だって僕はNPCだから 2nd GAME

枕崎 純之助

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最終章 世界調律師アルフレッド

第3話 破滅の女神ふたたび

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 砂漠都市ジェルスレイムは逃げ惑う人々の上げる阿鼻叫喚あびきょうかんに包まれていた。
 消えた双子の代わりに僕らの目の前に現れた謎の女性キャラクター・セクメトが体中から無差別にモザイクを放出する。
 触れるもの全てを容赦なく消し去ってしまうノイズと空間の揺らぎが混ざり合ったそのモザイクは、空気の抵抗をまるで受けることなく、空中を飛んでいく。
 それはこのゲームのことわりから外れた現象らしく、盾で受け止めることも魔法で打ち消すことも出来ないんだ。

「みんな逃げて! モザイクに触れたらダメだ!」

 僕はモザイクに当たらないよう地面に伏せながら声を張り上げる。
 だけどモザイクは間断なく連発で放射され、その場に身を伏せている十数人の誰一人として立ち上がることも出来ない。
 下手に動けばすぐにモザイクの餌食えじきとなってしまうだろう。
 この状況を打開すべく、ジェネットが懲悪杖アストレアを手に低い姿勢から神聖魔法・清光霧ピュリフィケーションを放射した。

「破壊行為はやめなさい!」

 猛烈な勢いで噴霧される光り輝く聖なる霧がセクメトに直撃する。
 だけど僕もジェネットも分かっていた。
 セクメトにはこうした攻撃そのものが無効であることを。
 やはりセクメトの体に直撃した光の霧は、そこに発生した空間の揺らぎの中に消えていってしまう。
 それを確認したジェネットは、僕の隣で姿勢を低くしているミランダに声をかけた。

「見ましたか。ミランダ。魔法であれ物理攻撃であれ、あのセクメトには効果がありません」
「チッ! 対処のしようがないじゃない。これって運営本部が何とかすべきなんじゃないの」

 苛立いらだつミランダに対してジェネットは努めて冷静に言葉を返す。

「対処法については今、我が主が検討して下さっているはずです。とにかく今は1人でも多くの人をこの場から逃がさなければなりません」
「か、神様は平気だよね?」
「ええ。消えてしまったのはただのアバターですから」

 セクメトの放つモザイクに当たって消えてしまった猟犬姿の神様だけど、本人は今頃、運営本部の会議室でこの事態を打開する策を練っているはず。
 ジェネットの言う通り、今僕らに出来ることは1人でも多くの人をこの場から逃がすことだった。
 だけどミランダは冷たく言い放つ。

「フンッ。他人のことなんて考えている余裕があるかしらね。戦う手段がない以上、すきを見せれば消されるのは私達も同じことでしょ」

 ミランダは忌々いまいましげにそう吐き捨てる。
 彼女は今、魔力ゼロで戦う手段にとぼしいどころか、空を飛ぶことも出来ない状態だ。
 さらには体をむしばむネオ・ウイルスの影響で彼女の本来の身体能力を駆使することも叶わない。
 好戦的なミランダのことだから、目の前でやりたい放題の敵に対して何も出来ないでいる今の状況に腹が立って仕方ないんだろう。
 そんな彼女にジェネットはアイテム・ストックから取り出した回復ドリンクを差し出した。
 それはライフではなく魔力を回復させるものだった。

「先ほど、仲間たちから譲り受けたものです」

 そうだ。
 ジェネットはネオ・ウイルスに感染した影響で自身のアイテム・ストックの回復アイテムを全て廃棄してしまったんだった。
 今、彼女が持っているのはブレイディやエマさんがくれたものだった。
 しかも最高級品だ。
 ジェネットはそれをミランダの魔力回復に使ってくれるつもりなんだ。

 このゲームでは魔力を回復する方法は原則として3つだ。
 宿屋などスリープ・スポットでの睡眠、回復の泉の利用、アイテムによる回復。
 魔力を全回復させるアイテムは存在せず、最高級品でも20%の回復のみだった。
 何かを言いたげなミランダの機先を制し、ジェネットは釘を刺すように言った。

「このに及んで私のほどこしは受けないとか小さなことを言わないで下さいね。この状況で魔力がなければあなたはただの役立たずですから」
「チッ! 言うじゃないの。上等だわ。もらっといてやるわよ」
 
 そう言うとミランダはジェネットの手からひったくるようにして回復ドリンクを受け取った。
 そして素早くそれを服用し、自らの魔力を20%ほど回復させる。
 元々、魔力総量の多いミランダだから20%の回復だけでも相当量になり、少しの間は魔法を使い続けられるだろう。

「けど、どちらにしろ魔法はあいつに通用しないんでしょ。空中浮遊くらいしか使い道がないじゃない」

 そう言って不機嫌さをあらわにするミランダにジェネットは挑発的に言った。

「セクメトの気をこちらに向けることくらいは出来ますよ。取るに足らぬ相手、といつまでも無視されたままじゃ、あなたも私も立つ瀬がないでしょう?」
「チッ! あんたって本当にムカつく女ね」
「あら。それはお互い様ですね。それよりセクメトの集中砲火を一手に引き受けることになりますが、自信のほどは?」
「愚問過ぎて笑えるわね。あんたこそウイルス感染中だからダメでした、なんて情けない言い訳することにならなきゃいいけど」
「ふふっ。ウイルスに感染してもその口の悪さだけは変わりませんね」
「うるっさい。さっさとあの白髪女の気を引きなさいよ」

 そう言うミランダにうなづくと、ジェネットは気合いの声とともに懲悪杖アストレアを頭上に掲げる。
 途端に天空から無数の光の矢が降り注ぐ。
 ジェネットの上位スキル・断罪の矢パニッシュメントだ。
 高速で宙を舞う光の矢をジェネットは見事に操る。
 
 いつもならば敵を的確に貫くその光の矢も、今回は様子が違った。
 無数の矢はジェネットの制御するまま、セクメトの周囲を囲むようにしてグルグルと回り始めた。
 それは相手の注意を自分に向けさせるジェネットの挑発行為だった。
 するとそれまでうつむいたまま無差別攻撃をしていたセクメトが初めてジェネットとミランダの方に顔を向ける。
 それを見たミランダはお行儀悪く中指を立てて言った。

「かかってきなさい。モザイク女!」

 そう言うミランダの隣でジェネットは全ての矢を一気にセクメトに浴びせかける。
 360度全方位からの光の矢が一斉にセクメトに襲い掛かり、視界がまばゆい光で染まる中、ジェネットは地面に伏せたままの僕に声をかけてくる。

「アル様。私たちが一定時間、セクメトを引きつけますから、すきを見てエマさんとブレイディを避難させて下さい」
「了解。2人とも気をつけて!」

 一瞬のまばゆい光が消える。
 そこには当然のように無傷のセクメトが立っていた。
 だけどその様子は明らかに変化を見せていた。
 セクメトは生気のない目でミランダやジェネットを見据えると、両腕をダラリとらした。
 握り締められたその両拳を包み込むようにモザイクがユラユラと揺れている。
 く、来るぞ。
 セクメトは声一つ上げずに両手の拳を開いて手の平を見せた。
 その途端に、モザイクが音もなく宙をすべる。

「くっ!」
「チッ!」

 ミランダとジェネットの反応が遅れた。
 い、いや違う。
 それは先ほどまでのモザイク放射とは比べものにならないほどの速度でミランダとジェネットのすぐ脇をすり抜けていったんだ。
 は、速い!
 無差別な破壊行為ではなく、明らかに標的に照準を定めたモザイクは相当な速さだった。
 ネオ・ウイルスの影響で弱っている今のミランダとジェネットはギリギリで避けるのがやっとだった。

 だけどそれでも2人は臆することなく、闇閃光ヘル・レイザー清光霧ピュリフィケーションでセクメトを攻撃する。
 それはセクメトにダメージを与えることはなかったけれど、自分が攻撃されているという認識をセクメトに与えたみたいだ。
 セクメトは地面からわずかに浮遊した状態ですべるようにして移動しながらミランダとジェネットを追う。
 そして2人にモザイク攻撃が集中したために、周囲への無差別なモザイク攻撃は止んだ。

 ここだ!
 僕は躊躇ちゅうちょせずに立ち上がり、周囲の人達の目を引くように大きく手を振り上げ、表通りのほうへ逃げるように身振りしてみせた。
 その場に身を伏せたまま動けなくなっていた人達は僕の振る舞いに弾かれたように立ち上がり、一斉に逃げ出し始める。
 その中でも懺悔主党ザンゲストの人達は、体の一部をモザイクに消されて動けなくなっている仲間や市民NPCたちを抱えて、素早く撤退していく。
 彼らの動きは迅速じんそくで、避難は早急に済みそうだ。
 僕はすぐ近くで動けなくなっていたエマさんとブレイディの元に駆け寄る。

「2人とも。僕の肩につかまって。ここから脱出します」
「アルフレッド君。すまない」
「オニーサン。ごめんね」

 2人とも片足をモザイクで失っている。
 僕は2人に肩を貸すと立ち上がった。
 そして2人が転倒しないように注意しつつ、それでも出来るだけ急ぎ足でその場から離れた。
 2人を安全なところに避難させたら、僕もすぐにミランダとジェネットのところに戻るつもりで。

 そう思いながら懸命に歩を進めていると、僕の左肩につかまっていたエマさんが神聖魔法を詠唱し始める。
 彼女はまるで酒場の踊り子のような露出の多い派手な格好をしているけれど、これでも優秀な尼僧にそうだった。
 その神聖魔法はジェネットほどではなくとも、相当にレベルの高いものだ。
 エマさんが光り輝く手を僕の胸に当てると、途端に僕のライフが回復していく。

「エマさん。ありがとうございます」
「戦うつもりなんでしょ。オニーサン。あの2人のために」

 全てお見通しといったように笑みを浮かべるエマさんに僕はうなづいた。
 ミランダもジェネットもまだネオ・ウイルスの影響で本調子じゃないんだ。
 今のままじゃ、そう長くは戦い続けられない。

「あの危ないオネーサン相手じゃ、ライフなんて関係ないかもしれないけれど、元気なほうがいいに決まってるもの。ジェネットのことお願いね。オニーサン」

 エマさんは優しく微笑みながらそう言ってくれた。
 そして僕の右肩につかまるブレイディは僕の右腕を見て言った。

「アルフレッド君。もうすぐ右腕の変色が完了するぞ。いい結果になるよう祈ってる」

 そう言うとブレイディは自分が持っている回復アイテムをありったけ僕のアイテム・ストックに譲与してくれた。
 彼女らに感謝しつつ、僕は2人をようやく建物の陰に隠すことが出来たんだ。
 ここならセクメトからも死角になるし、同様にその場所に身を隠していた懺悔主党ザンゲストのメンバーが2人をより遠くの安全な場所へと連れて行ってくれることになった。
 僕は彼らに2人を託し、建物の陰から顔を出して戦いの様子に目を凝らす。

「ひ、ひどい……」

 僕は思わす呻くように声をしぼり出した。
 そこに広がっていたのは恐るべき破壊行為のもたらす、目を覆いたくなるほどの惨状だった。
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