悪役神官は罰として騎士団長と結婚させられます~BLゲームの悪役の俺は騎士団長に嫌われるはずですが!?~

兔世夜美(トヨヤミ)

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第十七話 あなたを

 南方都市、ベイジェル。
 馬車の中は静かだ。
 ユヅルもさすがに緊張しているのか、黙っていた。
「……」
 きっと、ユヅルともちゃんと話せるのは今が最後だろう。
「ユヅル」
「はい」
 声をかけたら、ユヅルは真っ直ぐにこちらを見て答えた。
「あなたは、団長のことが好きなんですか?」
「え」
 その反応に違和感を覚えた。大胆不敵に誘惑したにしては、思いも寄らないことを言われたという反応だったから。
「答えてください」
「……好ましい、とは思っていますよ」
「だから、私から奪いたいと?」
 なに言ってるんだ。奪いたい? 最初から団長は俺のものじゃないだろ。
 この世界はBLゲームの世界。団長は、悪役の俺と結ばれるはずのない人だ。
「なら、あなたはこの遠征で、私を殺すべきです」
「な、」
 ユヅルが初めて動揺をあらわにした。やはり違和感がある。
 あれだけ大胆に行動していたユヅルらしくないような。
「なにを、言っているんですか」
「私の腹には団長の子がいます」
「え」
「あなたが団長を愛しているなら、私と私の子は邪魔なはずです」
 殺させない。
 絶対に、殺させない。
 俺だけの命なら、諦めていたかもしれない。以前のように。
 でもこの身体に、もう一つ命があるなら。
 それが俺と団長の子どもなら、俺は死ねない。
 絶対に、この命を殺させない。
 もし、団長が既にユヅルを愛していても、それでも。
 この子がいれば、俺は生きていける。

(それほどに、団長を愛しているから)

 ユヅルが団長と結ばれたら、俺は死ぬ運命。
 子も、生まれるはずがない。
 その結末を俺は許さない。原作の通りに、主人公を加害する悪役になったとしても。
 この子だけは守り抜くと決めたから。
 そんな自暴自棄な考えを優しく取り上げるように、
「駄目ですよ」
 と、柔らかな声が耳に触れた。
 目の前で慈しむように微笑むのはユヅルだ。
「その子を、自分自身を、犠牲にしちゃ駄目です。
 ジザベル様は、なにがなんでも生きて、その子の顔を団長に見せてあげなきゃ」
 その表情に、反応に戸惑った。
「……ユヅル?」
「大丈夫ですよ。きっと元気な子が生まれます。団長も喜んでくれます」
 そう言ってユヅルは慈しむように微笑んだ。
「浄化の神子の、お墨付きですよ」
 そう囁いて。



 ベイジェルでは夜になると魔物が街を徘徊すると言う。
 住民は怯えて夜になると家の中に閉じこもるようになった。
 もうすぐ陽が沈む。魔物が出る。
 なのに、俺は街の宿にいる。
 あの団員が、俺の体調不良が治っていないと団長に言ったからだ。
 妊娠のせいだとは言わないでいてくれたらしい。
 どうすればいいんだろう。
 あの夜、自分を必死に求める団長の気持ちに嘘はないように見えた。
 そっと、手の中に握ったあのぬいぐるみを見る。
 俺が団長に渡したぬいぐるみなのに、どうしてここにあるんだろうか。
 団長を守るためのぬいぐるみなのに。
「ジザベル」
 不意に部屋の扉が開いて、団長が姿を見せた。
「……団長」
「名で呼べと言ったはずだ」
「知りません」
「おい」
 ふいっと視線を逸らすと、団長が不機嫌そうに眉を寄せた。
「私の話を聞かない、あなたなんて知らない」
「俺が、いつお前の話を聞かなかった」
「このぬいぐるみは、私があなたに渡したものです」
「ああ、知っている」
 団長は迷いなく頷いた。それに、真意がわからず余計に不安になる。
「ならどうして」
「わかっている。その上で、それをお前に持っていてもらいたいんだ」
「……団長?」
 団長が近寄ってきて、ベッドに腰掛ける自分の目の前にしゃがみ込んだ。
「ジザベル。お前の様子がおかしいのは、ユヅルになにか言われたからか?」
「……それだけじゃ、ありません」
「じゃあ」
「だって、」
 ああ、駄目だ。討伐の前に、困らせたくないのに。
 もう一杯で、抑えきれない。
「抱き合っていたじゃないですか…!」
 悲痛な声で訴えた自分に、団長が息を呑む。
「だから、私……」
 ああ、迷惑かけたくないのに、なに言ってんだろ。
 でも、いつの間にかこんなにも好きになっていた。
 だから、失うことがこんなにも怖い。
「私は、」
「すまない」
「どうして、謝るんですか? 本当だからですか?
 本当にあなたは、ユヅルを」
「違う」
 返ってきたのは、短い否定。
「それだけは、断じて違う。
 でも、今はなにも言えないんだ」
 そう切実な声で告げて、団長は俺の手を取る。
「頼む。俺を信じてくれ。ジザベル。
 俺を信じていてくれ。
 俺は、絶対にこの手を離しはしない」
「ずるい」
 真摯な言葉、真っ直ぐな視線、そのどこにも嘘は見えなくて、だからまだ信じたくなる。
 本当は信じたい。信じていたいんだ。
 大好きな人を疑うから、こんなに苦しいんだ。
「狡いですよ。そんな風に言われたら、……信じるしかないじゃないですか」
 そんな、いつだって変わらない真っ直ぐなまなざしで見つめられたら、信じるしかないんだ。
「信じていてくれ。すぐに、帰ってくる。
 必ず、お前を抱きしめに帰ってくるから」
 優しく俺の手を握りしめて、団長は微笑む。
「だから、」
 その声が終わる前に、魔物のうなり声が響いた。



 宿の庭に出現した魔物に、既に騎士団の団員たちが応戦している。
 今までとは規模の違う数の魔物に、ユヅルの浄化が間に合わず負傷者が多数出ている。
「ジザベル、下がっていろ!」
「そんな暇ありませんよ!
 浄化も間に合いませんし、私も魔法で応戦します!」
「仕方ないな…!」
 団長の声に反論し、俺は呪文を唱えると魔物に向かって放つ。
 何体かは倒せたが、数がまだ多い。
 相手は竜型の魔物だ。あちこちで街の住民の悲鳴が聞こえる。
 魔物が大きく口を開けた。炎の魔法を放つと、魔物が吐こうとしていたブレスと相殺する。
 炎の一部が皮膚を焼いたことに魔物が悲鳴をあげて、団長に襲いかかった。
「団長!」
 即座に詠唱を行って、氷術魔法を撃つ。
 魔物の胎内で発動した魔法が、氷柱を無数に生み出して魔物の身体を貫く。
 瘴気があふれたのを、ユヅルが浄化の力で消し去った。
「これで全部か!?」
 団長が団員たちに声を張り上げる。
 魔物の姿はもう見えない。ただ、やはり違和感がある。
 狙いすましたように騎士団がいる宿の前に出現した。
 こんなことは、知性がないと説明がつかない。
 不意に気配を感じて、俺は視線を動かす。
 宿屋のそばに、不審なローブを纏った人物がいる。
 なにか呪文を唱えたのがわかった。
 真白い閃光がこちらに向かってくる。
「ジザベル!」
 不意にそれに気づいたのだろう団長の腕の中に囲い込まれる。
 閃光が強くなり、目を開けていられずに閉じた瞬間、天地が逆さになるような感覚を味わった。



「……ベル、ジザベル!」
「………ん」
 どのくらい意識を失っていたのか。おそらくは数分程度の短い間だろう。
 自分を必死に呼ぶ団長の声で俺は瞼を開けると、硬い床の上に倒れていた身を起こす。
 硬い、そう、硬い床の上。先ほどまでの、生い茂った草原の上じゃない。
 違和感を覚え視線を動かすと、目の前に広がっていたのは先ほどまでいた庭とは打って変わった、大きな白亜の神殿の回廊のような場所だった。
「……ここは」
 擦れた声が口からこぼれ落ちる。
 右を見ても左を見ても染み一つない真っ白な壁に高い天井。そして正面に翼を広げた魔物の彫像が置かれている。
 今にも襲いかかってきそうな躍動感のある彫像だが、当然動かない。
「ジザベル、大丈夫か?」
「…あ、カイザード」
 間近で響いた声にハッとして振り向くと、まるで見えない壁に手を突くような格好をした団長が俺を見て心配そうにしていた。
 そこで俺は手を伸ばし、団長との間に見えない壁があることに気づく。
「……これは、結界?」
「……そのようだな。気づいたらここにいたんだが、まるでお前に触れられない。
 お前との間に、見えない結界があるようだ」
「では、あのローブの人物が放った魔法は、転移魔法……?」
 意識を失う前、何者かが自分めがけて魔法を放ったのは確かに見た。
 あれが攻撃魔法ではなく、異なる場所に転移させる魔法だとしたら全く見知らぬ場所にいるのも納得がいく。
「おそらくはそうだろうな。転移魔法は飛ばせる範囲に制限があるはずだ。
 おそらく同じベイジェルの街の中だろうが、だが、ここはベイジェルの神殿の中か?」
 団長が訝しんだ理由はおそらくあの魔物の彫像だろう。
 神殿に魔物の彫像なんて飾られてあるはずがない。
 俺は立ち上がると口元に手を当てて少し思案する。
「……そうか。あれはただの魔物の彫像ではありません。
 石化魔法をかけられた本物の魔物です」
「どういうことだ」
「王都の教会で『石化の魔物』に関する文献を目にしたことがあります。
 その昔、倒すことの出来ない石化能力を持つ魔物を、鏡を使って魔法を反射させ、その魔物にかけることで封印したことがあるそうです。
 ただし、石化しても生きている魔物。人が接近すると強い呪いを放つことから、人のいる場所には置けないと国のどこかの神殿の地下回廊に安置し、回廊を封鎖したとその文献には記してありました。
 おそらくそれがベイジェルの神殿なのでしょう。
 そしてそれを知る何者かが、私たちをここに転移させた。始末するために」
 まあ、文献で読んだっていうか、ゲームの知識なんだけどなこれ。
 この石化の魔物は騎士団長ルートのラスボスで、騎士団長ルートに入ると主人公を邪魔に思う人間の手でこの回廊に騎士団長と一緒に転移させられるわけだ。
 まあ、ゲームの騎士団長ルートの場合、その「主人公を邪魔に思う人間」ってのは他ならぬジザベルなんだけど、俺たちのこの状況の場合は、
「それは、相手が完全に限定されるだろう」
「まあ、そうですよね…」
 結界の向こう側から険しい表情で言った団長に、俺は顔を引きつらせた。
 この場合、どう考えても転移させたのは上級神官の誰かである。
 上級神官なら石化の魔物の安置場所も知っているだろう。まあ俺は教えてもらえなかったんだがそれは自分たちの仲間(と書いて同類と読む)になりそうにないという理由からだろう。
 だがこうなってしまった以上、俺はあの魔物を放置出来ない理由があるのだ。
「おい、ジザベル!?」
 団長が大きな声を出したのは、俺がその魔物に向き直ってそちらに近づこうとしたからだ。
「なにをしている!
 近づくと呪いを放つとお前が言っていたんだろう!」
「ええ、そうなんですけど、……放置しておけない理由があるんですよね」
 そう、あの魔物を放置しておけない理由、それは団長にある。
 ゲームの騎士団長ルートだと、主人公たちが転移してきた矢先に魔物の石化が解け、こちらに石化の魔法を放ってくるのだ。
 そして主人公を庇った騎士団長が石化してしまう。
 魔物を浄化することで主人公は危機を脱するが、騎士団長の石化は解けないまま。
 そこからはまあ、真実の愛が勝つというBLゲームパワーで、主人公の涙に触れた騎士団長の石化が解け、ハッピーエンドというわけなんだが、ここはゲームではなく現実の世界である。そんな涙や真実の愛で魔法が解けるなんてご都合主義展開は期待出来ない。
 つまり、ここで魔物の石化が解けたら第一に石化させられそうなのは団長で、石化の魔法をかけられたら解く術がほぼほぼないということだ。
 そんなのは御免被る。
 優しく、時に荒々しく俺を呼ぶ声も、温かく触れてくれる手の感触も、慈しむまなざしもなにもかもを失うなんて、冗談じゃない。
 正直怖くてめちゃくちゃ手足震えるんだけどさ、団長を失うよりはマシじゃん?
「待て。ジザベル。なにをする気だ」
「それは多分、あなたの大嫌いな無茶でしょうねえ」
「おい、やめろ。やめてくれ。頼む。
 なにをする気なんだ。……そんな、手足まで震わせているくせに」
 そういう団長の声も震えている。
 やっぱりユヅルとのことはなにかの間違いなのかもしれない。だって、今だってこんなに心配して、俺を失うんじゃないかもって必死な顔してる。
 やっぱり俺、団長のことがすごく好きだ。
 だから、そのためなら頑張れる。
「ねえ、カイザード」
 そっと結界の壁に片手を突いて、優しく呼びかけた。
「私のこと、どう思っていますが」
「……そんなこと、まだわからないのか?」
「わからないんですよ。生憎と、馬鹿なもので」
「嫌だ。言ってやるものか。言ってしまったらお前はなにをするかわからない」
 おや、よくおわかりだ。そうだなあ、冥土の土産にあなたの愛の言葉をちょうだいしていこうと思ったんだけど。
「なぜそんなに自分の身を危険にさらすんだ!
 お前は死にたいのか!」
「死にたくないに決まってるじゃないですか」
 悲痛な声で、結界の壁にしがみついて叫んだ団長の手に、見えない壁越しに手のひらを重ねてそっと話しかけた。
「生きたいですよ。生きたいに決まってます。
 ──生きて、あなたと一緒にいたい」
「なら」
「私にそう思わせてくれたのは、あなたです。
 忘れましたか」
 その言葉に団長がハッと息を呑む。
 生きることを諦めていたかつての自分。死を、不条理をただ受け入れるしかないと諦めていた自分を、変えてくれたのは団長だ。
「あなたが、私に教えてくれたんです。
 生きたいと望むことを。生きる楽しさを、喜びを、幸せを。
 あなたが、全て教えてくれた」
 結界の壁が邪魔で、その体温は感じられないけれど、その温もりを心で思い描いて手のひらを重ねて微笑んだ。

「あなたが、私に命をくれた」

 俺を、絶望の淵から救い出してくれた人。
「愛しています。カイザード。
 だから、私の無茶を許してくださいね」
 そう優しく告げて、そっと手を離す。
 団長が俺を呼ぶ声が向けた背中にぶつかった。
「待て。やめろ。やめろ。そんな遺言みたいな愛の言葉なんて聞いてやらないぞ…!
 おい、ジザベル。待て。やめろ。いやだ。やめてくれ…!」
 悲痛な声が俺の足に絡み付く。でも歩みを止めるわけにはいかない。
 今の団長は結界の向こう側にいるから、石化の魔法が発動しても俺より安全なはずだ。
「待て…っ、ジザベル…!
 愛しているからやめてくれ!!!」
 その叫びに俺の足が一瞬止まった。思わず、振り返ってしまった。
 離れた結界の向こう側、こちらを縋るように見つめる団長の瞳から一筋涙が零れる。
「愛している…。俺だって愛している…!
 だから、頼むから行くな。俺を置いていかないでくれ!」
「……カイザード」
 俺が思わず震えた声をこぼした瞬間だ。
 地響きが聞こえて、視線を魔物に戻すと魔物の身体が淡く発光しだした。
 そしてその石化が解ける。魔物は耳をつんざくような声で咆吼し、俺を睨むとその眼光から赤い光をほとばしらせた。
 あ、まずい。もしかしてこれが石化の閃光じゃ──……。
 俺が身構える暇もなく、目を閉じる余裕すらなく硬直した瞬間、俺の胸元から目映い白光が走って石化の閃光を弾き飛ばす。
「…………へ?」
 つい、間の抜けた声を漏らしてしまった。
 宙に、淡く発光した小さなものが浮かんでいる。それは、あのぬいぐるみだった。
「な、なぜ……」
「よかったです。ぼくが団長に頼まれてぬいぐるみに込めた、浄化の力が役に立って」
「え……?」
 不意に聞こえたのは、ユヅルの声だ。
 視線を後ろに向けると、団長より少し向こう側に佇んでいるユヅルの姿がある。
「頼まれていたんです。ジザベル様を守るために、浄化の力をあのぬいぐるみに封じておいて欲しいって。だからあのぬいぐるみを預かっていたんですよ」
 え、そ、そういうこと、なのか? でも、待ってくれ。
「じゃ、じゃあ、なんであんな意味ありげな」
「ぼくは団長のこと、なんとも思ってません。
 強いて言うなら同志くらいですかね」
「同志……」
「同じ相手に復讐を誓う同志です」
 ユヅルが笑顔でそう言った矢先、魔物の咆吼が響いた。
「まあそんな説明は置いておいて、ひとまず倒してしまいましょう!」
「ええ、そのようです!」
 俺は素早く呪文を唱えると、炎の魔法を魔物に向かって放った。
 魔物が放つ石化の魔法は、ユヅルの浄化の力に弾かれて消えてしまう。
 不意に魔物の力に耐えられなくなった結界がひび割れ、弾け飛んだ。
 飛び込んできた団長の補佐のために放った氷の魔法が魔物の足を縫い止める。
 石化の魔法は、ユヅルの力が防いだ。
 肉を裂く音が響いて、団長の剣が魔物の胸を貫く。
 断末魔を上げた魔物の身体が、ユヅルの祈りで浄化され、淡く空気に溶けて消えていった。
 魔物が浄化された後、回廊に落ちたのは一瞬の沈黙だ。
 だがそれを実感する前に、俺はきつく腕をつかまれ、引かれたと思ったら正面から強くかき抱かれた。
 俺を抱いているのは、当然団長だ。その、腕が震えている。胸から伝わる心音が、すごく速い。
「だ、団長」
「…………この、馬鹿者が」
 あ、名前で呼べって訂正する余裕もない。すっごく、怖がらせてしまったみたいだ。
 まあ、そうだよ、な。俺だって立場が逆ならすごい怖いもん。
 そっと団長の背中に腕を回して、優しく背中をさする。
「…カイザード」
「この、馬鹿。馬鹿者が」
「ごめんなさい。謝ります。謝りますから」
「謝ったって足りん」
「じゃあ、どうしたらいいですか?」
「三日、いや、一週間寝室から出してやらん」
「い、一週間は長過ぎなので、せめて三日で」
「心配した。恐ろしかった。お前を、目の前で守れずに失うかと思った」
「……………はい」
 ぎゅうっと、俺を抱く力がますます強くなる。
 耳元で涙ぐんだ声が一言。
「もう、俺から離れるな」
 その言葉に俺は目を見開いて、それからそっと瞼を閉じると頷いた。
 ああ、まだ疑問もあるけど、もういいや。
 愛されてるって充分わかったから、だからもう大丈夫だって。
「…はい」
 背中に腕を回したまま、しっかりと頷いた俺の肩に顔を埋めて、団長はしばらく動かずにいた。
「あ、のぉ~~~~」
 それから数分経った頃だろうか。気まずそうに声を発したのはユヅル、ではなく騎士団の団員の一人だった。
「皆さんご無事でうまくまとまったみたいなんでぇ、……こいつどうしましょ?」
 剣を片手に持った団員は回廊の一番端に座っていた。が、その下になんか、縄で縛られてもまだしぶとくもがいている上級神官がいる。
「おい、なぜあいつがいる?」
「あはは。だって団長たちをどこに転移させたかあの人しか知らないし、早く助けに行かないとまずそうだから脅して転移魔法使ってもらっちゃいました」
 俺を未だ抱きしめたまま、団長がユヅルに凄むとユヅルはどこ吹く風という笑顔で答える。
 あ、それでユヅルがここにいたのか。
「離せ! わたしにこんな真似をして許されると思っているのか!」
 黒ローブ、もとい上級神官は往生際悪くあがくが、ユヅルの声を聞いてその動きが止まった。
「許されると思っていますよ?
 だってあなたはもう、神官じゃいられなくなりますから」
 妖しく微笑んだユヅルの言葉に、上級神官は引きつった顔を向ける。
「あなたが不正に関わった証拠、人身売買に関わった証拠は押収したと連絡がありました。
 ついでに魔物を操る魔石を使って、魔物の知性を増強し民に被害を出していたことも明らかになっています。この罪、軽くありません。
 ジザベル様の始末にかまけて、足下がおろそかになっていたみたいですね?」
「ユヅル……?」
 急展開に頭がついていけず、茫然と尋ねた俺に、ユヅルは邪気のない笑顔で説明する。
「騙してごめんなさい。ジザベル様。
 実はぼく、以前人身売買で上級神官に殺された少年の兄なんです。
 ずっとこの機会をうかがっていたんです」
「…………………まあ、それでだな、上級神官たちがお前を始末するために遠征の道中、魔導具を使って宿の周辺を監視しているとユヅルに教えられて。
 それで、俺がユヅルに靡いたふりをすれば間違いなく奴らはお前を始末するために自ら行動するだろうと……」
 団長はまだ俺が無茶をしたことへの怒りが収まっていないものの、説明しなければなるまいと憮然とした口調で話してくれた。
 そこでやっと、俺はユヅルがいつの間にか団長を名前でなく「団長」と呼んでいることに気づいたのだ。
 俺は安心したやら拍子抜けしたやら驚いたやらでしばらく茫然とした後、そのまま団長の肩に縋り付く。
「ジザベル。お前が無事でよかった……」
 ああ、本当になにを疑っていたんだろう。
 こんなにも俺を案じてくれていると、声ににじんでいたのに。
「あの、もう一度、聞かせてくれませんか」
「……もう、あんな無茶をしないと約束するならな」
 俺がねだると、団長がすぐになんのことか気づいてまだ憮然としたままそう念を押し、
「愛している、ジザベル」
「私も、愛しています」
 そうして、そっと指を絡めて手を握り合わせ、俺たちは笑い合った。


「あ、団長。ジザベル様のおなかに団長のお子様がいらっしゃるのでその分も込みでジザベル様叱ってくださいね。
 あと一週間寝室から出さないって言いましたけど無事産まれるまで禁欲で」
「なにぃ!?」
「あ……」
 すっかりハッピーエンド、みたいな雰囲気に水(?)を差したのはユヅルで、妊娠を知らなかった団長がひっくり返った声を上げる。
 俺は「あ、しまった。そのことまだ言ってなかったっけ」と口を押さえている。
 その後、王都に帰還するまで俺は団長にネチネチと叱られながら妊娠を喜ばれるという謎の状況に置かれる羽目になるのだが、それは別の話だ。
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