後宮を追放された数秘メイドですが、女子力(数理)で無双して幸せになりますねっ!

かんのななな

文字の大きさ
1 / 14

①追放ですかっ!?

しおりを挟む
「アリアンヌ・フォルモール、貴女を追放します」
後宮の一角、夏の陽射しが差し込む会議室で、ボーモンティア夫人が宣告した。

追放劇は舞踏会で起こるのではない。
会議室で起こっているのだ。

「アリー、貴女はクビです。荷物をまとめて、即刻、後宮占星班から出ていきなさい」

アリーは分厚いメガネをかけた淑女である。長い髪をうなじでまとめ、化粧っ気はなく、地味な作業用のドレスを着ている。

彫りの深いしゅっとした美人顔なのだが、目元のクマとソバカス、瓶底メガネが野暮で堅物めいた印象を醸し出していた。

よく見れば、レンズに度が入っていないことに気づくかもしれない。魔導ガラスレンズの伊達メガネをかけているのである。

アリーはよろよろと壁に寄りかかり、漆喰壁の穴をほじって広げながら、
「そんな……」
「壁の穴を広げるのはやめなさい!今期はもう修繕予算ないんだから!そういうところですよ、アリー」

アリアンヌ・フォルモールは数秘メイドである。演算作業だけの計算メイドと違い、数理魔導の使用を許された国家資格保有者である。

「そんな……私がなにをしたというのですか!まさか……賭け数理令嬢勝負で侯爵令嬢をすってんてんにしたのがいけなかったのとでもいうの……!」

「ハンカチの一枚や二枚ならともかく、ドロワーズまでひんむく淑女がありますか!追いこむのではなく、手心を押し売りして、自発的な協力者に仕立てあげるのです!」

後宮占星班班長『数霊魔女』ボーモンティア夫人。役職付きの算命淑女、プレイング管理職である。人的諜報の専門家でもあった。

後宮の最奥にあって、占星班は——魔窟である。

古くはその名前の通り、後宮において懐妊や降誕に関わる占術を職掌とした。現在は、貴族社会の諜報を担う情報機関という側面が強い。

「あのね、アリー。シャルドン侯爵令嬢の件は不正の証拠と引き換えに手打ちにしたでしょう。それが理由ではありませんよ」

「やっぱり酒場で王弟殿下の女癖の悪さを吹聴してまわったのがまずかったのかしら……私、家庭の事情でああいうクズ男が大嫌いなんですの」

アリーの父、ヴィクター・フォルモールは、魔導算盤の製造で大儲けして、傾きかけていたフォルモール家を立て直した中興の祖である。

ところが、事業が成功した途端、ヴィクターは糟糠の妻エレーヌを捨てて、若く美しい女狐に乗り換えた。トロフィーワイフとかそういうあれである。

エレーヌは激怒した。烈火のごとく怒り狂い、フォルモール家の王都屋敷をヴィクターごとぶっとばし、王都を逐電してそのまま消息を絶った。以来、彼女の姿を見た者はいない。

一命を取り留めた父や後妻と折り合いがつくわけもない。アリーは家を出て、母エレーヌと同じく計算メイドになる道に進んだ。

家族を崩壊させた父は当然のこと、アリーが不誠実で不品行な浮気男に辛辣になったのも無理からぬことである。

「貴女の事情は分かっています。エレーヌは私の親友だったんですから。……それはさておき、王弟殿下の下半身事情の暴露は、遠因ではあっても原因ではありません」

「え?違うんですの?」
「貴女の懲戒事由は機密文書館から禁書を借りパクしたことです」
「あちゃー!そっちですかぁ!そちらに関しては……申し開きもございません」

機密文書館は王立図書館の秘密書庫である。
アリーは禁書指定の数学書を借り出して紛失した。
すくなくとも本人は紛失したと言い張っている。

禁書の借りパクである。
重罪であると王弟派が主張した。
しかし、法律に規定がなかった。

禁書とは存在を許されない本である。
存在していない本は横領できないのだった。
法務官僚が匙を投げ、統合情報保安会議で政治的決着が図られ、この追放劇に至ったのである。

「いつまで壁に寄りかかってよれよれのハンカチを噛んでいるの。こっちに来て座りなさい、正座で」
「はーい」
しぶしぶ壁から離れたアリーはスカートの裾を広げて床に座った。

「後宮占星班を追放される貴女には、ふたつの選択肢があります。ひとつめは計算メイド養成所に出戻って計算修道女の資格を取得し、神学計算に一生を捧げる道です」

「ひぃ!ブートキャンプも修道院も嫌でございます……今更、若い子といっしょに手計算で三神一柱問題を解くなんて無理!圧倒的無理!ごめんこうむりますっ……もうひとつの選択肢、ご提示願いまーす!」

「そう言うだろうと思って、貴女にぴったりの就職口を用意しましたよ。王国軍中央技術研究所基盤計算技術開発本部です。どうですか、うれしいでしょう?」

ボーモンティア夫人の圧が強い。
有無を言わせぬ。
拒否を許さぬという気概を感じる。
それでもアリーは抗う。
ワンチャン夢見るタイプの乙女なのだった。

「中技研の基盤計算技術開発本部……それって変態と屍体しかいないって噂の『死霊迷宮』じゃないですか!純情可憐清浄無垢な乙女をそんなところに放りこむなんて、班長の鬼!悪魔!魔女!」

ボーモンティア夫人はアリーの罵倒を柳に風と受け流す。『数霊魔女』が魔女と呼ばれたところで蛙の面に水であった。

「これは統合情報保安会議で正式に決定された処分です。陛下の裁可もいただいています。嫌なら修道院に幽閉でもいいんですよ」

「……あんまりですわ……」
アリーは泣き真似をしながら、こっそり足を崩す。慣れない正座で足が痺れたのである。

「正座!」
「はいぃ!」
アリーは慌てて正座に戻った。

「で、どちらにするの?」

「うーん、こういうときはあれですわ!田舎に引っ込んでスロー計算ライフを送っているあいだに追放した側が没落して、戻ってきてくれーって懇願するのが様式美ですわよね?ね?」

「アリアンヌ・フォルモールは修道院で一生スローライフを希望……と」

「冗談、冗談ですよぅ……分かりました。私、覚悟を決めましたわ。軍への出向、謹んで拝命いたします」

「なにをしれっと出向にしてるのですか、アリー。これは転籍です。貴女の帰る場所はありません」

「えっ……もしかして、これ、ガチのやつでして?追放ごっこではなくて……マジでクビなんですの!?」
「……初手からマジよりのマジでございます」

「たはーっ……あれ?ってことは、退職金が出るってことですわね!やったー!やほほーい!ニューメ様の論文の直筆原稿落札しちゃうぞー!」

一般に頒布される論文はスケルトンが写本した量産品である。著者の直筆原稿には数霊が宿るとされ、王都の数理お嬢様界隈の必携アイテムなのであった。

ニューメ・ロマンサーという、あからさまに偽名の数理学者がアリーの最推しなのである。

「アリー、それをするのは落ち着いてからにしておきなさい。これは『数霊魔女』が『魔眼乙女』に送る最後の忠告ですよ」
「どういうことですの……?」

ボーマント夫人は微笑み、追い払うように手をひらひら振った。アリーは立ち上がり、スカートの埃をはらい、深々と頭を下げる。

「今までお世話になりました。私がいなくなってから私の有能さに気づいてももう遅いですからぁ!泣いて頼まれたって戻ってきてあげないんですからねっ!」

「ここは貴女の帰る場所でないと、すでに告げたわよ。さあ、お行きなさい、アリアンヌ・フォルモール。行ってなすべきことをするのです」

こうして、アリーは後宮占星班を追放されたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

【完結】精霊獣を抱き枕にしたはずですが、目覚めたらなぜか国一番の有名人がいました

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
「あなたに会いたかったの、ずっと」 秘め続けていた思いを告げ、リセの胸は高鳴っていた。が、それは人ではなく、五年程前に森でさまよっているところを助け出してくれた、リセにとって恩人(恩獣?)の精霊獣だった。 リセは助けてくれた精霊獣に並々ならぬ思い入れがあり、チャンスがあれば精霊獣を誘拐……運ぼうと鍛え抜いていた筋力で傷ついた精霊獣を寝室に担ぎ込み、念願の抱き枕を手に入れる。 嫌がる精霊獣だったが、リセは治癒能力を言い訳にして能力濫用もはばからず、思う存分もふもふを満喫したが、翌朝……。 これは精霊なら自然体でいられる(むしろ追いかけていく)のに、人前では表情が固まってしまう人見知り令嬢と、自分の体質にちょっとお疲れな魔術師の、不器用な恋の話。 *** 閲覧ありがとうございます、完結しました! ラブコメ寄り? コメディとシリアス混在の恋愛ファンタジーです。 ゆるめ設定。 お気軽にどうぞ。 全32話。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

処理中です...