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第九話 僕の価値
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「はい、これでいいわ。
縫うほどじゃなくてよかったわよほんと…」
「ありがとうございます」
屋敷に帰ったあと、怪我の手当をした飛蘭が小さく息を吐く。
雨龍の傷は本当にかすっただけで浅かった。これなら数日で治るだろう。
雨龍はガーゼの貼られた額に触れてみる。
「でも半端に髪が切れちゃったね。切りそろえる?」
「そうですねえ…」
笑って言った小雷に一応答えつつも、雨龍の意識はほかに向いていた。
長袍姿の雨龍は寝台の縁に座っている。
そしてその足の間に座った月がぎゅーっと雨龍に抱きついたまま離れないのだ。
相当怖かったらしい。
怖がらせてしまったのは申し訳ないと思うし、くっついてくれるのは嬉しいような、でもやっぱ困るような。
「月さん。
もう大丈夫だから。
大したことなかったですから、ね?」
雨龍はそっと月の髪を撫でて言う。
「………………」
「相当ショックだったみたいね…。
無理もないけど…」
雨龍の胸に顔を埋めたままなにも言わない月に、小雷は仕方ないと言う。
それほど目の前で誰かが傷つくことが怖いのだ。無理もない。
親を目の前で殺された傷跡は、一生消えないだろう。
あとは単純に、それだけ雨龍の存在が月の中で重いのだ。
雨龍まで失ったら、とひどく恐れるから離れられないのだろう。
雨龍は困ったように蒼龍たちを見る。
「…雨龍。
今日はそのままでいてやれ」
「…いいんですか? 兄上」
「くっついていたほうが月が安心出来るならそれでいい。
月を守ったのはお前だしな」
蒼龍は「それを咎めるほど俺は狭量じゃない」と笑って言った。
「…ありがとうございます」
「月。
今日はそのまま雨龍の部屋にいていいから」
「…はい」
ぽん、と軽く月の頭を撫でて言った蒼龍に、月がやっと小さな声で頷いた。
屋敷の廊下を歩きながら、蒼龍は小さく息を吐く。
「あら、蒼龍様。
心配なの?」
「…嫉妬をしないと言ったら嘘になるが、そういう心配はしてないよ。
あの状態の月になにか出来るような男じゃない」
「…ま、そうね」
雨龍は人一倍優しい男だ。月には特に。
ショックを受けて怯えている月になにかするはずがない。
「俺が腹立たしいのは月を狙ったゲスのほうだ。
主の名は吐かせたが、問いつめたところで白を切るだろう。
あんな末端の配下を捕まえたところで意味がない」
「私も同意見」
「あれさ、ぶっちゃけマジだと思う?」
小雷の言葉に蒼龍と飛蘭は少し考え、「どちらとも言えない」と答えた。
「俺が月の親について調べていると、知っている者は知っている。
だからあれだけではその主が事件に関わったとも、犯人を知っているとも断言出来ないな」
「月さんを呼び寄せる餌として利用しただけの可能性は充分にあるもの。
実際あの下っ端は主にそう言われただけでなんにも知らなかったじゃない」
「だよねー」
じゃ結局なんにもわかんないのか、と小雷はため息を吐く。
「いい加減、なにか有益な情報が見つかって欲しいんだけどね…。
どうしようか…」
「ほかの組織のボスには聞けないの?
蒼龍様、親好のある人、何人かいるじゃない」
嬰国の覇権を争う組織は苗一族と、そして敵対する黄一族だが、ほかにも組織はある。苗一族につく組織のボスたちと蒼龍は親交がある。
「………………………いるにはいるが、非常に気が進まない」
蒼龍は眉を寄せ、困ったような声で告げた。
「非常に頼りにはなるんだが、…なんの見返りもなく俺の頼みを聞く人たちじゃないしな…。
さらっと無理難題を言って来そうな感じがするから、なかなか…。
月のためならやむを得ないとも思うんだが…、それはそれで盛大にからかわれそうな気もするし…」
「…ああ」
確かに「あの蒼龍の初恋かー」「竜帝とか言われたお前がそんなに溺れるとはなー」とかにやにや笑ってものすっごくからかいそう。すっごく喜んでからかいそう。
目に浮かぶ!と飛蘭も小雷も思った。
「あとは単純に、あの人たちならなにかわかってれば言ってくるだろう。
俺が月を買ったのは知ってるはずだし。
なにも言ってこないってことは、特に情報が入ってないってことだ」
「…ま、それもそうね」
確かにその通りだ。親交のある組織には蒼龍の古い友人も属している。
なにか情報を掴んでいてなんの報せもないというのはおかしい。
「…本当に、どうしようかな」
蒼龍は前を見たまま、小さくため息を吐いた。
月がこれ以上悲しまないためにも、どうにかしたいんだけど。
雨龍は複雑だった。
月は未だくっついたまま離れない。
雨龍としては惚れた相手が自分の足の間にいるわ抱きついてるわで非常に困る状況だ。
「月さん。
ほんとに大丈夫ですから、ね?」
「…………」
「……怖いですか?」
優しく髪を撫で、そっと抱きしめてやる。
月は雨龍の胸に頬を寄せ、伝わる心音を感じて小さく息を吐いた。
「………しんぞうのおと」
「え?」
「…聞いてると、ホッとする…」
「…………そうですか」
月の身体はもう震えていない。
でも、心はずっと震えてる。彼はあの日からずっと、怖かったはずだ。
泣きたいほどに辛かったはずだ。
その痛みを思うと、自分まで苦しくなる。
「僕は死なない」
「……ん」
「あなたのそばにいるから」
「…はい」
「………あなたを置いてかない」
「………はい」
一つずつ月の不安を取り除くように、言葉を繰り返した。
優しく抱きしめて、ただそばにいた。
それしか出来ないことが歯がゆい。
それでも月が自分のそばにいることで安らげるならそれでいい。
「…あー、の、ですね…」
とはいえ、その日の夜、雨龍は非常に困ることになった。
「ここで寝る気ですか?」
「…蒼龍が、いていいって言いました」
「…いや言ったけど」
同じ部屋で寝てられたら僕が困るんですが、と言いたい。
「ソファで寝るから大丈夫です」
「いえいえいえあなたをソファで寝かせられるわけないでしょう…」
蒼龍が怖いし、僕だっていやだ。
じっと自分を見つめる瞳は、まだ不安げだ。
「…………」
多分まだ怖いんだろう。自分もそんな月を一人にしたくはない。
だけどさすがに困るっていうか、寝られる気がしないっていうか。
「………わかりました。来てください」
「え?」
「このベッド大きいから、まあ大丈夫でしょう」
「…いいんですか?」
「まあ」
問題があるとしたら僕の我慢が保つかってことくらいだろ。
近寄ってきた月の手を掴んで引き寄せると、逆らわずに抱きついてきた。
雨龍の胸に頬を寄せ、ホッと息を吐く。
そんな安心しきった姿を見せられると、手は出せない。
「ねえ、月さん、…父親にそんな風に甘えてました?」
「………いいえ、親に甘えた記憶はないです…」
「…ですよね」
じゃあなんで月はこんなに自分にくっついてくるんだろう。
「………雨龍は、父親代わりってわけじゃないから」
「そうなのですか?」
「……はい、よくわからないけれど…」
月もよくわかっていないようで、困っている。
「……でも、そばにいたいし…ホッとする」
「…………好きですか?」
あどけない笑顔に堪らなくなって、つい口をついていた。
すぐにハッとして、なに聞いてんだと焦る。
月は目を瞬いて、それから柔らかくはにかむ。
「好きです」
「…っ」
「蒼龍も、雨龍も、好きです」
甘えたような声に、おそらく他意はないのだ。
あくまで親愛で、恋情じゃない。
でも蒼龍と同じというなら、恋情なのか?
いやそもそも月は蒼龍をどう思っているんだ?
わからなくて、期待しないように思っても期待して、我慢が効かなくなる。
「…雨龍?」
「…もう、黙ってください」
赤く染まった雨龍の顔を見て首を傾げた月に、雨龍はかすれた声でそれだけ言って、額にそっとキスを落とした。
雨龍が怪我を負って数日、月はガーゼを剥がして大体塞がった傷跡を見た。
「大分治ってますね」
「でしょう?
大したことないんですって」
「でもちゃんと消毒しないと。
治るまでは」
寝台に腰掛けた雨龍を見下ろし、月は心配そうに言う。
あれから月は雨龍のそばにいることが多く、それだけショックが強かったのだろうと思っている。
救急箱から消毒液を取り出す月の姿を見て、雨龍は特に他意なく、
「大げさですよ。
こんなの舐めとけば治ります」
と笑って言った。
その言葉に月がむ、と眉を寄せた。
あ、怒らせたかも、と雨龍が焦った瞬間、月の細い手が雨龍の肩に置かれた。
傷口に触れた柔らかな濡れた感触に息を呑む。
月が唇を傷口に当て、ぺろ、と舐めた。
「…っ」
理解して真っ赤になった雨龍の顔を見下ろし、月は拗ねたように、
「舐めれば治るんでしょう?」
と告げた。
「…………っ……い、や、その」
あれは意味はなかった。甲斐甲斐しくされるのがなんか照れくさかったからつい言ってしまっただけだ。
まさか月が舐めるなんて思わなかったから。
「………雨龍。
なんで顔赤いんです?」
「……………」
不思議そうに首を傾げた月に、雨龍は顔に手を当ててため息を吐く。
それくらいわかってくれないかなあ、と言いたいが言えない。
葛藤する雨龍を余所に、月は面白いと思ったのか口の端を上げ、顔を近づけてまた傷口にちゅ、と唇を寄せる。
「ちょ、月さん…っ」
「なんか、反応面白いから」
「い、や、ちょ、待って…っ」
「舐めればいいって言ったの雨龍ですから」
月は楽しげに笑って傷口に舌を這わせる。
拙い舌先の動きにぞくりと背筋が震えた。
「…っだ、から、やめろって…!」
「…っ」
強く月の肩を掴んで思い切り引き離す。
月がびっくりして瞳を見開いていた。
「……あんまり、男をからかうものじゃないですよ」
「……怒りました?」
「………………」
月は少し不安げな顔をしてこちらを見る。
雨龍は顔を赤く染めたまま、苦々しい表情で深く息を吐いた。
本当にこの人はなんにもわかってないんだな。
「…先にやったのはあなたですから」
「え?」
月が悪い、と言い訳して目の前の細い腰を抱き寄せた。
「…っ」
月の身体を膝の上に乗せて抱きしめ、額にちゅ、と口づける。
白い頬が赤く染まった。
それに気を良くして、首筋に舌を這わせる。
ぴく、と震えた月がかすかに潤んだ瞳で雨龍を見た。
「え、雨龍…?」
「なんです?
あなたがやったことですよ」
「え、だ、だって……っ」
かぷ、と軽く首筋に噛みつかれ、月の肩が跳ねた。
「そ、そんなこと、私してな…っ」
「似たようなものです。
わかりましたか」
うなじに吸い付かれ、びくっと震えた月の身体を抱きしめたまま、雨龍は赤く染まったその顔を見つめた。
「……?」
「男をからかうとそうなるんです。
あなた、まだわからないんですか?」
「………………」
月の瞳は濡れていて、ゆらゆら揺れていた。
その瞳に見つめられただけで背筋が震える。もっと欲しくなる。
月に傷ついて欲しくないから。
だから、我慢しようとは思っていた。拠り所でいられるならそれでいいと。
だけどあまりに無防備すぎて、そんな風にすり寄って来られたら、困る。
「弟はこんなことしませんからね。
…それはわかっててください」
「……………」
月は間近にある雨龍の顔を見つめ、ふる、と身体を震わせた。
「…じゃ、雨龍はなに…?」
答えを探すような問いかけに、雨龍は瞳を瞠る。
それから切なげに微笑んで、唇を開いた。
「僕はあなたに触れたいんだ。
…家族じゃ堪えられない」
なるべくなら、関係を壊したくはない。
月を傷つけたくはない。
それでも、これ以上は堪えきれなかった。
縫うほどじゃなくてよかったわよほんと…」
「ありがとうございます」
屋敷に帰ったあと、怪我の手当をした飛蘭が小さく息を吐く。
雨龍の傷は本当にかすっただけで浅かった。これなら数日で治るだろう。
雨龍はガーゼの貼られた額に触れてみる。
「でも半端に髪が切れちゃったね。切りそろえる?」
「そうですねえ…」
笑って言った小雷に一応答えつつも、雨龍の意識はほかに向いていた。
長袍姿の雨龍は寝台の縁に座っている。
そしてその足の間に座った月がぎゅーっと雨龍に抱きついたまま離れないのだ。
相当怖かったらしい。
怖がらせてしまったのは申し訳ないと思うし、くっついてくれるのは嬉しいような、でもやっぱ困るような。
「月さん。
もう大丈夫だから。
大したことなかったですから、ね?」
雨龍はそっと月の髪を撫でて言う。
「………………」
「相当ショックだったみたいね…。
無理もないけど…」
雨龍の胸に顔を埋めたままなにも言わない月に、小雷は仕方ないと言う。
それほど目の前で誰かが傷つくことが怖いのだ。無理もない。
親を目の前で殺された傷跡は、一生消えないだろう。
あとは単純に、それだけ雨龍の存在が月の中で重いのだ。
雨龍まで失ったら、とひどく恐れるから離れられないのだろう。
雨龍は困ったように蒼龍たちを見る。
「…雨龍。
今日はそのままでいてやれ」
「…いいんですか? 兄上」
「くっついていたほうが月が安心出来るならそれでいい。
月を守ったのはお前だしな」
蒼龍は「それを咎めるほど俺は狭量じゃない」と笑って言った。
「…ありがとうございます」
「月。
今日はそのまま雨龍の部屋にいていいから」
「…はい」
ぽん、と軽く月の頭を撫でて言った蒼龍に、月がやっと小さな声で頷いた。
屋敷の廊下を歩きながら、蒼龍は小さく息を吐く。
「あら、蒼龍様。
心配なの?」
「…嫉妬をしないと言ったら嘘になるが、そういう心配はしてないよ。
あの状態の月になにか出来るような男じゃない」
「…ま、そうね」
雨龍は人一倍優しい男だ。月には特に。
ショックを受けて怯えている月になにかするはずがない。
「俺が腹立たしいのは月を狙ったゲスのほうだ。
主の名は吐かせたが、問いつめたところで白を切るだろう。
あんな末端の配下を捕まえたところで意味がない」
「私も同意見」
「あれさ、ぶっちゃけマジだと思う?」
小雷の言葉に蒼龍と飛蘭は少し考え、「どちらとも言えない」と答えた。
「俺が月の親について調べていると、知っている者は知っている。
だからあれだけではその主が事件に関わったとも、犯人を知っているとも断言出来ないな」
「月さんを呼び寄せる餌として利用しただけの可能性は充分にあるもの。
実際あの下っ端は主にそう言われただけでなんにも知らなかったじゃない」
「だよねー」
じゃ結局なんにもわかんないのか、と小雷はため息を吐く。
「いい加減、なにか有益な情報が見つかって欲しいんだけどね…。
どうしようか…」
「ほかの組織のボスには聞けないの?
蒼龍様、親好のある人、何人かいるじゃない」
嬰国の覇権を争う組織は苗一族と、そして敵対する黄一族だが、ほかにも組織はある。苗一族につく組織のボスたちと蒼龍は親交がある。
「………………………いるにはいるが、非常に気が進まない」
蒼龍は眉を寄せ、困ったような声で告げた。
「非常に頼りにはなるんだが、…なんの見返りもなく俺の頼みを聞く人たちじゃないしな…。
さらっと無理難題を言って来そうな感じがするから、なかなか…。
月のためならやむを得ないとも思うんだが…、それはそれで盛大にからかわれそうな気もするし…」
「…ああ」
確かに「あの蒼龍の初恋かー」「竜帝とか言われたお前がそんなに溺れるとはなー」とかにやにや笑ってものすっごくからかいそう。すっごく喜んでからかいそう。
目に浮かぶ!と飛蘭も小雷も思った。
「あとは単純に、あの人たちならなにかわかってれば言ってくるだろう。
俺が月を買ったのは知ってるはずだし。
なにも言ってこないってことは、特に情報が入ってないってことだ」
「…ま、それもそうね」
確かにその通りだ。親交のある組織には蒼龍の古い友人も属している。
なにか情報を掴んでいてなんの報せもないというのはおかしい。
「…本当に、どうしようかな」
蒼龍は前を見たまま、小さくため息を吐いた。
月がこれ以上悲しまないためにも、どうにかしたいんだけど。
雨龍は複雑だった。
月は未だくっついたまま離れない。
雨龍としては惚れた相手が自分の足の間にいるわ抱きついてるわで非常に困る状況だ。
「月さん。
ほんとに大丈夫ですから、ね?」
「…………」
「……怖いですか?」
優しく髪を撫で、そっと抱きしめてやる。
月は雨龍の胸に頬を寄せ、伝わる心音を感じて小さく息を吐いた。
「………しんぞうのおと」
「え?」
「…聞いてると、ホッとする…」
「…………そうですか」
月の身体はもう震えていない。
でも、心はずっと震えてる。彼はあの日からずっと、怖かったはずだ。
泣きたいほどに辛かったはずだ。
その痛みを思うと、自分まで苦しくなる。
「僕は死なない」
「……ん」
「あなたのそばにいるから」
「…はい」
「………あなたを置いてかない」
「………はい」
一つずつ月の不安を取り除くように、言葉を繰り返した。
優しく抱きしめて、ただそばにいた。
それしか出来ないことが歯がゆい。
それでも月が自分のそばにいることで安らげるならそれでいい。
「…あー、の、ですね…」
とはいえ、その日の夜、雨龍は非常に困ることになった。
「ここで寝る気ですか?」
「…蒼龍が、いていいって言いました」
「…いや言ったけど」
同じ部屋で寝てられたら僕が困るんですが、と言いたい。
「ソファで寝るから大丈夫です」
「いえいえいえあなたをソファで寝かせられるわけないでしょう…」
蒼龍が怖いし、僕だっていやだ。
じっと自分を見つめる瞳は、まだ不安げだ。
「…………」
多分まだ怖いんだろう。自分もそんな月を一人にしたくはない。
だけどさすがに困るっていうか、寝られる気がしないっていうか。
「………わかりました。来てください」
「え?」
「このベッド大きいから、まあ大丈夫でしょう」
「…いいんですか?」
「まあ」
問題があるとしたら僕の我慢が保つかってことくらいだろ。
近寄ってきた月の手を掴んで引き寄せると、逆らわずに抱きついてきた。
雨龍の胸に頬を寄せ、ホッと息を吐く。
そんな安心しきった姿を見せられると、手は出せない。
「ねえ、月さん、…父親にそんな風に甘えてました?」
「………いいえ、親に甘えた記憶はないです…」
「…ですよね」
じゃあなんで月はこんなに自分にくっついてくるんだろう。
「………雨龍は、父親代わりってわけじゃないから」
「そうなのですか?」
「……はい、よくわからないけれど…」
月もよくわかっていないようで、困っている。
「……でも、そばにいたいし…ホッとする」
「…………好きですか?」
あどけない笑顔に堪らなくなって、つい口をついていた。
すぐにハッとして、なに聞いてんだと焦る。
月は目を瞬いて、それから柔らかくはにかむ。
「好きです」
「…っ」
「蒼龍も、雨龍も、好きです」
甘えたような声に、おそらく他意はないのだ。
あくまで親愛で、恋情じゃない。
でも蒼龍と同じというなら、恋情なのか?
いやそもそも月は蒼龍をどう思っているんだ?
わからなくて、期待しないように思っても期待して、我慢が効かなくなる。
「…雨龍?」
「…もう、黙ってください」
赤く染まった雨龍の顔を見て首を傾げた月に、雨龍はかすれた声でそれだけ言って、額にそっとキスを落とした。
雨龍が怪我を負って数日、月はガーゼを剥がして大体塞がった傷跡を見た。
「大分治ってますね」
「でしょう?
大したことないんですって」
「でもちゃんと消毒しないと。
治るまでは」
寝台に腰掛けた雨龍を見下ろし、月は心配そうに言う。
あれから月は雨龍のそばにいることが多く、それだけショックが強かったのだろうと思っている。
救急箱から消毒液を取り出す月の姿を見て、雨龍は特に他意なく、
「大げさですよ。
こんなの舐めとけば治ります」
と笑って言った。
その言葉に月がむ、と眉を寄せた。
あ、怒らせたかも、と雨龍が焦った瞬間、月の細い手が雨龍の肩に置かれた。
傷口に触れた柔らかな濡れた感触に息を呑む。
月が唇を傷口に当て、ぺろ、と舐めた。
「…っ」
理解して真っ赤になった雨龍の顔を見下ろし、月は拗ねたように、
「舐めれば治るんでしょう?」
と告げた。
「…………っ……い、や、その」
あれは意味はなかった。甲斐甲斐しくされるのがなんか照れくさかったからつい言ってしまっただけだ。
まさか月が舐めるなんて思わなかったから。
「………雨龍。
なんで顔赤いんです?」
「……………」
不思議そうに首を傾げた月に、雨龍は顔に手を当ててため息を吐く。
それくらいわかってくれないかなあ、と言いたいが言えない。
葛藤する雨龍を余所に、月は面白いと思ったのか口の端を上げ、顔を近づけてまた傷口にちゅ、と唇を寄せる。
「ちょ、月さん…っ」
「なんか、反応面白いから」
「い、や、ちょ、待って…っ」
「舐めればいいって言ったの雨龍ですから」
月は楽しげに笑って傷口に舌を這わせる。
拙い舌先の動きにぞくりと背筋が震えた。
「…っだ、から、やめろって…!」
「…っ」
強く月の肩を掴んで思い切り引き離す。
月がびっくりして瞳を見開いていた。
「……あんまり、男をからかうものじゃないですよ」
「……怒りました?」
「………………」
月は少し不安げな顔をしてこちらを見る。
雨龍は顔を赤く染めたまま、苦々しい表情で深く息を吐いた。
本当にこの人はなんにもわかってないんだな。
「…先にやったのはあなたですから」
「え?」
月が悪い、と言い訳して目の前の細い腰を抱き寄せた。
「…っ」
月の身体を膝の上に乗せて抱きしめ、額にちゅ、と口づける。
白い頬が赤く染まった。
それに気を良くして、首筋に舌を這わせる。
ぴく、と震えた月がかすかに潤んだ瞳で雨龍を見た。
「え、雨龍…?」
「なんです?
あなたがやったことですよ」
「え、だ、だって……っ」
かぷ、と軽く首筋に噛みつかれ、月の肩が跳ねた。
「そ、そんなこと、私してな…っ」
「似たようなものです。
わかりましたか」
うなじに吸い付かれ、びくっと震えた月の身体を抱きしめたまま、雨龍は赤く染まったその顔を見つめた。
「……?」
「男をからかうとそうなるんです。
あなた、まだわからないんですか?」
「………………」
月の瞳は濡れていて、ゆらゆら揺れていた。
その瞳に見つめられただけで背筋が震える。もっと欲しくなる。
月に傷ついて欲しくないから。
だから、我慢しようとは思っていた。拠り所でいられるならそれでいいと。
だけどあまりに無防備すぎて、そんな風にすり寄って来られたら、困る。
「弟はこんなことしませんからね。
…それはわかっててください」
「……………」
月は間近にある雨龍の顔を見つめ、ふる、と身体を震わせた。
「…じゃ、雨龍はなに…?」
答えを探すような問いかけに、雨龍は瞳を瞠る。
それから切なげに微笑んで、唇を開いた。
「僕はあなたに触れたいんだ。
…家族じゃ堪えられない」
なるべくなら、関係を壊したくはない。
月を傷つけたくはない。
それでも、これ以上は堪えきれなかった。
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「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
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