蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第212話 エミルの見る夢

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 資料室のとびらが開く前にヤブランはいち早くその場を離れ、本を適当な本棚ほんだなに戻して足早に図書室を出た。
 そして廊下ろうかを通り抜けて別棟に入り、そこで女性用のかわやに駆け込むと大きく息をついた。

「はあ~ビックリしたぁ」

 ヤブランは心臓が早鐘はやがねを打つのを感じながらゆっくりと息を整える。
 頭の中で繰り返されるのはシャクナゲの話だ。

(エミルを利用する……ただの人質としてではなく戦士として? そのためにシャクナゲ様はすでにエミルに何かを仕掛けている……)

 あの幼く体も小さくて細いエミルがチェルシーを超える最強の戦士になるという話は、ヤブランにはまるで信じられなかった。

(聞き間違いかしら……。それとも長期に渡って人質にするから、体をきたえて成人する頃には一人前の戦士にするって意味なのかな) 

 エミルは最強の女王と名高きブリジットの息子だ。
 その遺伝子を受け継いでおり、強い戦士になれる可能性はある。
 ヤブランは再び大きく息をついた。
 今度のは溜息ためいきだ。

「どうして私には厄介事やっかいごとばかり舞い込んでくるわけ?」

 ウンザリした顔でそうつぶやくが、ヤブランはこの件をどうしようかと決めかねていた。
 話が断片的過ぎてよく分からなかったこともあり、確たる情報は得られていない。
 まずは自分の胸にしまい、何も知らないフリで過ごしたほうが自分のためにもいいと考えた。

(今回はもうシジマ様にも相談できない。全て自分で決めるしかないんだ)

 何かエミルに危険が及ぶようなことがあれば事前にそれを彼に伝えて少しでも対策するべきか、あるいは知らぬ存ぜぬを決め込みエミルを見捨ててでも我が身を守るか。
 それは誰にも判断をあおげない。
 自分で決めるしかないのだ。
 そしてその結果を全て自分で受け止めるしかない。

(エミル。あの子この先どうなるんだろう……あ、渡そうとしていた本を置いてきちゃったな)

 司書に貸し出しを頼むひまもなく、本を図書室に置いてきてしまったことが悔やまれたが、それどころではなかった。

(しばらくは図書室に行かないほうがいいな。でもエミルのところに行くのに差し入れが何もないと不自然だから……)

 仕方なくヤブランは明日エミルのところへ持っていく別の差し入れをあれこれと考えるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 エミルは夢を見ていた。
 深く暗い海の底へと沈んでいく夢だ。
 両手両足にはかせをハメられ、体中に重石をくくり付けられて沈んでいく。
 呼吸が出来ずに苦しい。
 そして……自分の両親に裏切られたという絶望が何よりも悲しく、浮き上がろうとする気力もかなかった。

 エミルにはこれが夢だと分かっていた。
 そして自分ではない他の誰かの身に起きたことであることも。
 いつでもこの夢からめることが出来たが、エミルはそうしなかった。
 こうして彼女の人生を夢に見ることが、約束を果たすことだと理解していたからだ。

 ☆☆☆☆☆☆

「んんん」

 短い昼寝から目を覚ましたエミルは水差しの水を飲むと、ベッドの上で体を伸ばす。
 ろうとらわれたエミルはしっかりと傷をいやすことを最優先にしつつも、体がなまらぬよう最低限の運動はしていた。
 折れた左足は医師の見立てによると骨がくっつきつつあるようだった。
 まだ歩くことは出来ないが、松葉杖を使って部屋のすみかわやに向かうことは問題なかった。
 用を足す時も鉄格子てつごうしの向こうの見張りに見られているのは苦痛だったが、エミルはとにかく悲嘆ひたんに暮れぬよう気持ちを強く持った。
 
 悲しんでも状況は何も変わらないのだ。
 エミルは松葉杖をついて室内を歩き回り、自分から積極的に見張りの兵に話しかけた。
 見張りは最低限しか言葉を返さなかったが、それでもエミルはめげなかった。
 エミルがそんな気持ちになったのは、悔しさからだ。

 今、彼の周りには異国の者たちしかいない。
 ここで自分が情けない姿をさらすと、母のブリジットやダニアの同胞たちが大したことのない存在だと軽んじられてしまう気がした。
 ダニアの一員として母や父、そして同胞たちが軽んじられるのは我慢が出来なかった。
 だからエミルは意地を見せようと、気丈に振る舞うのだ。
 人質の身でありながらエミルは堂々としており、そんな彼をはぐくんだ両親やダニアという国が決してあなどってはならぬ相手だと、王国の者たちに見せつけるために。

(しっかりしなきゃ。今は誰も助けてくれない。自分で何とかするしかないんだ)

 それからエミルは黒髪術者ダークネスの力をゆっくりと展開させる。
 不思議ふしぎなことにここ数日、黒髪術者ダークネスの力が大きく回復していた。
 集中するとこの部屋の外の様子がありありと分かるようになっていた。
 人が行き来する様子まで伝わって来る。
 これまでにない冴え具合だった。

(僕が成長したってことなのかな……でも、あの人はまだこたえてこない)

 エミルの中に存在しているはずの黒髪の女はいくら呼びかけても反応がなかった。
 そしてエミルはある異変を感じている。
 黒髪の女の存在感が以前に比べると薄れているのだ。
 以前は感じていた体の中の異物感が弱まり、妙に自分の中に馴染なじんでいるかのようだった。

(この感じ……何だろう) 

 エミルは先日の海賊船での戦いを思い返す。
 彼は黒髪の女に願ったのだ。
 姉を助けるために力を貸してほしいと。
 しかし黒髪の女は力を貸すことをしぶった。
 強過ぎる力がエミルの体を破壊してしまうからと。

 だが、エミルの強い希望によって彼女は結局は力を貸してくれた。
 ある条件と引き換えに。 
 あれからエミルは毎日夢を見る。
 自分ではない誰かの視点から、その誰かの人生を追体験ついたいけんする夢だ。
 それは……黒髪の女が送った人生だった。

 彼女が力を貸す代わりに、それをエミルに望んだのだ。
 自分の人生の記憶を共有してほしいと。
 エミルはそれを承諾しょうだくしたのだ。
 
 それからエミルが一番最初に見た夢は、両親とおぼしき男女が自分を見下ろしていつくしみの笑みを向けてくれていた記憶だった。
 彼女が愛されて生まれて来たことを実感できる夢だ。
 だが、楽しい夢は最初のうちだけだった。
 あとは辛い夢ばかりだ。

 黒髪の女には姉がいた。
 姉は両親から愛されて育ったが、妹である黒髪の女はそうではなかった。
 次第に彼女を見る両親の目が変わっていく。
 戸惑いから不安へ、不安から恐れへ、恐れから憎しみへ。

 この黒髪の女が4歳になる頃にはすでに両親は彼女を抱くことも可愛がることも、それどころか目を向けることもなくなっていたのだ。
 なぜなら彼女は異常な行動を見せるようになっていたからだ。
 その光景はエミルにとって胸を切り裂かれるような痛みをともなう夢となって表れた。

 彼女は幼い頃から異常に腕力が強く、その力を試すかのように多くの破壊行動をし始めた。
 花を散らし枝をへし折るのみならず、虫を殺し、魚を殺し、小動物までもその手にかけるようになっていた。
 しかもそれをする時、彼女は嬉々とした笑顔を浮かべているのだ。
 それを見た両親は娘を気味悪がるようになり、彼女は憎悪ばかりを向けられるようになった。

 周囲の者たちからも呪いの子とさげすまれ続けた彼女が5歳になったある日。
 彼女は手枷足枷てかせあしかせをはめられ重石をつけられて海の底へと沈められたのだ。
 実の両親の手によって。

 それは本当に息苦しさを覚える夢だった。
 目が冷めた時、エミルはビッショリと汗をかいていたのだ。
 
 黒髪の女の人生は苛烈なものだった。
 刹那せつな的に破壊の衝動を満たすための行動の連続。
 他者へのうらみやねたみに染め上げられた生き方。
 そして定期的に襲ってくる虚無きょむ感と孤独感。

 そうした彼女の生きざまを夢で見て、エミルは感じ取った。
 彼女は愛されなかったうらみを他人にぶつけ続ける中で、それでも誰かに愛されることをあきらめ切れなかったのだ。
 そして……どこか彼女が自分に似ていると思った。
 もちろんエミルには他人に対するうらみもなく、周りから愛される人生を送っており、彼女とは似ても似つかない。

 だが黒髪の女は自分とは真逆に愛されていた姉のことをうらやんでいた。
 エミルも姉のプリシラに対する負い目を物心ついた頃より持ち続けていたので、その気持ちは分かる。
 心身の強い姉は活発で社交的であり、他人の目をき付ける魅力にあふれていた。
 一方の自分は引っ込み思案で弱虫であり、人と気持ちを通い合わせることが苦手だった。

 今なら分かる。
 黒髪の女がなぜ自分の中に存在するのか。
 燃える太陽のような姉をまぶしく思う暗い月のような自分。
 そんな自分の中が彼女にとって居心地いごこちの良い場所なのだろう。

 そして彼女がエミルに自分の人生を見せたのは、エミルに自分という人間のありのままの生き様を見て欲しかったからだったのだ。
 孤独をエミルと分かち合いたかったのだろう。

(……この人は間違えちゃったんだ。でも、そうするしか出来なかった。きっともっと別の人生を歩みたかったはずなのに)

 そう思うとエミルは黒髪の女があわれに感じられた。
 おそらく今夜は彼女は海に沈められた後、どのような人生を送ったのかを夢で見ることになるだろう。
 それは辛い光景のはずだ。
 それでもエミルはそれを見届けようと心にちかうのだった。
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