の副将軍であるウェズリーは公国北部の最大都市スケルツを陥落させた後、その街に留まっている。
次の街を攻め落とすために今は兵士らを休ませ、王国からの追加の兵力を待っているところだ。
「フンッ。アリアド程度は新型を持たせれば簡単に落とせる。チェルシーの奴め。さぞかしいい気になっているだろうな。妾の子の分際で厚かましい小娘だ」
腹違いとはいえ、血の繋がった妹をここまでこき下ろすウェズリーの醜悪な言動にも、ヤゲンは恭しく頭を下げたまま何も言わない。
彼は余計なことを一切口走らない男だった。
だからこそこの横暴な上官の副官が務まるのだろう。
「チェルシーが兄の密命を果たすよりも先に、俺が公国首都のラフーガを落としてやる。そのためにはまず次の標的メヌエルテだ。ヤゲン。本国から追加の武器を取り寄せている。おまえたちの新型に期待しているぞ」
「はっ。必ずご期待に沿いましょう。閣下」
そう言うヤゲンの胸の奥底にはわずかな無念が燻っていた。
自分たちココノエの一族が磨き上げてきた技術を、このような男に我が物顔で使われてしまう。
その無念さは胸の奥から消えてはいない。
(だが……ジャイルズ王に救われたのは事実。その恩に報いねば、我らの生きる道は閉ざされてしまう)
シジマやオニユリの兄であるヤゲン。
彼らの一族の故郷であるココノエは、大陸から遠く西に海を隔てた小さな島国だった。
土地が痩せていて農作物などはそれほど豊かに育つ国ではなかったが、一方で豊富に採れる各種の鉱物のおかげで、独自の技術が発展していた。
白い髪の一族は勤勉で知恵に富んでおり、彼らは大陸でも未知であった銃火器という武器を開発した。
それがあればこれまでの十分の一の兵力でも敵と互角に戦える。
人口の少ない小国ココノエでも、大陸の列強諸国と渡り合うことが出来るようになるのだ。
そう確信していた矢先のことだった。
ほんの2年前。
ココノエは人の住めない死の大地となってしまった。
平野の多いココノエの唯一の高山である白神山が、大地震を伴う大噴火を起こしたのだ。
それまで白神山はココノエの一族にとって、多くの鉱物を産出してくれる恵みの山だった。
その麓には多くの鉱山街が設けられ、鉱山労働者がひしめき合って働いていた。
だが恵みの山は一夜にして死神と化し、民に牙を剥いたのだ。
噴火と共に高速で流れ落ちてくる火砕流は一気に街を飲み込み、大勢の人間が一瞬にして命を奪われた。
その噴火に巻き込まれずに済んだ平野の街の者たちも、強風と共に吹きつけてきた有毒な火山ガスによってバタバタと倒れていったのだ。
噴煙が上空に舞い上がり、降りしきる火山灰によって大地は覆われ、農作物は枯れていった。
少ない国土のうち、人が住める場所はごくわずかになってしまったのだ。
生き残った民らは噴火から数週間経っても噴出し続ける有毒ガスや火山灰から逃れるように沿岸部へと追いやられていったが、岩だらけの沿岸部は残った民が暮らしていくには痩せ過ぎた不毛の土地だった。
ココノエの皇であり、ヤゲンの父であるカグラはこのまま先細りをする暮らしをこの地で続けることは出来ないと判断し、祖国を捨てる覚悟を決めた。
民を率いて海を渡り、大陸に移住することを決定したのだった。
だがココノエから大陸までは船で5日間もかかる上に、年中荒波が渦巻く荒れた海域だ。
途中で何隻もの船が沈み、大陸に辿り着くことが出来たのは出発時の半数ほどの船だけだったという。
結局、大陸の西端である王国に上陸したココノエの民はわずか2000人弱。
しかも途中で沈んだ船の中には皇であるカグラも乗っていたという。
指導者を失ったココノエの一族はカグラの息子であるヤゲンが一時的に代表者となり、王国のジャイルズ王に庇護を求めた。
その際に王への献上品として銃火器を提示したのだ。
これが功を奏し、ジャイルズ王はココノエの技術を王国のために提供するのであれば、一族を手厚く保護し、王国民として迎え入れると約束した。
それから2年。
白髪の民たちは王国内に住み、王国のために働いている。
ジャイルズ王はなかなか巧みな人物で、ココノエから不満が出ぬよう衣食住についてそれなりの待遇を与えたのだ。
こうしてココノエの民は新たに生きる場所を得たのだった。
この数年でココノエの一族の暮らしは大きく変わった。
変わらざるを得なかったからだ。
自分達の技術や知識を惜しみなく王国側に差し出すことに難色を示す者もいた。
その気持ちはヤゲンにも痛いほど分かる。
(だが、それでも私には一族を生き永らえさせる責任がある)
大陸に生きる場所を求めて苦渋の決断をしながら道半ばにして海に沈んだ父の遺志を受け継ぎ、ヤゲンは鉄の覚悟で今を生きるのだった。
白い髪の男が陣取る森の中の木の枝に、もう1人の白い髪の男が音もなく上ってきた。
2人とも同じように若く、陰鬱な表情をしている。
2人は共に同じ主を持つ同僚だ。
「キツツキ……姉上様に言われて来たんだね」
「ああ。あの黒い髪の子供をシジマ様に奪われる前にコッソリと攫う。それが姉上様のお望みだよ。シジマ様とショーナ様に気付かれていない?」
キツツキの問いにヒバリは表情一つ動かさずに頷いた。
黒髪術者は人の持つ強い感情の動きに反応する。
その対策というわけではないが、元々ヒバリやキツツキはココノエで斥候として徹底的に感情の動きを排するように訓練されていた。
「黒髪術者に僕らは見つけられない。僕らは植物や動物と一緒だからね」
「そうだね」
彼らが感情の動きを見せるのは、絶対的な主として敬愛するオニユリの傍にいる時だけだ。
そのオニユリのために任務をこなす。
それがどれほどの困難や危険を伴おうとも。
監視対象は2つ。
エミルたちと、それを監視しているシジマたちだ。
その双方を監視しつつ、どちらにも気付かれぬようエミルだけを奪取する。
それがオニユリの望みならば、それを叶えるのみだ。
「捕獲対象が動き出したよ」
そう言うヒバリは目を凝らし、逆にキツツキは目を閉じて耳をすませる。
「4人の声が聞こえてくる」
2人は音もなく木から降りると、各々秀でた視力や聴力を活かして目標であるエミルの追跡を開始した。
☆☆☆☆☆☆
「ウェズリー閣下。アリアドへの駐留軍は予定通り今日には到着するとのことです。報せはまだですが、チェルシー様は問題なくアリアドを占領するでしょう」
副官であるヤゲンの報告にウェズリーは不機嫌な顔を隠そうともしなかった。
王国軍の副将軍であるウェズリーは公国北部の最大都市スケルツを陥落させた後、その街に留まっている。
次の街を攻め落とすために今は兵士らを休ませ、王国からの追加の兵力を待っているところだ。
「フンッ。アリアド程度は新型を持たせれば簡単に落とせる。チェルシーの奴め。さぞかしいい気になっているだろうな。妾の子の分際で厚かましい小娘だ」
腹違いとはいえ、血の繋がった妹をここまでこき下ろすウェズリーの醜悪な言動にも、ヤゲンは恭しく頭を下げたまま何も言わない。
彼は余計なことを一切口走らない男だった。
だからこそこの横暴な上官の副官が務まるのだろう。
「チェルシーが兄の密命を果たすよりも先に、俺が公国首都のラフーガを落としてやる。そのためにはまず次の標的メヌエルテだ。ヤゲン。本国から追加の武器を取り寄せている。おまえたちの新型に期待しているぞ」
「はっ。必ずご期待に沿いましょう。閣下」
そう言うヤゲンの胸の奥底にはわずかな無念が燻っていた。
自分たちココノエの一族が磨き上げてきた技術を、このような男に我が物顔で使われてしまう。
その無念さは胸の奥から消えてはいない。
(だが……ジャイルズ王に救われたのは事実。その恩に報いねば、我らの生きる道は閉ざされてしまう)
シジマやオニユリの兄であるヤゲン。
彼らの一族の故郷であるココノエは、大陸から遠く西に海を隔てた小さな島国だった。
土地が痩せていて農作物などはそれほど豊かに育つ国ではなかったが、一方で豊富に採れる各種の鉱物のおかげで、独自の技術が発展していた。
白い髪の一族は勤勉で知恵に富んでおり、彼らは大陸でも未知であった銃火器という武器を開発した。
それがあればこれまでの十分の一の兵力でも敵と互角に戦える。
人口の少ない小国ココノエでも、大陸の列強諸国と渡り合うことが出来るようになるのだ。
そう確信していた矢先のことだった。
ほんの2年前。
ココノエは人の住めない死の大地となってしまった。
平野の多いココノエの唯一の高山である白神山が、大地震を伴う大噴火を起こしたのだ。
それまで白神山はココノエの一族にとって、多くの鉱物を産出してくれる恵みの山だった。
その麓には多くの鉱山街が設けられ、鉱山労働者がひしめき合って働いていた。
だが恵みの山は一夜にして死神と化し、民に牙を剥いたのだ。
噴火と共に高速で流れ落ちてくる火砕流は一気に街を飲み込み、大勢の人間が一瞬にして命を奪われた。
その噴火に巻き込まれずに済んだ平野の街の者たちも、強風と共に吹きつけてきた有毒な火山ガスによってバタバタと倒れていったのだ。
噴煙が上空に舞い上がり、降りしきる火山灰によって大地は覆われ、農作物は枯れていった。
少ない国土のうち、人が住める場所はごくわずかになってしまったのだ。
生き残った民らは噴火から数週間経っても噴出し続ける有毒ガスや火山灰から逃れるように沿岸部へと追いやられていったが、岩だらけの沿岸部は残った民が暮らしていくには痩せ過ぎた不毛の土地だった。
ココノエの皇であり、ヤゲンの父であるカグラはこのまま先細りをする暮らしをこの地で続けることは出来ないと判断し、祖国を捨てる覚悟を決めた。
民を率いて海を渡り、大陸に移住することを決定したのだった。
だがココノエから大陸までは船で5日間もかかる上に、年中荒波が渦巻く荒れた海域だ。
途中で何隻もの船が沈み、大陸に辿り着くことが出来たのは出発時の半数ほどの船だけだったという。
結局、大陸の西端である王国に上陸したココノエの民はわずか2000人弱。
しかも途中で沈んだ船の中には皇であるカグラも乗っていたという。
指導者を失ったココノエの一族はカグラの息子であるヤゲンが一時的に代表者となり、王国のジャイルズ王に庇護を求めた。
その際に王への献上品として銃火器を提示したのだ。
これが功を奏し、ジャイルズ王はココノエの技術を王国のために提供するのであれば、一族を手厚く保護し、王国民として迎え入れると約束した。
それから2年。
白髪の民たちは王国内に住み、王国のために働いている。
ジャイルズ王はなかなか巧みな人物で、ココノエから不満が出ぬよう衣食住についてそれなりの待遇を与えたのだ。
こうしてココノエの民は新たに生きる場所を得たのだった。
この数年でココノエの一族の暮らしは大きく変わった。
変わらざるを得なかったからだ。
自分達の技術や知識を惜しみなく王国側に差し出すことに難色を示す者もいた。
その気持ちはヤゲンにも痛いほど分かる。
(だが、それでも私には一族を生き永らえさせる責任がある)
大陸に生きる場所を求めて苦渋の決断をしながら道半ばにして海に沈んだ父の遺志を受け継ぎ、ヤゲンは鉄の覚悟で今を生きるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる