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最終章 世界調律師アルフレッド
第14話 祝福の光
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それは目もくらむような純白の世界だった。
モザイク液の水槽と化している大神殿のエントランスに飛び込んだ僕の周囲360度から、白く輝くモザイク液が押し迫ってくる。
僕はタリオを自分の前方に差し向けた。
タリオの刀身が近づくとモザイク液は分解されて消え、僕の前方に道が作られる。
その道の先、目指す先は目を閉じた僕の視界の中に立つ一人の少女だ。
彼女の名前はセクメト。
僕は彼女の体にこの手で触れて、破滅の女神セクメトを正常化しなければならないんだ。
だけどそんな僕を彼女に近づけさせまいとモザイク液が押し寄せてくる。
そこには僕の行く手を阻もうとする意思が明確に介在していた。
蛇たちが見えない吐息で僕の左右を守ってくれるけれど、モザイク液の圧倒的な質量と膨張力の前にはほとんど無力に等しかった。
すぐに背後と頭上からモザイク液がのしかかってきて、その圧倒的な勢いに僕は飲まれてしまったんだ。
「くぅぅぅぅ」
奔流となって僕を押し流そうとするモザイク液の勢いに耐えて、僕は前屈みになりながら目を閉じたまま懸命に前へ進む。
モザイク液が僕の全身を飲み込んで溶かそうとするけれど、モザイクがキャラクター・データを完全に分解するのには多少なりとも時間がかかることはこれまでの経緯からも分かっていた。
だから僕はモザイクによって体を徐々に分解されながらも前に進む足を止めない。
でも、前から僕を押し流そうとするモザイク液の勢いは強く、足を高く上げると後ろにのけぞってしまいそうになる。
すり足で少しずつ進むのが精一杯だった。
こ、このままじゃ……この手がセクメトに届く前に僕自身が消えてしまう。
タリオは刀身の周りのモザイク液を弾いて飛ばすけれど、蛇たちはモザイク液を全身に浴びて機能停止してしまったかのように動かない。
思わず僕は空いている左手の平を自分の体に押し当てようとしたけれど、すぐに思い留まった。
建物などのような他の物質と同じように自分の体をモザイクに対して強化できるのかどうか確信がなかったし、何よりもライフゲージのことを考えるとこれ以上の力は使えない。
モザイクを消滅させる力とモザイクの侵食を防ぐ力を同時に使うと僕のライフゲージが摩耗することは既に理解した。
どちらか片方の力にだけ注力していればライフゲージは溶解することはないみたいだ。
だけどすぐにそんなことを考えている余裕はなくなった。
僕を押し流そうとするモザイク液の勢いはさらに強まる。
僕はさらに前傾姿勢をとって懸命にその場に踏みとどまった。
するとモザイク液は僕の顔に集中的に流れ込んでくる。
目は閉じているからいいものの……は、鼻の穴から入ってこようとする。
僕は慌てて左手で鼻の穴を塞いだ。
モザイク液は正確には液体じゃないから、この中でも呼吸は出来るんだけど……こ、これはキツい。
鼻を塞ぐと今度は耳の穴から入ってこようとする。
ぐぬぬ。
あ、穴という穴を狙いやがってぇ。
だけどセクメトが立つ位置まではほんの3、4メートル。
あと少しなんだ。
僕が我慢して前に進もうとしたその時、より強い力がこのモザイク液を閉じ込めているエントランスにかかった。
容量を増していくモザイク液を抑えるために無理が生じて亀裂だらけになっていた天井が大きな音を立てる。
僕が頭上を仰ぎ見る中、天井が崩れてそこに大きな穴が開いたんだ。
それによって剥がれ落ちた石の破片がモザイク液の流れに乗って僕の顔面目がけて流れてきたんだ。
うわっ!
僕は慌てて体をのけぞり、その破片をギリギリ避けることが出来たけれど、前傾姿勢だった体が伸び切ってしまい、その腰の高さからモザイク液の流れを思い切り浴びてしまう。
くはっ!
そのあまりの勢いに僕はいよいよ踏ん張っていられず、床を踏みしめる足がフワリと浮いて、体が浮かび上がってしまった。
し、しまったぁぁぁぁ!
と、飛ばされる!
体勢を崩した僕は思わず右手に握っていたタリオを落としてしまう。
僕はたまらずにセクメトに向かって両手を伸ばしたけれど、その指は虚しく宙をかいた。
クソッ!
セ、セクメトまであとわずかだったのに……。
さらに悪いことに、モザイク液を体に浴び過ぎたせいで、いよいよ意識が朦朧とし始めていた。
こ、ここまでか……。
伸ばした手は届くことはなかっ……えっ?
今にもモザイク液に押し流されようとしていた僕の両手を誰かが掴んでくれたんだ。
まさか今この時に誰かに手を掴まれるだなんて、ほんのわずかでも思わなかった僕は驚いて閉じていた目を開いた。
う……嘘。
僕は思わず息を飲んだ。
そこで僕の両手を掴んでくれていたのは……ミランダとジェネットだったんだ。
とても信じ難いことに、ミランダが僕の右手を、ジェネットが僕の左手を掴んでくれている。
2人はモザイク液の中を懸命に泳ぎながら、僕の手を掴んだまま引き寄せてくれる。
2人が流されずにいるのは、それぞれの武器である黒鎖杖と懲悪杖を床に突き立てて、そこに片手でつかまっているからだった。
ふ、2人とも、必死にこのエントランスまで這い寄って来て、このモザイク液の中に飛び込んだのか?
ど、どうして……。
もう2人とも全身にモザイク液を浴びてしまっている。
こうなってしまってはもう取り返しがつかない。
それなのに……2人とも体を投げ打って僕を助けに来てくれたんだ。
思わず唇を噛み締める僕の顔を見たミランダは眉間にシワを寄せ、ジェネットは困ったような笑みを浮かべる。
そしてミランダとジェネットは僕を思い切り引き寄せると、僕が向かおうとしていた前方にこの体を押し出してくれた。
2人には見えない少女の立つ場所に向けて。
2人のおかげで僕の体はモザイク液の中を進み、とうとう少女の元へと到達することが出来たんだ。
僕は両手を伸ばしてセクメトの両肩に触れた。
そして彼女の細い肩をしっかりと掴むと、最後の力を振り絞って復元の力を彼女に注ぎ込む。
まだキャラクターとしての存在を確立されていない彼女に僕の力が伝わっていく。
するとその力と逆流するようにして、僕の頭の中に声が伝わってきた。
【私を……消して】
えっ?
これって……セクメトの意思?
【私を……消して】
その声がもう一度僕の頭の中に響き渡る。
それはとても悲しくて寂しい響きだった。
僕はそれがセクメトがその胸の内に抱えている悲しみだと直感したんだ。
そして僕はすぐに彼女の置かれていた境遇を悟った。
そうか。
セクメトもアリアナと一緒だったんだ。
双子の第4スキルが発動した時だけ姿を現すセクメトだけど、彼女もウイルスのせいで自分が望む形とはまったく別の生き方を強いられていたんだ。
アリアナの流した涙が僕の脳裏に甦る。
僕は彼女の肩を掴む手に力を込めた。
彼女に力を注ぎ込み続けるうちに、もう雀の涙ほどしか残っていないライフゲージがさらに溶けていく。
も、もうすぐ0になる。
でも構うもんか。
僕は思いの丈をぶつけるようにセクメトに自分の心の声を投げかけた。
あの双子も含めて君が悪いわけじゃない。
消える必要なんかないんだ。
セクメトに伝わるようにそう念じたけれど、彼女からはさらに負の感情が伝わってくる。
【私には……生まれる資格がない】
生まれる前に過ちを犯したのだから。
彼女はそう言った。
それは違う。
生まれる資格のないキャラクターなんていない。
この僕だって、平凡なモブキャラとして生み出されたけれど、このゲームに必要だと思われたから作られたんだ。
たとえそれがどんな端役の役割であっても。
だからセクメト。
君は消えなくていい。
消える必要なんてないんだ。
君は過ちを犯したんじゃない。
過ちの渦に巻き込まれただけなんだ。
【私は消えるべき忌まわしき存在】
違う!
ここにいていいんだよ。
このゲームの中に。
君のあるべき姿のままで。
そう伝えながら僕は何となく感じていた。
双子の融合体であるこの少女は将来、僕らの敵になるだろう。
ミランダやジェネットを苦しめる凶悪なキャラクターになるかもしれない。
だけどそれこそが彼女のこのゲームにおける存在意義なのだとしたら、僕は大歓迎だ。
ウイルスなんかに左右されることなく、自分の意思で大いに悪の道を突き進んでくれればいい。
それが……僕の偽らざる望みだ。
僕がそう伝えると、セクメトの顔に初めて表情と呼べるものが浮かんだんだ。
それは戒めから解き放たれてようやく心の安寧を得たような、そんな穏やかな表情だった。
【ありがとう。我が存在を認めてくれて。世界の調和を律する者よ】
そうしたセクメトの声が聞こえてきた途端だった。
目を閉じたままの僕の視界の中に劇的な変化が生じ始めていた。
こ、これは……。
闇を背景に青や緑の線で描かれているだけだった砂漠都市ジェルスレイムの景色が次々と色付いていき、それは絵画からまさしく写真のように変化していく。
もはや目を閉じているとは思えないほどの鮮やかな景色だった。
そして僕はふいに両手に感じた感覚に驚いて思わず目を開けた。
すると僕の目の前に立つ少女・セクメトが目を開けて実際にそこに立っていたんだ。
彼女の肩を掴む僕の手に自分の手を重ねて。
ふ、復元が成功したんだ。
驚く僕に微笑むとセクメトは頭上を見上げた。
その体がモザイク液と同様に白く輝き出したかと思うと、周囲のモザイク液がすべて彼女の体に吸い込まれていく。
僕は目を見張り、眼前の光景に釘付けになった。
セクメトは徐々に光の粒子となって消えていく。
それはこのゲームにおけるキャラクターがゲームオーバーを迎える際と同様の現象だった。
彼女はエントランスの中のモザイク液をすべて吸い込むと、完全に光の粒子と化してそのまま空中に浮かび上がっていく。
そしてエントランスの天井に開いた大穴から空へと舞い上がっていった。
それはまるで祝福の光が地上を照らすために、天へと舞い昇っていくかのような美しい光景だったんだ。
モザイク液の水槽と化している大神殿のエントランスに飛び込んだ僕の周囲360度から、白く輝くモザイク液が押し迫ってくる。
僕はタリオを自分の前方に差し向けた。
タリオの刀身が近づくとモザイク液は分解されて消え、僕の前方に道が作られる。
その道の先、目指す先は目を閉じた僕の視界の中に立つ一人の少女だ。
彼女の名前はセクメト。
僕は彼女の体にこの手で触れて、破滅の女神セクメトを正常化しなければならないんだ。
だけどそんな僕を彼女に近づけさせまいとモザイク液が押し寄せてくる。
そこには僕の行く手を阻もうとする意思が明確に介在していた。
蛇たちが見えない吐息で僕の左右を守ってくれるけれど、モザイク液の圧倒的な質量と膨張力の前にはほとんど無力に等しかった。
すぐに背後と頭上からモザイク液がのしかかってきて、その圧倒的な勢いに僕は飲まれてしまったんだ。
「くぅぅぅぅ」
奔流となって僕を押し流そうとするモザイク液の勢いに耐えて、僕は前屈みになりながら目を閉じたまま懸命に前へ進む。
モザイク液が僕の全身を飲み込んで溶かそうとするけれど、モザイクがキャラクター・データを完全に分解するのには多少なりとも時間がかかることはこれまでの経緯からも分かっていた。
だから僕はモザイクによって体を徐々に分解されながらも前に進む足を止めない。
でも、前から僕を押し流そうとするモザイク液の勢いは強く、足を高く上げると後ろにのけぞってしまいそうになる。
すり足で少しずつ進むのが精一杯だった。
こ、このままじゃ……この手がセクメトに届く前に僕自身が消えてしまう。
タリオは刀身の周りのモザイク液を弾いて飛ばすけれど、蛇たちはモザイク液を全身に浴びて機能停止してしまったかのように動かない。
思わず僕は空いている左手の平を自分の体に押し当てようとしたけれど、すぐに思い留まった。
建物などのような他の物質と同じように自分の体をモザイクに対して強化できるのかどうか確信がなかったし、何よりもライフゲージのことを考えるとこれ以上の力は使えない。
モザイクを消滅させる力とモザイクの侵食を防ぐ力を同時に使うと僕のライフゲージが摩耗することは既に理解した。
どちらか片方の力にだけ注力していればライフゲージは溶解することはないみたいだ。
だけどすぐにそんなことを考えている余裕はなくなった。
僕を押し流そうとするモザイク液の勢いはさらに強まる。
僕はさらに前傾姿勢をとって懸命にその場に踏みとどまった。
するとモザイク液は僕の顔に集中的に流れ込んでくる。
目は閉じているからいいものの……は、鼻の穴から入ってこようとする。
僕は慌てて左手で鼻の穴を塞いだ。
モザイク液は正確には液体じゃないから、この中でも呼吸は出来るんだけど……こ、これはキツい。
鼻を塞ぐと今度は耳の穴から入ってこようとする。
ぐぬぬ。
あ、穴という穴を狙いやがってぇ。
だけどセクメトが立つ位置まではほんの3、4メートル。
あと少しなんだ。
僕が我慢して前に進もうとしたその時、より強い力がこのモザイク液を閉じ込めているエントランスにかかった。
容量を増していくモザイク液を抑えるために無理が生じて亀裂だらけになっていた天井が大きな音を立てる。
僕が頭上を仰ぎ見る中、天井が崩れてそこに大きな穴が開いたんだ。
それによって剥がれ落ちた石の破片がモザイク液の流れに乗って僕の顔面目がけて流れてきたんだ。
うわっ!
僕は慌てて体をのけぞり、その破片をギリギリ避けることが出来たけれど、前傾姿勢だった体が伸び切ってしまい、その腰の高さからモザイク液の流れを思い切り浴びてしまう。
くはっ!
そのあまりの勢いに僕はいよいよ踏ん張っていられず、床を踏みしめる足がフワリと浮いて、体が浮かび上がってしまった。
し、しまったぁぁぁぁ!
と、飛ばされる!
体勢を崩した僕は思わず右手に握っていたタリオを落としてしまう。
僕はたまらずにセクメトに向かって両手を伸ばしたけれど、その指は虚しく宙をかいた。
クソッ!
セ、セクメトまであとわずかだったのに……。
さらに悪いことに、モザイク液を体に浴び過ぎたせいで、いよいよ意識が朦朧とし始めていた。
こ、ここまでか……。
伸ばした手は届くことはなかっ……えっ?
今にもモザイク液に押し流されようとしていた僕の両手を誰かが掴んでくれたんだ。
まさか今この時に誰かに手を掴まれるだなんて、ほんのわずかでも思わなかった僕は驚いて閉じていた目を開いた。
う……嘘。
僕は思わず息を飲んだ。
そこで僕の両手を掴んでくれていたのは……ミランダとジェネットだったんだ。
とても信じ難いことに、ミランダが僕の右手を、ジェネットが僕の左手を掴んでくれている。
2人はモザイク液の中を懸命に泳ぎながら、僕の手を掴んだまま引き寄せてくれる。
2人が流されずにいるのは、それぞれの武器である黒鎖杖と懲悪杖を床に突き立てて、そこに片手でつかまっているからだった。
ふ、2人とも、必死にこのエントランスまで這い寄って来て、このモザイク液の中に飛び込んだのか?
ど、どうして……。
もう2人とも全身にモザイク液を浴びてしまっている。
こうなってしまってはもう取り返しがつかない。
それなのに……2人とも体を投げ打って僕を助けに来てくれたんだ。
思わず唇を噛み締める僕の顔を見たミランダは眉間にシワを寄せ、ジェネットは困ったような笑みを浮かべる。
そしてミランダとジェネットは僕を思い切り引き寄せると、僕が向かおうとしていた前方にこの体を押し出してくれた。
2人には見えない少女の立つ場所に向けて。
2人のおかげで僕の体はモザイク液の中を進み、とうとう少女の元へと到達することが出来たんだ。
僕は両手を伸ばしてセクメトの両肩に触れた。
そして彼女の細い肩をしっかりと掴むと、最後の力を振り絞って復元の力を彼女に注ぎ込む。
まだキャラクターとしての存在を確立されていない彼女に僕の力が伝わっていく。
するとその力と逆流するようにして、僕の頭の中に声が伝わってきた。
【私を……消して】
えっ?
これって……セクメトの意思?
【私を……消して】
その声がもう一度僕の頭の中に響き渡る。
それはとても悲しくて寂しい響きだった。
僕はそれがセクメトがその胸の内に抱えている悲しみだと直感したんだ。
そして僕はすぐに彼女の置かれていた境遇を悟った。
そうか。
セクメトもアリアナと一緒だったんだ。
双子の第4スキルが発動した時だけ姿を現すセクメトだけど、彼女もウイルスのせいで自分が望む形とはまったく別の生き方を強いられていたんだ。
アリアナの流した涙が僕の脳裏に甦る。
僕は彼女の肩を掴む手に力を込めた。
彼女に力を注ぎ込み続けるうちに、もう雀の涙ほどしか残っていないライフゲージがさらに溶けていく。
も、もうすぐ0になる。
でも構うもんか。
僕は思いの丈をぶつけるようにセクメトに自分の心の声を投げかけた。
あの双子も含めて君が悪いわけじゃない。
消える必要なんかないんだ。
セクメトに伝わるようにそう念じたけれど、彼女からはさらに負の感情が伝わってくる。
【私には……生まれる資格がない】
生まれる前に過ちを犯したのだから。
彼女はそう言った。
それは違う。
生まれる資格のないキャラクターなんていない。
この僕だって、平凡なモブキャラとして生み出されたけれど、このゲームに必要だと思われたから作られたんだ。
たとえそれがどんな端役の役割であっても。
だからセクメト。
君は消えなくていい。
消える必要なんてないんだ。
君は過ちを犯したんじゃない。
過ちの渦に巻き込まれただけなんだ。
【私は消えるべき忌まわしき存在】
違う!
ここにいていいんだよ。
このゲームの中に。
君のあるべき姿のままで。
そう伝えながら僕は何となく感じていた。
双子の融合体であるこの少女は将来、僕らの敵になるだろう。
ミランダやジェネットを苦しめる凶悪なキャラクターになるかもしれない。
だけどそれこそが彼女のこのゲームにおける存在意義なのだとしたら、僕は大歓迎だ。
ウイルスなんかに左右されることなく、自分の意思で大いに悪の道を突き進んでくれればいい。
それが……僕の偽らざる望みだ。
僕がそう伝えると、セクメトの顔に初めて表情と呼べるものが浮かんだんだ。
それは戒めから解き放たれてようやく心の安寧を得たような、そんな穏やかな表情だった。
【ありがとう。我が存在を認めてくれて。世界の調和を律する者よ】
そうしたセクメトの声が聞こえてきた途端だった。
目を閉じたままの僕の視界の中に劇的な変化が生じ始めていた。
こ、これは……。
闇を背景に青や緑の線で描かれているだけだった砂漠都市ジェルスレイムの景色が次々と色付いていき、それは絵画からまさしく写真のように変化していく。
もはや目を閉じているとは思えないほどの鮮やかな景色だった。
そして僕はふいに両手に感じた感覚に驚いて思わず目を開けた。
すると僕の目の前に立つ少女・セクメトが目を開けて実際にそこに立っていたんだ。
彼女の肩を掴む僕の手に自分の手を重ねて。
ふ、復元が成功したんだ。
驚く僕に微笑むとセクメトは頭上を見上げた。
その体がモザイク液と同様に白く輝き出したかと思うと、周囲のモザイク液がすべて彼女の体に吸い込まれていく。
僕は目を見張り、眼前の光景に釘付けになった。
セクメトは徐々に光の粒子となって消えていく。
それはこのゲームにおけるキャラクターがゲームオーバーを迎える際と同様の現象だった。
彼女はエントランスの中のモザイク液をすべて吸い込むと、完全に光の粒子と化してそのまま空中に浮かび上がっていく。
そしてエントランスの天井に開いた大穴から空へと舞い上がっていった。
それはまるで祝福の光が地上を照らすために、天へと舞い昇っていくかのような美しい光景だったんだ。
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