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後
しおりを挟むそれから普通の生活を送った。普通に高校を卒業して、普通の大学生になった。そして最近、恋人もできた。こう言っては失礼だけど、普通の男の人だ。俺は男からモテる。女顔が原因かもしれないが大切にされるのなら、女でも男でも、どっちでも良かった。恋人はちょっとドジで不器用なところはあるけど優しくて、一緒に居て心地が良い。キスも、何度かした。
そして、俺は生臭い刺激臭で朝を迎えた。
…なんだろう。寝返りを打って、目を開けた。
まず見えたのは白っぽく堅そうな塊だ。その周りには、桃色や朱色、濃さの異なる赤い膜が張り巡る。膜はびゅくびゅくと痙攣し、隙間から赤黒い液体が吹き出していた。そんな光景が目に飛び込み、俺は口を手で覆った。
これは切断された頭部だ。人間の頭が、唇から顎にかけて、切断されていた。残された目元を見て、息を飲む。…同じベッドに寝ていた恋人だ。
「浮気、一回目だけは赦しますね」
爽やかな声が耳に届く。懐かしくて聞き慣れた、甘い声だ。ドロリと熱を持った、甘い声。壊れたロボットのように、顔を上げた。そこには、高校生のとき、俺を監禁していた彼が、佇んでいた。手に目を向ける。血に濡れた包丁。恐怖のあまり、声も出なかった。
「会えない間、寂しかったのでしょう?」
彼は満面の笑みを浮かべたまま、バキッバキッと慣れた手つきで、恋人の骨を折り、肉を引き裂く。そうしてバラバラになった恋人をビニール袋に詰めた。どうして…どうしよう…、と目をうろうろさせた。そして気付いた。玄関に数人の男がいた。真っ黒なスーツを着ている。体格は大きく、只者ではない雰囲気だ。
「僕の母親はちょっとだけ有名な女優だったので世間に公表してませんでしたが、父親…つまり僕の祖父は反社会組織の大物なんです。あの環境では貴方と会えなくなりそうだったので祖父の権力を使いました」
彼は俺の目を捉えて、つらつらと言葉を紡ぐ。瞳孔は限界まで開いていた。相変わらず、彼は綺麗だ。数年経ってさらに美しさに磨きがかかっているような気がした。しかしその美しさが今は不気味だった。小さく悲鳴を上げ、パッと目を逸らす。すると彼は白いハンカチで赤く染まった手を拭いてから、俺の手を取り、恭しく片膝をついた。
「お迎えに参りました。僕についてきてください。安心して暮らせる国を見つけたんです。私邸を建てたのでこれからはそこで暮らしましょう」
腕を掴まれる。怖い。手足を大きく動かし、ジタバタと暴れるも、彼の力は信じられないほど強い。華奢な見た目をしているが、抱かれた胸は筋肉質で厚い。あっという間に車に乗せられてしまい、移動中ずっと口付けを求められた。外を眺めることも許されず、何度も何度も、唇を重ねた。
「はあ…こんな面倒なことになるのなら、幼き頃に貴方を連れ去っておくべきでした」
飛行機の中で彼は呟く。飛行機、といっても普通の飛行機じゃない。思ってたよりも小型だ。内装は豪華で、彼は「プライベートジェット」と呼んでいた。
「申し訳ございません。貴方との“登下校デート”を楽しみたくて。毎朝、バス停で待ち合わせして、貴方と楽しくお話しできる日々に浮かれていました。でももう二度とこのような失態は犯しませんので、どうか浮気は二度としないでください。…正直、ショックでした…。まさか貴方が僕以外と口付けをするなんて…。僕は貴方に触れることができるまで、あんなに時間がかかったのに………。あの男とはたった数ヶ月で………。……ああ、ああああああああ…っ、いけません…いけませんいけませんいけません…、思い出してはいけません。冷静に冷静に冷静に…。貴方とお話しをするときは紳士的に振る舞わなくてはいけません……。貴方に嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない!取り乱してはいけません……あ、あはは……あははははは!! やめろっ、うるさいッ、思い出すな思い出すな思い出すな……あいつは殺した…大丈夫…大丈夫大丈夫……」
嗚咽を漏らしながら彼は言葉を落とす。笑ってるのか泣いているのか、分からない表情だ。まるでもう一つの人格と対話をするように、何かに向かって言葉を放ち続けている。そんな彼を茫然と見つめた。
彼と繋がった日を思い出した。彼は俺のナカに挿入したとき、泣きながら「今日で付き合い始めて10年が経ちます!ようやく貴方と一つになれました!」と腰を動かしていた。当時、思考が機能していなかったので、聞き流していたが、今なら疑問に思える。
…いつ俺は彼と付き合い始めたというのだろうか。
俺には全く身に覚えがない。
そういえば、と頭の中で考えた。彼は幼少期、あの田舎で暮らしていたと聞いた。つまり、俺たちはあのバス停より以前に出会っていたのか。告白もされてたんだろうか。俺は興味のない人間のことは覚えないタイプだ。こんなにも愛情を向けられているなか申し訳ないが、彼のことは少しも記憶になかった。
ガリッという音で意識を戻した。彼はぶつぶつと呟きながら、白い錠剤を口に放り込み、噛み砕いている。恐ろしい形相に、冷や汗がたらりと流れた。窓のほうへ視線を逸らそうとしたときだ。頬を両手で包まれ、彼の顔が迫る。先程までの形相はどこへ行ったのか。彼は恍惚とした表情で、うっとりと瞳を甘く染める。
「こっちを向いて?ああ、ああ…、夢みたいだ。これからは貴方とずっと一緒に居られるんですね。両親から忌み子のような扱いを受け、別邸での生活を強制されていましたが、今となってはそれは幸運です。貴方と出逢えた。覚えてますよね?僕たちが7歳の頃、夜の神社で運命的な出来事がありました。貴方は砂利で転んだ僕に『大丈夫?』と声を掛けてくれたんです。血を拭いて、手当てまでしてくれました。貴方の踊り子の姿……目に焼きつくように美しかった。この世にこんなにも美しい人間が存在するのかと見惚れてしまいました。実は貴方のことは3歳の頃から見てたんです。他人の目を気にせず堂々とされている姿に心を奪われてました。貴方は僕の憧れです。まさか貴方から声を掛けてくれるなんて思わず、当時は天にも昇る心地でした。玄関の植木鉢の下に鍵を忍ばせて、家に招待してくれましたよね。僕は確信しました。貴方は僕と同棲したいのだと。…残念ながら貴方のご両親は賛成してくれませんでしたので然るべき対応を取らせて頂きました。貴方は喜びのあまり泣いてましたね。可愛らしい姿に興奮しました。ああ…っ、申し訳ございません。また僕ばかり喋ってしまいました。ふふふ。こんなやりとりも懐かしいです」
恐怖に震えていると、縋るような指先が首に絡みついた。
彼は病んだ目元を三日月に歪ませる。
「愛してます。幸せになりましょう?」
指の力がグッと強さを増した。否定すればどうなるのか。本能的なものだろう。俺は直感した。口をぱくぱくと開閉させて、ゆるゆると頷けば、彼は破顔する。涙を舌で拭われ、そのまま唇が重なった。
その後、俺は死ぬまで、彼以外の人間と話すことはなかった。鼓動が止まるその瞬間まで、彼の異様な視線から逃れることはできなかった。
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