【完結済み】騎士団長は親友に生き写しの隣国の魔術師を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第九話 きみにふれる

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 ギィネヴィア邸に戻ったシタンはすぐ医師の手当を受けた。
 腕を刺されただけで、「少し経てば治ります」と医師は言う。
 魔法はあるが、治癒魔法はないのだ。
「私を庇って、馬鹿な真似を」
「馬鹿じゃないよ」
 シタンの寝室、ベッドに腰掛け微笑んだシタンは、そばに付き添うジュリアスに言う。
「ちゃんと、大事な人を守れた。
 初めて、ちゃんとした方法で」
 そう、柔らかな微笑を浮かべて。
「閣下」
 そうジュリアスを呼んで、ジュリアスの手を取る。
「このことで傷つかないで。
 僕は満足しているんだ。
 やっと、正しく誰かを守れた」
「…君は狡い」
 泣きそうに顔をゆがめ、ジュリアスはそう零す。
「君だって狡い。
 そんな満足そうに微笑まれたら、責めることも出来やしない」
「うん、ごめん。狡くて」
「…君が悪いんだ。
 私の言うことを聞きなさい」
 そのまま細い身体をベッドに押し倒すとのしかかった。
 頬に手を当て、キスをする。
 いつもの触れるだけじゃない、深いキスだ。
「ん、か、ふ」
 ジュリアスを呼ぼうとしたシタンの咥内に舌を差し入れ、咥内を貪る。
「ぁ…、か、っか、まって」
「待たない」
「くるし」
「私のほうが苦しかった」
 低い声で詰って、シタンの首筋に顔を埋める。
「苦しいんだ、シタン。
 慰めてくれ」
 そしてシタンのシャツのボタンを外すと、胸元にキスを落とした。
 下肢が纏う衣服も脱がせて、あらわになった肌に触れる。
 だが無防備にされるがままの肢体を見下ろし、我に返った。
「駄目だ」
「ジュリアス閣下…?」
 擦れた声が、シーツの波の上に横たわったまま呼ぶ。
「すまない…」
「また、謝る。
 あなたは、僕に触れるときいつも謝っているね」
 伸びてきた白い手が、ジュリアスの頬に添えられた。
「どうしたの?
 なにがしたいの?」
「君に触れたい」
 苦しさに喘ぐように、ジュリアスが零した。
「君をめちゃくちゃにしたいのに、抱きしめる力の強さすらわからない」
 泣きそうな顔で告げたジュリアスに、シタンが嬉しそうに顔をほころばせた。
「そういうの、きっとみんなわからないよ」
 そう、安心したように。
「教え合って、何度も試して、知っていくものだよ。
 僕だってほら、」
 そう言って、ジュリアスの背中を緩く抱きしめる。
「あなたを抱く力の強さが、まだわからないんだ。
 同じだよ、ジュリアス」
「同じか、…そうか」
 思えば、確かにこのときに心は通い合っていたのに。

 私は気づくのが遅かった。



 その日の夜だった。
 医師からシタンが熱を出したと聞いて、部屋に急いでいた。
 傷口から細菌が入ったそうだ。
 寝室の扉を開けると、シタンはベッドの上でうなされていた。
「また、お前はうなされているのか」
 苦しげに言って、扉を閉めると大股でベッドに近づく。
 そして覆い被さるように、シタンの頬に手を添えた。
「なにがしたい? なにが苦しい?
 教えてくれ。シタン」
 まるで縋るようだ。まるで哀願だ。
 そうわかっていた。
 自分はシタンに、愛で縋っている。
「ごめんなさい…」
 うなされたまま、シタンが譫言を漏らす。
「謝るな」
 だから夢の中まで届くように声に出した。
「私が許す。私が許すから。
 もう、謝るな」
 そう囁いた矢先、うっすらと瞼が開く。
「ジュリアス…?」
「起きたか?」
「どうしてジュリアスが泣いているんだい?」
 言われて気づく。ジュリアスの頬を透明な雫が伝っていた。
「君が泣くからだ。
 何度も謝って、私を庇って怪我をして、そのくせ私になにも見せない。
 君はひどい男だ」
「…だって、見せられない」
 か細い声が綴る。
「こんな、醜い」
「醜いのはお互い様だ」
 はっきりと告げれば、シタンが濡れた瞳を瞬いた。
「十年前の戦争で、私は大勢の命を奪った。
 この手は真っ赤に汚れている。
 本当なら、君に触れてはいけないほどに。
 許されないほどに」
 そう、どんなに領民に賛辞されても、わかっているんだ。
 この手でどれだけの命を奪ったのかを。

「私は、罪に穢れている」

 その罪過を、忘れてはいけないと。
「それなら、僕も同じだ」
 わずかに安堵したように、シタンがやっと唇をほどいた。
「僕は、罪に穢れている。
 弟を、死に追いやろうとした」
 その言葉に、ジュリアスは息を呑む。
 それを見てシタンは悲しげに微笑んだ。

「ね? 僕のほうが罪深い」

「弟を…?」
「殺そうとした。いや、本当は救いたかった。
 僕はそのために、何人もの人間を利用した。死に追いやった」
 ベッドの上に起き上がって、シタンは自身の顔を手で覆う。
「僕は罪人だ」
 そう、初めてのように告解して、顔を上げるといつものように、諦めたように微笑んだ。
「ね、わかったかい?
 僕こそ、あなたに愛される資格なんて」
 その笑みに心臓がすりおろされて、力一杯にその体躯を抱きしめていた。
「それでもいい。それでもいい…!
 私が許す。
 私が全て許すから」
 笑って欲しかった。出会った日のように。
 翳りのない彼の笑顔が見たかった。
「神が許さなくても、世界が許さなくても、世界中が、神が敵に回っても。
 私が君を許そう」
 少し身を離し、シタンの頬に手を当てて切々と訴える。
 その緋色の瞳が揺らいだ。

「だからもう泣かないでおくれ。
 愛しいシタン」

 その言葉が契機になったように、シタンがきつくジュリアスの胸に抱きついてくる。
 子どものように泣きじゃくるシタンを抱きしめて、ただ満ち足りた心地でいた。
 愛しかった。恋しかった。

(愛しかった)

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