蛮族女王の娘《プリンセス》 第1部【公国編】

枕崎 純之助

文字の大きさ
65 / 101

第64話 その身に宿りしもの

 セグ村の村長の家の地下室には食料庫がある。
 粉っぽいにおいのただようその場所に今、エミルとジュードは2人で隠れていた。
 村長はすでに初老に差し掛かる年齢だが、元軍人であり、足腰もしっかりしているため、自警団長である息子の護衛を受けて外で村人らと共に戦っている。
 戦えない2人だけがこの場所に身を潜めていた。
 山賊さんぞくたちは食糧などの略奪が目的であるため、食料庫であるこの場所には火をかけることはないだろうという村長の判断だ。

「ここは安全だ。この村の連中は強いから大丈夫。ジャスティーナにプリシラもいるしな」

 食料庫のすみに座り込んだエミルのとなりに腰を下ろし、ジュードは彼を元気付けるようにそう言った。
 黒髪術者ダークネスである2人は、戦いに巻き込まれたこの村の中に渦巻うずまく怒りや恐怖といった負の感情を嫌というほど感じ取っていた。
 大人のジュードはそれでも耐えられるが、まだ10歳のエミルには辛いことだろう。
 そして何より彼が一番強く感じ取っていたのは姉の心だ。

「姉様……大丈夫かな」

 エミルの心にヒシヒシと伝わってくるのは、プリシラが今感じている戸惑いやおびえだった。
 そんな姉の様子を感じ取るのは初めてのことだ。
 エミルにとってプリシラは常に強く、正しく、堂々とした姉だった。
 姉とは対照的に気弱なエミルには、常日頃から姉のそんな気質が息苦しく感じられることも多々ある。

 それでも姉がこんなふうに弱気になっているのを感じるのは、エミルにとって気持ちのいいものではなかった。
 同じ黒髪術者ダークネスであるジュードももちろんプリシラの心持ちは感じ取っている。
 まるで大海原に揺れる一艘いっそうの小船のように、プリシラの心は不安げに翻弄ほんろうされ揺れ動いていた。

 その理由もジュードには分かっている。
 彼女は戦士として剣を持ち、戦場に立っている。
 それはすなわち、敵に殺されることも敵を殺すこともあるということだ。

「きっと大丈夫。彼女には戦士の血が流れているから」
「戦士の血?」

 不思議ふしぎそうにエミルはそう聞き返す。

「ジャスティーナがそうなんだけど、彼女たちは戦場に立てば自然と戦士としての振る舞いが出来るんだ。俺やエミルには想像も出来ないことだが、剣を取り敵と戦うことはダニアの女性にとって本能なんだよ。プリシラは今は戸惑っているけれど、きっと経験を積めば勇気を持って戦場に立てるようになる」

 平和な時代に生まれたエミルには、戦場に立つということがどういうことなのか分かっていない。
 母であるブリジットの強さは、娘や部下への訓練や武術大会などで見て知っているが、実際に母が実戦の場に立つところは見たことがなかった。
 ましてや姉が剣を振るって敵をほうむるということは、エミルには想像しがたい。
 そんなエミルの心情を察してジュードは言った。

「エミルだって成長するさ。子供の頃はてんで弱かった俺だって、今じゃそれなりに大人の男になっているだろ? きっとエミルも強くなる。守られてばかりじゃなく、誰かを守れるようになるさ」
「守れるように……」
 
 エミルはふと父の顔を思い浮かべる。
 優しい父は武術の面はからっきし駄目だめだった。
 だが誰からもうやまわれる無敵の女王である母が、父に対しては弱音を言ったり、父になぐさめてもらったりしているのを幾度いくども見たことがある。

 なぜ強い母が弱い父に?
 そう思ったものだが、人の強さというものは相手よりも優れていることだけではない、ということをエミルは漠然と感じるようになっていた。
 他者に優しく出来ることも強さのひとつなのだと。

「父様みたいに・・・・・なりたい」

 そう言うとエミルは不安な今をやり過ごすために、父との思い出をジュードに色々と話して聞かせた。
 ジュードはまるで優しい兄のように柔和にゅうわな笑顔でそれを聞いてくれた。
 そのおかげでエミルはゆっくりと心が落ち着いていくのを感じるのだった。

 一方、ジュードはエミルの話を聞きながら感じていた。
 彼の中にいる何か恐ろしいものの存在を。
 思えばアリアドで初めてエミルの声を感じた時から、エミルの異様に強い力にジュードは何か違和感を覚えていたのだ。
 彼の力の中に、無垢むくな子供とはおよそかけ離れた、深くて暗いよどみのようなものがあるのを。

 それは幼いエミルにはまったく似つかわしくない禍々まがまがしさであり、まるでエミルの小さな体の中に別の誰かが巣食っているように感じられるのだ。
 この2日間、エミルと行動を共にしてみて、それは時折感じられる感覚だった。
 そしてジュードはエミルの中にいる誰かに自分が見られているような気がしている。
 その視線はジュードを品定めするようにじっと向けられているのだ。

(一体……誰なんだ)

 黒髪術者ダークネスとしてのエミルの力が子供にしては強過ぎるのは、その何者かのせいなのだとジュードは気付いていた。
 だがジュードは自身の力でそれを探ろうとはしなかった。
 知り合ったばかりの少年の心の中に勝手に踏み込むべきではないと思ったからだ。
 しかし理由はそれだけではなかった。

 ジュード自身が恐ろしかったのだ。
 エミルの中に潜む者に目を向けることが。
 見てはいけないような気がして。
 ジュードは痛ましく思うのだった。
 目の前で父との思い出を楽しげに語る幼い少年が、なぜそのような重く深いやみをその身に宿すことになってしまったのかと。
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性転のへきれき

廣瀬純七
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。