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本編3 残念な男

37・仕事出来る男が恐らくロイズの好み @泉州

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昼飯を食い終わって、出発したら割とすぐ。
タリメアが予想した通り、雨が降って来た。
ポツ、ポツ……って雫が落ちて来たなと思ったら、あっという間に普通の小雨状態になった。

雨の中、馬を早足にして街道を進む。
日本じゃ馬に乗った事なんか一度も無かったオレも、勇者だって事のボーナス性能なのか、自分でも驚くぐらいシッカリ乗れてた。



三十~四十分ぐらいで、タリメアが言ってた通り、小屋が建ってるのが見えて来る。
ただ、オレが想像してたのと違い、小屋は四軒もある。街道のそばにちょっとした広場があって、広場を半円に囲むように小屋は建ってた。
近くまで来てみると、広場には馬車と思われる車輪の後もあった。


「他の利用者は居ないようですね。時間が中途半端だからでしょう。」
「タリメア司祭さま、どの小屋にしますかっ?」

馬の歩みを緩めながら、タリメアとカカシャが相談する。
正直言って、どの小屋を使おうと大して変わらねぇ気もするんだが、その辺りの事は二人に任せとく。

それよりもオレはちょっと気になる事があってな。
街道をもっと先に行った方向が妙に気になって、さっきから凝視してンだが。道が緩やかに上り坂になってる上に、カーブしてるもんだから、よく分からねぇ。


「タリメア……。」
「どうしました?」

広場まで辿り着いて、馬から降りようとしてるタリメアに声を掛けた。
タリメアは不思議そうに聞き返しながらも、乗馬したままでオレの方に寄って来る。
オレの視線を辿ってタリメアも街道の先を見た。

さほど強くない風がソッチから吹いて来る。
何か知らねぇが嫌な感じがする。


「なんか嫌な……、……っ! ちょ…行って来る!」

説明しようとした瞬間、とにかくワケも無く「ヤベェ」って気がした。
この三週間、地道に実践活動をやってたお陰で、ひょっとしたらオレの『勇者的な何か』が少しは磨かれてたのかも知れねぇな。
こういう時には直感通りに動く、ってオレは決めてるんだ。

とにかく得体の知れねぇ何かに急かされるみたいに、馬を走らせた。
少し後ろをタリメアが追っ掛けて来るのが分かる。



五分か十分か、それぐらい走った所で。
街道から逸れた位置で、屋根の無い小さな荷馬車が引っくり返ってるのが見えた。
ただ倒れてるんじゃなく、何か大きなモンを叩き付けられたように、木製の馬車は割れて壊されてる。
荷馬車を引いてたハズの馬が繋がれてただろう部分も、ボッキリ折れてて馬の姿は見当たらねぇ。

オレはそこで馬から降りる。
タリメアに追い付かれた。どうやらオレよりタリメアの方が乗馬は上手いようだ。


「カカシャ! 馬を頼みます!」

オレの背後で、タリメアの叫ぶ声が聞こえた。
それから立て続けにオレを呼び止める大声も聞こえたが、それに構わずオレは森の中に走り込んだ。

さっきからの『嫌な感じ』がする方向……茂みの向こう側に抜けた途端、周囲にモッタリとした空気が漂ってンのに気付く。
それが瘴気の『漂い香』みたいなモンだってのは、これまでの経験で分かった。


「なんか……多いな。それとも、デカイ…のか?」

呟きながら鞘から長剣を抜く。
今までも、瘴気から嫌ぁな香が漂ってるを何回か確認してた。瘴気溜まりにもならねぇ小さな淀みでも、ある程度まで育った瘴気は、そこから漂って来る香を辿って発見する事が出来てたからな。
ちなみに『香』として認識すンのはオレだけらしいぞ。

だがこんな風に周囲を包むほどの漂い香は初めてだ。
アッチから流れて来る。ってハッキリしねぇから、これはちょっと困ったぜ。

……いや! だとしても、オレはちゃんとやる!
無理をしねぇとは言いつつも、瘴気を潰すのは勇者の仕事だからな。オレが仕事の出来る男だって事を、きっちりアピールしてかねぇと、よ。
たぶんだが……ロイズの好みは。余裕で仕事が出来る男。だろうからな。



今ここでモッタリした空気を攻撃した所で何にもならねぇのは明らかだ。
オレはなるべく気を静めて、これから向かうべき場所を探る。

頼むぜ、ちょっとは訓練した『勇者能力』よぉ……。


「……血。」
「慌てて先行し過ぎるなと言ったでしょう! 勇者っ!」

一方向から血の気配を感じたのと同時だった。
オレに様付けするのも忘れるぐらい、焦った様子のタリメアが駆け付けた。


「タリメア! アッチだ!」
「分かりました。ちょっとお待ちなさい。」
「悪いが待ってられ…」
「手遅れです。三十秒、待ちなさい。」

キッパリと言い放ち。
今にも駆け出す所だったオレの服を、タリメアは思いの外、強い力で掴んだ。
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