だって僕はNPCだから 2nd GAME

枕崎 純之助

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第三章 光の聖女ジェネット

第5話 聖域への道

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「はぁぁぁぁ。す、すごい」

 そびえ立つ巨大な岩山を見上げて僕は盛大に感嘆のため息をついた。
 ジェネットとアビーと共にやみ洞窟どうくつを出発し、早馬の馬車を飛ばして僕らはここまでやってきたんだ。
 アビーが教えてくれたミランダを修復するための目的地。
 この山のふもとがその目的地への入り口だった。

「ここが聖岩山せいがんざんですか~。壮観ですね~」

 アビーも嬉しそうに尻尾しっぽを振りながら山頂を振り仰いでいる。
 聖岩山せいがんざん
 ゴツゴツとした褐色かっしょくの岩で覆われたその山は、天に向かって突き立つようにそびえていた。

 上を見上げる僕の兵服のふところ深くには、手の平サイズまで収縮したミランダがスッポリと収まり眠っている。
 このミランダを元に戻すため、僕らはアビーが教えてくれたこの場所を訪れたんだ。
 山の入口にたどり着いた僕らを待ち受けていたのは【聖域への道のり】と書かれた大きな白亜のゲートだった。
 真っ白な石造りのそのゲートは山道の入口に設けられ、そこを通らなければこの山には入れないようになっている。
 そしてそのゲートには通る者誰もが目を通すであろう銀色に輝く看板が打ちつけられていた。

【これより聖域への道のり。おきて破りし者、山頂の聖域を踏破すること叶わぬ】

 そこにはそう記されている。

「聖域のおきて?」
「どうやらここで守るべきルールがあるようですね」

 僕とジェネットは顔を見合わせる。
 そして看板に書かれたおきての内容はごく簡潔なものだった。

【殺生および他者の肉体にダメージを与える行為を厳に禁ず】

「どうやらここでは殺生はもちろん、生き物を傷つける行為をしてはいけないということでしょうね。まあ聖域への道のりですから魔物の類は姿を見せないでしょうけれど、動物などは暮らしているでしょうから、そうした山の住人たちを見つけても危害を加えないようにして下さいという注意書きですね」
「まあ僕らはそんなことはしないけど、万が一、野生動物とかと遭遇した時は要注意だね。でもおきてを破った者は山頂にたどり着けないってどういうことだろう?」
「おそらく……この聖域は我々が訪れるに相応の者かどうかを見ているのです。禁を破れば聖域は閉じられてしまうでしょう」

 ジェネットの言葉に僕は息を飲んだ。

「そ、そうなると……」
「聖域にはたどり着けず、ミランダを回復させるための手段は失われてしまいます」

 それはまずい。
 そういう最悪の事態だけは避けなきゃならない。
 ゲートをくぐり抜けると、僕らのステータスに【適合】というマークが表れた。
 この場所におけるルールを守っているという意味か。

「とにかくこの聖域のおきてだけは何があっても守りましょう。破ってしまうと【不適合】に表示が変わってしまうようですから。アビーもいいですね」
「はい~。お任せください~」
「では、さっそく登りましょう。あまり時間はありませんからね」

 そう言っていち早く歩き出すジェネットの後について僕とアビーも登山を開始した。
 この山はふもとの入口から山頂まで一本道だから迷う心配はないみたいだ。
 この山の頂上に聖域と呼ばれる場所があり、そこにゲーム内の不具合を修正することの出来るハイスペック・メンテナンス・システムがあるらしい。
 実はここまで来る道中、早馬の馬車の中でジェネットは神様に依頼して、そのシステムを起動するためのプログラム・キーを預かっていた。
 それは神様からの承認を得たジェネットにしか扱えない。
 そしてシステム起動後の操作は専門知識のあるアビーにしか出来ない。
 ミランダを修復するために僕らは何としても山頂にたどり着かなければならないんだ。
 
 時刻はすでに午後4時を過ぎている。
 ミランダが砂漠都市ジェルスレイムに出張襲撃サービスに出向く期限は明日の午前9時。
 その時刻を過ぎればミランダはペナルティーを科せられてしまう。
 ここにくる道中で運営本部が決定したペナルティーの内容が僕のメイン・システムに送られて来た。
 
【ミランダのプログラム無期限凍結およびやみ洞窟どうくつへの代替ボスの派遣】

 前回、ミランダは騒動を巻き起こした張本人として罪に問われたのだけれど、執行猶予がついて当面は素行の監視をされることになっていた。
 そんな中で起きた問題であるため、無期限凍結とは書いてあるもののミランダが戻ってこられる可能性は低いだろうとジェネットは言っていた。
 そしてやみ洞窟どうくつには代替ボスが派遣され、ミランダは居場所を失うことになってしまう。
 そんなこと……僕は嫌だ。

 あまり猶予はない。
 僕は山頂までの道のりを見上げた。
 聖岩山せいがんざんは全体的にゴツゴツとした岩肌で出来ていて、登り始めてすぐの頃は比較的なだらかな道が続いている。
 ただ上を見上げると、登るにつれて急勾配こうばいになっていくのが良く分かる。
 僕の内心のあせりを感じ取ったのか、ジェネットは励ますように言ってくれた。

「アル様。大丈夫です。この問題にきちんと対処すれば、ミランダを守ることは出来ます。無論、急がなくてはなりませんが、いきなり初めから飛ばすとすぐに疲れてしまいますからペースを守って登りましょう」

 そうだ。
 ジェネットの言う通り、あせらず手順を踏んでいけば、ミランダを元に戻してジェルスレイムに連れて行くことは不可能じゃない。
 僕はジェネットの落ち着いた態度に勇気付けられ、山道を一歩ずつ着実に登っていく。

「山頂まではどのくらいかかるかな?」
「おそらくただ登るだけならば3時間といったところでしょうか。ですが平坦な道ばかりではないと思いますので、そうそう予定通りにはいかないでしょう」
「そういえばジェネットの法力で頂上まで飛んでいくことは出来ない?」

 ミランダが魔力で短時間なら空中を浮遊できるように、ジェネットも法力によって短い間なら宙を舞うことは出来る。
 僕がそうたずねるとジェネットはフムとうなづいて法力を集中させた。
 だけどすぐに彼女のメイン・システムに警告が記されたようで、ピリリッと警報音が鳴る。
 そしてジェネットは静かに首を横に振った。

「だめですね。このエリアは飛行禁止となっています。己の足で登るほかないかと」
「そっかぁ」
「まあ足で登ってこその山登りですよ。上を目指してがんばりましょう」

 そう言うジェネットに僕は頭上を見上げた。
 上にいくにつれて岩肌がこけむしていき、緑に包まれていく。
 そして中腹辺りには多くの木々が茂っているのが見えた。
 岩肌ばかりでやや殺風景なこの辺りと違って緑豊かな中腹は見ごたえがありそうだ。
 こんな状況だけど、普段から薄暗い洞窟どうくつの中にばかりいる僕にとって、こんなに自然に満ち溢れた場所はやっぱり新鮮に感じられた。

「こんな時に言うことじゃないかもしれないけど、こうやって自然の中を歩くのもいいね」

 そんなことを言うと、こんな時に不謹慎だとジェネットが怒るかと思ったけど、僕の言葉にジェネットは少し嬉しそうな顔をした。

「そうですね。アル様とこうしているとまるでハイキングに来ているようで、不謹慎ながら楽しくなってしまいます」
「ハハハ。ミランダが聞いたら怒るだろうけど」
「確かに。ふふふ」

 僕らがそんな話をしていると少し前を歩くアビーがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
 な、何かな。

「どうぞこちらは気になさらず~。存分にご歓談ください~」

 そう言うとアビーはなぜか僕らから離れて少し先を歩きながらフンフンと鼻を鳴らしてそこら中のニオイを嗅ぎ回っていた。

「ア、アビーは何を?」

 僕が困惑してそうたずねるとジェネットは少し恥ずかしそうな顔で釈明した。

「彼女は犬の性質が色濃く出てしまうことがありまして、色々な情報をニオイから拾い上げるためにああして嗅ぎ回るのです。お見苦しいようですが、ご容赦下さい」

 アビーは岩壁や地面のニオイを嗅ぎ回るうちに四つんばいになってしまう。
 ちょ、ちょっと犬っぽ過ぎる……ん?
 そこでアビーがブルブルと体を震わせたかと思うと、彼女のエメラルド色の首輪がまばゆい光を放った。
 すると驚いたことに彼女はいきなり犬の姿に変化してしまったんだ。

「ア、アビー?」

 振り返ったアビーは綺麗な茶色い毛並みの小型犬にすっかり変わっていた。
 か、かわいい。
 ナデナデしたい。

「このほうが嗅覚がより鋭敏になりますし~歩くのも楽になるんですよ~」

 アビーは犬顔のまま人の言葉でそう言いながら、軽やかに四足歩行で進んでいく。
 そんなアビーにジェネットは苦笑を浮かべた。

「犬型変化はアビーのスキルなんです。外を移動する時はあのほうが勝手がいいようですよ」
「へぇ~。そうなんだ」
「アビー。虫や小動物がいても追ってはいけませんよ。万が一にも傷つけてしまっては大変ですから」

 小型犬と化したアビーは犬の本能からか鼻先を飛び行く蝶に思わず反応しそうになっていたけれど、ジェネットの呼びかけで我に返って自重した。
 ふぅ。
 注意が必要だな。

 でも、もともと愛らしい姿のアビーだけど、犬型になるとかわいさ倍増だった。
 僕がそんなことを思いながら歩き続けていると、ふいに横を歩くジェネットが立ち止まって背後を振り返った。
 彼女は黙って後方を見つめている。
 僕も立ち止まり、歩いてきた道を振り返った。

「ジェネット。どうしたの?」
「……いえ。何でもありません。とにかく進みましょう」

 そう言って視線を前方に戻すとジェネットは再び歩き出す。
 僕もすぐにきびすを返し、ジェネットの隣に並んで山頂を目指した。 
 目指す山頂はまだまだ遠く、登山は始まったばかりだった。
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