異界の異邦人〜俺は精霊の寝床?〜

オルカキャット

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3章 ペンチャーワゴン〜Paint Your Wagon〜

23話 護衛だけの簡単なお仕事……

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 朝一って何時なんだろう。

 朝の鐘で目が覚めるともう夜が明けていた。
 他人に見られるとやばいのでポケットに入れっぱなしの腕時計を見ると、午前六時を回っている。ちなみにソーラーな時計なので日光浴はさせている。

 どうやらこの世界も一日二十四時間制らしい。でも微妙な誤差はまだわからない。そもそもこの世界の時間の割り振りがわからない。朝一とか昼頃とか夕方とか朝の鐘とか日没の鐘とか……

 トイレ、洗顔、歯磨き、軽いストレッチ、朝飯。
 朝の儀式を済ませて通い慣れた冒険者ギルドへ向かう。

 いつものようにギルドの前では、人買たちが見習い連中を競市のように選んでいる。
 そう、もうあそこに参加しなくてもいいんだ。俺はEランク冒険者になったんだからと、少しの優越感に浸りながらギルドの階段を上る。

 『てめえみたいなガキが仕事を受けるなんざ十年早い!』……とかいうお約束のイベントは全く起こらず、冒険者は整然と掲示板を眺めている。
 これが朝の風景か。などと思ってみる。

「遅い! 朝一だと言っただろ!」
「だから朝一っていつ……」

 俺は振り向きながら、サロンに向かってお馴染みになった中年冒険者へ言葉を返そうとするが、集まったたくさんの冒険者の目線に射抜かれる。

「朝の鐘に決まってるだろ。みんな待ってるから早くこっちへ来い!」
「スイマセーン、オマタセシマシタ~」

 みんなの目線を交わしながらサロンにヘコヘコしながら向かう俺。
 ここの街では朝、昼、夜と三回鐘の音がなる。
 夜の鐘というか夕暮れの鐘はこの世界へ初めて来た時に不安と絶望の中で聞いた。朝の鐘は、夜勤明けの時に初めて聞いた。昼の鐘は昨日昼飯の時に初めて聞いた。それまでは街を離れていたか寝ていたから。

 普段は酒や食事を楽しむ冒険者がリラックスしているギルドのサロン。
 しかし今日は凛とした冒険者たちが仕事モードでそれぞれのテーブルを囲んで座っている。俺は目立たないようにできるだけ隅の方で空気と化している。

「ロサード、もう集まったんじゃないか」
「いやまだだ。今回はちょっと特殊でな。もう一組来る予定だ」

 いつものぼさっとした頭で眠たそうなロサードさんだが、今日はなんだかビシッと決まっている。黒い胸当ての上から黒に銀のラインが入ったロングジャケットを着こなし、横にはバスターソードらしい両手剣を置いている。中年冒険者というよりアラサー冒険者?
 よく見れば集まった冒険者たちも戦闘用のフル装備だ。まあ、全身鎧とか実用に向かない装備はいるわけないけど。

バン!

 ギルドのドアが大きく開いて一組の冒険者がガチャガチャと入ってきた。
 あ、全身鎧がいた。あんなの着て普通に動けるんだろうか。さすがに兜は着けてないか。

「待たせたな」

 全身鎧の大男とその仲間なんだろうか、数人の冒険者たちがサロンの開いてるテーブルに着いた。ふーん、この人たちには文句を言わないのか。

「揃ったようだな。では今から説明する」

 それを見たロサードさんが立ち上がる。

「今回の仕事は隊商の護衛。ただし護衛ルートが二つある。王都行きと鉱山都市だ」

 ざわっとする冒険者たち。

「ということは二つに分けるということか」
「まあな、王都行きは馬車十八台、主にゴルドフィン商会とギルドの商品。内八台はプリンシバルまで。鉱山都市は、馬車十台。行きはラトーナ商会と商業ギルドの商品。帰りは鉱山都市からの商品となる。次にチーム分けだが……」

 まあ早い話、商人の馬車を目的地まで護衛をするお仕事。ここに集まったほとんどの冒険者たちは数人ずつのチームを作って仕事を引き受けているらしい。集まった人たちを二手に分けて護衛する。

 どういうわけかロサードさんのチーム『イソシギ』が偉そうに仕切っている。あれ、えらいのか?
 俺は空気を読んで適当に相槌を打ちながら話を聞いている。でも空気を読まない人もいるようで……。

「ちょっと待ってもらいたい」

 あの全身鎧の冒険者が口を挟んできた。

「俺はチーム・ギガントのロブス、ランクBだ。二日前王都からゴルドフィン商会の護衛でこの街に来ている。あんたが詳しく説明してくれたので依頼の詳細はわかった」
「そりゃどーも」
「ただし!」

 ドンとテーブンルを叩いてガチャガチャと音を立てながら立ち上がる全身鎧。

「なんでお前が仕切る? なんでランクCのお前が仕切ってるんだ?」
「……成り行き?」
「王都行きと鉱山行きを比べれば条件は雲泥の差だ。王都行きは、日数はかかるが道路も宿場も整備されている。魔物も少ない。先の討伐で盗賊に襲われる危険も少ないだろう。一方鉱山行きは、道は険しいわ魔物は出るわ……」
「何が言いたい?」

 さっとロサードさんに、お前が犯人だというように指を突きつける全身鎧。

「お前、自分の都合のいいように仕切るつもりなんだろ」
「そーだ、ここに王都からいらっしゃったランクBのロブスさんがいるんだぞ。みんなもいいのか? Cランクに美味しいように割り振りされて」

 取り巻きの一人が話に割り込んで、他の冒険者にアピールしている。

「「そーだそーだ」」

 数人が棒読みセリフで同調する。サクラかな?
 ロブスという全身鎧の人がふん反り返る。馬鹿みたいに見える。
 ロサードさんがニヤッと笑う。

「俺の仕切りでは不満だと?」
「ギルドランクを尊重しろと言っておる」

 そう言って椅子に座ってさらに踏ん反り返る全身鎧。後ろに倒れないかな。

「わかった。あんたに任す」
「ふん、そうやって言い訳しても、お前の考えは……え?」
「だからあんたに仕切りを任すと言っている。王都から来られたBランクの冒険者様によ」

 あっけにとられている全身鎧。

「ディー、書類をBランクさんに全部回してくれ」

 ニヤッと笑ったディーさんが持っていた書類を全身鎧の前にどっさりと積み上る。

「ちなみに二つとも明日朝一で出立する。それまでに目を通しておいてくれ」
「あ、ああ……」
「それから俺たちイソシギは鉱山行きの護衛をする。ラトーナ商会から直接依頼を受けてるんでな。あんたらがゴルドフィンから依頼を受けてるように、それとも俺たちと一緒に来るか?」
「うっ!」

「あ、うちのチームも鉱山行きで」
「じゃ。俺んとこも」
「うちも鉱山行きにしようっかな」
  
 集まった冒険者たちが次々と鉱山行きに申し込んでくる。

「鉱山行きの馬車は十台なんだから、護衛は三チーム~四チームまでだぞ」
「そんな、いいじゃねえか、イソシギさんは三人、まだ割り込めるだろ。それに、お前が仕切らない護衛なんて危なっかしくて」
「ちなみにうちのチームは四人だ。見習いを預かるんで」
「何!」

 鉱山行き立候補組が俺を睨みつける。なんで? どうやら一目で見習い冒険者と分かるらしい。

「ということで鉱山組は明日朝一、西門前に集合だ。トーマ、お前もな」

 う~ん、なんでこの人たちは詳細面談で済ますのだろう。当然取り残された他の冒険者も納得できずにロサードさんに詰め寄るが、

「よーし、残りはBランクさんに任した。しっかりと打ち合わせしてくれ。解散」
「待てこらーっ!」

 全身鎧の大男が怒鳴りちらすが後の祭り。他の冒険者たちに、配置はどーなるとか、積荷はなんだとか、護衛の取り分は頭割かとか、魔物が襲ってきた時の素材の取り分はとか、飯はつくのかとか、おやつはどうなるとか質問を浴びせられ、その都度書類を引っ掻き回し、答えを探す全身鎧。
 
 何しに来たんだあいつ?

「目立ちたくて墓穴を掘るやつっているよねー」

 とディーさんのお言葉。

 朝の喧噪が終わり、ようやく落ち着きを取り戻す街並。
 ロサードさんの後ろをテクテクついて行く俺。どこに行くんだろうとは思わない。この道は通い慣れた道。夜のお仕事で毎日通った道。

 道中、ディーさんとブエナさんに詳しい護衛の仕事内容を聞いた。

 冒険者の仕事は大きく分けて、討伐、護衛、探査の三つ。討伐は、動物や魔物の駆除や素材の回収。探査は、薬草や鉱物の捜査採集。そして護衛は、商人の店や隊商、要人旅行者の護衛全般。

 内容により重複もするが、冒険者によって得意分野がある者同士、数人でチームを作り仕事に当たる。

 つまりチーム『イソシギ』は護衛中心のチームらしい。
 しかし、大規模な隊商護衛の場合は、命がけの仕事なので、気の合うチーム同士が集まって仕事に当たる。その集まりをクランという。

 問題は、今回のように同時に二つ以上の護衛を依頼された場合や、アドラーブル以外の冒険者がいた場合はシッチャカメッチャカになる。
 つまり、ロサードさんは面倒なことを全て、あの全身鎧に丸投げして逃げてきたということらしい。

「それに今回は特別だしねえ」

 たっぷりタメを作ってニヤッと笑ったままのディーさん。
 だからあ、その特別を教えてくださいよ。

 やがて俺たちは倉庫街の一角、ラトーナ商会の事務所へたどり着く。
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