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おしごと、奥が深いっす

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「ただいま…」
「ぽってぃーさん!」
 帰宅するなりゴロのドアップに出迎えられ、ぽってぃーは驚きのまま体をのけ反らせた。
「ど、どうしたんや、血相変えて…」
「ここここれ!」
 ずいと目の前に何かが掲げられる。ゴロが持っていたのは、一枚のDVD。タイトルには"ドルチェ・パーティー"と書かれており、パッケージにいるのはぽってぃー達ドルチェの所属タレントだ。一つ特筆するとするならば、彼らの姿が写真ではなくイラストで描かれているという事だろうか。
 ぽってぃーはそれを手に取ると、ああと何でもないように言った。
「これ一期の時のやつやな」
「一期⁉」
「ちょっと前にアニメ化したんよ」
「アニメ…!」
 上京してから幾度いくどとなく落ちた衝撃の雷が、またしてもゴロに襲いかかる。ふるふると震えるゴロにカバンを預け、ぽってぃーは除菌シートで汚れた足を拭きながら話を続ける。
「元々子供向けに作られたものやけど、大人にもウケ良くてな。これまでに四期まで放送されてて、年明けに五期が制作決定しとるわ。今はその打ち合わせもあるし、アフレコもせなアカンから結構バタバタしとってな」
「そんな事になってたんすね。おい、憧れていると言っておきながら何も知らなさすぎて申し訳ないっす。ファン失格っす」
 しょぼんとするゴロに、ぽってぃーが微笑む。
「別にファンやから言うて何もかも把握せなアカン決まりはないし、推し方は人それぞれやからな。正直な話、ハウスキーパーを募集した時も自分がどれだけファンかっちゅーアピールをしてくれる人は仰山ぎょうさんおったんよ。もちろんそれはありがたい話やねんけど、わいの家に住み込みで働いてもらう以上ミーハーな気持ちでおられると困るからな。企業秘密もたくさんあるし、わいだけじゃなく他のドルチェのタレントにお近づきになりたいなんちゅーのもおるのはおるから、ぶっちゃけゴロぐらいの気持ちでおってくれる方がこっちとしては安心やったんや」
「そ、そんなもんっすか?」
「そんなもんや。わいはゴロに来てもろて良かったと思っとるで」
「す」
 思いがけない言葉にポッと頬を染めるゴロに腹減ったわと伝えると、急いで準備するっす!という元気な返事が返ってきた。



「ゴロ、ちょっとええか?」
 後片付けをしていたゴロは、風呂上がりのホカホカした湯気の上がったぽってぃーに声をかけられIHコンロを拭く手を止めた。
「何すか?あ、シャンプーとか切れそうだったっすか?」
「ああ、ちゃうちゃう。これ渡そうと思てな」
 首にバスタオルをかけたままのぽってぃーが差し出したのは、大きな紙袋。受け取るとズシッとただならぬ重さを感じる。
 中を覗いたゴロは、驚きに目を丸くした。
「こ、これは…!」
 カラフルなパッケージに書かれた文字は"ドルチェ・パーティー"。それもさっき自分が見つけた一枚だけではなく、オシャレなデザインの箱に十枚ちょっとのDVDが収まっていた。
「一期から四期までのコンプリートBOXや。良かったら見てみ」
「こ、コンプリートBOX…!」
 一枚ずつ丁寧に取り出して見てみると、三枚ごとにタイトルに番号が振られ、最後の一枚には"総集編"と書かれている。
「ありがとうございますっす!なるべく早くお返しするっす!」
「いや、ええよ。やるわ」
「す⁉いや、そんなわけには…!」
「構へん構へん。まだあるし、興味持ってくれてたみたいやから。また感想聞かせてくれたら嬉しいわ」
 ぽってぃーの言葉にコクコクと頷き、喜びを伝える。
「ほんまはステージのグッズとかもあげたいんやけど、事務所の規定が厳しくてな。堪忍やで」
「す、とんでもないっす!十分っす!」
「ゴロの故郷は電気が通ってへんのやったな。テレビがないっちゅー事は、ドルチェ・パーティー以外のアニメも見た事ないんか」
「そうっすね。よくおつかいに行っていた町でも、ニュースしかチャンネルがなかったっす。ドルチェ・ステージの映像が放送されたのは奇跡だったっす」
 湯上がりぽってぃーのためにいちごミルクをコップにぎながらそう話すと、改めてすごい所やなと笑いが返ってきた。
「今はまだ余裕ないかもしらんけど、時間持て余すようになったらNuiTubeぬいチューブとかNui-NEXTぬいネクストとかアカウントあるし、好きに見てええで。ドルチェチャンネルも入っとるから、過去のステージ映像も全部見れるしな」
「ぬ、ぬい…何すか?」
 初めて聞く単語が羅列られつされ、大量のはてなマークが洗濯機のように回っているゴロにあ、と頭を掻く。
「そうか、せやな。普通のテレビでもニュースしかチャンネル知らんのにサブスクなんか未知の領域やな」
「さ、サブ、っす?」
「簡単に言うと、月々で決まった料金を払えば見逃した番組も過去の番組も、あとはそのチャンネル限定の番組も観れるサービスや。テレビだけやのうて、パソコンやスマホでも観れるんがポイントやな」
「み、未来っす…都会は未来の世界っす…」
 説明の九割は理解に至らなかったが、やはり都会は違うという一割の事実だけは辛うじて握り締めた。
 一日でも早くここでの暮らしに慣れようという決意を改めて胸に秘めたゴロは、ふと浮かんだ疑問をぽってぃーに投げかけた。
「ぽってぃーさんにも憧れはいるんすか?」
「わいか?」
「す、たまに何かの歌を口ずさんでますが、その時のぽってぃーさんがとてもご機嫌なので気になってたっす」
「な、何や、聞かれとったんか。恥ずかしいな」
 そう言いながら、ぽってぃーは照れを隠すようにいちごミルクのグラスを傾ける。
「あの歌は誰の歌なんすか?」
「お、興味あるか?」
 ちょっと待っとれ、と自分の部屋へ行きすぐにスマホを手に戻ってくる。
 そのまま画面を何度か操作すると、これやと嬉しそうにゴロに見せた。
「きゅ、きゅん…?」
「"きゅん☆love'sプラッシュきゅんらぶすぷらっしゅ"、今話題のゲームでな。流行りを把握しよ思て軽い気持ちで始めたんやけど、気ぃついたらどハマりしてしもたんや」
 映っているのは可愛らしい衣装を着たたくさんの女の子のぬいぐるみ。ドルチェのパフォーマーのようにキラキラしているその画面を見たゴロは、こてんと首を傾げた。
「どんなゲームなんすか?」
「キャラクターを育成しながら色んな仕事のプロを目指すんや。わいは今、このエリスっちゅーキャラをスーパーモデルにしようとしとってな。このゲームのテーマソングがめちゃくちゃ良くて、更にプロになれたら開放されるそのキャラのキャラソンもええのがいっぱいあるんや。エリスだけでももう五曲も聞いたけどどれも神曲やったわ」
 ウキウキとゲームの話をするぽってぃーの表情はステージに立っている時とは違う輝きに満ちていて、彼がどれほどこのゲームが好きなのかがよくわかる。わかるのだが…
「い、育成、プロ?キャラソ…紙曲?」
 次々と飛び出す聞き慣れない単語に、ゴロの頭は完全にショートしていた。
 それを見たぽってぃーはハッと我に返り、恥ずかしそうに頬を染める。
「す、すまんな。つい熱くなってもうた。推しの話になると暴走してまうのが悪い癖や」
「い、いえ。ぽってぃーさんにも推しがいるのには驚いたっすが、ちょっと嬉しかったっす」
「嬉しい?」
「す、何だかぽってぃーさんに近づけたような気がして…あ、ほ、ほんのちょっぴりっすけど」
 自分なんかと一緒にされたくないだろうかと慌てるゴロの姿に、ぽってぃーはハハッと笑う。
「わいもステージを降りたらただのぬいぐるみやからな。するとなったらもちろん全力やで」
「?プライベートなのにお仕事っすか?」
「ああ、ちゃうちゃう。"推し事"いうてな、推しを応援する活動する事を仕事と掛けてそう言うんや」
「す、じゃあおいも推し事してるっすかね?」
「せやな。しっかり応援してもろてるわ」
 二人の間になごやかな空気が流れる。
 憧れの存在にも推しがいた事を知ったゴロは、その後ぽってぃーの勧めで同じゲームアプリをダウンロードしたのだった。
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