古の巫女の物語

葛葉

文字の大きさ
28 / 32
最終章

2話

しおりを挟む

 あと数日で夏休みが終わるという最後の週末。
 光留は蝶子と共に凰鳴神社の社殿内にある一室で向かい合っていた。
「で、鳳凰を殺すって、算段はあるわけ?」
「算段っていうか、母様は別に死にたくないわけじゃないと思うのよね。わたしに守り人が見つかったから、今回はちゃんと殺されてくれると思う」
 蝶子は出された麦茶に入っている氷をストローでかき混ぜながら答える。
「あー、確かに、そう言うところあるよなぁ」
 唯はもうとっくに自分が生きることを諦めている。だけど、愛娘である揚羽の魂が心配なのだ。
 彼女自身、何度も記憶を持ったまま転生していて、魂はボロボロだ。今生で唯を殺せなければ、母娘ともに消滅もあり得る。
 逆に殺せれば、役目を全うしたことで来世に記憶は引き継がれない。正真正銘新しい人生が始まる。
「そうだ。月夜はあれからなんか言ってる?」
「自分の父親を呼び捨てって……」
 光留の前世である月夜は、蝶子の前世――揚羽の実の父親だ。残念ながら彼は揚羽が生まれる前に処刑されており、我が子をその目で見ることなく去っている。
 故に、娘である揚羽の中では父親という存在が曖昧だ。
「だって実感ないんだもん。神様から母様についてはいろいろ教えてもらったけど、父様については何にも」
「鳳凰からも聞いてないのか?」
 唯なら月夜の話をたくさん聞かせてくれると思うのだが、そんな時間すらなかったのだろうか。
「そういうわけじゃないけど、主観が入りすぎてわからないわ。というか、妹が可愛いのはわかるんだけど、手を出すのってどうかと思うのよねぇ」
 実の娘でありながらとても辛辣だ。
 年頃の娘の反応と言えばそうなのかもしれないが、月夜が泣きたくなる気持ちもわかってしまう。
「まぁ、手を出してくれたおかげでわたしがいるわけだけど」
 実の兄妹の間に出来た娘という複雑な家庭事情にどこまで首を突っ込んでいいのか。
 しかし、光留の前世は当事者なので首を突っ込まずにはいられない。
 光留はこれ以上関わりたくないとばかりに脱線した話を戻そうと試みる。
「そういや、お前の守り人になるのが俺の為でもあるとか言ってたな」
「ええ、言ったわ」
「それとなんか関係ある?」
「あるかもしれないし、無いかもしれない」
 蝶子はじっと光留を見る。
 正しくは、光留の魂の状態を視ているのだが、美少女に見つめられるというのはやはり慣れない。
「月夜は、鳳凰が死んだ瞬間に俺から離れるって言ってるけど、どうやって、とかは……」
「確かに、それだけ分離が進んでるなら光留の魂が多少欠けてたとしても、わたしでも修復可能な範囲ね。でも、魂の分離って神様でもなければそんなこと……」
 蝶子はこてんと首を傾げる。それから徐に日本刀を取り出す。
「これ、私が神様から貰った刀なの。これで母様を殺せるって話だけど、あなたから見て何か感じる?」
 光留は言われた通り刀をじっと見てみる。確かに何かの力を秘めているようには見えるが、その正体を掴めるほど、光留の知識は追いついていない。
「いや?」
「そう。……でも月夜ならわかるんじゃないかしら? 聞くことは可能?」
「まぁ、蝶子の言葉なら聞いてくれそうだけどな」
 光留は目を閉じると心の中で月夜に問いかける。
 ――鳳凰から貰った刀、か。……なるほどな、俺が神だった頃の権能がそれに少し宿っている。あぁ、そう言うことか、だから神などいうのは嫌いなんだ。
「権能って……」
 ――俺は元は名もないくらい力の弱い神だが、それでも一つだけ持っていた権能がある。それが”縁切り”だ。揚羽ならこの意味が分かるだろう。
 あとは彼女に聞けとばかりに月夜はまた潜ってしまった。
「どう?」
 目を開ければ蝶子が興味津々といった様子で尋ねてくる。
 光留は月夜の回答をそのまま伝えると、ぱちくりと目を瞬かせる。
「ってことは、ある意味これも月夜の形見なのね」
 自分の愛刀をしげしげと眺める。
「神様――鳳凰神は縁結びの神様って聞いたことある? 厳密には違うのだけど、そう伝わっているのは鳳凰神が番の神様で雌雄一体だからでしょうね。で、その反対なのが”縁切り”の神様なのよ」
「じゃあ、その刀が月夜の神だった頃の権能と同じ力があるってことは……」
「そう。この刀の本当の力は、母様を殺すことじゃなくて、母様と呪いの縁を切るのよ。そして、あなたと月夜の分離も同じ。月夜がその権能をどこまで使えるのかはわからないけど、それを使ってあなたとの魂を切り離すつもりだわ。だけど、月夜は既に一度人間に生まれ変わって、二度目の転生である今生で、光留という新たな生を持った人間がいる。神だった頃の力は相当弱まっている今、一歩間違えばあなたとの分離は失敗し、光留も含めて転生すらできなくなる。だから多分、出来るのは一度限りね」
 蝶子の解説で光留はやっと理解した。
「そうだよな。あの月夜が鳳凰を悲しませるようなことするわけないよな……」
「まぁ、愛が深いのは悪いことじゃないけど、ちょっと怖いと思っちゃうのよね」
 蝶子が光留の胸を指さす。
「光留の魂って正確には月夜の大きすぎる力から零れた力の一部が形を成したものだと思うの。想像でしかないけど、壁があるのも月夜の魂との癒着が進めばあなたの身体が持たないからでしょうね。そして、月夜の魂には強い縛りがあって、その鎖は母様に続いている。来世でも決して離さないっていう、すごい執着の現れ」
 それを聞いて光留はゾッとした。
 唯のことはいまだに全て吹っ切れているわけではない。でも、仮に結ばれたとしてそこまでしたいか、と聞かれれば答えはノーだ。
「神様って執着心とか結構強いのよね。しつこいとも言うわね」
 部屋の隅で静かに聞いていた落神の白狐が、ビクリと震えるのが光留から見えてしまった。
 落神も元神様であり、白狐は揚羽が転生するたびに探し出しては仕えるということをしていたので、これもある種の執着だろう。
 健気と言えば聞こえはいいが、娘のようにかわいがっている少女の言葉で言われると若干傷つく。
『ソウカ、シツコイ……カ……』
「え、あ、違うのよ! 父様、落ち込まないでっ!」
 蝶子が慌ててフォローするが、白狐はしゅんとしていてなんだかちょっとだけ可愛く見える。
「こほん、とにかく慌てる必要はないと思うの。母様の居場所はわかっているし、光留の家も多分知っているのよね?」
「多分な。まぁ、知らなくてもこの神社の近くで槻夜って苗字はうちしかないからすぐわかるだろうし」
「なら、問題ないわ。月夜の準備が出来たら決行しましょう」
 蝶子はにっこりと、まるでお祭りに行こうとでも言うかのように明るく宣言した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

処理中です...