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しおりを挟む『―様、どうして貴方は私だけを見てくださらないのでしょうか』
…ああ、またこの夢か。
夢の中で、俺はそう思った。
『私はこんなにも貴方を愛しているのに』
夢と気付きながら見る夢を“明晰夢”というらしい。
小学生の高学年頃だったか。俺は突然こんな体験をするようになった。
まるで映画の中に放り込まれたような感覚だ。日によって見る夢は異なる。しかし不思議なことに、同じ人物が見ている景色という点は変わらなかった。夢の中で、俺はいつも同じ呼び方をされている。
“殿下”、もしくは―…
『カイ様、愛しております。いっそ貴方を閉じ込めてしまいたいほどに…』
今日の夢は夜のようだ。蝋燭の灯りだけで照らされている西洋的で豪華絢爛な部屋は、花のような甘い香りが充満し、怪しい雰囲気が漂っていた。
『…見てくださいませ。これは貴方に色目を使った侍女の眼球でございます。ふふ、濁っていて、汚い色。貴方もこれが醜いと思いますでしょう?』
カイと呼ばれた男はベッドの上で枕を背にして座っている。衣類は纏ってない。裸だ。肌はわずかに汗ばんでいて濡れている。
そしてカイの傍にいる女もまた裸だった。先程から歌うように言葉を紡いでいるその女は、カイの腕を抱きながら豊満な胸を押し付ける。
そして見せつけるように掲げられた彼女の片手には人間の眼球と思わしきものが転がっていた。
気色の悪い光景に目を逸らしたかった。しかし夢の中で、俺は自由に動くことはできない。あくまで俺は、カイという男の視点を見るだけだ。カイはしばらく眼球を見下ろした後、部屋の奥に目を向けた。
蝋燭の灯りは部屋の奥まで照らしていない。しかし薄らと、部屋の隅で何かが蠢く影が見えた。
…人だ
部屋の隅には人間が転がっている。その影は異様だ。自由に動ける様子じゃない。恐らく、手足を縛られ、猿轡をされてるのだろう。その人は体をくねらせて『ううっ、ううっ…!』と涙の滲む声を必死の様子で溢していた。
近くで溜息が落ちる。
『片目を抉り取っても元気なこと…。害虫はしぶといと聞いたことがあるけど本当ね…』
カイの腕を抱いた女は冷たい声でそう言う。
『…そこで無様に這いつくばりながら見てなさい。カイ様が私を愛してくださるところを』
女は手に乗せていた眼球を床に投げ捨てる。次に、汚らわしいと言わんばかりに、手を軽く振るい、ベッドサイドのテーブルにあったハンカチで指を丁寧に拭った。
そうしてカイに向けて極上の甘い笑顔を浮かべる。
『カイ様、続きを致しましょう』
女はそう囁いて、カイの肩を押し倒した。
◆
「……」
俺は開けたロッカーの中を見つめて、小さく息を吐いた。
…今日は一段と派手にやってくれたな…
勉強道具や教科書を収納するロッカーは、下駄箱がある玄関を少し進んだスペースに設置されてる。そこで、いつまでも突っ立ってるのは俺くらいだった。他の生徒は怠そうにしながらも、今日の授業に必要なものを手に取って、さっさと自分の教室に向かう。
俺もそうしたいところだが、出来なかった。ロッカーの中はぐちゃぐちゃに荒らされていて、目当ての教科書がなくなっているのだ。教科書だけじゃない。筆記用具も何本か消えていた。そして、ノートの切れ端のような紙が乱暴に置かれている。そこにはこう書かれている。
《調子に乗るな》
「……乗ってねぇよ」
…てか何に対してだよ
呆れたように呟いた。
とりあえず残った筆記用具とノートを掴んで、教室に向かう。するとトンッと肩を叩かれた。
振り返れば、眼鏡をかけた少年が立っていた。俺と目が合えば、彼は太陽のような笑顔を浮かべる。
「洸太、おはよ!」
「ああ、後藤か。…はよ」
「…え。元気なさすぎだろ。てか顔色あんま良くなくね?せっかくのイケメンフェイスが台無しだぞ」
そう俺の顔を覗き込む男は、陸上部のマネージャーの後藤だ。元々、後藤は陸上部の選手だったが目の怪我が原因で引退した。しかし「陸上部に関わることがしたい」という本人の希望もあり、マネージャーを務めてもらってる。人の世話が好きだという彼は、部員にとって兄貴みたいな存在だ。
「寝れてねぇの?」
「……いや。寝てはいるんだけど…」
後藤は、俺が三浦の件を引きずってると思ったようだ。「まあ、そう簡単に切り替えられねぇよな…」とボソリと呟く。
「じゃあ、また放課後な」
そうして後藤と俺は、他愛もない話をしながら、2年生の教室が集まるフロアに到着した。後藤は普通クラスなので、俺とは別の教室だ。
手を振って背を向けた後藤に、俺は「ああ、そうだ」と声を掛けた。
後藤は首を傾げながら振り向く。
「どうした?」
「後藤。今日、情報の教科書使う?」
「ん?…情報は4限目にあるな」
「…悪いんだけど3限には返すから教科書貸して欲しい」
「なんで?自分のは?」
通常の学校と違って、この高校は全寮制だ。寮に教科書を忘れることはあっても、寮と校舎は近いので取りに行けばいい。だから“教科書を借りる”というやり取りは、この高校ではあまり見られない。
だからか、後藤は不思議そうな顔をしていた。
「…消えた」
「あーそうだよな、教科書ってたまに足が生えて脱走することあるよなー…ってアホ。消えるわけあるか」
「……」
後藤は何か察した様子だった。
「ほら、謝礼品は売店のピザまんでいいぞ」
「…ありがと。肉まんも付けるわ」
「あははは、冗談だよ。洸太ってそういうとこ義理堅いよな」
肩をすくめて笑った後藤は壁掛けの時計をチラリと見る。まだ言いたいことがありそうだが、あまり喋ってる時間がないと思ったんだろう。俺が教科書を受け取ると「部活始まる前にちょっと話そうぜ」と慰めるように、ポンッと肩を叩いた。その気遣いに、胸の辺りがじんわりと温まる。しかし心配を掛けてしまった申し訳なさも湧いた。
「…?」
瞬間、振り返る。背後から刺すような視線を感じたんだ。
「なら4限目までには返してな。情報の先生、陰湿じゃん?教科書忘れたなんて言ったらぜってぇネチネチ嫌味言って成績落としてくるからさ」
「あ、ああ…」
しかし廊下には視線の主は見当たらない。俺はぎこちなく頷いて、自分の教室に向かった。
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