春一番が吹く前

ハサブ

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春一番が吹く前

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中二になると学校生活は落ち着いてきて、僕たちの学校では恋愛が流行った。僕のクラスにも付き合いはじめたカップルがいたものの、僕は遠くから見ているだけだった。
 サッカー部に剛というエースがいた。サッカー部のキャプテンでポジションはフォワードで、僕らの地区の得点王だった。容姿もハンサムで、とても女子からモテた。何人もの女子の告白が噂されていた。剛は僕の目標だった。でも、なぜか剛に彼女はいなかった。そして、剛と僕はなぜか馬が合った。最初はサッカー部の六人ぐらいで遊んでいた。それも自然と分かれ、いつからか剛と僕はずっと喋っていた。剛はイイ奴だった。親切で、相手を常に気遣っていた。たとえば僕はある時ラグビーにはまったのだが、剛をラグビー観戦に初めて誘ったとき、剛はルールさえ知らなかった。しかしそのラグビー観戦当日、剛は僕よりラグビーについて詳しかったのだ。その時は感激したとともに、ちょっと悔しかったが、いまから思えば僕のために必死に調べてくれたのだと思う。
 そんな、セミがうるさく鳴く日だった。剛と他愛のない話をしていると、急に剛が切り出した。
「あのさ、明って好きな女とかいる?」
「んーいないよ。今のところは」
「実はな俺、1年の時からあの子好きなんだよ」
剛はグラウンドの横に立つ彼女を指さしながら言った。
「あれって俺と同じクラスの?まさかそれで女子の告白振ってんの?」
剛は照れながら言った。
「まあ、そう。それで相談なんだけど、どうすればいいと思う?」
「剛なら女にモテるし大丈夫だろ」
「いやいや告白してきたやつ全員タイプじゃないんだって」
「そういうこと言ったら可哀想だろ」二人で笑いあった。
 それまで彼女と僕は委員会が同じで少し喋った程度だった。しかしそれから、なぜか僕は彼女ばかり見てしまっていた。時折目があった。彼女は可愛かった。剛が好きになるのも分かった。でも、別に彼女に僕がアプローチすることはなかった。僕の中で彼女は「剛のもの」だった。
二学期になって、なんと僕と彼女は席が隣になった。この時、剛に彼女の好きな人を聞き出すと約束した。剛はすごく喜んだ。一年の時彼女と同じクラスだった剛は彼女とかなり仲良くなったが、まだ「告白ブーム」の前で、大事な一歩を踏み出せなかったらしい。それを聞いて僕は、彼女の好きな人を絶対に聞きだす、と誓った。
 僕と彼女は日が経つたびに仲良くなった。いろんなことを聞き出した。彼氏はいないこと、スポーツが出来て優しくて、話が面白い人が好きなこと。そこで気づいたことがあった。彼女は、よく笑った。そして、その笑顔もとても可愛かった。ただ、まだ聞いてないこともあった。そう、剛と約束したことだ。僕は正直、剛との約束がなければ聞きたくなかった。彼女は僕にとって、世界で最高の女性だった。彼女は僕の、初恋の相手だった。そしてその恋を、一瞬で打ち砕かれるのが嫌だった。僕は次の席替えまで、ついにその質問をすることができなかった。
 駅前のサンタとトナカイのイルミネーションに一年ぶりに明かりがついた日、僕は剛に謝り、その質問が出来なかったことを言った。剛は、そんな気にすることないじゃん、とからからと笑いながら言った。
 三学期が始まって十日ぐらいだったと記憶している。この街に久しぶりに雪だるまが出来た日だった。僕は、彼女に体育館裏に呼び出された。あの質問を聞き出すチャンスだ、と思った。いやもしかしたら剛への告白に協力してほしいということかもしれない。そう思いながら行くと、彼女にあの言葉を言われた。不意打ちだった。夢のまた夢、そんな言葉だった。でもその言葉は夜寝る前に、こんなことを言われたらいいなと思っていた言葉でもあった。
 翌日から僕と彼女は一言も話さなかった。気まずかった。僕は返事を保留した。嬉しいのに、好きな人で、初恋の相手なはずなのに、すぐに返事が出来なかった。大事な親友を失ってしまう気がした。きっと僕と彼女が付き合っても、剛は自分のことのように喜んでくれるだろう。でもそんな剛を見るのが嫌だった。剛には僕の親友であり、目標であってほしかった。僕は彼女を「剛のもの」として好きだったのだ。彼女を愛していたのではなく、「剛が好きだから」彼女を好きになったのだ。それなのに付き合ってしまっては、誰も幸せにならない。
 あの日。僕はあの時の返事をする、と彼女を校舎裏に呼び出して、ごめん、とだけ言った。彼女はえ、という表情をしてそのあと悲しそうな顔をし、納得したようにうなずいて、髪をなびかせて走って行った。僕は一人残されると、景色が歪んで見えた。頬に温かい水玉がこぼれ落ちてきて、アスファルトの上に水たまりができた。生まれて初めて、自分でも理由がわからない涙だった。暦の上では春だが、まだまだ寒い、そんな日だった。
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