蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第217話 茶屋の襲撃

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 男はふところから取り出した巾着きんちゃくの中から、小瓶こびんまみ出した。
 そしてそのふたを開けると中の液体を白い綿にみ込ませ、慎重に刃に塗り込んでいく。 
 薄暗い屋根裏の中で男と共にいる仲間たちも同様の作業を繰り返していた。
 彼らはある実業家たちから依頼を受け、ここ数日の間、この共和国首都で1人の女を監視してしていた。
 男たちが依頼主からけ負っているのは、銀の女王グローディアの秘書官であるアーシュラの暗殺だ。

 そのためにアーシュラのことを調べ上げていた。
 アーシュラはダニアの女にしては小柄で腕力や武芸の腕はそれほど強くないが、暗殺術にけており、各種の毒物などを自在に操る狡猾こうかつさを持つ危険な人物だ。
 だが、数の力で押し切れば味方に多少の犠牲は出ようとも暗殺は可能だ。

 そして男たちはアーシュラがこの茶屋に好んで通うことを突き止めた。
 そのため仲間の1人をここに雇われるように仕向け、その仲間の手引きによって夜中、民が寝静まった後にこの茶屋に忍び込んで建物内の構造を下調べしておいたのだ。
 アーシュラがここに立ち寄った際に、つつが無く襲撃を行えるように。

 ほどなくして暗殺の時は来た。
 アーシュラがダニアの女と共にたった2人でこの店を訪れたのだ。
 しかもおあつらえ向きに個室を使ってくれた。
 男たちは従業員である仲間の手引きによって難なく屋根裏に身を潜ませることが出来た。

 そしてアーシュラとダニアの女が食事を食べ終え、茶を飲んで油断している時に計画決行の口火は切られたのだ。
 屋根裏に潜んでいる男は8人。
 半分が刃物を持ち、もう半分が目潰めつぶしの粉を入れたふくろを持っていた。
 もちろん同士討ちを避けるために口をおおう厚布や特殊な眼鏡めがねを全員が装着している。

 すべては確実に暗殺を成功させるための入念な準備だった。
 男らは天板をスッとずらし、8人が一斉に個室の中へと飛び降りた。
 だが……茶を飲んでくつろいでいたはずの女2人は動きが速かった。
 アーシュラはすぐさまテーブルの下に身を潜ませ、もう1人の女は剣を引き抜くと、近くに降り立って刃物で斬りつけてきた男を一刀のもとに斬り捨てた。

「何だテメーらは!」

 声を荒げてそう言うとダニアの女はいきなりテーブルをり上げた。
 大きなテーブルが宙を舞って数人の男らを巻き込んでいく。
 それでも男たちは負けじとテーブルのあった場所の床に目を向けた。
 だが先ほどテーブルの下に身を隠したはずのアーシュラの姿がどこにもない。
 男たちが一瞬呆気あっけに取られていると、部屋の隅で1人の男の悲鳴が響いた。

「ぎゃあああっ!」

 革鎧かわよろいで身を固めた男の首元のわずかな隙間すきまに小刀が突き立っている。 
 男は真っ赤な血を噴き出しながらその場に昏倒こんとうした。
 その男に致命傷を与えたのは、先ほどデイジーにり飛ばされたテーブルの脚に組み付いていたアーシュラだ。

 アーシュラは白いクロスのかれたテーブルの下に入り込むと、すぐにその脚に組み付いていたのだ。
 そしてデイジーがテーブルをり飛ばすと、テーブルと共に宙を舞った。
 さらに男たちの視線が床に向けられているうちに、ふところから取り出した小刀を1人の男の首目がけて鋭く投げつけたのだった。

「どこのどなたか存じませんが、ワタシを暗殺するには準備不足では?」

 そう言いながらアーシュラはすばやく転がるようにして部屋の壁へと向かって突進していく。
 それを見たダニアのもう1人の女も同じく壁に突っ込んでいった。
 男たちは声を上げる。

「逃がすな! 殺せ!」 
 
 すると男たちは目の前で我が目を疑うような光景を見ることとなった。
 アーシュラが壁に激突するかと思われた瞬間、壁がクルリと回転し、アーシュラが壁の向こう側の廊下ろうかに出たのだ。

「なっ!」

 それは壁にカラクリ細工ざいくほどこした回転とびらだったのだ。
 アーシュラに続いてもう1人のダニアの女もその回転とびらから外へ脱出していく。
 男らはすぐさま口笛を吹き鳴らした。

 この館に潜ませた他の仲間たちへの合図だ。
 この部屋から出たからといって簡単には逃げられぬよう店中に味方たちを潜ませているのだ。
 邪魔な客や従業員らは今頃、皆殺しにされているだろう。

「逃げられると思うなよ!」

 男たちはすぐさまとびらの外に出ていくが、そこで悲劇が彼らを襲う。
 最初の男が外に出た瞬間、いきなり首をねられた。
 廊下ろうかを逃げていったかと思われたダニアの女がそこで待ち構えており、廊下ろうかに出て来た男の首を剣でねたのだ。

「逃げると思ったのか?」

 アーシュラを背後に守るそのダニアの女は、すごみのある表情でそう言うと、次に出てこようとしていた男の首を剣の切っ先で鋭く突くのだった。
 
 ☆☆☆☆☆☆

 アーシュラとデイジーは回転とびらから廊下ろうかに出た。
 2人は気付いていたのだ。
 この茶屋に入った段階から何者かがここに潜んでいることを。
 それは黒髪術者ダークネスであるアーシュラからすれば造作もなく気付くことだった。
 それを無言の合図や何気ない言葉の端々に散りばめた符号でデイジーに伝え、そこからは何事もないように2人は食事と会話に興じたのだ。

 プリシラがいなくなったという話や青狐隊ブルーフォックスの話といった機密情報をえて話したのも、潜んでいる者たちに気付いていないことを感じさせて油断させるためだ。
 そしていざ相手が飛び込んでくる寸前にアーシュラはデイジーに合図した。
 ゆえにデイジーもいち早く対応することが出来たのだ。
 そこから2人は阿吽あうんの呼吸で部屋から脱出した。

 一般には知られていないが、この茶屋はクローディアが個人的に買い取っており、室内を自由に改装することが出来たのだ。
 壁に仕掛けられた回転とびらも、まさにああして敵に襲われた際に逃げられるようにアーシュラによって作られたものだ。
 ただし普段は見破られぬよう、回転しないための仕掛けをしてある。
 アーシュラは先ほど部屋に入る前に廊下ろうか側からその仕掛けを解除し、とびらが回るようにしておいたのだ。

 天井裏に男たちが潜んでいることももちろん感じ取っていたため、不自然にならぬよう足だけで仕掛けを解除したのだった。
 そして今、部屋を出たアーシュラはすぐにその仕掛けを元に戻して回転とびらが動かぬようにした。
 その間デイジーは、とびらから飛び出してきた追っ手の首を剣でね、その次に出てこようとしている男の首を突き刺した。

「かはっ……」

 すでに仲間が3人殺され、とびらから出るのあきらめた男らが回転とびらを使おうとしたらしく、壁を室内から叩く音が聞こえてきた。
 しかしすでにアーシュラの細工さいくによって回転とびらは全く用を成さなくなっていた。
 敵を室内に閉じ込める格好となりデイジーが不敵に笑う。

「おまえらは狩る側じゃなくて狩られる側なんだよ」

 だが、そこで男たちが手にしていたふくろの口を開け、いきなり戸口から白い粉末がぶちまけられた。

「うおっ!」

 デイジーは咄嗟とっさとびらの横に飛び退いた。 
 同時に部屋の中から5人の男たちが飛び出してくる。
 男たちは目を守るための特殊な眼鏡めがねをかけ、口周りには粉を吸い込まぬよう厚手の布を巻いていた。

「チッ! 引くぞアーシュラ!」

 デイジーは服のそでで口と鼻を押さえながら、アーシュラと共に反対側の廊下ろうかへと駆けていく。
 だが、廊下ろうかの先も安全でないことはすぐに分かった。
 いつの間にか茶屋の客や従業員らはいなくなっており、代わりにそこには刃を手にした男たちの姿があったのだ。

 その数はおそらく20人以上はいるだろう。
 アーシュラたちが滞在していた個室は廊下ろうかの中央にあり、必然的に2人ははさみ撃ちにされる格好だ。
 だがデイジーもアーシュラもあわてていなかった。

 客や従業員が1人もいないのは、彼らを巻き添えにせぬようアーシュラがあらかじめ給仕の女に伝えておいたのだ。
 自分達に一通り料理を出し終えたら、全員この茶屋の外に避難するようにと。
 従業員の中にはクローディアの息がかかっていて事情に通じた者がいる。

「アーシュラ。どうやらおまえがねらわれているようだな」
「ワタシのことを邪魔だと思うやから……あるいは国があるんだろうね」
「ハッ。そんな国はひとつしかないな」

 デイジーはそう言うと剣を振るって突進する。
 前後をはさまれているため、動きを止めるとふくろ叩きにされてしまうからだ。
 打って出るしかない。
 デイジーは両手にそれぞれ持った2本の剣で1人、2人と敵を斬り殺していく。
 アーシュラは吹き矢を取り出すと、それを鋭く吹いた。
 高速で飛んたやじりが目に突き刺さり、男の1人が悲鳴を上げてのたうち回る。

「相手はたった2人だ! 全員でかかれ!」

 男たちが怒号を上げてアーシュラとデイジーに襲いかかっていく。
 つい先ほどまでなごやかな時間が流れていたはずの茶屋の中は、凄惨せいさんな殺し合いの場と化した。
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