おしごとおおごとゴロのこと そのさん

皐月 翠珠

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ぐろーばる、未知の世界っす

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「Hello,everyone!I'm Dotty Dolce's super rookie!」
「す?」
 突然謎の言葉を高らかに話し始めたどってぃーに、ゴロはキョトンと野菜を切っていた前足を止めた。
「どうかしたっすか、どってぃー先輩?」
「むふーん、上手いやろ。今ようえんちで習ってんねん」
「す?す」
「何やねん、ぬいングリッシュ知らんのか?」
「ぬいングリッシュ…?」
「外国の言葉さー」
 マカロンを頬張っていたシロが助け舟を出してくれる。
「外国の言葉、っすか?」
「さー。外国全部がその言葉を日常的に話すわけじゃないが、世界でも通用するポピュラーな言葉さー」
「チッチッチ。ポピュラーやない、popularや」
 舌の音に合わせて人差し指を左右に振り、シロの言った言葉をやたらカッコ良く言い直すどってぃー。
「これからドルチェ全体でも積極的に世界を股にかける人材を育成していこうっちゅー事務所の意向でな。研究生の内からネイティブなぬいングリッシュを学ばせようって事で、語学の授業が追加されたんや」
「す、おかえりなさいっす、ぽってぃー先輩」
「ネイティブちゃう、nativeやであんちゃん」
 弟の指摘にわかったわかったと苦笑しながら、帰宅したぽってぃーは話を続ける。
「ぬいデミー賞みたいな世界的な賞を受賞するんは、やっぱりぬいングリッシュが使われとる作品が多いし、そういう作品に出るにはやっぱりネイティ…あー、nativeな発音ができる事は必須やからな」
 自身の視線に気づき、きれいに発音し直す兄にどってぃーがうんうんと満足そうに頷く。
 事情を聞いたゴロは、なるほどと納得する。つまり、どってぃーは習いたての言葉を披露したくてたまらなかったのだろう。故郷の弟達も、何か新しい事を覚えるとこぞって見てくれとせがんできた事を思い出し、微笑ましい気持ちになる。
「どってぃー先輩、おいにも何か教えてくださいっす」
「え~?しゃーないな、特別やで。同じグループのメンバーやからな、自己紹介ぐらいできんとまいが恥ずかしいし教えたる」
 仕方ないと言いつつも、頼られた事に満更まんざらでもないどってぃーは自信満々に胸を張る。
「まず挨拶やな。Hello(よっ).」
「は、はろー」
「ちゃう、Helloや」
「へ、へろー」
「ゴロ、お前センスないな」
 本当の事なので反論しようもないが、正直な感想がサクリと胸に突き刺さる。だが、外国の言葉というだけあって発音そのものがもう普段使っているそれとかなり違う。"は"とも"へ"とも異なる、その微妙な発音はどうやったら話せるのか。まずそこから教えてもらいたい。
「しゃーないな。ほな、次は自分の名前や。I'm Dotty(まい、どってぃーっていうねん).DottyのとこをGoroにして言うねん」
「あ、あいむゴロ、っすか?」
「ん~、もっと大胆に!I'm Goro.」
「あ、あ~いむゴロ!」
「ちゃう!I'm Goro!や!」
「あい~む、ゴ~ロ!」
 結局、そのまま始まったぬいングリッシュ講座はどってぃーが飽きて夕飯を催促するまで続くのだった。



「ほんでな、ほんでな、その後らいおん丸がパフォーマンス…あ、performanceを適当にしてたから、まい注意したってん」
「す、そうなんすね」
「シロ~!そのチョコケーキ…あ、chocolate cakeまいも食いたい!」
「さー、これはおらのもんさー。それらしく言ったって譲らんさー」
「くく、お前のプロデュース…あ、produceしたoriginal goodsもっとカラバリ…あ、color variationいっぱい出せや。色んなチョイス…あ、choiceできた方がええやろ」
「何でくぅに対してだけぬいングリッシュ全開でケチつけてんの⁉」
 ぬいングリッシュ教育の効果は絶大だった。普段使わない言葉を話すというのがどってぃーの中で何かカッコいいものとして認識されたらしく、毎日ウキウキと幼稚園へ出かけていってはほくほく顔で帰ってきて新しく覚えた単語を披露する。ゴロは律儀に付き合っていたが、シロやくくなど元々他人への関心が薄い面々は毎日この調子で絡まれて見るからにうんざりしていた。
「今日のお夕飯はシチューっす」
「シチュー…あ、stew!I love stew(まいめっちゃシチュー好き)!I want to eat a lot of meat(肉いっぱい入れてな)!」
「えっと…た、たくさんよそうっすね」
 何を言っているのかはさっぱりだが、何をしてほしいのかは何となくわかるので曖昧に笑ってやり過ごす。期待通りたっぷりの肉を入れてもらったどってぃーは、誰の目から見てもご機嫌だった。
 全員揃っていただきますをして賑やかな夕飯が始まる。
「今日のレッスンはなかなかいいとこ行ってたんちゃうか?ターンのタイミングがピッタリ合っとったで」
「ほ、ホントっすか?」
「なぁなぁなぁなぁなぁ、まい今日ようえんちでスピーチ…あ、speechしてん!聞きたい?聞きたいやろ?」
「る、は、はい、聞きたいです」
「まいは歌とダンス…あ、danceが得意や!まいスーパールーキー…あ、super rookieやからな!あと、何より食う事がめっちゃ好き!特に肉!この世界の肉、全部まいが食うんや!デザート…あ、dessertはもちろん別腹やで!」
「こら、どってぃー。行儀悪いやろ。椅子の上に立つな」
 すっかりぬいングリッシュに夢中になっているらしい。果たしてこれをぬいングリッシュと言っていいのかは微妙だが、リスのように肉で頬袋をパンパンにしながらスピーチをするどってぃーをぽってぃーがたしなめるが、当の本人は兄を見下ろし肩をすくめる。
「Uh,huh?(へっ)」
「~~~、あのなぁ…」
 小馬鹿にしたように鼻を鳴らすどってぃーに、ぽってぃーはハァとため息を漏らす。
「ええか、どってぃー。ぬいングリッシュを勉強してるんは、世界でも活躍できるようにするためや。けど、言葉を話せるからって偉いわけやないんやで。あんまり天狗になったらアカン」
「I love meat~♪」
「こら、聞け!」
 全く聞く耳を持たず、オリジナルの歌を歌い出すどってぃー。
「あ、ゴロお前ニンジン入っとるやんけ。I hate vegetable.I hate carrot(野菜嫌~い、ニンジン嫌や~)!」
「さー」
「ちょっとどってぃー先輩!」
 苦手な野菜を見つけたどってぃーは、ヒョイヒョイと器用にニンジンだけをつまむと隣に座っているシロやくくの皿に入れていく。入れられた方は顔をしかめたり抗議の声を上げたりしているが、これも完全にスルーである。
「るっぴーにもやるわ。特別やで」
「るっ」
 ところが、斜め向かいに座っていたるっぴーの皿にも入れると、前者二人とは全く違う反応が返ってきた。
 普段俯きがちな視線は、真っすぐにどってぃーを見つめている。
「何やねん、るっぴー。お前ニンジン好…」
「好きです」
 食い気味に答える顔は見た事がないほどキラキラしている。それを見たどってぃーは少したじろぐが、いいカモを見つけたとばかりにニマーッと笑った。
「しゃーないな。そんなに欲しいんやったら、お前の肉と交換で全部やったってもええで」
「本当ですか?取り分けますね」
 そう言って機敏に動くるっぴーの姿を見ていると、どこかの誰かのクマに対する狂気を思い出す。
「…Oh.」
 思わず零れた言葉を最後に、どってぃーのぬいングリッシュはこれ以降しつこく披露される事はなかったという。
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