蛮族女王の娘《プリンセス》 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第82話 それぞれの思惑

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 向こう岸でチェルシーとプリシラの戦いが繰り広げられるのを見ながらシジマは地形を再度確認した。
 谷間の距離はおよそ120メートルほどだろう。
 その間にかかる天然の岩橋の横幅は3メートルほど。

 そして谷間をはさんでこちら側に自分とオニユリをふくめて5人がいる。
 向こう岸にはチェルシーとプリシラ。
 さらにその後方から部下たちが追いついてきている。
 そして谷間にかかる岩橋の中程には黒髪の男と子供、それを守る赤毛の女が陣取っていた。

「射線が厄介やっかいだな。万が一にも閣下かっかに当てるわけにはいかん。おまえたちは構えるだけでいい。こちらが許可しない限り発砲はするな」

 シジマは後方に立つ3人の部下にそう命じる。
 彼のねらいは岩橋の上にいる黒髪の子供だ。
 ダニアの女王ブリジットの息子・エミル。
 そしてもう1人。
 エミルと共にいる黒髪術者ダークネスの若い男も捕らえるつもりだ。

 黒髪術者ダークネスの人材は貴重だ。
 王国に連れ帰り、黒帯隊ダーク・ベルトに配属させる必要がある。
 しかしシジマにはひとつ引っかかることがあった。

(あの男、先ほど何やらチェルシー様と話していたな。まさか知り合いか? ショーナの奴、様子がおかしかったが、何かを隠しているな)

 そう考えてから今は任務に集中すべきだと思い、シジマは思考を作戦に引き戻す。
 これは敵を生かしたまま捕らえる繊細せんさいな作戦だ。
 相手をただ殲滅せんめつすればいいだけの単純な作戦とはわけが違う。
 そしてこの岩橋はほとんど直線であり、ここから下手に発砲すれば、その直線上にいるチェルシーやプリシラに流れ弾が当たるかもしれない。
 味方であるチェルシーに当ててしまうのはもちろん避けねばならないし、プリシラも生かしたまま確保するのが絶対条件なので同じことだ。

「邪魔者はあの女1人だな」

 黒髪の2人を守るように立ちはだかるのは赤毛の女だ。
 屈強くっきょうなダニアの戦士。
 その女は左腕にくくり付けた円盾えんたてを前に構え、半身の姿勢で短弓に矢をつがえている。
 大きな体を小さく折りたたむような女戦士のその格好は、少しでも銃撃される的を小さくしようという防御思考をうかがわせた。

「あの女、銃の避け方を多少は心得ているようですわ。兄様。彼女、アリアドで私の銃撃を避けて致命傷を逃れましたのうお」 

 そう言うのはシジマの妹のオニユリだ。
 ココノエで一番優秀な銃の使い手である彼女は一度、彼らと戦っている。
 もちろんその時はプリシラたちの正体を知らずにいた。

「兄様。あの女との戦いは私が務めますわ」  

 そう言うとオニユリは二丁の拳銃を取り出して岩橋を渡っていく。
 シジマは思わず彼女の背に声をかけた。

「おい。オニユリ。不用意に敵に近付くな。橋の手前からでも仕留められるだろ」

 そう言うシジマだがオニユリは首を横に振る。

「いいえ。手早く確実に仕留めたいので。困った時だけ援護をお願いいたしますわ」

 背を向けたままそう言うとオニユリは散歩でもするかのような軽快な足取りで岩橋を渡っていった。

 ☆☆☆☆☆☆

(さて、どうしようかしらね)

 軽やかな足取りで岩橋を歩きながら、オニユリは胸の内で思案していた。
 前方に迫る女戦士との戦いについてではない。
 その背後で地面にせている愛らしい黒髪の男児についてだ。 

(チェルシー様もいるし、兄様もいる。この衆人環視の状況で坊やをかすめ取るのは無理ね)

 そう思いながらオニユリはチラリと周囲に目を向けた。
 おそらくどこかに彼女の手足となって働く2人の若者が潜んでいるのだ。
 オニユリにでられた少年たちは成長すると、放任されて彼女の元を去る。
 どれほどかわいがられた者でも、成長と共にオニユリは寵愛ちょうあいの対象として興味を示さなくなるからだ。
 
 だが、そんな者たちの中でも成長した後もオニユリの元に残れる者もいる。
 ココノエの部隊で諜報ちょうほう員としての訓練を受け、オニユリの手足となって働くことをちかった者たちだ。
 有能にして忠実。
 その2つを兼ね備えた者だけがオニユリの元に私兵として残ることを許されるのだ。

(ヒバリとキツツキならば必ずやり遂げるわね。機が熟すのを待つとするか)

 そう思うオニユリの前方からまっすぐに矢が飛んできた。
 赤毛の女戦士が放ったものだ。
 正確に首元をねらったそれは絶妙に避けにくい位置に飛んでくる。

 オニユリは微動だにせずに右手の拳銃を発射した。
 谷間にけたたましい発砲音が響き、硝煙しょうえんが宙を舞う。
 弾丸は飛んでくる矢をへし折り、女戦士の持つ円盾えんたてに弾かれた。
 それを見てオニユリは立ち止まる。

 女戦士までの距離はおよそ30メートルほど。
 女戦士の放つ矢を避けられるのはこの距離が限界だろう。
 オニユリは前方にすきの無い構えで立つ女戦士を見て嘆息しながら言った。

「あなたって嫌な女よね」
「フンッ。そっくりそのままあんたに返すよ」

 女戦士は目をオニユリかららさずにそう言った。 
 しばしたがいににらみ合うまま沈黙ちんもくが降りる。
 オニユリは自分が今抱えているかせはかった。

(撃ってはいけない弾。そして撃てる弾。それを間違えたら大ごとだわ)

 女戦士の足元をねらって射撃を行うと、その背後で地面にいつくばっている黒髪の2人に流れ弾が当たる危険性がある。
 また、彼女の頭をねらうと万が一避けられた際に、後方に飛んで、そちらで戦いを繰り広げているチェルシーやプリシラに危険が及ぶ。
 かといって胸部は女戦士の円盾えんたてが弾を弾いてしまうだろう。
 前方からの攻撃を避けやすいように円盾えんたては中心部を頂点に流線型に磨き上げられていた。

(あれだと衝撃が緩和かんわされてたてを破壊するのも時間がかかりそうね。本当に嫌な女。絶対に殺してやるんだから)
 
 オニユリは心の中で戦意と殺意を高めて二丁の拳銃を構えた。
 そして目にも止まらぬ連射を見せる。
 激しい発砲音が立て続けに響き渡り、女戦士の円盾えんたてに火花が散った。
 連続射撃で円盾えんたてを弾き、女戦士の意識を防御に集中させる。
 そして数発に一発の割合でオニユリは女戦士の右肩をねらった。

「ぐっ!」

 女戦士は半身の体勢で的を小さくしているにも関わらず、オニユリの放った弾は彼女の肩を二度三度とかすめて革鎧かわよろいけずる。
 革鎧かわよろい越しとはいえ、その衝撃に女戦士は顔をしかめた。
 だがそれでも女戦士は耐える。
 オニユリは拳銃に装填そうてんされた各6発、左右合計12発の弾丸を撃ち尽くした。

「チッ!」

 すぐさまオニユリは腰袋こしぶくろの中の弾丸を取り出して手慣れた動きで拳銃に装填そうてんしていく。
 女戦士はオニユリのこのすきねらって素早く矢を撃ち放ってきた。
 それは2本同時に放たれた矢であり、宙を舞ってオニユリの頭と足を同時にねらっているのだった。
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