【完結済み】騎士団長は親友に生き写しの隣国の魔術師を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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最終話 君のためだけの私でいた

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「シタンが帰国!?」
 時間遡行の魔法を成功させた一週間後、ギィネヴィア邸を訪れたネヴィルが告げた内容にジュリアスは思わず立ち上がった。
 ここはジュリアスの書斎で、先ほどまでソファに腰掛けて執事の淹れてくれた紅茶を味わっていたところだった。
「声が大きい」
「す、すまない」
 皇居に呼ばれた帰り、一緒に呼ばれていたネヴィルに聞いた話にジュリアスが叫んで、すぐネヴィルに窘められた。
「ゼレスティアの希望らしいよ。
 この前の時間遡行の魔法を成功させたことで、ビショップとしてシタンを承認することになんら問題なし。即刻帰国し、ビショップの任に就かれたしってことらしい」
「そうか…」
 ネヴィルは皇居仕えの魔術師だ。その類いの話に耳が早い。
「だが、陛下はなにも言っていなかったが」
「陛下としてはシタンを引き留めたいんだろう。
 我が国でもっと成果をあげて欲しがってる。だから後見のお前に言うのは控えたってことかな」
「…………」
 その言葉にジュリアスは難しい表情で黙り込む。
「ゼレスティアには逼迫した事情はない。
 だから陛下の意向は通ると思う。シタンは当初の予定通り、我が国で一年を過ごすだろう」
「…そう、だな。よかった」
「だが、一年限りだ。ゼレスティアと我が国は平和条約を結んであるが、反対側の隣国とはそうではない。
 ビショップの誕生は、敵国を牽制する大きな存在となる。
 シタンはビショップになってしまえば、ゼレスティアから長く離れられないだろう。
 そもそもビショップを、隣国の騎士団長に嫁がせるわけがない。男同士で」
 はっきり言われてしまう。その通りだ。
 アイゼンベルクでもゼレスティアでも、同性同士の婚姻は許されている。だがビショップとなると話が別だ。それほどの魔法の才能と魔力を有する存在、子を残して次代に繋げるべきと誰もが考えるだろう。
「…………」
「で、どうするんだ?
 シタンのこと。
 このまま、手に入れてしまうのか?」
 ネヴィルの意地悪な問いかけに、ジュリアスは難しい顔のまま、息を吐いた。
「…わかっている。
 これは、私の問題だ」



 ネヴィルが帰ったあと、しばらく書斎で領主としての仕事を行っていると不意に扉がノックされた。
「ジュリアス」
 顔を覗かせたのはシタンだ。その手にトレーがある。
 乗っているのはハーブティーが入ったポッドとカップに、プティングだ。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう。そろそろ甘いものが欲しかったんだ」
「ちゃんと食べて欲しいな。僕が作ったんだ」
「シタンが? 嬉しいな」
「うん」
 ハーブティーをカップに注いだシタンがプティングをスプーンですくったジュリアスを見る。
 一口食べたのを確認して、
「本当はね、」
「ああ」
「そのプティングに媚薬でも仕込もうかと考えたんだけど」
 思わず吹き出しそうになってどうにか堪えた。なにか仕込まれていようといまいと、シタンが作ってくれたものを吐き出すわけにいかなかった。
「な、な」
「冗談だよ。やめたから」
「い、入れるか悩んだなら、冗談ではないような」
「だってジュリアス、引き留めてくれないじゃないか。
 物わかりの良い振りして、僕を引き留めない」
 少し拗ねた顔をして、シタンが言う。
「…聞いたのか?」
「ゼレスティアから連絡は来ている」
「だ、だが手紙などは」
「来たらジュリアスがチェックするから?」
「う…」
 図星だ。もしゼレスティアからシタン充てに手紙が来ていたら、シタンに渡す前にチェックしただろう。
「魔法具による通信だよ」
「あ」
 言われて気づく。そうだ。それがあった。
「引き留めてくれないんだ?」
「どう、引き留めろと言うんだ。
 結局君はまだ一年ここにいる」
「でも、たった一年だ」
「………」
 言われてしまえば黙るしかない。それが事実で、現実だ。
「そのあとは?」
「…私にはアイゼンベルクを守る責務があり、君にもゼレスティアを守る責務がある。
 それを無視して、君を私のそばに留めることなど」
「そうだね。責任感の強いジュリアスには出来ない」
 わかりきった様子で、シタンは笑って頷いた。
「でもさ、感情を僕にぶつけるくらいしてくれてよかったんだよ。
 叶えられなくても、我が儘を言って欲しかった」
「…っ」
 机を避けて、ジュリアスのそばに立ったシタンがジュリアスの頬に手を添える。
「ジュリアスは僕の笑顔を見なければ良かったって言ったよね?」
「あれは、あのときの気の迷いで」
「僕は、ジュリアスの泣き顔を見なければ良かったと思ってる。
 あんな泣き顔、見てしまったら離れられないよ。
 あなたから、離れられない」
 愛した、涼やかな声が熱を帯びてそう告げるのに、心が大きく揺れた。
「離れたくない。
 離さないで、君以外なにも要らないって言って欲しかった」
「っ君は卑怯だ…!」
 感情が爆発する。強くシタンの腕を掴んでも、シタンは笑っていた。
 全てを許す、優しいまなざしで。
「そんなことを希われたら、私は我慢が出来なくなる。
 君を離したくない。離れたくない。
 どこにも行かせたくない。
 ずっとそばに繋ぎ止めて、縛り付けていたい」
「うん」
「ずっと、私のそばにいて欲しいんだ」
「うん」
 気づいたら、頬を涙が伝っていた。
 きつくきつく、シタンの身体を抱きしめて縋り付く。
「叶えてくれ。シタン。
 もう、ほかになにも要らないから。
 愛してる。
 本当に、君だけを愛してる。
 ずっとそばにいてくれ」
「…うん」
 泣きじゃくるジュリアスの額にキスを落として、シタンは微笑む。
「誓うよ。神様に。
 僕は、ずっとあなたの隣にいる」
 その言葉にあり得ない夢を見た。
 ずっとこの屋敷で共に暮らして、お互いに年老いた姿であの庭で、並んでシタンの話を聞いて、その笑顔に微笑み返す未来。
 叶うことのない未来。

「君は、ひどい男だ」

 そう詰った。震える声になった。



 その一週間後だ。シタンは屋敷の廊下を歩きながら、一週間前のことを思い出し頭を抱える。
 あれではもう結婚しようと言ったようなものではないのか? どうなんだ?
 はあ、とため息が漏れるもそれも甘い。
 そういえばジュリアスはこの一週間、毎日皇居に通っている。一体なんの用事だろう。
 なのに不意に廊下を疾走する音が聞こえて、顔を上げたら向こうから走ってきたジュリアスが昨日のような真剣な顔で目の前に立った。
「な、なんだい?」
「早くビショップになってくれ。君がビショップになったら、君を私がもらい受ける!」
 突然の宣言に、シタンは固まった。
「…待ってくれ。ジュリアス」
 たっぷり数分考えた後、シタンは悩みながら声を絞り出す。
「今の僕は、まだビショップにはなれない。あと一年待たなければ…」
「そうだな。だから、それまで待つ」
「は」
 胸を張って言い切ったジュリアスに擦れた声が漏れる。廊下で出くわした執事が吹き出した。
「お前が魔法の道を極めて、ビショップになるまで待つ。それまで、私は君になにもしない。その誓いを守れば君と私の婚姻を許可しても良いと、皇帝陛下とゼレスティアの国王陛下から許可を得た!」
 それに絶句する。そんなことをしていたのか。知らなかった。
 同時に想像以上に重量級なジュリアスの想いを知って顔が熱くなる。心臓が壊れそうだ。 それを押さえ込んで、声を絞り出す。
「…正気かい?」
「当たり前だ。このジュリアス、今度こそ口にしたことを違えはしない」
「可能なのかい? 一年も一緒にいるのに、そんな」
 無理だ、と零したシタンに向かって、ジュリアスは迷いなく言うのだ。出会った時の、力強い笑顔で。
「君に、心底惚れたからだ。
 だからこそ、君を手に入れられるなら、どんなことでもしよう」
 そう言われてしまえば、シタンは絶句してなにも言えなくなる。そんなシタンを前にしてジュリアスは声高らかに宣言した。
「安心しろ。たとえ何年経とうと、私の気持ちは変わらない。
 私の惚れたは、永劫君だけだ」



「だってさ。…どうしてそんな風に格好付けちゃうかなぁ」
「格好付けだってわかるんだ?」
 ギィネヴィア邸のサロン。室内にいるのはシタンとネヴィルだけだ。
 ソファに腰掛け、テーブルを挟んで向かい合って、テーブルの上に置かれた紅茶のカップとお茶菓子を眺める。
「わかりますよ。ジュリアスの性格はもう。
 意地っ張りの格好付けの頑固もの。そのくせ打たれ弱いところがありますよね。
 親しい人相手だと」
「よくおわかりで」
 にっと笑んだネヴィルに、シタンははあ、とため息を吐いた。
「………彼は、なぜあんなに馬鹿なんだ」
「はは」
「また、あなたも笑う」
「いや、つい。ごめん。いろいろと面白くて、嬉しくて」
 ネヴィルは手に持っていたグラスをテーブルの上に置いてこちらに向き直った。
「ジュリアスは馬鹿だぞ」
 そのなにもかもを知ったような言葉にかすかに眉が寄っていた。無意識だった。
「ほら、癪に障るんだろう」
 したり顔で言われてハッとする。
「自分以外がジュリアスを馬鹿と言うのは気に入らない。それくらいには、君だってジュリアスに囚われている」
 なにもかもを見透かしたように、ネヴィルは笑った。シタンとの接点はあまりないというのに。
「だからあえて言ってやるさ。ジュリアスをずっと見て来た者として。
 ジュリアスは君が思うよりずっと馬鹿で、ずっと真っ直ぐで強靱で揺るがない。
 俺は、あいつが自ら決めたことを、その言葉を違えたところを見たことがなかった。
 そんな真っ直ぐすぎる男がずっと、出会ってからずっと、君の話ばかりしていた。
 君が来ることばかり夢見て待っていた。
 君のためにその真っ直ぐすぎる生き方を歪めるほどに。
 生半可な想いであるものか」
 ネヴィルの口から語られるジュリアスの想いに、身体がむずむずとした。腹が立つのとは違う、甘ったるいような、くすぐったさに近い。
「残念だったなシタン。あいつは永劫君を諦めはしないし、退きもしない。
 例え君がどうなろうと、どんな罪に塗れていようと、あいつにとっては、ずっと待ち焦がれた最愛の唯一人だ」
 そう締めくくってネヴィルは立ち上がる。こちらに歩いてきて目の前に立った。
「待つのが嫌なら認めてしまえ。
 君がよく言っていたんだろう?
 好きな者は、どうしなければならない?」
「…全く、その通りです」
 ふっと漏れたのは、ため息ではない深い吐息。
「ネヴィルさん、ありがとうございます」
「いや、お節介を焼いただけだ。気にするな」
「あと、もうあなたから彼の話を聞かせていただくことはありません。
 僕は想像以上に心が狭かったらしい。
 彼のことを、僕より知った風に語られるのは、僕は気に入らないようです」
 笑みを浮かべて告げたシタンに、ネヴィルはやはり嬉しそうに笑うのだ。
「そうか。ではずっとそばにいろ」
 そう、背中を押して。



 夜、ベッドに横たわって天蓋を見上げる。
「シタン」
 名を呼んでも返る声はない。
 手に持ったあのブローチを握りしめた。
 シタンとおそろいで入手した、彼の瞳の色の宝石が嵌まったブローチ。
 シタンと共に過ごした時間はわずかだったのに、あっという間に自分の心を奪っていった。
「あと一年か…」
 そう呟いて、ふと近づいてくる気配に起き上がる。扉が開いて白い夜着姿のシタンが姿を見せた。
「な」
「夜這いに来たんだ」
「は」
 シタンは端的に言うと、扉を閉めて近寄ってきて、ジュリアスの座っているベッドの上に腰を下ろした。
「だから、夜這いに来たと言っているんだよ」
「ま、待て。なにを言って」
「…聞こえなかった?」
「そうではなく、いや、聞こえたが、君は、なにを」
「こうしなければわからない?」
 シタンは言うなり、ジュリアスに身を寄せてシーツの上に置かれたその大きな手をそっと上から握った。
「あなたに、抱いて欲しくて来た。ああ、少し違う。
 …あなたのものになりに来たと言っている」
「…シタン」
 どくり、と心臓が高鳴る。身体が熱くなった。うわずった声が漏れる。
「私は、言ったはずだ。君が」
「待てない」
 シタンはジュリアスの言葉を遮って言う。
「僕は、そんなに待てない。
 一年も、あなたに触れることも出来ないまま、待つことなど出来ない。
 あなたの焦がすような熱を、視線を背中に感じながら、僕に一年も待てと言うの?
 あなたのこの手から伝わる、灼熱に触れることも許されないまま」
 少し拗ねたような顔で、目の前で彼は告げる。吐息の触れる距離で、薄い夜着姿で、それがどんなに男の劣情を煽るのか知っているのか。
「僕は、そんなのは嫌だ」
 シタンはジュリアスの足の上にまたがって、ジュリアスの頬を撫でる。
「抱いて欲しいんだ。あれが最後だなんて嫌だよ」
「だ、が」
 傷つけた後悔が胸を縫い止める。それよりなにより、それがシタンを娶る条件だ。
「駄目。逃げるなんて許さない」
 シタンは強く言って、シーツの上に置かれたジュリアスの手を繋ぐと、指を絡める。
「嫌なら、この手を振り払って。
 僕を抱けないと、突き飛ばして」
「そんな、」
「出来ないなら、ジュリアスの負けだよ」
 そう言われて、焦る。声がうわずった。
「…ま、待て。シタン。それでは、…私は、君を」
 娶ることが出来ない、と言おうとして続いた言葉に息を呑んだ。
「ネヴィルさんに言われたんだ」
「…は? ネヴィル?」
 急にほかの男の名前を出されて、わずかに不快感が湧いた。その自分の独占欲を自覚して自分で絶句する。待つと言いながら、なんて簡単に。
「『ジュリアスが好きなら、なにを捨ててでも奪いに行け』と。
 僕もジュリアスも国を守って戦う責務がある。いつ、互いに死ぬかもわからない。
 だから悔いのないように生きろと。後悔なんて微塵も残すなと。
 もしジュリアスが文句を言ったら、それは自分が引き受けるからと」
「…それは、責任転嫁が過ぎるだろう」
 内心の嫉妬心を飲み下して、擦れた声を絞り出す。絡めた手が熱い。
「あなたならそう言うと思っていた。だから結局、僕の都合だ。
 僕はあなたに触れることも出来ないまま、死にたくなどない。
 そんな後悔は真っ平御免だ。
 その前に、あなたが僕を奪え。僕の愛を、惜しみなく奪って」
「…そんなこと、私は、…私だって本当は…!」
「なら、あなたは今夜から僕のものだ。言っただろう?」
 そう口にしてシタンはジュリアスの大きな手を取って、自身の頬に押し当ててとても、幸せそうに微笑む。

「僕は、あなたを咒いたい愛したい

 そう、とても幸せそうに告げるのだ。だから降参だ、と思った。顔が自然と緩んでしまう。
「君は、本当に恐ろしい男だ」
「ふふ」
 ジュリアスの言葉にシタンは上機嫌に笑って握った手の指を絡める。
「嫌なら僕を突き飛ばせ。この手を振り払って。あなたなら容易いはずだ」
「だが、一年経ったら…」
「僕が魔法の天才だって忘れた?
 転移魔法なら使えるんだ」
「…あ」
 その言葉に思い出す。浮遊魔法すら簡単に操った彼の力を。
「だから、いつでもゼレスティアからジュリアスのところに会いに来れる。
 それに、結婚の許可なら僕だって陛下にお願いしていた。
 ゼレスティアの陛下はジュリアスに対するのと同じことを言ったけど、こうも言っていたよ。

『お前がジュリアスに勝ったら、なにをしても許そう』と」

「どう、して」
 擦れた声がこぼれ落ちた。
「どうしてそれを言ってくれなかったんだ!
 知っていれば私は…!」
「だって、少しは苦しんで欲しかった。
 僕があなたを好きになって苦しんだように、あなたも」
 手を重ね合わせて繋いだまま、シタンは間近に顔を寄せて囁く。
「怒る?
 また罪を重ねる僕を、軽蔑する?」
 その言葉に、首を左右に振る。
「出来るはずない。
 だって、愛してるんだ」
 泣きそうになりながら告げれば、シタンが嬉しそうに微笑んだ。
「なら、ジュリアスの好きにして」
 そう、最後通牒を告げられる。鮮やかな勝者の笑みで。
「どうする? ジュリアス。
 ほら、手を振り払えない。あなたは、僕に夢中だろう?」
「…………シタン」
 ゴクリと唾を飲み込んだ。そっと、強くぎゅっと、自分の手を握るシタンの手を握り返した。
 それに、シタンは嬉しそうに、我が世の春が来たように微笑んだのだ。
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