蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

文字の大きさ
47 / 129

第247話 何のために誰がために

しおりを挟む
 山岳都市イグリッド。
 青狐隊ブルー・フォックスの5人が今夜の宿泊先にしている3番街の宿では、隊員の3名が夕飯の買い出しに出かけている。
 今後の動きを再確認するべく食事は部屋で打ち合わせをしながらろうということになったのだ。

 部屋の留守番を務めるガイは2階の部屋の窓から中庭を見下ろした。
 午後の中庭では調理場で下働きをしている下女らが井戸から水をんでいる。 
 山岳都市とはいえすぐ近くにはき水の流れ込む湖があるなど、水は豊富だった。
 これはこの山脈地帯の地下を流れる豊かな地下水脈が影響していた。

「ガイ。あまり気を張り続けているとたましいが抜け落ちるぞ」 

 そう言って背後から声をかけてきたのはガイと共に留守番を務める隊長のアーチボルトだ。
 彼はその手に湯飲みを持っており、注がれた紅茶が湯気を立てていた。
 アーチボルトはその湯飲みをガイに手渡した。

「飲め」
「……ありがとうございます」

 ガイは湯飲みを受け取ると温かい紅茶をゆっくりと飲む。
 そして体がわずかに温まるのを感じると、顔を上げてアーチボルトに問いかけた。

「隊長は……長く任務を続けて嫌になることはありましたか?」

 若いガイの問いかけに老練なアーチボルトは肩をすくめる。

「若い頃はそういうこともあったな。こんな暮らしをずっと続けていくのかって。特に街でロクでもない酔っ払いやら悪たれを見た時は、こんな奴らの住む場所を守るために俺は身と心をけずっているのかって悪態をつきたくなる時もあった」
「それでも……続けて居られるのは何故なぜですか?」

 ガイは今この青狐隊ブルー・フォックスに所属し、任務をこなすことに迷いを感じてはいない。
 だが、アーチボルトのように長くこの任務に従事し続けて、それでも迷わずにいられることが想像できなかった。
 そんなガイの問いにアーチボルトはふと笑って言う。
 
「おまえたちがいるからだ」 
「……俺たちが?」
「ああ。俺の後に続いてこの修羅の道を歩く者たちがいる限り、俺は前を歩いておまえたちに道を示し続けなければならない」

 そう言い切るアーチボルトの顔には、部隊を預かる長としての責任感と覚悟がしっかりと刻まれていた。
 長い年月をかけて練り上げられたその鉄の意思は、まだ若いガイをひるませる。

「隊長……俺も隊長のようになれるでしょうか」
「やめておけ」
「えっ?」

 思わず肩透かしを食らったようにガイは唖然あぜんとした。
 そんなガイを見てアーチボルトは楽しげに笑った。

「今まで言ってきたことと矛盾むじゅんするから混乱するかもしれんがな……どんな生き方をしようと自由だ。もちろん……自由を貫くには大きな責任がともなうがな。それでもおまえが望むなら、おまえの生き方を誰にも止められはしない」

 予想もしなかったアーチボルドの言葉にガイは困惑する。

「隊長……俺にはよく分からな……」

 しかしガイがそう言いかけた時、アーチボルドの雰囲気ふんいきが一変した。
 その目が大きく見開かれ、何かを察知して身を低くする。
 ガイも弾かれたように湯飲みを放り出して身を低くした。
 そのすぐ直後、開かれた窓から一本の矢が飛んできたのだ。

 その矢は2人の頭の上を越えて床に突き立つ。
 同時にやじりに取り付けられていたとおぼしき小袋が破裂し、真っ赤な粉末が舞い散った。

目潰めつぶしだ!)

 即座にガイは壁に立てかけておいた剣を手に取った。
 その間にアーチボルトは床に突き立った矢に外套がいとうを被せ、目潰めつぶし粉の飛散を最小限に食い留める。
 それでも目にピリピリとした痛みが走った。
 同時に部屋のとびら蹴破けやぶられて、王国軍兵士が飛び込んでくる。

曲者くせもの! 動くな!」

 王国軍兵士が槍を構えてそう言った瞬間には、ガイはその穂先を避けて剣をひらめかせた。
 王国兵は無残に首を斬り裂かれる。

「ひぐっ……」

 血飛沫ちしぶきが舞い散り、槍を持っていた兵士が短い悲鳴をらして床にくずれ落ちる。
 アーチボルトもガイも知るよしも無い。
 公安兵の巡回が内部事情によって予定していた順番が変更されたことを。
 その変化が悪い運命の波となって青狐隊ブルー・フォックスを襲ったのだ。 
 そしてとびら蹴破けやぶられた入口からは、槍を持った兵士らが続々と押しかけてきた。

「脱出だ!」

 アーチボルトは叫び、窓枠まどわくに足をかけた。
 だが、すでに中庭には数十名の兵士が待ち構えている。
 それでもアーチボルトは躊躇ちゅうちょすることなく2階から中庭へと飛び降りた。

「強行突破!」

 アーチボルトに続いてガイも中庭へ飛び降りる。
 すでにアーチボルトが王国兵らをすさまじい勢いで斬りせていた。
 青狐隊ブルー・フォックスの隊員は皆、厳しい武術訓令により高度な戦闘力を身に着けており、並の兵士では歯が立たないほどだ。

 だが敵の数が多過ぎた。
 アーチボルトは包囲網ほういもうを突破するために強引に敵に斬り込んでいく。
 そのせいで敵の槍を腕や足に浴びてしまい、傷ついて出血し始めていた。

「殺すな! 生かして捕らえよ!」

 兵士たちの後方でそう叫ぶのは、先ほど挨拶あいさつを交わしたばかりの、この街の部隊長だ。
 彼はその顔を怒りに染めている。

「貴様ら! 公安兵に成りすますなど大罪だぞ! よくもたばかってくれたな!」

 部隊長の怒声を無視してアーチボルトはひたすら強引に進む。
 ガイはその後に続いて敵を斬りせていくが、強行突破の陣形は先頭を務める者がいちじるしく傷つき疲弊ひへいしてしまう。

「俺が先頭を!」

 そう叫んで前に出ようとするガイだが、アーチボルトは一切その声に耳を傾けずにひたすら前進する。
 もうその両腕や両足は槍で斬り裂かれて血だらけになっていた。
 そしてアーチボルドの進む先には中庭の井戸がある。
 ガイは瞬時に悟った。
 アーチボルトはおのれを犠牲にしてガイをこの場から逃がすつもりだと。

(止めないと。強引にでも止めないと。アーチボルト隊長はこんなところで死んでいい人じゃない)
 
 井戸の下には地下水路が流れていて、その水の流れに乗れば街の外まで出られる。
 だからアーチボルトは井戸を目指しているのだ。
 ならば逆に自分が犠牲になってでもアーチボルドを助けなければならない。
 青狐隊ブルー・フォックスの隊長はその豊富な経験で隊員たちをこれからも導かねばならないのだから。

 こんな末端の若造1人のために死なせるわけにはいかない。
 そう思ったガイはアーチボルトの肩に手をかけた。
 だがその瞬間、ガイの体は宙を舞っていた。
 アーチボルドがすさまじい身のこなしでガイの腕を取り、一瞬で体勢を入れ替えるとガイを投げ飛ばしたのだ。
 ガイの体は高々と宙を舞い、そのまま井戸へと落ちていく。

「おまえは生きろ!」

 アーチボルトはそう叫び、ガイは井戸の中へと落ちていく。
 ガイが最後に見たのは、王国兵らに周囲を取り囲まれたアーチボルトが、短剣を躊躇ためらうことなく自分ののどに突き立てて自害する壮絶な末期まつごの姿だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

【リクエスト作品】邪神のしもべ  異世界での守護神に邪神を選びました…だって俺には凄く気高く綺麗に見えたから!

石のやっさん
ファンタジー
主人公の黒木瞳(男)は小さい頃に事故に遭い精神障害をおこす。 その障害は『美醜逆転』ではなく『美恐逆転』という物。 一般人から見て恐怖するものや、悍ましいものが美しく見え、美しいものが醜く見えるという物だった。 幼い頃には通院をしていたが、結局それは治らず…今では周りに言わずに、1人で抱えて生活していた。 そんな辛い日々の中教室が光り輝き、クラス全員が異世界転移に巻き込まれた。 白い空間に声が流れる。 『我が名はティオス…別世界に置いて創造神と呼ばれる存在である。お前達は、異世界ブリエールの者の召喚呪文によって呼ばれた者である』 話を聞けば、異世界に召喚された俺達に神々が祝福をくれると言う。 幾つもの神を見ていくなか、黒木は、誰もが近寄りさえしない女神に目がいった。 金髪の美しくまるで誰も彼女の魅力には敵わない。 そう言い切れるほど美しい存在… 彼女こそが邪神エグソーダス。 災いと不幸をもたらす女神だった。 今回の作品は『邪神』『美醜逆転』その二つのリクエストから書き始めました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

処理中です...