【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

文字の大きさ
20 / 72
第四章 PHANTOM OF CRY

第三話 錯綜CRISIS

しおりを挟む
「おはよう」
 翌日、昇降口で岩永に出会った。
 白倉は今日の戦闘試験について、生徒会執行部会長として仕事があるらしく、昇降口で別れたので、少し寂しく思っていたところだった。
「おはよ」
「うん」
 吾妻が挨拶すると、岩永は機嫌良く頷く。
 白倉は?と聞かれて、拗ねたように仕事、と答えたら笑われた。
 優しく。
「よかったな」
「…?」
 吾妻は眉を寄せる。なんで祝福されるのか。
「白倉と、うまくいっとるみたいやん?」
 微笑んだ顔に見上げられ、吾妻は挙動を止めた。
 岩永を真剣な顔で注視するが、頬は真っ赤だ。
「…そ、そんな風に見える?」
 昨日のことを思い出す。甘く囁いて、自分にキスをした白倉。
 顔から火が出そうだ。
「うん。
 俺から見ても、白倉はお前を意識しとるしな」
 岩永はゆったりと頷き、吾妻の胸を軽く叩く。
「よかったな」
 真っ直ぐに祝福され、吾妻は紅潮した頬のまま、大きく頷いた。
「ありがと!」
「うん」
 満面の笑みを浮かべた吾妻は、岩永に促されて廊下を歩き出す。
「そういえば、今日の戦闘試験のこと詳しく聞いたか?」
「? 突拍子もない組み合わせ、じゃないの?」
 話題が切り替わったが、自然な切り替え方だったので、吾妻も普通に乗れた。
 違うのか?と聞くと、岩永は違わない、と言う。
「ただ、普段の戦闘試験は四時間目で、試合のないヤツもそこそこ多いやん?
 この日は全員試合があって、丸一日使って戦闘試験なんよ」
「ああ」
「同じ時間帯じゃなかったら見に行くから」
 岩永は試合の時間が自分と被ってなかったら見に行く、と明るく言った。
 そのタイミングで、廊下の向こうから歓声が聞こえた。
 そこに戦闘試験の対戦カードが張り出されている。
「よっしゃあっ!!」という、聞き慣れた声だ。
「夕や」
 廊下に足を踏み入れて、岩永はなに叫んでるんだ、という顔をする。
 周囲の生徒が「まだ勝ってないだろ」とつっこむが夕は聞いていない。
「ああ、あんたに勝つのが悲願でしょ? 夕くん」
「え? うん」
 急に吾妻に確認されて、岩永は首を傾げながら頷く。
 吾妻は右の上の方の名前の並びを指した。

【岩永嵐VS御園夕】

「…ああ」
「あ、嵐!」
 岩永が対戦カードを見て得心した瞬間に、夕は岩永に気づいたらしく、こっちを振り向いた。
「今度こそ勝つ!」
 勢いよく、挑戦的な笑みで言われ、岩永は瞬きした後、不敵に笑った。
「言ってろ」
 そのやりとりに笑いながら、吾妻は自分の名前を探す。
 岩永の話なら、自分も試合が必ずある。
 自分の名前を見つけた。左の端。
 驚きに、目を瞑る。
 ふと、視線を感じてそちらの廊下に視線を落とした。
 離れた位置に佇んでいるのは時波。
 白倉や九生とよく一緒にいるが、彼とはあまり話したことがない。
  吾妻を見て、微かに笑う。
 お前は勝てない、と言いたげに。
 吾妻の名前はあった。岩永の話通り。
 対戦相手は、時波幸紀。
 聞いた話では、文句無しのSランク。
 長年Sランクから揺るがない不動の最強格。
 だが、相手に不足はない。
 勝つのは自分だと、心の中で強く思った。



 自分は午後の試合だった。
 岩永と夕の試合は午前。
 だから吾妻はそれを見に、二人の試合が行われる戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉-15号室に足を運んだ。
 前の方の席に座る。
 そういえば、今日はあまり白倉と話せていない。やっぱり、寂しい。
 ふと、背後で話し声がして、それが聞き覚えがある声だったから視線を向けた。

「珍しいやん?」
 一番奥の壁際。背中を預けているのは夕の従兄弟の優衣だ。
 その隣には、不快そうな顔の禿頭の男。
 あの、岩永をやたら嫌っていた村崎という。
「岩永の試合、見に来るなんて」
「夕はんの試合やからな」
「…ああ、そう」
 にべもない村崎の返事に、優衣はオーバーリアクションで首をすくめた。
「でもええん?」
「…なにがや」
「見に来て。………怖かったんやろ?
 岩永の試合。自分が見たらまた――――――」
 含んだ優衣の笑み。低くなる囁き。
 声は途切れた。
 村崎の手の甲が、優衣の口を塞いでいる。
 その表情は、激高に近い。
「…悪い」
 優衣が小さく謝ると、村崎は顔を背けてその場を離れた。
 足早に戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉を出ていってしまう。
「わざわざ怒らせなくていいのに」
 一部始終を、自分と同じく見ていた流河が大仰に言った。
「せっかく、岩永クンの試合、見る気になったのに」
「なったとは言わんわ。あんなん」
「…きついなあ」
 優衣は一瞬だけ、流河に視線を向け、吐き捨てる。
「タチ悪いっちゅうねん。アホちゃうか」
 自分の方が余程不愉快だという表情をする優衣を見て、流河は苦笑した。
 照明が落ちた。それまで優衣達の動向が気になっていた吾妻は、視界が眩んで目を瞑る。
 フィールド内と見物席を隔離する防護壁が現れる。
 目を開けた時、スクリーンに浮かぶ文字は、試合開始八秒前を示していた。
 左側に岩永の姿と、反対側に夕の姿。

「GAME START!」

 人工音声が試合開始を宣言した。
 夕が構えを取る。
 岩永も右手の平を上に向けて、構える。
 水滴が周囲に浮かび、それが複数の巨大な水の塊になる。
「水?」
 吾妻は眉をひそめた。
 以前見た時は、風系の力だったような。
 夕が手を振るった。巨大なかまいたちが走る。
 同時に岩永は夕を指さすように、宙を手で十字に切る。
「行け!」
 同じタイミングで放たれた水と風が、中央でぶつかりあった。
 壁が軋む。
 あとにはなにも残らない。相殺だ。
 岩永がまた指を振り、水の弾を夕に放つ。
 夕が床を思いきり蹴った。
 一瞬後、瞬きの後には夕の姿は岩永の背後に浮かんでいる。水が空を切る。
 風の能力者は機動力が高い。
 岩永は振り向き様に両腕で壁を作るように自分の前に構えた。
 周囲を一瞬で覆ったのは、炎だ。
 吾妻は目を見張る。
 夕が放った風は、業火の壁に防がれた。
 岩永は衝撃で数メートル背後に滑ると、手を解いてタメの姿勢をとった。
 両手の間に出現し、巨大化するのは雪。吹雪だ。
 夕は地面に着地して、手を一振りする。
 周囲を突風が踊った。
 お互い大技を仕掛ける気だ。
 しかし、岩永の能力がなにか、さっぱりわからない。
「岩永クンの能力は、温度操作だよ」
 真横で聞こえた声に、吾妻はハッとしてそちらを向く。
 流河がにっこり微笑んで佇んでいた。
「温度操作」
「そう。大気の温度を操作して、炎とか雪とか、水とか風とかを操るの、かな?
 俺とは力の種類が違うからよくわからないけど」
「そう」
 吾妻は言葉少なく頷いて、視線をフィールド内に戻した。
 今は試合の行方が気になる。
 それに、気になることはもう一つある。
 先日の街で、自分以上の力量の業火を、あっさり消してしまった岩永。
 消した? 違う、気がする。
 それが、常に引っかかっていて。
 夕と岩永が同時に力を放った。
 巨大な質量の吹雪と風がぶつかり合う。防護壁が稲妻のような音を上げる。
 これも相殺だ。散った水がフィールド内を覆って、よく見えない。
 それを一気に掻き消したのは、風だ。
 吹き荒れる嵐。
 夕の周囲を高濃度の風が舞う。
「二段構え…」
 吾妻が呟く。
 おそらく最初の一撃の時に、余力を少し残して、同時に第二波の力を溜めていた。
 一度の攻撃に全ての力を集結させた岩永は、おそらく同じだけ発動力を高めるには、時間が間に合わない。
 それでも手を構えて、水を発生させた。
 間に合わないとわかっているのだろう。充分な大きさにならないうちに、水弾を放った。
 放たれた水は、夕を覆う風が容易くうち消す。
 夕の右手が持ち上がる。岩永を指さす。
 勝ち誇ったように、笑う。
「終いだ!」
 重い質量の嵐となった風が解放される。
 岩永に音速でぶつかった風。衝撃で煙が舞って視界が効かなくなる。
「直撃…」
 誰かが呟いた。
 いくらなんでも、あんな大技を喰らっては、と吾妻すら思う。
 不意に、ステータス画面を見遣った。
 吾妻は驚愕する。
 岩永のHPは、100%のままだ。
 なにかが目の端に触れて、視線をフィールド内に戻した。
 煙が一気に晴れる。蝶の鱗粉のように散る小さな光が踊り、彼を彩る。
 とても微かで美しい光が岩永を包み、消えた。岩永は目を伏せて笑っている。
 瞳が開く。一瞬、碧の筈のその瞳が、陽光のような金色に見えた。
 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉では怪我など負わない。
 だがわかる。肌に傷は負わずとも、服は破れる。
 岩永の服にはそんな様子はまるでない。
 岩永は全く攻撃を受けていない。
 完衛した。
「無傷……」
 吾妻と同じタイミングで、夕も同じ言葉を愕然と吐いた。
 岩永の指がひらめく。ハッとした時には遅い。
 既に上空で待機させていたのだろう。
 巨大な吹雪の塊が夕に飛来する。夕は壁まで吹き飛ばされた。
「GAME SET!」の声が響く。
 吾妻は呆然としたままだ。
 だって、なんで、あの距離、あのタイミングで、攻撃を完全に防げる?
 どうして?
 さっきの優衣の言葉は?
 岩永。
 彼は本当に、

(Aランク………?)



 考えがまとまらないまま、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉を出ると、出口に面した廊下の壁により掛かって、自分を待っていた眼鏡の男がいた。
「………時波」
 彼は無表情で吾妻を見上げる。
 まだ皆、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉内にいる。
「お前に、条件を提示しに来た」
「…は?」
 吾妻は眉をひそめる。岩永のことが気になりすぎるが、思考が警報を鳴らした。
 意識が白倉のことに逸れる。
「白倉に勝ったら付き合う。
 それを、変更させてもらうぞ」
「…なん、」
「俺と九生、白倉の三人に勝ったら」
 余裕たっぷりの言葉に、吾妻はなんだそれはと叫んだ。
 納得がいかない。
「白倉がいいって言ったんだよ!」
「俺達はあいつの兄弟のようなものだ。
 はいそうですか、と渡せない」
 時波はとりつく島もない。無表情のまま、自分の意見だけを言う。
「ただし、もし、午後の試合で俺に勝ったら、今までと同じ条件でいい」
 違う条件を突きつける時波の威圧感に、吾妻は気圧された。
 息を呑む。
「俺に負ける自信しかないなら、蹴っていいぞ。
 ただし、ソレは白倉に負けを認めたのと同じだ」
「…………」
 反論が見つからない。反撃が出来ない。
 唇を噛みしめる。
「どうする?」
 時波の印象はあまりない。あまり話した記憶がない。
 今、眼前で、彼は悪魔のように映る。
 まるであの日の九生のような。




「吾妻、どないしたん?」
 午後一時。
 広場でぼんやりしていると、声をかけられた。
 椅子に座っていたので見上げる形になる。
 岩永だ。
「沈んどるやん」
「…あー、ちょっと」
 岩永のことも気になっているのだった、と今更に思い出す。
 だが、今、頭を占めるのは時波の宣戦布告と条件。
 もうすぐ時波と自分の順番だ。
「…もしかして、時波か九生になんか言われたか?」
「!」
 図星を指されて、吾妻は顕著に反応した。
 顔をがばりとあげる。
「やっぱり」
「やっぱり?」
「九生が荒れとったっぽいしな…。
 白倉の変化と合わせたらわかりやすいわ」
 吾妻の隣に座って、岩永はあっさりと言う。
「…あいつら、って、…」
 白倉と岩永、夕もかなり密接な付き合い型の親友だが、それとも違う気がする。
「あれは、シスコンやから」
「………あいつら妹いたの?」
「そうやなくてな」
 真顔で質問してしまった吾妻に、岩永は真顔で返した。
 話の前後から察しろ、そこはボケるな、と。
「時波や九生にとって、白倉は溺愛しとる妹みたいなもんなん。
 差詰め“あんな男、兄ちゃんは認めんぞ!”って感じの」
「………あー、ああ」
 吾妻は少しだけ驚いたが、納得してしまった。
 腹の中にすとんと落ちる。納得する。
 確かに、『親友』というより、『兄弟』の方が近い繋がりに見える。
「岩永は、僕のこといいの?」
「白倉がええなら、俺がしゃしゃり出ることやない」
 岩永はさらりと言い切った。
「やけど、『兄貴』は手強いからな。
 ちょっとやそっとじゃ認めてくれへんで」
 立ち上がって、岩永は腕の時計を見る。
 もう時間やな、と吾妻を促す。吾妻は立ち上がって、真剣な表情で宣言する。
「勝つよ」
「…期待しとる」
 岩永は微かな笑みを唇に乗せ、そう言ってくれた。



 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉-23号室。
 午前に試合のあったメンバーは、皆ここを訪れていた。
 静かな中に混ざる緊張感は、先日の吾妻VS流河以上。
 なんせ、Sランク同士の試合など、滅多にない。
 一ヶ月に一回のこの対戦カードでもなかなか実現しない。
 Sランク対Sランクの試合は、実に一年半ぶりだ。

 フィールドに出る扉の前。
 左側の控え室。
 吾妻は椅子に座ってフィールドの調整が終わるのを待っていた。
 一日に何度も試合を行うこの日は、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉にも負担が大きい。
 些細な故障でも、生徒達の命に繋がってしまう。だから、調整は念入りにしっかり行われる。
 フィールドとは逆。廊下側の扉がノックされた。
「はい?」
 入っていいという意味の返事をしてから、吾妻は後悔した。
 九生だったら、絶対ジャブ入れだ。
 扉が開く。おずおずと顔を出したのは、白金の髪をした世界一愛しい人だった。
「白倉!」
 吾妻はびっくりした。椅子から慌てて立ち上がり、傍に駆け寄る。
「どうしたの?」
「…ちょっと、心配になって」
 不安そうな気持ちを瞳の底に隠して、白倉は吾妻を見上げる。
「応援に来てくれた…?」
 まさかと期待して、おそるおそる聞く。
 そんなはずない。それなら時波の方が優先なはずだ。
 そう思わなければ暴走する。
「…うん」
 白倉は頬を染めて、こくりと頷いた。
 胸が激しく脈打つ。
「白倉…」
「吾妻…?」
 耳まで赤くした吾妻を、白倉は不思議そうに見る。
「期待、する…抱きしめたくなる…」
 自分の手をぎゅっと片手で掴んで、抑える吾妻を見つめて、白倉は軽く俯く。
「キスまでならいいって言ったじゃん…」
 なんて、可愛らしいことを言った。
「し、らくらっ…!」
 止まれない。手を伸ばして、きつく抱きすくめる。
 鼻一杯に香るシャンプーの匂い。腕の中の柔らかい華奢な身体。
 白倉の細い手が、吾妻の背中をそっと掴む。
「かわいい…」
「…吾妻」
「幸せだよ…」
 たっぷり堪能して、身体を解放する。
 壁面のランプが黄色く発光している。
 調整が終わった合図だ。
 青になったら、フィールド内に出る決まり。
「ありがとう。
 勝てそうだよ」
 心の底から微笑んで言ったら、白倉も笑い返してくれた。
 ランプが青に変わる。
「…じゃ」
 名残惜しく思いながら、白倉から手を離す。離れる。
 扉に手をかけた吾妻の名前が呼ばれる。背後から襟を掴まれる。
 振り返らされて、視界一杯に入ってきたのは目を閉じた白倉の顔。
 唇に、しっかり重なった柔らかい感触は、すぐに離れる。
「勝って、返して」
 間近で、白倉は可愛らしく不敵に笑った。
 真っ赤になった吾妻が、こくこく頷いて扉を開ける。
 扉が閉まると、見えなくなる。
 残された白倉は、そこで「GAME START!」の声を聞いた。
 吾妻に触れた唇。指で押さえて、感触を噛みしめた。
 正直、吾妻が時波に勝てるとは、思えなかった。
 でも、ああ言ってしまったのは、来てしまったのは。

 吾妻に、変わらず傍にいて欲しかったからだ。



 時波から放たれたのは、粒子のような閃光だ。
 床を蹴って避け、逃げ切れないものは炎で防いだ。
 岩永の試合は参考になった。
 炎も使い方次第で、防御に使える。
 自分の周囲を覆うように発生させ、留めて炎の壁を作る。
 時波の放った光がうち消された。
 時波の能力はどうやら「閃光」。それは間違いない。
 自分と同じタイプだ。
 なら、流河のようなトリッキーさはない、か…?
 炎の壁を消して、一気に突っ込んだ。
 周囲には変わらず炎を薄い膜にして張ってある。
 相手はSランク。油断は出来ない。
 時波の放った閃光が足下を射抜く。
 あっさり膜を破ったそれに、撃ち抜かれて足が止まった。
 痛みに声が漏れるが、踏ん張って両手を顔の前で構えた。
「行け!」
 息を吸い、一瞬で高めた業火が手から放たれ、時波に向かう。
 時波は悠然とそこに佇んでいる。身体に閃光をまとった。
 光に炎の軌道が逸らされ、弾かれて壁に衝突する。
 閃光の乱反射現象だ。
「ちっ!」
 吾妻は舌打ちして、第二波の構えを取った。
 時波は今度は床を蹴って、吾妻に接近を試みる。
 それより速く、手の平に集まった炎を、時波を指さした指で射るように放った。
 矢のように細く、炎は収束し、時波を狙う。
 時波は走る速度を緩めない。
 確かに彼の力なら防げるだろう。だが、こっちもそれは予測済み。
 既に吾妻の周りを、高密度の炎が覆っている。
 時波が右手を構えて、振るった。右手に衝突した炎は一瞬で膨張し、大きくなって吾妻に向かった。
「…え」
 驚きがすぐに生まれなかった。なにが起こったかわからなくて。
 迫った炎がぶつかる。自分の周りを囲む炎の壁が砕け散った。
「うあっ!!」
 苦痛に声を上げて、吾妻は背後に吹き飛ばされた。
 床を転がって、倒れ込む。
 手を握りこみ、どうにか顔を上げた。
 こちらに歩いてくる時波が見える。
 なんだ、今のは。
 自分の攻撃を返した相手なら、流河もそうだ。
 だが、威力はそのままだった。
 今の一撃は、自分が放った威力の、数倍だった。
「俺の閃光は、受けた力を跳ね返すだけではない。
 倍返し――――“俺”の乱反射というのは、そういうものだ」
 吾妻は歯を食いしばる。膝を立て、勢いよく起きあがると、炎を放つ。
 時波は逃げない。彼に衝突した炎は宣言通り、倍になって戻ってくる。
 吾妻は見越して、高く跳躍した。
 時波の頭上を飛び越え、背後に着地すると、一瞬で業火を纏った。
 手加減などしていないが、どこかしら力を制御していた。それは自信故だ。
 だが、それは取っ払う。
 全力を次の一撃に注ぎ込む。
 エネルギーを使い切るため次で決まらなければ負けるが、それはその時だ。
 吾妻を包む炎が膨れあがる。火柱だ。
 防護壁がかつてない程の音で立て続けに軋む。
 傍の生徒達が悲鳴を上げた。
 時波が放った閃光は全て炎に消された。

 勝つと誓った。
 勝たなければ、白倉の傍にいられないのなら、意地でも勝つ。

「絶対負けない!」
 叫んで、指を真っ直ぐ前に突きだした。
 周囲を時波が見えないほどに覆っていた業火が裂け、一点に収束し、あたかも竜のような軌跡で時波を襲う。
 時波は静かな表情でそれを見つめた。自分に迫る爆炎。
「流石に、反射できるレベルではないな…。
 ――――しょうがないの」
 その唇から滑り落ちたのは、『時波』ではない言葉。
 微笑む顔は悪魔のようで、あの日の九生を彷彿とさせる。
 奇妙なほど輝く瞳は、本来の彼の漆黒とは違う、琥珀の色。
 宙に伸ばした手が、襲いかかった業火に触れる。
 瞬間、業火は消えた。
 比喩でもなんでもない。一瞬で、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉全てを覆うような巨大な業火が消滅した。
 吾妻は呆然と、その場に立ち尽くした。
「……き、…………え……た………?」
 愕然と呟く。自分の渾身の力が、一瞬で。
 時波がこちらに歩み寄ってくる。
 動けない。反撃する力は、最早ない。今ので底を突いた。
 唇からは浅い呼吸しか零れない。
「悪いが、今のは、反則じゃない」
 眼前に立った時波の拳が、鳩尾を強く叩いた。
 衝撃でうめき声が漏れる。意識が落ちた。



 意識が浮上するのを感じた。
 深い眠りから覚めたような、身体が重い感じだ。
 ぼやけた視線を動かすと、医務室の壁際に見慣れた白金の髪。
 白倉が壁に背を預けて、腕を組んでいる。自分を見ている翡翠の瞳。
 実感した。
 自分は、負けたのだ。
「しら…」
 呼ぼうとした。だが、眼前を塞ぐように立ったのは時波だ。
「条件は成立だな」
「……」
 吾妻の顔が不快に歪む。
「あれは、なんだよ」
「…あれ?」
「とぼけるんじゃない!」
 吾妻はシーツに手を突いて起きあがり、怒鳴った。
 自分たち以外に人はいない。
「あの時、お前は九生の言葉を、あれは、…」
 感覚でしかない。でもやはりあれは九生だった。
 四月のあの日。週番の白倉を助け、自分に囁いた時波は、やはり九生だった。
 先ほど、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉にいたのも。
 そうして気づく。どうして、白倉は静かな顔でそこにいるのだろう。
 あの時、あんなに真剣に応援してくれたのに、今どうしてそんな冷たい顔で。
 その戸惑いが、声を奪った。
 白倉は微笑んだ。だが、それは女王様のような、あの微笑み。
 翡翠のはずの瞳は、目映い黄金に輝いていた。
「それが、“俺”の力ってことじゃ」
 話す言葉は、九生の言葉。
 近寄ってきて、呆然とする吾妻を見下ろす。
「お前さんに白倉がした最初のキス。
 俺は関係者じゃ」
 九生は白倉の胸元を指す。その顔は白倉で、身体も白倉だ。声もあのテノール。
 中身の人格だけが違う。
「俺の力は、他者の『脳』を操ること。
 その意識に干渉し介在すること。
 そして、それを時波も白倉も、承諾しとる」
「嘘だ!」
 吾妻は悲痛に叫んで、白倉の包帯に包まれた手を掴んだ。
「嘘じゃない。俺は同意の上だし、白倉もだ」
 時波が静かに言うが、信じられない。頭に入らない。
「俺がいる限り、白倉はお前さんのもんにはならん。
 …だから、欲しかったら俺たちを倒せ。単純明快じゃろ?」
 悪戯をしかけるように微笑む悪魔のような顔。
 九生の微笑み。なのに、白倉の顔。
「お前さんが勝ったら、白倉を離してやるぜよ」
 力の緩んだ吾妻の手を解き、九生は笑った。
 どこか、切なそうに言った。
 それが、白倉の優しい声に似すぎていて、泣きそうになった。



 吾妻を置いて医務室を出てから、数メートル歩かないうちに、白倉が足を止めた。
 時波は理解する。
 九生が白倉の精神への干渉を止めたのだ。
 呆然とした白い顔が、自分を振り返る。
「…なんで」
 その瞳は翡翠だ。
 時波は目を伏せた。
 いつもなら、九生は許可を取る。身体を使って良いか。余程でなければ。
 白倉や自分の人権や、意志を踏みにじることを彼は決してしない。
 だからこそ、自分たちはうまくやってこれた。
 だからこそ、九生が自分たちに寄せる思いは半端なものではなかった。
「…なんであんなことした」
 自分に向き直った白倉が絞り出した低い声。怒りに震えていた。
「俺が、俺がいいって言ったのに…お前ら、別にそんな焦ってなかったくせに」
 静かな怒りを灯した、翡翠の瞳が薄暗い照明の中で光る。
 軽蔑を宿して。
「…なんで」
「だからだ」
 時波は白倉の前に立って、はっきり言った。
「お前が、吾妻を意識したからだ」
「……それが駄目? は? 意味わからん!」
 吐き捨てた白倉の肩を両手で掴む。
 真っ直ぐに瞳を見つめた。
「俺は、吾妻なら好きになれる。なってもいいって――――!」
「だからわからないのか!」
 滅多に聞かない時波の怒鳴り声に、白倉が身を震わせた。怯えが一瞬瞳に混じる。
「俺達は【キャリア】だ」
「…だけど」
「聞き分けろ。
 …お前を岩永の二の舞にしたくない」
 ひどく辛そうな時波の顔が眼前にあって、白倉は言葉を失った。
 目の前の顔が、声が、肩を掴む手が。
 自分になんの感情も与えないものなら、嗤って振り払えたのに。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

処理中です...