蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第323話 ようやく届けられた手紙

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「ダニア分家のラモーナと申します」
黒帯隊ダークベルト補佐員のアニーです」

 赤毛の修道女と黒髪の少女はそう言うとクローディアの前にひざまずく。
 負傷しているクローディアはブライズに肩を借り、支えられながら立つとうなづいた。
 
「ショーナ隊長から手紙は受け取ったわ。うちのアーシュラはどうしているかしら?」

 クローディアの問いにラモーナは柔和にゅうわな声で端的に答える。
 現在アーシュラはジャイルズ王の名代となった王国貴族会会長のイーモン・ウォルステンホルムと面会中だと。
 そしてこの後、クローディアが共和国の大統領名代として同氏と面会し、その後に王妃おうひジェラルディーンとの調印式にのぞむこととなる。
 目の見えないラモーナはクローディアの体から血のにおいをぎ取り言った。

「まずは手当てを。黒帯隊ダークベルトの医療班がもう到着します」

 ラモーナの言葉通り、黒髪の男女の集団が大きなかばんを手にバルコニーに姿を現した。
 彼らは誰の指示を受けるでもなく、その場にいる皆の手当てに入る。
 一番重傷のショーナを初め、ケガをしていない者は誰もいない。
 クローディアにも若い黒髪の男女が手当てのために寄ってきたが、彼女はそんな彼らに言った。

「チェルシーと話をしたいから……彼女のそばでお願い」

 チェルシーはうつせに倒れたままいまだ動けずにいる。
 クローディアはそんな彼女のそばに歩み寄った。
 そして姉妹ともに手当てを受けながらクローディアはチェルシーに話しかける。

「チェルシー……痛むわよね?」
「……今のうちに……ワタシを……殺した方がいい……いつか必ず……姉様を……」

 チェルシーはかすれた声でそう言うが、クローディアは首を横に振った。

「あなたには……生きていてもらいたい。ワタシの身勝手な我儘わがままだと分かっている。でも……お願いよ。チェルシー。姉様につぐなう機会をちょうだい」

 そう言うとクローディアはふところから一通の手紙を取り出し、それを広げた。
 そして倒れているチェルシーに見せる。
 それは年月をて変色した古びた手紙だった。
 弱々しい目でそれを見たチェルシーの目が見る見る見開かれていく。

「こ、これは……」
「昔、あなたに書いていた手紙の失敗作。手直ししたものを送ったんだけれど、手違いがあって届かなかったみたいね。ごめんなさい」

 古びた紙面に書かれた字は長年に渡って吸い込んだ湿気でところどころ字がにじんでしまっていたが、クローディアが幼き日のチェルシーに当てた文書がしたためられていた。
 子供に向けた平素な文章で書かれたそれにチェルシーは目を走らせずにはいられない。
 チェルシーは息をするのも忘れたように、その手紙の内容を読み始めるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

【チェルシー。お元気ですか。あなたに会えなくなって4年。もうすぐあなたは6歳になるのですね。大きく素敵な女の子になっているのでしょうね。離れ離れになってしまい、あなたにはさびしい思いをさせてしまっています。ごめんなさい】

 そこから先は字がにじんでしまって読めない箇所かしょも多々あったが、クローディア自身の近況などが記されている。
 そして手紙の最後はこうめくくられていた。

【チェルシー。あなたのことを思い出さない日は一日もありません。あなたに会いたい。会ってあなたを抱きしめ、色々なお話をしたい。もしお返事をもらえたら嬉しいです。また、お手紙を書きますね。いつでもあなたを愛しているわ。チェルシー。姉様より】

 字がにじんでいる。
 いや、手紙を見つめる自分の目が涙でうるんでいるのだとチェルシーは知って愕然がくぜんとした。
 こんなものは自分を惑わすためにクローディアが後から細工さいくして作ったものに決まっている。
 そんなことを疑う余裕もなかった。

 ずっと欲しかった手紙が……十数年の時をてチェルシーの目の前に届けられたのだ。
 クローディアの自身の手によって。
 チェルシーの目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。 
 それはもう止めることは出来なかった。

「姉……様……どうして……どうして会いに来て下さらなかったの……ずっと……ずっと……待っていたのに」

 そんなことを口が裂けても言うつもりはなかったというのに、チェルシーの口からはそんな言葉がれ出てくる。
 幼き日の……さびしい思いに震えていたチェルシーが心の奥底から吐き出した言葉だった。
 クローディアの手がそっとチェルシーの頭をで、その体が抱きしめられる。
 夢にまで見た姉のぬくもりに、チェルシーは震えながら泣いた。
 クローディアも泣いていた。
 
「ごめんなさい……ごめんさないチェルシー。これからは何があっても会いに来るわ。必ず。頻繁ひんぱんに。あなたが会いたい時はいつでも会いに来るから」
「姉様……きっと…‥きっとよ」

 長い間チェルシーの心を焼き尽くした復讐ふくしゅうの炎は消えた。
 心の奥底にふたをして封じ込めていた姉への愛情が、あふれ出るき水のように心の中に満ちていき、憎しみや恨みをかき消していく。
 それは激しくチェルシーの心を揺さぶった。
 背中に受けた衝撃と、急激な感情の起伏によってチェルシーは気が遠くなり、そのまま意識を失ってしまう。
 だがクローディアが自分の手を握ってくれるのを感じ、ようやく姉が迎えに来てくれたという安心感に包まれてチェルシーは眠りにくのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 クローディアは黒帯隊ダークベルトの医療班から手当てを受け、清潔な包帯を巻かれてしっかりと止血された。
 すぐそばで意識を失っているチェルシーにも今まさに手当てがほどこされている。
 いつくしむ視線を妹に向けると、クローディアはブライズの肩を借りてプリシラの元へ向かった。

 チェルシーとの激闘に勝利したプリシラは少し離れた場所で手当てを受けている。
 その右足には痛々しく包帯が巻かれていた。
 そんな彼女にクローディアは声をかける。

「プリシラ……」
「クローディア。チェルシーと少しは話せたみたいね」

 そう言うプリシラのかたわらにクローディアはしゃがみ込んだ。
 そしてプリシラの手を優しく握る。

「チェルシーのことであなたには大変な苦労をかけたわね。あなたが無事で良かった。本当に……」

 そう言うクローディアの手に力がこもる。
 プリシラは笑顔でその手を握り返した。

「チェルシーが生きていてくれて良かった。クローディア。これからは姉妹で手を取り合えるといいね」

 優しい笑みを浮かべてそう言うプリシラにクローディアは感極まってたまらずに涙をにじませ、彼女をそっと抱きしめる。

「ありがとう。プリシラ。命がけの戦いだから……チェルシーは命を落としても仕方ないと思っていたけれど、妹を救ってくれて……本当にあリがとう」

 クローディアの言葉に満足げにうなづき、プリシラは彼女を優しく抱きしめるのだった。

☆☆☆☆☆☆

 エミルとヤブランは手当てを受け、傷つき倒れたショーナとそれを見守るジュードの様子を2人並んで見つめていた。
 ショーナはここにいる者たちの中で最も重傷だということが、手当てをしている黒帯隊ダークベルトの隊員たちの様子からも見て取れる。
 隊長のショーナを何とか助けようと皆が、顔を強張こわばらせて必死に手当てに当たっていた。

 だが、血を失い過ぎたようだ。
 ショーナの呼吸は弱く、青ざめたその顔からは命の火が消えかかっていることがうかがえる。
 ヤブランは不安げに声をらした。

「ショーナ様……」

 エミルはそんなヤブランの手をそっと握った。
 そして見守ることしか出来ないが、エミルはせめてショーナの無事をいのる。
 エミルにとっては敵の立場であったショーナだが、今目の前で弱り果てている命が救われればいいとエミルは願わずにはいられない。
 エミルの目の前ではジュードが必死にショーナに呼び掛けていた。

「ショーナ。戻ってこい。こんなことで死ぬな。君の人生はここからだろ。いつもいつも人を助けて……損な役回りを引き受けて……本当に君は……君ってやつは……」

 ジュードの肩が震えるのを見てエミルは自分も辛くなった。
 戦いは多くの人を不幸にするのだ。
 エミル自身も自分を守るために無自覚に何人もの命を奪ってきたのだと今は自覚している。
 そのことは一生忘れることが出来ないだろう。
 もう以前の自分には戻れない。

 そう思ってくちびるむエミルだが、今度はヤブランがそんなエミルの手を強く握り返してきた。
 ハッとして彼女に目を向けると、ヤブランはエミルを案じる光をその目に浮かべて何も言わずに彼を見つめている。
 まだ幼い2人は厳しい戦いの爪痕つめあとに震えながら、それでも身を寄せ合ってたがいをはげまし合うように手を握り続けるのだった。
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