【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第二章 鬼様に果たし状

第六話 吾妻財前VS流河理人

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 四月二十三日。戦闘試験の日だ。
 だが、その日はいつにない緊張感と興奮に満ちていた。
 試験のない生徒はほとんどが同じ戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉内にいた。
 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉-12号室。
 見物席はほぼ埋まっている。
 ここでこれから行われるのは、転入前日に騒ぎを起こし、有名人になりながらここまで全く戦闘試験のなかったSランクの新人と、Aランクの生徒の試合。
 フィールド内には、まだ二人の姿はない。
 まだ試合開始前だ。それでも多くのギャラリーが出来ている。
「すごいの」
 自分に試合がないので、観に来た九生は手すりの傍に立って、試合の開始を待っている。
 背後からとんとん、と肩を叩かれた。
 なんとなく嫌な予感がして、振り返るのを躊躇う。
「九生」
 しかし、背後から自分を呼んだのが時波の声だったので、杞憂だったかとホッとして振り返って、声を失った。
「よう」
 そこに立っているのは、とても綺麗な笑顔の白倉。
「…いま、聞こえたん…」
 時波の声だった。とうろたえながら言う九生は、視線を動かして顔を引きつらせた。
 白倉の真横に、時波が立っている。片手でVサインなんかして。無表情で。
 差詰め、「やーい、ひっかかった」だ。
「…お前さん、俺に似てきたの?」
「それは遠回しな自虐か?」
 反撃のつもりでなんとか言ったら、時波にさらっと返されてしまった。
 九生は手すりに乗せていた手がずり落ちてしまい、姿勢が崩れている。
 元々彼は猫背だが。
「…まあよか」
「俺はよくないー」
 どうにか話題を変えようとしたら、白倉に拗ねた口調で詰られる。
「なんでやった? あんなこと」
「それ、…昨日、お前さん、俺の説明聞かずに俺の頬、爪でがりがりってやったやん!」
 九生は自分の頬のガーゼを指さす。白倉は美しい笑顔を浮かべて自分を見る。
「それはそれ。これはこれ」
 九生は後退ろうとするが、背後は手すりで、もっと背後はフィールド内。下がれない。
「九生」
「え」
 時波にため息混じりに言われ、動きが思わず止まる。
「素直に言えばまだいくらかマシだぞ。
 白倉は性格がいいから」
 時波は腕を組んで言う。
 言外に、ひねくれていない理性のヤツだから、素直に謝って事情を言えば、くどくど責めたりしないぞ、と。
 それもそうだ。
「…あ」
「お前と違ってな」
「……」
 素直に口を開こうとした矢先に時波がそんなこと言ったものだから、九生はぴく、と眉を寄せた。
「お前さん、仲裁のつもりやないんか?」
「お前が一方的に悪い場合、『仲裁』とは言わない。
 『説教』と言うんだ」
「…っ」
 腕を組んだまま堂々と言い切る。これが時波の方が正しいのだから、反論も出来ない。
 白倉が微かに呆れて、時波の肩を叩いた。
「これは愛情表現だろ。時波も時波で、おちょくったようなこと、仲良くないヤツに言わないし」
 時波は一瞬、白倉の方を向いて黙ってしまう。
 九生は内心、白倉にフォローさせてどうすんだ、とは思ったが口にしない。
「…おちょくった、ちゅうか、まあ…若干普段よりフレンドリーやけん…」
 無表情で偉そうだが、そういう態度を滲ませること自体、普段、仲良くない相手にはしないな、と思った。
 一応彼なりの愛情表現。彼なりの冗談みたいなものか。
 九生は姿勢を立て直した。
「大した意味はないぜ」
「おい」
「ただ、発破かけときたかったんじゃ」
 九生は白倉たちに背中を向けて、まだ試合の始まらない戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉を見る。
「発破?」
「お前さんも、自分と当たる前に、吾妻に負けて欲しくないじゃろ?」
「…」
 白倉は眉を寄せて、九生の隣に歩いてくる。手すりに手を置いた。
「吾妻が負けるって?」
「かもな、ってだけじゃ」
「相手は」
「だからじゃ」
 時波は白倉の左に立った。
 フィールド内の照明が一瞬だけ落ちる。一瞬で冷めるざわめき。
 見物席とフィールド内を遮って、出現する防護壁。
 防護壁に光の粒子が浮かび出来上がる。複数の四角い画面。
 「COUNTDOWN」の文字が浮かぶ。
 九生は、笑った。フィールド内から視線を逸らさず。
 どこか、戦々恐々として。
「相手があれなら、話は別になる」
 フィールドの左側に、流河。右側に吾妻の姿。
 流河の右手には、深い青の雨傘。
「ラッキー流河なんてふざけた名前で呼ばれとるが」
 画面の数字が、「0」になる。

「――――あれは『Aランクの魔物』じゃ」

 九生の言葉に、試合開始の音声がかき消えた。



「……傘?」
 フィールド内。
 吾妻は遠くで向かい合う流河を見て、眉を寄せる。
「キミ、知らないよね?
 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉は『誰が使っても人を傷付ける武器に必ずなる』もの以外なら持ち込み可なの」
 流河の張り上げた声が響いた。
「殴ったらなる」
「おばかだね。ただの『傘』なら、超能力の一発で木っ端微塵でしょう?
 そういうの武器って言わないよ。これは、超能力バトルなんだから」
 それもそうなのだが。
「多めに見てよ。
 本当は扇子で行きたかったんだけど」
 いつもみたく、と流河は笑う。傘を一振りする。
「キミ相手じゃ、無理みたい」
 流河の声の温度が変化した。
 吾妻は構える。
 左手を大きく振るって、発生させた炎を流河に向かって走らせた。
「お手並み拝見」
 音速の速さで流河に走った炎は、一瞬で彼を包む。
 だが、吾妻にはわかる。これでは終わらない。
 案の定、炎の壁は切り裂かれていく。
 流河が閉じたまま振るう傘の軌跡で。
 物質変換。それが彼の力だ。嘘を吐いていないなら。
 流河の力には媒体が必要だ。そういう能力者は多い。
 彼の場合、扇子か傘。
 傘や扇子に触れた空気や大気中の物質を、全く違う物に「変換」する力だと思う。
 それならば、手でも出来るが一気に触れる箇所が多い「媒体」の方が有利。
 炎を切り裂くのも同じだ。傘を形作る物質を炎でも燃えない物に「変換」すればいい。
 傘に触れたそばから、炎も別の物に「変換」される。だから消えるのだ。
 吾妻は右手を振るった。指先から走る業火。
 おそらく流河に有利なのは接近戦。自分は遠距離戦。
 懐に入れたらまずい。

(接近は封じる!)

 流河は傘をぱん、と開く。U字型の持ち手を手首に引っかけ、くるくると回転させながら、傘自体を右に左に振るって炎を捌いていく。
 しかし、今度は炎は消えていかない。
 傘の動きに合わせて、一緒に宙を泳ぐ。
「さて、返す…よっ!」
 流河は炎を周囲に踊らせた傘を、思い切り吾妻に向かって振るう。
 吾妻が放った炎は、流河の傘から離れ、吾妻目掛けて走った。
「!?」
 吾妻は驚いて、炎を手に発生させた。放って、相殺する。
 相殺の衝撃が身体にぶつかる。身体が軋む。
 痛みじゃない。熱さじゃない。でも、不思議な負荷が身体を苛んだ。



「流河の勝機は?」
 時波の言葉に、九生は手すりに凭れて腰を曲げた姿勢で、のんびり答える。
「吾妻が、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉の戦闘に馴れる前にやれば、いけそうやの」
 白倉は無言でフィールドを見つめた。
 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉は、不思議な空間だ。
 同じ速さなのに、超能力の発生速度や、相手に当たるまで、自分の身体の動く速さ、全てが普通の空間より、時に速く、遅く感じる。
「空間」に振り回される感覚。
 そして、実際の負傷の代わりに受ける、人造の負荷。
 現実なら相手を殺さないよう加減する発動量を、ここでは全開で扱える。
 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉の空間がその中の人間の身を守る。
 力を加減していたら負ける。
 だからこそ、馴れるまでは、どんなに戦闘経験豊富な人間でも、戸惑う。



「そのまま、返してきた……」
 吾妻は呆然と呟く。
 まさか、自分の放った超能力をそのままそっくり返してくるなんて。
「どう? キミと当たった俺、ラッキーでしょ?」
 流河は嬉しそうにウインクして言い放つ。
 腹が立った。
 吾妻はタメの姿勢をとる。察して、流河は床を蹴った。
「遅い!」
 右手と左手、両方を流河に向かって突き出す。
 手の平の中心から、炎の矢が一筋走って、流河の百メートル前で弾けた。
 巨大な業火となって、その場を一気に浸食する。
 吾妻の視界一面が赤く染まり、頬まで染まった。
 フィールドと見物席を隔てる防護壁が軋む。
「遠慮ねぇな」
 九生が呟いた。
「だが、流河なら防ぐだろう。
 瞬間的な発動力は、Sランク並だ」
 炎が消えていく。大気の中に煙が混ざって視界を遮る。
 吾妻は目を凝らした。
 炎が完全に消え去った先、流河の姿はどこにもない。
「な…」
 まさか、殺してしまった? いや、ありえない。
 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉はそういう場所だろう。
「おやおや、頭がお留守だよ? あ・が・つ・まくん」
 流河の軽妙な声が、吾妻の身を一瞬襲った恐怖を奪った。
 だが、同時に驚愕が襲ってきた。
 吾妻は視線を声の方向に向ける。
 自分の頭上。斜め上の天井に近い中空。
 そこに、傘を開いてゆらゆらと宙に浮かぶ流河の姿。
「…っ、飛んっ……!!!」
「飛んでませーん」
 流河はにっこり笑った。傘を掴んでいない片手に浮かんでいるのは、小さな炎の塊。
 それも「変換」済みの。
「ゆっくり、落ちてるだけですっ!」
 それを吾妻に投げつけた。
 予想以上の高速で吾妻に飛来した塊から、吾妻はどうにか避けた。
 姿勢を低くして。驚きで、炎を発動する暇がなかった。
 塊は背後の壁にぶつかった瞬間、爆発した。
「うわっ!」
 衝撃で吹き飛ばされ、吾妻は前方にたたらを踏んで転んでしまった。
「…ん…のっ!」
 床に手を突き、勢いよく立ち上がると、遠慮なしの火力で力を振るう。
 流河は傘を素早く閉じ、空気抵抗を少なくして一気に床に落下すると着地し、傘をまた開いた。
 再び、フィールド内を業火が埋め尽くした。
 九生が「やけんほんま容赦ねぇ」とぼやく。
 どこから来る。流河なら防いでくる。
 空気を裂く音が耳に引っかかった。
 あの、傘で炎を切り裂く音だ。
 いつでも力を放てる状態で待つ。
 刹那、眼前の炎が切り裂かれた。流河の持つ傘が閉じた状態で振るわれる。
「!」
 吾妻が構えて炎を放つ手を、炎から抜けだした流河の足が蹴り上げた。
 衝撃で上向いた手。反応が遅れる。
 流河は閉じた傘を握り、その柄で吾妻の顔面を殴り飛ばした。
 背後に吹っ飛ぶ吾妻を、ギャラリーは呆然と見下ろした。
「…Sランクに一撃いれたっ!」
 誰かが叫んだ。
 SランクとAランク。近いようで遠い。
 ここまで容易くSランクに一撃をたたき込んだ生徒は、そうそういない。
「…傘でぶん殴っただけやけん、の」
「まあ、一撃は一撃だ」
 冷静な九生と時波がつっこんだ。
 もちろんフィールド内には届かない。
 吾妻は手を床についてどうにか着地する。
 その唇が笑った。
 警戒した流河の足下が光ったと思った瞬間、そこから炎が発生した。
 思い切り地面を蹴って、高く跳躍し、逃げた流河を炎が追う。
「甘いなあ」
 流河は笑っている。呟く。
 傘を閉じて右に左に振るう。
 その軌跡に触れた業火を「変換」する。一度原型から崩し、「再構築」。
「俺の力は、変化だけじゃないよ!」
 流河の周囲に浮かんだのは、巨大な氷柱。十本はある。
 吾妻の顔が驚きに染まる。
「物質再構築。それも『変化』のうちってこと!」
 流河が傘を一振りした。それを合図に、氷柱が吾妻目掛けて飛来する。
 三つを交わし、発生させた炎で他を溶かす。
 視界の隅に映る流河は、また傘を振るっている。
 牽制に炎を投げたが、あまり力がこもらなかった。
 流河の周囲を覆うのは、宙に浮かぶ水だ。
 投げた炎を傘の先端で軽々受け止め、微笑む顔がこちらを見る。
 巨大な水が吾妻に向かってきた。
 地面を蹴って走り避けるが、片手が触れた。
 息が詰まる。水に手が絡め取られる。
 いや、水じゃない。なにかの粘度の高い液体。
 炎を自分の身体の周りに発生させて、弾く。
 顔を上げて、しまったと思った。眼前に流河の姿。
 傘を一振りした。傘の骨が切り離されて、鋭い刃に「変換」されて襲いかかる。
 発火が間に合わない。
 肩と右足に深くかすった。痛みが身体を襲う。

(どうして)

 疑問が、ずっと頭を打つ。
 どうして、Sランクの自分の、威力に匹敵している?
 普通、どんなに戦略に長けても、発動力で押し負けるはずだ。
 ランクの差はそういうものだ。
 なのに、流河は互角に戦ってくる。
 左手を振るった。
 宙に舞った炎から流河が逃げる。
 炎が追ってこないことを確認し、流河は吾妻に向かって駆け出した。
 吾妻が炎を放つ。流河の傘にはもう骨がないが、「変換」能力があれば意味はない。
 強度の強い物質に変換された布をしっかり広げた傘が、炎を掻き消す。今だ、と思った。
「来い!」
 吾妻の強い声。流河はハッとして背後を振り返った。
 既に消えたはずの、先ほど放った炎が目の前にあった。
「っ!」
 津波のように流河を襲い、姿を覆い隠す。
 業火が燃え上がる。
 防護壁の軋む音。
 流河はまた、来るのか? これも防ぐのか?
 どうして、互角に戦える。
「互角に戦えるわけじゃない。
 瞬間的な『最初』の発動力がSランクに匹敵するだけで、その後を追う力はAランクの威力に過ぎない。
 だが、そのSランクと互角に押し合う一瞬で、あいつは大概の力を捌いてしまう。
 だから、『Sランクと互角な試合運び』に見えるだけだ」
 フィールド内を見下ろし、時波は呟いた。視線を、四角い画面に向ける。
 吾妻の名前とランク、HP。
 そして、流河のもの。

 吾妻の頭上の炎が裂かれた。
 流河の姿が視界に飛び込んで来る。
 咄嗟に放った炎は、流河の傘に掻き消された。高く跳躍し、つっこんで来たのだろう。
 落下しながら、流河が振るった傘を、どうにか右腕で受け止める。
 だが、それだけだった。なにも起こらない。
 痛みも、ほとんど感じない。
「……あー………」
 流河の喉から間延びした、この場に似つかわしくない声が零れた。
「……ちくしょ………負けた」
 床に降りた足は、身体を支えず、倒れ込んだ。吾妻の手が咄嗟に受け止める。
 傘は、普通の傘のように、ビニール布が力無く折れたまま、床に落ちた。
 吾妻はそこで初めて、上の防護壁に提示されているステータス画面を見た。
 流河のHPは、既に0だった。
 流河の言葉の意味を知る。
 ギャラリーの歓声はあまり耳に入らない。
「……すごく、驚いた…」
 本当に驚いた。
 驚きの連続の試合だった。
 腕の中でのびている流河を見下ろす。
 やっと口元に笑みが浮かんだのは、試合終了の声が響いた数秒後だった。


 吾妻の一撃が放たれるごとに、流河のHPは減り続けていた。
 吾妻は一度たりとて、ステータス画面を見なかったから知らなかっただけだ。
 流河は吾妻と互角に渡り合えてなどいなかった。
 完全に防ぎ切れたことはなかっただろう。必ず、ダメージを受けていた。
 吾妻に「互角そう」だと錯覚させた力こそが、流河の持ち味だ。
 故に、彼は「Aランクの魔物」なのだ。
 傷を受けても、決して足を折らず、無傷の顔でただ前に向かう。
 その眼は、頂点だけを見ている。
「結局は吾妻の勝ちか」
 時波が言った。視線は吾妻のステータス画面を見ている。
 吾妻のHPは80%。ほとんど減っていない。
「だけど、善戦だな。
 こういうのがいるから、諦めるアホがいない」
「御園然りか?」
「優衣? 夕?」
 九生に問われて白倉は笑った。
「両方だ」

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