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第三章
第4話
しおりを挟むジョシュア達と話した翌日。
ロクドナ帝国へ向かう準備のために、ジョシュアとソラリスはそのままシャルスリア王国に留まることになった。
サファルティアも第二王子として使節団の代表となるため、ソラリスとの認識合わせや雑事に追われている。その合間の休憩時間にジョシュアが訪ねてきた。
「サファルティア殿下、今よろしいでしょうか?」
「? 構いません」
どうぞとジョシュアを中に入れ、メイドにお茶を持ってくるよう指示を出す。
「ありがとう」
「いえ、どうかされましたか?」
伯父と甥という関係だが、サファルティアがジョシュアと顔を合わせたのは片手で数える程度だ。どういう対応をするべきか少しだけ悩ましい。
「そんなにかしこまらないでください。今さらですが、私はあなたの伯父になるのですから」
とは言うものの、どういう距離感が正しいのかわからず、サファルティアは困惑する。
「内輪だけの時は、伯父上と呼んでも?」
サファルティアがおずおずと聞けば、ジョシュアは嬉しそうに頷いた。
それに安堵し、サファルティアも頬を緩める。
「ありがとうございます。伯父上も、今この場では普段通りで大丈夫ですよ」
「ああ、ありがとう」
サファルティアが王子ではなく、甥として接して欲しいと言うと、ジョシュアは早速口調を普段使いの、身内に向けるのと同じものに変える。
「それで、何かありましたか?」
「いや、陛下に出した条件について、渉外部と打ち合わせて来たついでに少し顔を見ておこうと思ってね」
サファルティアは昨日の会話を思い出す。
ソラリスの条件は、あくまでもソラリス個人の問題だ。ジョシュアには彼なりの思惑があって、今回ソラリスを貸し出す条件をつけている。
サファルティアが望めばシャーロットは教えてくれるだろうが、それはおいおい聞けばいいと今は各々目の前の問題を片付けるのに必死だ。
「そうでしたか」
「うん。こういう機会でもないと、兄の忘れ形見である君と話すことは難しいだろうし」
サファルティアにとってジョシュアは他国の公爵で、血縁という実感はあまりない。
薄情かと思うが、養父母であるノクアルドやクルージアの方が慕わしい。
ジョシュアもわかっているのか、ほんの少し寂しそうに笑うが、何も言わなかった。
「すまなかったね、ずっと放置して」
「いえ、僕はずっと行方不明扱いでしたし、伯父上が知らなかったのは、無理ないかと」
最近になってサファルティアがキャロー家の生き残りであることが明かされ、王位継承権を持つ彼をずっと王家が保護していたと発表されている。
実際、ジョシュアもそうだがサファルティアにも数代前の王族の血が流れていることから嘘ではない。
シャーロットがサファルティアを王太子に指名しなかった理由の一つとしても、納得されたくらいだ。
だが、ジョシュアは首を振る。
「いや、本当は知っていたんだ。兄上の葬儀の時に、ノクアルド先王陛下から君を保護している……と言われたから」
サファルティアは驚きに目を見開く。
「だけどあの道で馬車が横転、転落する事故なんて滅多にないし、ノクアルド先王陛下も他殺の可能性を考えていた。私は当時コアルク公爵家で既に次期公爵として忙しかったし、長男も幼くて、妻はソラリスを身籠っていた。言い訳だとわかっているけど、正直、他殺だった場合、生き残りである君を引き取って家族を危険にさらしたくないと、保身に走ったんだ」
ジョシュアの懸念は最もだ。
キャロー家の闇の深さの全容を知らなくとも、彼もキャロー家の次男として、その一端を知っているからこそ、サファルティアを引き取る事が出来なかった。
「……僕は、別に恨んだりしてませんよ?」
慰めて欲しいわけではないだろうが、サファルティアの正直な気持ちだ。
「むしろ、フェリエール家に引き取られて良かったと思います」
王族の肩書きは確かに重たいものだが、王弟として生活しているからこそ、わかることもある。
「僕が父上や母上の本当の子ではないと知ったのは、10歳の誕生日でした」
サファルティアは目を閉じて当時を思い出す。
幼い頃から、王宮内ではサファルティアが、王妃クルージアの子でないことは噂されていた。
ノクアルドやシャーロットにもあまり似てないことから、心無い中傷を何度も耳にしている。それでも、ノクアルドもクルージアも、サファルティアを本当の子のように慈しみを持って接してくれてたから、影で泣くことはあっても2人のことを実の親以上に愛している。
「確かに、2人の実子でなかったことはショックでした。でも、今は実子でなくて良かった……と思っています」
でなければ、家族の大切さや温かな感情は今よりも小さかったはずだ。
それに――。
「それは、今王宮内で噂されていることと関係があるのかい?」
「さすがですね」
シャーロットがいろいろ準備していることは知っている。サファルティアはまだ返事はしていないが、絶対に逃さないというシャーロットの思いは、王宮内にも伝わっている。
「まあ、正室ではなく、側室としてティルスディア殿下を迎えたいと言われた時から薄々とだけどね」
「伯父上には、ティルスディアの後見人になって頂いたことを感謝してます」
ジョシュアは当時を思い出してくすくすと笑う。
「いや、話を聞いた時は驚いたけどね。まさかサファルティアが女装するなんて……」
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。僕だって似合わないのは分かってます」
「いやいや、むしろ様になりすぎている。義姉上よりも上手くやってると思うし、何も知らなければ私も気付かなかったと思うよ」
女装に自信を持てと言われても、正直微妙な気持ちだ。
ジョシュアはひとしきり笑うと、穏やかにサファルティアを見る。
「それで、サファルティアの気持ちはどうなんだい?」
「どう、とは……?」
ジョシュアがどんな意図を持っているかわからず、サファルティアは困惑する。
「陛下が君を望んでいても、君の気持ちはまた別だろう? まあ、女装までして側室に収まるくらいだから、少なからず好いてはいるんだろうけど」
「……陛下には、まだ保留にしてもらってます」
サファルティアの応えに、ジョシュアは「おや」と意外な表情をする。
「陛下のそばには、いたいですし、好きなことに変わりはありません」
ティルスディアとして振る舞っている間も、シャーロットに向けた気持ちは本心だ。愛されている実感はあるけれど、やはり二の足を踏む。
「それでも僕は、男で、陛下の子を産むことは出来ませんから」
「……なるほど、立場を考えて、か」
サファルティアの想い人は国王だ。どんなにお互いに愛し合っていても周囲の目は厳しい。同性婚を認める法案が通ったのもつい最近だという。
茨の道であることは承知の上だが、シャーロットの立場を思えば、サファルティアが迷う気持ちも分からなくもない。
「……私と妻は、実は駆け落ちするはずだったんだ」
「へ?」
突然自分と彼の妻の馴れ初め話が始まって、サファルティアは首を傾げる。
「当たり前と言えば当たり前かもしれないけど、私も妻も、当時は他国の人間同士。義父上には間諜を疑われたし、実家では放蕩息子なんて言われるし」
放蕩息子はある意味間違ってないのだが、兄のジョルマンが爵位を継げば次男の自分は兄の補佐をするか、騎士になるか平民になるしかない。
或いは何処かの令嬢と結婚して、新しい爵位を得るか。
「実際、あの当時私は自分がどうなりたいかなんて考えていなかったんだ。ただ、彼女のそばにいたい。ただそれだけで幸せだと思っていた」
けれど、ジョシュアは今、コアルク公爵家で当主として国政に参加する権利を得ているという。
国家間の貴族の政略結婚自体は珍しいものではないが、当主となるとまた話は変わってくる。
「家格は釣り合うけれど、彼女は一人娘だったからいろいろ疑われたんだと思う。父もシャルスリアに戻ってくるように何度も言われたよ。けど、兄が私の後押しをしてくれたんだ」
――キャロー家のことは僕がいるから、お前は好きなことをすればいい。
キャロー家次期当主という重圧はジョルマンにとって重いものだったはずだ。けれど、ジョルマンにとってキャロー家よりもノクアルドやクルージアの役に立ちたい。自分が公爵位を継ぐことで、あの2人を支える家として盛り立てていきたい。
そんな思いから、彼はずっと、キャロー家にいた。
「父には内緒で、コアルク家へ婚姻の打診をしてくれたのも兄だよ。だから、兄には感謝してもしきれない恩があった。それを裏切った私に言えることではないと思うけれど、君は兄によく似ている。責任感の強さや優しさも。そこにシャーロット陛下は惹かれたんだろうな」
いろんな人から自分は父に似ていると言われるが、顔をおぼろげに覚えている程度の人だ。
どう反応していいのかわからず、サファルティアは視線を下に向ける。
「私がティルスディア殿下の後見人を買って出たのは、もちろん君が兄の忘れ形見であることを知っていたからだけど、女装してまでも彼のそばにいたいという気持ちを捨ててほしくなかったんだ」
第二王子が女装して側室に収まっているなんて、王家の醜聞になる。いざとなればシャーロットには自分を切り捨てるようには言ってあったけれど、ただそばにいたいだけでサファルティアの男としての矜持を傷つけるようなことはシャーロットはしないだろう。
サファルティア自身も女装が趣味というわけではない。今でも全く抵抗がないわけではない。ただ、慣れただけで。
自分の尊厳が傷つく覚悟でシャーロットの妃に収まろうとするのであれば、相応の覚悟と気持ちがなければ無理だろう。
サファルティア自身で決めたことなら尚更だ。その強い覚悟は、ジョルマンともよく似ている。
だから、ジョシュアもティルスディアの後見人という役を引き受けた。無論、コアルク家に類が及ばないようにシャーロットにはいろいろ制約を付けさせてもらっているが。
「だからね、サファルティア。君は、君のしたいようにしていいんだ。シャーロット陛下と共に歩む覚悟があるなら、私は心から応援する。君が第二王子以外の道を選ぶのもいいし、その支援をすることもやぶさかではない。もちろん、シャルスリアに叛意なんてないよ。私が君に出来ることと言えばそれくらいしかない。まぁ、これは私の勝手な罪悪感から来るものだけど」
優しいジョシュアの言葉は、サファルティアの迷いを否定も肯定もしなかった。
ただ、自分の好きなようにしていいと。ノクアルドやシャーロットと同じことを言う。
(気持ちのままに……)
それは、サファルティアの覚悟を促す言葉でもある。
否、答えなんてとっくに決まっている。それでもずるずると引き伸ばしているのは、今のままでも十分だと思っているからかもしれない。
だけど、シャーロットはそれ以上を望んでいる。なら、サファルティアはそれに応えたい。
「ありがとうございます。伯父上」
サファルティアの表情を見たジョシュアは余計なお節介だったかな、と内心思う。
「いや。まぁ、とにかくまずはロクドナ帝国への外交を成功させることが先決だな。僭越ながら私も同行させてもらうことになった」
ジョシュアの同行にサファルティアは驚く。
「よろしいのですか?」
ジョシュアは少しだけ恥ずかしそうに頬を掻く。
「いや、親バカと言われるかもしれないが、ソラリスはあれで箱入りだし、ティルスディア殿下の後見人は私だからね。それに、何かあったときに第三国がいれば、向こうも下手なことは出来ないだろう。ロクドナも、シャルスリアとガリアの連合部隊を相手に出来るほど余力があるとは思えないしね」
ジョシュアの言うことはもっともらしいが、要するに可愛い愛娘が心配でならないのだろう。
サファルティアはくすりと笑う。
「わかりました。僕もいろいろコアルク公爵の手腕を学ばせて頂きたいと思います」
「ああ、よろしく」
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