首なし令嬢の言う通り~王太子に婚約破棄されたら異世界から来た生首に救われました~

兔世夜美(トヨヤミ)

文字の大きさ
4 / 6

第四話 おまわりさん、仲間になる

「なるほど。つまり王太子失踪もこの生首の仕業だと」
 そう、ガーベラの話を聞き終わるなりファンケルは納得したように頷いた。
 ここは王立憲兵隊の詰め所だ。
「あの王太子が悪いんですよ?
 なんの罪もないこの子に濡れ衣を着せて閉じ込めて」
「ああ、それはわかってる」
 ガーベラとファンケルがソファに向かい合わせで座っている中、テーブルの上に乗っかった生首、もといまどかが主張するとファンケルはあっさり認める。
「え? わかって、くれるんですか?
 だって仮にも王太子を…」
 普通に考えたら不敬罪では済まないと思ったガーベラに、ファンケルは背もたれに寄りかかって腕を組む。
「まあ、実はな、ミスティア男爵令嬢と出会ってからの王太子の堕落ぶりを国王陛下からも相談されていてな。
 あれではとても王太子を任せられないと。
 だからその生首の言うことは正しいんだろう。
 ミュンヘル殿下は廃太子となり、弟殿下が王太子になることも、そもそもミスティア男爵令嬢と出会ってから決まっていたことだ。
 あんたたちに罪はない」
「おお、なかなかに正しい判断力の持ち主ですね」
 まどかは笑顔で嬉しそうに言うが、ガーベラは「国王陛下から相談されるほどの地位って、この人どのくらいの名家の子息なんだろう…」と心配になっている。
 こんな気安く接していいんだろうか。
「ま、そもそも訴えようにも、証拠がないしな。
 その生首は、逃げる気ならどこでも逃げられるだろうし」
「確かに」
「で?」
「………で、とは?」
 まあ確かにそもそも罪に問えない、ともっともなことを言われてガーベラは苦笑するしかなかったが、聞かれて目を瞠る。
「まだその生首の胴体探しをする気か?」
「それは、もちろん…」
「危険だな…」
「え」
 低い声で零したファンケルの表情は真剣で、ガーベラは困惑する。
「またあんなことがあったらどうする?」
 あ、心配してくれてるんだ。
「で、でもまどかさんがいますし」
「その生首がいれば安全だろうな。ただ、俺はその後のことを心配してるんだ」
「その後?」
「その生首はずっとあんたのそばにはいないだろう。
 どこに行っても大丈夫だなんて習慣づいた後に、その生首がいなくなったらどうする。
 それが危ないんだ」
 言われてみればもっともな心配だ。
 そうだ。まどかがずっとそばにいるように思っていたが、それはつかの間。胴体が見付かるまでの話なんだ。
「あ…」
「まあ、これ以上は言っても仕方ないか。
 ひとまず、あんたたちのおかげで人身売買組織の人間を捕縛することが出来た。
 それは感謝する」
 ファンケルは「今日はここまでか」と身を引いたところで、まどかが口を開いた。
「でも、あれで大丈夫なんですか?」
「まどかさん?」
「あれ、組織の末端でしょう?
 組織ごと一網打尽にしなければ、攫われた被害者たちは帰ってこないし大元の解決にはならないのでは?」
「それは…、まあ」
 ガーベラは意味がすぐわからなかったが、続いた言葉に理解する。
 そうだ。今回捕縛出来たのは組織の末端なのだ。
 ファンケルも苦々しい表情だ。
「私が協力しましょうか?」
「見返りは?」
 にっこり綺麗な笑顔で言ったまどかに、ファンケルはすぐ意図を悟った。
「賢い人は嫌いじゃないです。
 私の身体を探す、手伝いをして欲しいんですよ」



 その数日後の夜、ファンケルとガーベラは漆黒の衣装を身に纏い、馬車に乗ってある場所に向かっていた。
 今から赴くのは高位貴族の間で行われている秘密の夜会だ。
「全く、どんな探知機能なんだ?
 王立憲兵隊でも割り出せなかった人身売買組織の大元をすぐ見つけてくるなんて」
 椅子に腰掛けたまま、ファンケルが憮然と呟く。
 自分たちが調べられなかったものを、まどかがあっさり掴んできたのが癪らしい。
「それはですね、異世の魑魅魍魎さんたちに調べてもらいました」
「ちみもうりょう?」
「この世界で言う、悪魔や魔物、妖精や幽霊みたいなものだとか」
「なるほどな」
 ファンケルが納得したところで馬車が停まる。
 そっとガーベラがカーテンをずらして見やると、そこは古びて潰れたホテルだ。
「こういうところをアジトにしているわけか」
 ファンケルも外を覗くと、扉を開けて地面に足を降ろす。
 そしてガーベラに手を差し出した。
「じゃあ行こうか。レディ」
 手を差し出され、ガーベラはそっとその手を取ると馬車から降りた。
 ホテルの前には見張りが立っている。
 その見張りに合い言葉を言い、ホテルの中に足を踏み入れた。
 シャンデリアの明かりがほのかに灯った広間には、悪い遊びが好きな貴族たちが集まっている。皆、顔を仮面で隠し、黒い衣装をまとっていた。
 物珍しそうに見つめてしまっていたら、そっと腰をファンケルに抱かれてドキリとする。
「あまりじろじろ見ないほうがいい。
 自然にな、レディ」
「は、はい」
 耳元で低い声で囁かれ、心拍数を上げながら頷いた矢先だ。
「どうだ? これだけ出す。私が身請けしよう」
「いえ、わたしは…」
 少し離れた場所で下卑た声で言う男と、掴まれた手を引こうとする女性の会話が聞こえてきた。女性は仮面をしておらず、露出の多い衣装をしている。
「あれは…」
「おそらく、参加者ではなく余興で呼ばれた娼婦だろうな」
 小声でファンケルに言われた矢先、男が強引に娼婦を抱き寄せようとする。
「いいから来なさい」
「待ってください」
 涙を浮かべて嫌がっていた娼婦を見ていられず、ガーベラは飛び出した。
 男の手を払い、娼婦を背後に庇う。
「嫌がっているじゃないですか」
「なんだね君は。邪魔だ。退きなさい」
「いやです」
「なんだと?」
「邪魔をするなら」
 苛立った男が大きな手を振り上げた瞬間だ。その手をファンケルが掴んだ。
「ちょっと待った。
 婦女に暴力を振るうのは感心しないな。
 その辺にしておけ」
 男は更に怒りに顔を歪めるが、掴まれた手はびくともしない。
 頭上から見下ろされ、その威圧感に思わず身を引く。
 男の爵位がどのあたりかはわからないが、身分を晒して脅すことは仮面舞踏会のルール違反だ。男は悔しげに背を向けて立ち去った。
「す、すみません。ありがとうございます」
「いや…、君も大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます…」
 娼婦はしどろもどろになりながらファンケルに礼を言い、そそくさと立ち去る。
 その場にはガーベラとファンケルだけが残された。
 ファンケルは困ったように頭を掻く。
「君は、思ったより、…いや思った通り無茶をする子なんだな」
「すみません」
「謝らなくていい。
 あんな風に、誰かの危機に咄嗟に飛び出すんだから、びっくりした」
 そう零して、ファンケルはふっと微笑む。
「優しいな、君は」
 その言葉に嘘がないのがわかったから、だからこそ不安になる。
「そうでしょうか」
 気づいたらそう呟いていた。
「まどかさんにも言われました。
 優しいって。でもよくわかりません。
 人に優しくしたいって、そんなに変わったことですか?」
「あんたは思ったより卑屈なんだな」
 ファンケルは困ったようにため息を吐く。
「ただただ人のことを思って、人に優しく出来るのはもう才能だ。
 特にこの貴族社会じゃ、そんなの本当に珍しい。
 笑う奴らもいたはずだ。だけどあんたはやめなかった。
 ならそれはもう信念だ」
 はっきりと、暖かさをにじませた声でファンケルは言う。
「なにがあっても貫ける信念を持つあんたを、俺は尊敬するね」
 流されやすい。損な性格。お人好しの馬鹿。
 ヘラやアマベラにはそう言われて来た性格。
 ヘラに会う前のミュンヘルですら、「君のその性格は少し王太子妃には向かないな」と言っていた。
 その自分の、欠点だと思っていた性格を、そんな風に言ってくれる人がいたなんて。
 気づいたら頬を熱いものが伝っていた。
 その涙に気づいて、ファンケルが焦る。
「わ、悪い。なにか嫌なことを言ったか?」
「いいえ…」
 ふる、と嗚咽が出そうになりながらガーベラは首を振る。
「違う。…嬉しいんです」
「…そうか」
 涙に詰まった声の答えに、ファンケルは優しい表情をしてぽん、とガーベラの頭を撫でた。
「ほ~~~~~~ん?」
 瞬間、二人の頭上にどろどろとした雰囲気で出現したまどかにファンケルがぎょっとする。
「うおっ!? 急に現れないでくれ。びっくりする」
「婦女の身体にみだりに触れるのはいかがなものかと思いますがねえ~」
「それは、わ、悪かったよ」
 恨みがましく言われ、ファンケルはそっと手を下ろした。
「…まどかさん、怒ってる?
 違うよ。今のはファンケルさんが私に」
「ええ、わかってますよ。嬉しいことを言ってくれたんでしょう。わかってます。
 でも、先に優しいって言ったのは私なのに」
「………もしかしてまどかさん、拗ねてる?」
 あれ、もしかしてこれ拗ねてるんだろうか。そう思って小声で口にする。
 周囲の人々はなぜか頭上に浮かぶまどかに気づいていない。
 まどかが「周囲に気づかれないようにすることも出来ますよ。影薄の応用ですかね」と言っていたが。
「いいえ~、別に~?」
 明らかに拗ねた口調で言うまどかがなんだか可愛く思えて、ガーベラは涙を拭うと微笑む。
「私、まどかさんが褒めてくれたの嬉しかったよ」
 その言葉にまどかは目を瞠り、それから頬をかすかに赤くする。
「…そう、ですか」
 そうまんざらでもない様子で呟いて、髪をいじいじといじった。
 もちろんそれは魑魅魍魎の手なんだろうが。
「そういえば、さっきの女性、なにか知ってそうですよ」
 不意に我に返ったようにして、まどかが言った。
「え?」
「人身売買組織のボスと思しき男性と別室で落ち合っていました」
「なるほどな…。
 だが、どう踏み込むか。証拠を押さえないことには」
「証拠ならここに」
 不意に魑魅魍魎の腕を広げたまどかが、その場に一冊の帳簿を出現させる。
 ファンケルが素早くキャッチした。
「今までにこの組織が売った女性や子どもの名簿です。
 金額もこちらに。
 充分、証拠になりますね?」
 にっこりと笑ったまどかに、分厚い帳簿を確認してファンケルは冷や汗交じりに笑う。
「全く、恐ろしいお嬢さんだ」
 言うなり指を弾く。即座に室内に踏み込んできたのは王立憲兵隊の隊員たちだ。
 集まっていた貴族たちが悲鳴を上げる。
「さて、全員お縄についてもらおうか?」
 不敵に笑んで、ファンケルが隊員から受け取った剣を構えた。

感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った

歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。 だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」 追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。 舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。 一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。 「もう、残業はしません」

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※「なろう」にも重複投稿しています。

悪役令嬢のお母様

無色
恋愛
 魔法至上主義の王国で、魔法を持たない公爵令嬢メルリアーナは、第一王子ラインハルトから冤罪で婚約破棄され、聖女リスティルアの虚言により辱めを受ける。  悪役令嬢と誹られ絶望の淵に立たされる彼女を救ったのは、メルリアーナを最愛とする最強であった。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。