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第二章
第19話
しおりを挟むティルスディア宛に手紙を送って半月後、彼女から返信が届いた。
きっとお断りの手紙だろう。
あの日会ったシャーロットの怒り具合から考えて、寵妃を他の男と会わせるとは思えない。
もともと、断られる前提だった。
しかし、開けて見れば予想外にも王宮へ招待するというものだった。
なんでもシャーロットが火山の研究に興味を持ったとかで、国王同席のもと、ルーディアを茶会に招待したいという内容だ。
「さすがに2人きりは無理だよなぁ」
ティルスディアはシャーロットの側室だ。結婚して3年経つが未だシャーロットとティルスディアの間に子供は出来ない。サマギルム島での2人の様子を見る限り、夫婦仲が悪いわけではないのだろう。シャーロットがティルスディアを溺愛しているのは傍目にもわかりやすかった。
そんなシャーロットがティルスディアと自分以外の男を2人きりにするとは思えない。
何か裏があるのか。まさかサファルティアを暗殺しようとしているのがバレたか。
しかし、捕縛しようにも証拠らしい証拠は無いはずだ。それ故に探られてくるかもしれない。
「いっそ断ってくれればいいのに……」
王都に行くなんて、今のルーディアにとって数年に一度程度だ。行く機会がなければ、こんなこと考えなくて済んだのに。
けれど、王家の招待を断るわけにはいかない。理由もなしに断れば社交界に居づらくなる。
それは、養父母にとってもよろしくない。
ここまで来たらやるしかない。
ロクドナ帝国は遅かれ早かれシャルスリア王国に戦争を仕掛けるきっかけが欲しいはずだ。その為の手段として、養父母を利用されるのだけは嫌だった。
ルーディアは招待を受けると返信した。
それから2週間後、ルーディアは王宮の庭にあるガーデンテラスでシャーロットとティルスディアに迎えられ、茶会が始まった。
最初は緊張したものの、研究成果である火山について話すのは楽しかった。
シャーロットもティルスディアも国のためにと真剣に考えてくれている。そんな2人を裏切るのが心苦しくて仕方ない。
茶会が始まって1時間ほど経過した頃だろうか、ティルスディアにひとりのメイドが近づき何かを囁く。
ティルスディアは驚いたように一瞬だけ目を見開くと小さく息を吐く。
「申し訳ありません、陛下、ルーディア様。少々所用が出来ました」
「火急か?」
「はい。どうやら陛下にお渡しした書類に不備があったとかで。申し訳ありません、わたくしの不手際です」
ティルスディアが提出した書類に不備があったらしく、申し訳なさそうにシャーロットを見る。
しかし、シャーロットは気にした様子もなく、ティルスディアを優しい目で見る。
「いや、私の方でも確認を怠ったということだ。わかった。また後で報告に来てくれ」
「かしこまりました」
ティルスディアが退席し、姿が見えなくなるころシャーロットがルーディアと向き合う。
「すまないね、こちらの事情で呼んでおきながら」
「い、いえ! その、こちらこそ……。まさか陛下達に興味を持っていただけるなんて、恐縮です……」
言いながらも、去ってしまったティルスディアが気になり、つい目で追ってしまう。
「……私のティルが気になるか?」
目ざとく見つけたシャーロットが自分のものだと強調する。
見られているとは思わず、つい驚いた声をあげてしまう。
しかしわざとらしく見えてしまうのも良くない気がして、正直に話す。
「とても、美しい方ですね。噂はガリア公国でも聞いていましたが、とても庶子とは思えません……」
「ティルはキャロー領前領主の遠縁にあたる娘だが、身寄りがなくてね。けれどあの美しさと聡明さに、私はひと目で心を奪われたんだ」
「キャロー領前領主様、ですか……?」
セカンドネームから薄々そんな気はしていたが、だからといって彼女を巻き込むつもりはない。
「ああ。君は、カロイアス夫妻の養子だそうだな。出身は……ロクドナ帝国か?」
「はい……。母が、ロクドナ帝国の人で、幼い頃に両親を亡くし、当時母が世話になっていた夫妻に引き取られました」
王宮に呼ばれるくらいだ。自分のことなどとうに調べがついていてもおかしくない。
下手な嘘を吐くつもりもなかった。
「カロイアス領主夫妻はとても人柄が良いと、王都でも評判だ。その2人が育てた君は優秀だと、夫妻に自慢されたよ。実際、さっきの論文は見事だった。あれは、ガリア公国だけでなくロクドナにも足を運んだのか?」
養父母を国王に褒められることほど嬉しいことはない。研究に興味を持ってもらえることも。
「はい。ロクドナ帝国の東に、オーギュゼート山があり、そこは活火山で1年ほど前に噴火が起きていて、今でもマグマが流れ続けています。周辺の領は立ち入り禁止になっていますが、研究の為に何度か近くまで」
「そんな危険なところまで行くのか。だが、そうなると許可が必要だろう」
「ええ。ですが、留学先のガリア公国に伝手がありまして、幸運にも許可がいただけました」
「それは、いい伝手を持ったな。これだけ素晴らしい論文が書けるなら、王宮に仕官することも可能だろう」
「お褒めにあずかり光栄です、シャーロット陛下」
他愛ない話を交えながら、時折何かを探られるように見られ、なんだか居心地が悪い。
「私ばかり話を聞くのは申し訳ないな。君から聞きたいことはあるか? 今日の話は有意義だった。褒美に少しくらいは便宜を図ろう」
シャーロットは威厳を持って微笑む。
王としての威圧感に負けそうになるが、養父母を思い出して自分を振るい立たせる。
「あの、では、ひとつだけ……」
ちらりと周囲をみてみたが、遠くに近衛騎士とメイドが数人いるだけだった。
ルーディアは意を決して口を開く。
「王弟のサファルティア殿下は、病気療養中というのは、本当でしょうか?」
一瞬、シャーロットの目が鋭くなる。
「サファルティア? ああ、間違いない。あの子は身体があまり丈夫じゃなくてね。今も奥の離宮で臥せっている。サファルティアがどうかしたのか?」
シャーロットがサファルティアのいる離宮を視線で指し示す。
そんなに簡単に教えてもらっていいのだろうか。
そんな疑問を抱きつつも、用意していた答えを口にする。
「その、サマギルム島の温泉で療養されては、と思いまして……。先日の陛下とティルスディア様は、新婚旅行に来たと伺っていますが、サファルティア殿下も湯治に来ればもしかしたら、と……」
「確かに、サマギルム島の温泉にそんな効能の湯があったな。わかった。サファルティアにも勧めておこう」
「ありがとうございます」
本当にサファルティアがサマギルム島へ来るかは分からない。だけど、居場所を聞く事は出来た。
ルーディアはシャーロットに泊まっていくように勧められ、時間だと呼びに来た侍従と共に去っていった。
――チャンスは、今夜しかない。
生きて帰れるとは思っていない。
だが、自分がすべての罪を被れば、養父母はロクドナ帝国との繋がりを疑われなくて済む。
ただ、それだけだった。
夜も更けた頃、ルーディアはサファルティアが療養している離宮へと忍び寄った。
何処かで近衛騎士に見つかる可能性はあったが、それならそれで仕方ない。だが、ルーディアが想像する以上に簡単に侵入出来てしまい拍子抜けした。
嫌な予感がしつつも、庭から寝室のある部屋へと近づく。
ガサリ、と木の葉を踏みつけた音が異様に大きく響き、部屋の中で誰かが動いた気がした。
焦って部屋に入ろうと窓を開けるとすんなり開いて、驚く間もなく桟に手を置いた直後手に鋭い痛みが走り思わず呻く。
「逃がすか」
すぐに首筋に短剣が突きつけられ顔を上げる。
「ルーディア、様……?」
その声は、確かに男のものだった。だけど月明かりしかない場所で見た目の前の人は、ルーディアが恋した人によく似ていた。
「ティルスディア……殿下……?」
髪が長く見えたのは一瞬。すぐに別人だと気付いてルーディアは踏まれてない手で隠し持っていた短剣を抜き、目の前の人物に向かって振り上げる。
「そこまでだ。ルーディア・カロイアス」
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